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2015/10/19

西洋中世学会若手セミナー「外国語で論文を書く、報告する」

Tweet ThisSend to Facebook | by yuichi.akae

西洋中世学会若手セミナー「外国語で論文を書く、報告する」@青山学院大学

[この記事は facebook で 2015年10月13日 4:47pm にアップロードしたものの転載です。facebook よりももう少し安定性の高いところに載せておいたほうがよいというアドバイスにしたがって、このスペースを活用することにしました。 https://www.facebook.com/yuichi.akae/posts/10153585042492200 ]


 先日2015年10月10日(土)に、私がかかわっている西洋中世学会の若手セミナー「外国語で論文を書く、報告する」が青山学院大学で開催されました。

 プログラムは以下の通りです。

12:30     趣旨説明
12:45-13:15  原田晶子(歴史: ドイツ語)
     「外国語で論文を書く第一歩:執筆言語のスタイルを学ぶ」
13:15-13:45  坂本邦暢(科学史: 英語)
        「環境と訓練:日本で英語で研究するために」
13:45-14:15 関沢和泉(思想:フランス語・イタリア語)
「分析の器具としての(た)言語:あるラテン語のことばをめぐって」

14:15-14:30     休憩
14:30-15:00  村松真理子(文学: イタリア語)
     「対話としての研究―だれにどんなことばで語るためか」
15:00-15:30 奈良澤由美(考古学・美術史:フランス語)
     「現地研究者との関係構築」
15:30-16:05     休憩・懇談
16:05-16:30 赤江雄一(歴史: 英語)
     「外国語で論文を書く、報告する:アンケート調査から」
16:30-18:00 全体討論*


 次に、実行委員長の菊地重仁さん(青山学院大学)による趣旨説明を引用します。

日本にいながらヨーロッパ中世にかかわる研究に携わっているうちに湧き上がってくる欲求の一つは、ヨーロッパ中世を自らの過去として研究している人びととの対話ではないだろうか。あるいは日頃から卓上で対峙している「先行研究」文献の執筆者たち──そこには日本の研究者と同じく「外国史」・「異文化」としてのヨーロッパ中世研究に従事している人たちも含まれる──に、自分の見解を伝えてみたい、議論をしたいと思うこともあるだろう。そうした思いを実現するためには外国語で論文を書くか、あるいは外国語で研究発表をする必要があるが、日々の研究に従事しつつ同時並行でそうした発信技術を磨くのはおそらく容易ではない。また純粋に語学的な「アカデミック・ライティング」のスキルを習得するのとは別に、報告・投稿・寄稿のチャンスをいかにして掴むかということも問題になってくるだろう。本セミナーでは西洋中世学に対象を限定した上で、「外国語で研究報告をしたい」、「外国語で研究論文を公にしたい」と考える人たちの参考になるような情報を提供していきたい。外国語で書く/報告することは、日本語で論文を書く/報告することと何がどう異なるのか、分野や国・使用言語による「作法」の違いはどこにあるのか、どういった心構えで望んでいるのか、何に気をつけているのか、有用なツールとして何があるのか、投稿や報告志願の機会獲得やその後の具体的なプロセスはどのようなものなのか。パネリストたちにはそれぞれの経験を踏まえ、以上の点を含む様々なトピックについて語っていただく。もちろん一度のセミナーという限られた時間内で網羅的・体系的にすべてを伝えることはできない。しかしパネリストとして登壇してもらう方々はそれぞれ英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語での執筆・報告経験を持ち、また長期留学の末に海外で学位を取得した人もいれば日本に軸足を置きながら外国語での報告・執筆に注力した人もいる。またパネリストたちはそれぞれ専門も異にしているため、個々人の経験談を基調としていても、全体としてかなり多様な情報の共有につながることだろう。*

       * http://www.medievalstudies.jp/general/aboutseminar201510_0/


 自然科学系の学問に携わっておられる方なら、英語で論文を書くのはあたりまえのことであって、何をいまさら、という企画だな、と思われるかもしれません。しかし、人文系の学問というのは「英語で書けばよい」というものではありません。

