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2017/01/10

はっぴえんど(松本隆 細野晴臣 大滝詠一 鈴木茂)音楽家

Tweet ThisSend to Facebook | by kaizen
1月5日:https://twitter.com/kaizen_nagoya/status/817121804925841408 #松本隆 が「#はっぴいえんど」解散後、歌謡曲の歌詞とか書き始めた頃に、友達もいなくなったって言ってた。その後、#細野晴臣 #大滝詠一 とも共演したりしてる。やり続けることが大事。経験則では十年。マニアの「終わった」は、「自分の興味が終わった」だけ。#大丈夫#だいじょうぶ。 https://twitter.com/KEUMAYA/status/816812723002482688 …

というつぶやきが、RT 63, FAV 85。

そこで、RT、FAV(いいね)してくださった方の一欄を作成中。

ついでというか、はっぴいえんど(松本隆 細野晴臣 大瀧詠一 鈴木茂)
という一覧にすることに。

驚いていたら、なんと松本隆さんがいいねしてくれていた。

P.S.

はっぴいえんどとの出会いは高校生のとき。

先輩からレコードを借りた。

放送部だから、放送で掛けるというと、たいていの曲のレコードを借りられるのは、
放送部の特権。

たまには、よく知らない曲をかけてという依頼がある。
それも、事前に部室で聞いて、よいなと思う曲を選べばいい。
押し付けられたことは一度もない。

はっぴいえんどは断然よかった。

以前の好みは、

小学校の時はビーチボーイズ
中学校は、ちょっと思い出せない。1、2年はブラバンでクラリネットを担当し、君が代行進曲、ばらが咲いた行進曲などの練習をしていたので聴いている暇がなかったことにしておこう。
高校生になって、バートバカラックを聞きはじめた。

ビートルズ好きな人はいっぱいいて、
ありとあらゆるレコードが来るから、
自分が好きにならなくても耳に入っている。

岡林信康や、吉田拓郎も流行っていた。

でも断然、はっぴいえんど。

高校の頃の、不安定な感情。
達成できない目標。
押し付けられる規則。

はっぴいえんどが好きなまま、詩集を作った。

与謝野晶子の短歌と、石川啄木の「ココアの一匙」を引用して。

二人は過去を代表し、はっぴいえんどは現代を代表する。

自分は絶対大人にならないと誓い、もし大人になってしまったとしても、
その時の思いを忘れないために詩集を作る。

ガリ刷りで二十部くらい。

当時の先輩の一人、斉藤真さんは、二十代で亡くなっている。
僕の先生 の一人として記録させていただいています。

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()鞣替(かけがえ) (めい)()前向(まえむき) 斎藤真(さいとう)() 助言(じょげん)山盛(やまもり)(さくら)早世(そうせい)



それから10年ちょい、
名古屋でデザイン博があったとき、 DEPO-NETという協賛ネットワークを運営していた。
BBSソフトを購入し、NTTと提携して、NHK-FMと連携して運営した。
朝日新聞の正月号にも写真入りで紹介された。

DEPO-NETとNHK-FMの連携は、曲のリクエストをネットで募集するというもの。
運営者も、一利用者としての登録はあるので、
「はっぴいえんど」をリクエストした。

残念ながら、NHKには「はっぴいえんど」のCDがみあたらないとのこと。
NHKのサテライトブースにCDを持って行った。

おしゃべりの担当の若い方は、最初「はっぴいえんど」をご存知なかった。
でも、はっぴいえんどが、松本隆、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂のグループだったと
知ると、どんな曲か興味を持ってもらえて、CDを持ってきてくれればかえるといってくれたのだった、

詩集は四十歳くらいまで家にあった。

二十代、三十代は、
めげると、詩集を見ながら、はっぴいえんどの曲を聞いていた。

四十手前で、東京に六ヶ月研修ででかけた。
三ヶ月が中小企業大学校の寮。
三ヶ月が筑波の電総研(国の研究機関)だった。

本当は海外に行きたかったのだが、電総研もいいとこらしいという噂を聞き、
まず電総研に行って、駄目なら海外に行けばいいという感じだった。

中小企業大学校に行っている時に、十日くらい、山形の繊維工場で現場研修があった。
さくらんぼ畑の中にある工場で、同じ経営者なので、毎日さくらんぼ食べ放題。
佐藤錦。一生の間に食べる佐藤錦の99%をこの十日くらいで食べた。

その力でもあるまいし、
毎日朝か夕方テニスをしていたせいでもあるまいが、
それまでの後ろ向きの姿勢が、すごく前向きになった。

中小企業大学校には、各都道府県の研究者が集まった。
最初にリーダを決めるときに立候補した。

息子が中学生の頃、はっぴいえんどのCDを貸してという
息子から何かを頼まれたことはほとんどなかったのに。

中学校でバンドをやっていて、その仲間がはっぴいえんどを聴きたいらしい。
息子も友達から何かを貸してと頼まれたことは初めてだったのだろう。
すごく嬉しそうにしていた。

息子が大学に入ったのを機に、ヤマハの音楽教室でドラムを習いに行った。
そこの先生が、いろいろな教室でドラムを教えていて、その生徒たちの
発表会が、今池のパラダイスカフェ21でありました。

1回目の発表会では、「11月の雨の日」

2回目の発表会では、「春よ来い」
を演奏しました。

先生が、20歳なのになんではっぴいえんど?
って聞いたり、はっぴいえんどって、松本隆、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂のバンドだよっておきゃくさんに説明したり。

後日、本人に聞いたら、幼稚園の頃から、サッカーの送り迎えに、
はっぴいえんどか、ビーチボーイズしか聞かされなかったので、
音楽ってそういうもんだという刷り込みだと言われた。

じゃ、先生にもそういえよとか思った今日この頃。

未来短歌会 2016年11月号 雨上がり 小川清

は、「12月の雨の日」への敬意(homage)です。

夕暮れの星ヶ丘門出て下り坂に街角縁取り映える
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