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論文に出版された研究紹介

メダカの初期応答遺伝子(c-fos)は配偶行動依存に発現誘導される

Induction of c-fos transcription in the medaka brain (Oryzias latipes) in response to mating stimuli.
Okuyama T, Suehiro Y, Imada H, Shimada A, Naruse K, Takeda H, Kubo T, Takeuchi H† †Corresponding Author
Biochem. Biophys. Res. Commun.    in press    2010年

初期応答遺伝子(c-fosなど)は神経興奮依存に発現誘導する性質をもっており、当該遺伝子の発現解析によって、行動依存に活動する脳領域や神経細胞をマッピングする手法がマウスや鳥類で確立されています。いくつかの魚類(ゼブラフィッシュなど)でも神経興奮を誘導する薬物依存に、初期応答遺伝子の発現が誘導されることは既に示されていましたが、マウスや鳥類のように活動脳領域をマッピングした研究例は限定されていました。

私達はメダカの c-fos 遺伝子を同定し、PTZ (癲癇誘導薬)によってその発現量が上昇し、さらに配偶行動依存に c-fos 遺伝子の発現量が上昇することを示しました。

これまで私達は、c-fos 遺伝子の in situ hybridization 法において、エクソンに対応する部分をプローブに用いて実験を行っていたのですが、実験条件によるバックグランドのばらつきが大きいという問題点がありました。そこで、本研究ではイントロンプローブを用いた in situ hybridization 法を行いました。イントロンプローブを用いると神経活動依存に新規合成された未成熟なmRNAだけを検出するため、高い時間解像度で行動依存の神経興奮を検出できます。これはマウスなどで既に確立された手法です。この手法を用いてメダカのメスの配偶行動依存にc-fos 遺伝子の転写が誘導されることをin situ hybridization 法で確認することができました。

本論文では第一著者の奥山輝大君が4年前に始めた仕事の一部をまとめました。今後、初期応答遺伝子を用いてメダカの社会性行動依存に活動する脳領域を検索する予定です。

2010年6月 アデノウイルスを利用したメダカ脳の条件的遺伝子操作法の確立

Transient and permanent gene transfer into the brain of the teleost fish medaka (Oryzias latipes) using human adenovirus and the Cre-loxP system
Yuji  Suehiro, Masato Kinoshita, Teruhiro Okuyama,Atsuko Shimada, Kiyoshi Naruse, Hiroyuki Takeda,Takeo Kubo, Mitsuhiro Hashimoto, Hideaki Takeuchi†   †Corresponding Author
FEBS letters,  584:3545-3549 (2010)



 成体脳の機能を遺伝学的手法を用いて解析するためには、「特定の脳・神経回路」で「任意の時期」に遺伝子発現を制御する条件的遺伝子操作法を確立する必要があります。これまでに条件的遺伝子操作法を用いた哺乳類脳の機能解析にアデノウイルスが汎用されていましたが、私達のグループはメダカを用いてアデノウイルスが硬骨魚類の脳に感染することを世界で初めて示し、アデノウイルス感染によって Cre 遺伝子を強制発現することで、Cre-LoxP システムが動くことを確認しました。本手法を用いることによって、メダカの社会性行動に関わる神経回路の候補を遺伝学的手法でラベルしたり、機能修飾することが可能になったと考えています。

 本研究では第一著者の末廣勇司君がウイルス感染実験を全てデザイン、実行しました。理化学研究所の橋本光広先生
にアデノウイルスを、京都大学の木下政人先生に Cre-LoxP が働く遺伝子操作メダカを作製していただきました。本論文は竹内を含めて3人で Corresponding Author を担当し、当該アデノウイルスと遺伝子操作メダカに関する問い合わせはそれぞれ橋本先生、木下先生に担当していただきました。




2009年3月 メダカの成体脳(終脳)に存在する神経ペプチドの同定

Mass spectrometric map of neuropeptide expression and analysis of the gamma-prepro-tachykinin gene expression in the medaka (Oryzias latipes) brain.
Suehiro Y*, Yasuda A*, Okuyama T, Imada H, Kuroyanagi Y, Kubo T, Takeuchi H† *equal contribution †Corresponding Author 
General and Comparative Endocrinology 161 138-145 (2009)


私達のグループではメダカの行動制御に関わる候補分子として神経ペプチドに注目しています。神経ペプチドは脳内に数十種類以上存在して、神経細胞上の受容体に結合して神経細胞の活動を制御する働きがあります(神経修飾因子)。無脊椎動物から脊椎動物に至るまで特定の神経回路で機能し、様々な行動様式(摂食行動、攻撃行動、配偶行動、社会性行動)に影響を与えることが分かっています。神経ペプチドは遺伝子にコードされているため、遺伝子操作によってメダカの神経ペプチド発現を制御できれば特定の神経回路を人工的に制御する良いツールになると考えられます。

 
 本研究では MALDI-TOF/MS
法を用いて、メダカの終脳、視床下部、脳下垂体に存在するペプチドを合計16種類同定しました。終脳から同定されたペプチドの一つサブスタンスPをコードする遺伝子の発現様式を insitu hybridization 法で解析したところ、終脳の一部の領域と自律神経(生理状態の制御)の中枢である視床下部に発現が検出されました。終脳は様々な感覚情報を統合する高次中枢であり、社会性を持つ魚類で発達している傾向があることから、行動目的の設定などの高次な情報処理を担うモジュールに対応する可能性があります。私達のグループではこれらの神経ペプチドをコードする遺伝子を調節した遺伝子改変メダカを作成して終脳の機能を修飾することで、メダカの行動に異常が生じるか否かを検定する予定です。