 ここには非常に複雑な問題があります。

 たとえば私自身を例にとります。私は、中世ヨーロッパにおける活版印刷(グーテンベルク)以前の大量言説普及装置〈マス・メディア〉としての説教というテーマを研究してきました。イギリスに結果的には6年半+2年留学して、これまではおもにイングランド(イギリス)のラテン語説教史料をつかってきたので、英語で口頭報告し、論文を書き、なんとか一冊の学術書(モノグラフ)を今年刊行することができました。なので、英語を通じて、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリア・ニュージーランドの研究者たちに(今後は東アジアの研究者との繋がりもできてくるでしょう)自分の研究を伝え、彼らと直接議論できることの喜びを個人的には知っているつもりです。

 しかし、それは「英語が現代における学術上の普遍言語だから」そうしてきたのでは必ずしもありません。たしかに、英語が有効である範囲が大きいことは確かです。でも、かなりのところはたまたま、自分の研究にとって、英語で議論するのがいちばん便利なテーマと史料を選んだからそうなってしまったにすぎません。私の今の研究の進んでいる方向では、フランス語(とイタリア語)で議論できればなあ、書ければなあ、と思うことが多くなってきていて、それにしてはそのハードルは高いなあと思ってます。英語ですべてOKということはけっしてありません。

 では英語でなくても、フランス語(あるいは私とは異なる分野的には、ドイツ語、アラビア語、スペイン語あるいはヘブライ語)といった日本語以外の言語だけで論文を書けばよいのか。そういうものでもありません。

 人文系では、たとえば私の研究分野である史学(西洋史学)では、もし日本の大学や教育機関に職をもとめようとするならば、日本の権威ある学術雑誌に日本語で書かれた論文を掲載することが非常に重要です。それは、世界に目を閉ざした閉鎖的な国内の権威にしたがわなければならないから、では断じてありません。

 西洋史のポジションが(嘆かわしいことに他の人文系学問と同様に、地方国立大学—国立ではもはやありませんが—から削られつつありますが)公募されるとき、もちろんその大学、その部署ごとに事情は異なるでしょうが、その応募を審査するのは往々にして、狭義の専門外の研究者たちになります。同じ時代の同じ地域の歴史を専攻する研究者がその大学にいることは確実にありません。西洋史といっても異なる時代や地域を専門とする研究者や、日本史の研究者、さらには学問分野を違えるが同じ部署に所属する研究者たちが審査するのです。アラビア語で、スペイン語で、フランス語で、英語で書かれた専門分野の論文を個別に審査するのは端的にいって現実的に可能ではないのです。定評ある雑誌に、日本語で書かれて査読を通過して掲載された論文は、その問題を大幅にクリアする助けになっているのです。そして、日本語でおこなわれる学問の世界を豊かにしているのです。

 さらに以下のことが重要です。私たちの研究分野にとって、その論文であつかう事象の重要性や、その研究が明らかにする事柄の意味合いは、誰が読むかによって異なってくるということです。
 実際のところ、日本の西洋史の査読雑誌(たとえば史学雑誌とか西洋史学とか歴史学研究とか)に論文を掲載するほうが、現地語の専門雑誌に論文を掲載するよりも難しい側面があります。というのは、簡単にいえば、現地語の専門雑誌においては、なぜその問題を扱うのかについての説明をする必要がありません。自明だからです。しかし、日本の雑誌に載せるためには、なぜその問題が重要なのか、そしてそれを説明するための事実的背景を説明するために、その論文で扱うコアな議論をとりまく事情にかんして字数を使う必要があります。最初にそれらを説明したうえで、現地語の雑誌ならばそれだけを論じればよいコアな部分を論じ、さらにそのあとで、冒頭でのべた意義にそのコアの部分がどう対応するかを論じなければなりません。そうすることで、日本語文化圏でその研究を公表する意義がはじめて明瞭になるからです。そして、それを行う字数は限られています。それでも、いわゆる自然科学系の雑誌論文よりもはるかに字数は多いのです(原稿用紙80枚など=32000字 )。

