counter678610
(2010 年 4 月 30 日「研究ブログ」に設置)

研究ブログ

研究ブログ >> 記事詳細

2017/10/10

ロシアの学位と学位論文の言語

Tweet ThisSend to Facebook | by Takebe
しばらく前に、ウチの大学 Higher School of Economics (HSE) が「自分の所で学位を出せることになった」という話が降ってきました。日本だと学位は大学が出すのがが当たり前ですが、ロシア(と旧ソ連のいくつかの国)では学位は文部科学省の直属機関である高等資格審査委員会(Higher Attestation Commission)という所が出していているのだそうです。ところが今年(2017年)から、特定の大学は自分の所で学位を出すことが出来るようになったとか。その一つが HSE という訳。

で、その学位授与の規則を決めにゃならん、ということで、担当の先生から送られてきた叩き台をメールで議論していたのですが、私から見ると「何を議論しているのか分からん」ということで議論が白熱(というより炎上)していました。

論点の一つは「paper と dissertation のどちらを必要事項にするか」。これは用語の問題かもしれませんが、多分「結果を論文として雑誌に公表した時に、それを別に学位論文の形にして書く必要があるか」ということらしいですが、「そんなのどっちでも良いじゃない」とはいかないのかな。

私の場合(東京大学大学院数理科学研究科で博士(数理科学))は、学位論文が出来た時点でほぼそのまま雑誌に投稿しましたが、審査が済むまでに accept されていたんだっけ、間に合わなかったんだっけ(「修正すれば accept」の段階で間に合わせたような気がする)。今、東大数理の学位論文審査基準を見ると「学位論文は国際的な学術雑誌等に出版されているか、あるいは掲載される水準でなければならない」。とにかく、最終的には審査委員会の判断でなんとかなる、という形にしとけば良いんじゃないかと思うんですが、ウチの先生達は随分真面目に議論しているようでした。

もう一つ燃え上がっていた大きな話題は「何語で書かせるか」。つまり、「ロシア語を必須にするか、英語論文で可とするか」。これ、日本でも理系と文系で文化が違うと思いますが、私の場合は論文自体は英語で、日本語の要旨を提出し、タイトルは日本語に翻訳せよ、と言われた気がします。(「ハイアー・スピン8バーテックス・モデルのベーテ・アンザッツ」とカタカナ訳した私は天邪鬼。)

この「ロシア語か英語か」はいろんな立場の人がいろんな事言うから、気楽な外野から見ていると面白いと言えば面白い。
  • 我々はロシアにいるんだ、ロシア語を必須に。
  • ロシア語で書かなくてはいけない、となれば良い外国人留学生が来なくなる。そうするとランキングが落ちる。
  • むしろ国際的な言葉である英語で書かせるべきだ。
  • ロシア語は英語にも翻訳されるんだから、英語で書かなくても十分。
などなど。

ソ連崩壊までは、ロシア語は旧ソ連&東欧の共通言語でしたから、ロシア語が英語に取って代わられていくのを見るに忍びない、と思う人達が居ても不思議はない。(昔、ルーマニアでチャウシェスク政権が倒される時のドキュメントをNHKスペシャルで見た時に、ルーマニアの反政権側にハンガリーかどこかの東欧の国から「援助しようか」という電話が掛かって来て、そのやりとりがロシア語だったのでびっくりした憶えがあります。)また、数学のロシア語雑誌は、かなり多くのものをアメリカ数学会やロンドン数学会が組織的に翻訳しています。その意味でも多くのロシア人には「ロシア語は数学の国際公用語」という意識がある、もしくはあったのではないかと思います。そしてその地位を何とか保ちたいと思う人もいそうです。

で、議論が段々とギスギスした感じ(私から見て;ロシア人にとっては普通の『議論』なのかもしれませんが…)になってきた所で、時間切れ。学部長が「今は大学全体としてのルールを作っている段階で、細部は各専攻で決めるんだから、今そこまで細かい話をしても仕方がない」という形で収めました。

数学の学位論文を日本語(だけ)で書く、っていうのはまずあり得ないので、彼らの議論を見ているとやや複雑な心境です。
05:53 | 投票する | 投票数(1) | コメント(4) | 教育
コメント
suzumura2017/10/11 13:03:56
興味深い議論の一端を拝見することが出来ました。

私の学位論文は、実は私が最初の提出者であったため厳密な規程がありませんでした。今では詳細な規程がありますので、先生方が苦労して作られたものと、改めて思った次第です。
Takebe2017/10/11 17:30:50
鈴村先生、コメントありがとうございます。

「ファースト・ワン」とはすごいですね。特に、数学を含め理系の学位と文系の学位では重みが全然違う、とも聞きますから、最初に提出された学位論文は学部にとっても大事だったのではないでしょうか。
suzumura2017/10/13 10:58:54
当時、専攻の運営委員長をされていた先生からは、私が修士課程の1期生として入学したこともあり、「何だか戦友みたいな気がしていた」とおっしゃっていただいたものです。

武部先生のお返事に触発され、昨日、10年前に提出した博士論文のあれこれを書かせていただきました。
Takebe2017/10/13 19:16:31
鈴村先生、お返事ありがとうございます。

私もこちらの大学の数学学部の創立一年目から見てきましたし、そういう年齢にもなってきましたから、優秀な学生に対して「戦友みたい」と仰る先生の気持ちも分かるような気がします。