 MALDI-TOF/MS
法によるペプチド同定の実験はサントリー生物有機科学研究所の安田明和博士が全て行いました。安田博士のメダカの脳スライスの目的脳領域のみにレーザーを照射する高い技術のおかげで、短時間で目的の実験を終了することができました。

2010年1月 メダカ成体脳における細胞増殖領域のマッピング



Proliferation zones in adult medaka (Oryzias latipes) brain.
Kuroyanagi Y*, Okuyama T*, Suehiro Y, Imada H, Shimada A, Naruse K, Takeda H, Kubo T, Takeuchi H† *equal contribution †corresponding author
Brain Research  1323 33-40 (2010)(本論文は表紙になりました)

私たちのグループは脳発達と社会性行動の関連を解析するモデルとして小型魚類であるメダカに着目しています。メダカは孵化後の成長に伴って、群れ様行動や配偶者選別などの社会性行動を示すようになります。一方で、魚類では哺乳類等と比較して多くの脳領域で細胞分裂が起きるという顕著な特徴があります。本論文では今後の解析の準備段階として、メダカ全脳において細胞増殖が起きる領域をマッピングしました。その結果、メダカ脳で細胞増殖が起きる領域を17カ所同定し、このうち16カ所についてはゼブラフィッシュと共通していたことから、脳の細胞増殖領域は魚類で広く保存されていることを示唆しました。さらに生育環境や系統(遺伝的背景)によって細胞増殖領域に変化が見られなかったことから、これらの脳領域で継続的に細胞増殖が起きることが、生後脳発達や成体における脳機能維持に必要である可能性があります。


これから成長過程の脳で細胞増殖に異常を生じる遺伝子導入メダカを作製し、社会性行動と脳発達の関連を解析する予定です。



2010年5月 メダカの群れ様行動を誘導する新規行動実験系の確立



Coordinated and Cohesive Movement of Two Small Conspecific Fish Induced by Eliciting a Simultaneous Optomotor Response
Imada H, Hoki M, Suehiro Y, Okuyama T, Kurabayashi D, Shimada A, Naruse K, Takeda H, Kubo T, Takeuchi H† †corresponding author
PLoS ONE, 5, e11248 (2010) 


ヒトを含む多くの動物は集団を形成して生活しますが、集団内の個体間相互作用の様式は一様ではなく、協調関係や競争関係など多彩な個体間相互作用が見られます。また集団内で生活する各メンバーは相手や外的な環境に応じて行動を適切に変化することで、社会に適応していると考えられます。

 本研究では視運動反応(Optomotor Response, OMR)によってメダカの群れ様行動(Schooling 行動)が誘導されることを見出しました。視運動反応は動物が視野を一定に保つように運動する性質のことで、この性質により魚は水流中で定位置を保つことができます。視運動反応は研究室内の実験装置で簡単に誘導することができます。図1のように固定した円形水槽の周りで縦縞が描かれた円柱が回転すると、視運動反応によって魚は縞縞を追従します。この状態では水流がなくても、背景が動くことでメダカは「移動した」と錯覚して、定位置を保つために背景を追従していると考えられています。

 この装置を用いてメダカ2個体に対して視運動反応を誘導すると(Simultaneous OMR)、個体間距離を一定の距離(24cm)に保って遊泳する状態(群れ行動)を誘導できることを見出しました(動画)。縦縞が止まった状態では、個体間距離は一定の距離(24cm)になりませんでした。また両者の相対的な位置が大きく変動する場合も、個体間距離は保たれる傾向がありました
動画。またこの群れ様行動は淡水小型フグ(アベニーバッファー)を用いた場合でも視運動反応により誘導されました動画

 このことからメダカの集団はまとまりなく行動している場合でも、水流などが原因で定位置を保てなくなると、仲間からはぐれないように各個体がお互いに近接して同調的に行動する可能性が考えられます。

 また群れ様行動は ゼブラフィッシュとメダカ、小型淡水フグとメダカ(動画)などの異種同士のペアーでは誘導されなかったことから、群れ様行動は同種間認識を介していることが示唆されました。さらにメダカの幼魚では誘導されませんでした(動画)。幼魚は視運動反応をするための視覚能力と運動能力を持っているので、群れ様行動が生じるためには生後脳発達が必要である可能性があります。

 自然条件下の鳥類や有蹄類等の動物集団において、各メンバーがまとまりなく行動していても、敵が現れるなど危機がせまると、個体間距離を短く保ち、同調的に行動することが知られています。本実験系では動物が外的環境に応答して同種個体に対して同調的に行動をする条件を研究室内で再現することができました。また当該行動には生後の脳発達が必要であると考えられます。


 本論文は私達のグループにとって、メダカの行動についての最初の論文です。
第一著者の今田はるかさんが
膨大な行動データを3年間以上にかけて収集、解析した結果です。論文を投稿してから採択されるまでに1年近くかかりましたが、PLoS ONE の編集者とレフリーからは、行動の定量化の指標や統計手法について有効なアドバスを数多くいただき、個体間相互作用を検出する新規な実験系を確立することができました。メダカは遺伝子操作技術が確立しているので、今後、メダカを用いて同調的な行動が誘導される仕組みや生後脳発達との関わりを分子遺伝学的手法を用いて解析し、脊椎動物の社会性を生み出す脳機能の一端を解明することを目指しています。