 これらはすべて無駄である。英語ですべて書けばよい、ということになってしまえば、日本語で世界のことを深く知ることは非常に難しくなります。日本において、専門家はさらに孤立し、専門外からは、すなわち同じ(日本の)歴史学のなかであってですら、誰がなにをやっているのかきちんとはわからなくなり、学問外では「おまえがやっていることの意味はない」というきめつけをする人たちがいっそう増えていく可能性が高まります。そして日本語の世界はどんどん痩せほそっていきます。それでよいのでしょうか。私はよくないと思います。

 つまり結局のところ、両方しろ、ということです。日本語の外でも、日本語でも自分の研究を問うていく。この二方面作戦をするのが、現在の西洋中世研究とか西洋史とかで研究をしていくことだと思います。そして、私が言うまでもなく、現在、私の分野の研究者たちはそれに取り組んできているのです。

 しかし—というわけでようやく冒頭の若手セミナーのはなしにもどってくるわけですが—それは簡単ではない。さきほども書きましたが、日本語で原稿用紙80枚(32000字)に相当するような論文を、母語ではない言語で書くというのはほんとうにたいへんなことです。かろうじて意味がとおるような拙いものでは十分ではありません(日本史の雑誌に「意味はぎりぎりわかるけれども、ちょっとなあ」というようなものは載せられないのと同じです)。可能なかぎり、明晰で、エレガントな文体で書きたいのです。ちなみに、原稿用紙80枚(32000字)に相当するような論文というのは、博士論文や本のなかの一章分ぐらいなので、実際にはその3倍程度を書く必要があるわけです。

 それを個々人の努力でやってきたわけですが(西洋史や西洋美術史などの研究室などでは、人によって専門とする地域や時代の言語が異なるので研究室単位で支援するのが難しいところがあるでしょう、各国語文学の研究室であればまだそうではないかもしれませんが)、大学単位での教育体制が削られつつある現在、広義とはいえ同じ学問分野に携わる人たちで共に励まし合い、学んでいく体制をつくっていく必要があるだろうと思います。今回の西洋中世学会の若手セミナー開催の背後にある意図は、そのようなものでした(私は同学会の研究会講演会組織委員会の委員長をつとめております)。

[そういう意味で、昨今の、高等教育の予算措置が、すべて大学経由でおこなわれており、学会に対して援助がほとんどおこなわれていないことの問題は大きいと思います。大学を横断する互助組織として学会が果たすべき役割が大きくなってきているわけですが、手弁当でおこなわれる部分が大きく、大学内部での負担に加えて、これもとなると、さらに現場は疲弊していく側面があります。]

 これまでの海外での報告や論文投稿についてオンライン・アンケートを会員にお願いし、多くの方の経験を集約して共有することも今回試みました。その結果を私の報告であつかいましたが、何らかのかたちで公表する予定です。

 当日は、当初の予想を超える70名以上があつまり、アルコール抜きの懇親会に40名、さらにその後の(アルコールありの)2次会に30名と、たいへん盛況な会となりました。

 当日前後の様子については twitter の tweets をまとめたページをつくりましたので、そちらをごらんください。

 2015年度西洋中世学会若手セミナー「外国語で論文を書く、報告する」関連ツイートまとめ
http://togetter.com/li/885367


 毎年ではないかもしれませんが、このような会に連なる試みを引き続き考えていきたいと個人的には思っています。上記のまとめでは触れられなかった重要な問題も会のなかで論じられました。今後について、上記の研究会講演会組織委員会でも考えていきますが、ご意見等およせいただけるとありがたいです。

 最後に(私をのぞく)報告者の方々に改めてお礼をもうしあげます。そして、わざわざこの会のために遠くからきてくださった方々にも感謝申し上げます。個人的には、前研究会講演会組織委員長の加藤玄さん(日本女子大学)の舞台裏のそのまた舞台裏での細やかなご配慮に感謝します。そして最後の最後になってしまいましたが、今回の会の実行委員会のメンバーを記します(五十音順)。実行委員長として全体をリードしてくださった菊地重仁さんを初めとして、みなさまご尽力ありがとうございました。

  安藤さやか(東京芸術大学院)
  上田耕造(明星大学)
  菊地重仁(青山学院大学):実行委員長
  高橋権公(早稲田大学院)
  花房秀一(中央学院大学)
  村上寛(早稲田大学)
  村山いくみ(東京大学院)

(赤江雄一)  



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