Researchlog by Noriko Arai

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2009/09/12

「数学は言葉」の対象は?

Tweet ThisSend to Facebook | by norico
ウェブ上で、「数学は言葉」の読者対象がよくわからない、というご指摘がありましたので、少し具体的に説明をしたいと思います。

「数学セミナー」の4月号(つまり新入生向けの号)では、毎年、新入生に向けて、大学の数学の入門編や、大学の数学のつまずくポイントを紹介するのですが、ある年に、ちょっとおもしろいイラストが掲載されたことがありました。
大学入学後に学ぶ数学の道のりを山道にたとえたものだったのですが、大学の数学を乗り越えるための山場(試金石)となるのが、イプシロン-デルタ論法、集合・位相、線形空間である、というものでした。この3つで8割が脱落する、というのが大学で数学を教えている教員の実感ではないかと思います。今はかなり多くの大学で、イプシロン-デルタ論法を教えることを諦めています。それくらい乗り越えるのが困難なのです。
線形代数や微積分の計算が多く含まれる試験では、試験の結果はおおよそ平均点を中心にして分布するのに対し、集合・位相の試験では、結果が完全に二極化します。また、同じ線形代数の問題でも、rankや逆行列の計算は皆が取り組むのに対して、「○○が線形空間であることを示せ」という問題は白紙が相次ぎます。これらは特定の大学や学部で起こる現象ではなく、多くの大学の数学教員が経験していることではないかと思います。

では、位相の定義が複雑か、「○○が線形空間であることを示せ」という問題の証明が数学的に困難か、というと、そうではないのです。たぶん、論理を身に着けている学生にとっては、これらは(複雑な行列の計算問題より)「楽勝な」問題であるはずです。

つまり、(科学の言葉である数学的な)論理とは、それを既に身に着けている人にとっては、ごく当たり前なスキルである一方、それを持たない人にとっては、どうやって身に着ければよいか皆目見当がつかない、というタイプのスキルなのです。

しかし、論理を持っているかどうかで、21世紀を生き抜けるかどうかは大きく左右されます。であれば、「論理力がない人はだめなんだよね」とか「最近の学生は論理力がどんどん落ちていて、イプシロン-デルタなんて、教えようがない」と嘆いているだけでは、数学の教員として怠慢だと言われても仕方がない、どうにかして、論理を教育する方法はないものだろうか・・・ここ数年あれこれ試行錯誤を繰り返してきました。そして、たどり着いたのが「言語教育の方法論で数学を教える」ということだったのです。まだ完成からは程遠いと思いますが、まずは一度まとめることでご批判を仰ぎたいと考えています。

イプシロン-デルタ論法など、数学系の学生以外関係ない、と思われるかもしれません。確かに、イプシロン-デルタ論法は、数学系以外の方には直接必要がない「知識」だろうと思います。ですが、この本で扱っているのは、知識ではなく、論理的スキルなのです。イプシロン-デルタ論法はあくまでも、そのトレーニングの題材として登場するに過ぎません。

ですので、論理が必要なのに、論理力をつけるために具体的にどのようなトレーニングをしてよいかわからない、というすべての方に向けてこの本を書いたつもりです。





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