一応ブログ

研究ブログ >> 記事詳細

2012/11/26

「ダークツーリズム」という名称を使う必要性

Tweet ThisSend to Facebook | by 旅人

 日本観光研究学会の観光研究Vol24 No.1に大森信治郎氏の『「復興ツーリズム」あるいは『祈るたび』の提言 −『ダーク・ツーリズム』という用語の使用の妥当性をめぐってー』と題された小論が掲載されており、拙著の批判的引用もされているので、彼の論考の誤りを正しておきたい。

 

 査読論文ではないにせよ、大森氏の論考は近年の世界的なダークツーリズム研究に対する調査を全くしておらず、この言葉が持つ世界的な状況を論じる典拠としては、2000年に出された、Dark Tourism (Tourism, Leisure& Recreation) John Lennon (), Malcolm Foley () [               BloomsburyPublishing PLC] と立命館大学の江口信清教授の討論会資料の一覧表だけを挙げ、具体的にこの10年間、ツーリズムの世界でダークツーリズムがどのように発展したきたのかという点について具体的資料に基づいて検証していない。彼は、以下の6つの点に基づいて、「感想」として「ダークツーリズムの呼称を用いるべきではない」と述べているが、阪神・淡路の頃から観光と復興という論点を研究してきた私としては、議論が粗いといわざるを得ない。

 彼は、

  用語のネガティブなイメージ

  「ダーク・ツーリズム」の指示内容の多様性

  被災地を訪れる訪問者の抵抗感

  受け入れる地域住民の反感

  研究者のフィールドワークの障害

  観光による被災地復興の様竹(ママ)となる可能性

6点をあげるが、ダークツーリズムの研究者の間では、ここ10年でほぼ消化されてしまった議論であり、今や日本においても“被災地復興のために”ダークツーリズムという言葉を積極的に用いる必要性があることをまとめておきたい。

 議論のとりかかりとして②から反駁していく。ダークツーリズムという言葉が意味する範囲が拡大しているからといって、この言葉を用いるべきではないという理由にはならない。ダークツーリズム概念は広がっているが、大森氏が提唱する「祈る旅」もダークツーリズム一類型であり、ダークツーリズムの範疇から外れていない。「祈る旅」の研究を行うということは、ダークツーリズムの一部分を研究することにほかならない。

 また、今年度だけで国際会議で日本のダークツーリズムの状況を3件ほど発表しているが、「ダークツーリズム」という用語は、エコツーリズム並に一般化してしまった用語であり、日本だけこの用語を使わないで済ませるということは非常に難しい。観光系の学会であれば、東南アジアや韓国の研究者もダークツーリズムという用語を普通に用いているし、学際系の学会においても、ダークツーリズムの概念を聞いたことがないという非観光系の研究者は非常に少なかった。その上で、⑤と関係するのであるが、この分野の研究者は、インド洋津波、ハイチと続いて日本に入ってくるわけであるが、ダークツーリズムという言葉を日本においても一般化しておかないと、世界的な研究の交流が不可能になってしまう。これは、ダークツーリズムという用語の使用をあえて避けることによって起こる弊害である。日本で開かれた今年のGeoparkの国際会議でもDark TourismBlack Tourismという言い方は普通にされていたし、民博で開かれた「記憶をつなぐ―津波災害と文化遺産」においてもやはり同様の状況である。民博のセミナーの際、バンダアチェの津波博物館の責任者とは個別に話をしたが、彼の専門分野はツーリズムであり、ダークツーリズムを地元の発展とつなげることを模索していると述べていた。換言すれば、ダークツーリズムという用語を使うことで、世界中の被災地と一瞬で連帯が可能になると言え、その意味ではこの言葉は「絆を繋ぐマジックワード」であると考えられる。また、観光庁も被災地への海外観光客の取り組みに熱心である以上、「ダークツーリズムをenjoyしている」(普通に英語でenjoyというが、このenjoyをどう訳すかは難しい)という潜在的な海外からの渡航希望者に対する準備をする必要がある。この文脈で考えるならば、ダークツーリズムという用語を使わないことは、⑥で述べる被災地の復興を却って阻害することとなる。

 唯一の問題は①およびそれから導き出される③④への対処であるが、Dark Tourismという言葉が、ネガティブな響きを持って感じられるのは、日本人の英語に特有のイメージである。私自身、そう英語は堪能ではないが、上述の通り、世界のツーリズム関係者は、もはやテクニカルタームのレベルを超え、一般的な用語としてDark Tourismという言葉を用いており、海外文献をみる限り、英語の”dark”という単語が、日本語の「ダーク」が意味するような強い否定的ニュアンスを持つわけではない。また、国際的な連帯(=悲しみの共有)がもたらす癒しの効果は、被災者にとっても大きな助けとなる。とすれば、用語のネガティブなイメージは、観光の研究者こそが一般社会や地域住民に対して啓発活動を行い、正していくべきであるし、これをやらないのは研究者として怠慢であろう。
 例えば、心理学者たちは「アダルトチルドレン」というテクテムが一般社会で誤用される際には、繰り返し誤用を指摘し、誤ったイメージが広がらないように努力してきた。われわれ観光学者も、世界で一般化した用語が、日本で誤用されないように働きかけるべきである。私自身も、かつてAFPが日本向けに、「ダーク・ツーリズム / そこには死や苦しみの影が漂い、恐怖に背筋が寒くなる」というタイトルで配信したものに抗議し、「歴史の暗部訪ねるダーク・ツーリズム訪問先8選」という標題に差し替えてもらった。フランスから配信された元の記事は、“そこには死や苦しみの影が漂い、恐怖に背筋が寒くなる”という記述が全く無く、日本で再配信される段階でこの理由の分からない説明が入ったようである。このような時、われわれ専門家はダークツーリズムという用語を避ける方向で仕事をするのではなく、社会が正しい理解をするように尽力すべきである。
 

 

 ちなみに、現在、“被災地”とダークツーリズムに関する論点は、観光研究Vol24.No1.に載っている「名称」などといった瑣末な問題ではなく、
①先進国とのリンケージ率をいかに下げるか(搾取問題)

Community Based TourismSustainable Tourismの研究成果とDark Tourismの研究をどのようにつなげ、社会に還元していくかという方向に移りつつある。



 日本は自然災害が多く、また先の戦争の体験もあるため、ダークツーリズム研究の一大拠点になり、ある意味「絆や癒し」世界的な中心になり得ると考えられるが、大森論文の論考は、この日本の優位性を失わせかねない。

 

(注)ダークツーリズムを批判する際に、必ず触れるべきThe Darker Side of Travel: The Theory and Practice of Dark Tourism(Aspects of Tourism) Richard Sharpley (Author, Editor), Philip Stone (Author),Philip R. Stone (Editor), Channel View Publications Ltd (15 Sep 2009)   に全く言及していないのは大変問題であると考える。この著は、具体的なダークツーリズムの方法論に言及しているが、2001年の同時多発テロ後に、ニューヨークのグラウンドゼロがダークツーリズムポイントとなったことに対する倫理問題を扱っている。大島論文が心配することはこの本でかなりクリアされているのであるが、ダークツーリズムに批判的な論考を発表しているにもかかわらず、あえてこの本を無視しているのは、かなり疑問であると言わざるをえない。


19:55 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)