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南国雑記帳(全卓樹)

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2015/12/10

帝国興亡方程式と歴史の枢軸

Tweet ThisSend to Facebook | by T_Zen
(1)

歴史を見渡すと、諸民族の興亡や王朝の交代が頻繁で、人の世の移り変わりは諸行無常、定めなきことが定めであるようにも見える。それでも歴史書を紐解き、国々の変遷をやや仔細に見るならば、定めなき定めには、定めないなりの何か、定めとまでは言わずとも、類型や典型といったものがあることに、気付かざるをえない。

 国は起こり国は滅ぶ。その間200年300年、通常長くて500年。歴史に名を残すほどの民族は大をなしてのち、一度傾きかけた国を再興させ大帝国を築いてから、やがて黄昏の夕陽のごとく緩やかに傾いていく。

なぜ栄えた国が永続することなく傾いていくのかというのは、古来からの多くの史書の議論の的であって、これは当然歴史家に限らず、歴史に学んで自らの行く末を考えようとする万人の関心事である。

個々の事象の連鎖を超えた、国家興亡の必然のダイナミクスが存在するのではないか、ということを初めてめて明快に論じたのは、14世紀アラビアの史家、アブデルラフマーン・イブン・ハルドゥーンである。北アフリカの3−4世代ごとの頻繁な王朝交代劇を目にし、自らも政治家としてその過程に関わったたイブン・ハルドゥーンの歴史観は、国の物質的経済的盛衰と人々の連帯心、公共心、尚武の気風といった精神的資源が相関して時間差を伴って変動する、というもので、これは今の我々が見ても非常に現代的なものである。

血みどろの内乱をくぐり抜けて一つとなった若く猛々しい部族が、瞬く間に諸国を統一して大きな王国を築き上げる。支配者となった人々が数世代を経て、安逸と奢侈の蜜に毒されていく。制度の整った国はそれでも拡大し、成功の分け前にあずかろうという人々の当然の希望は、妬み嫉み派閥争いを生み、それは絶えざる支配層拡大圧力となる。人々は公共心や団結心(イブン・ハルドゥーンが「アサビーヤ」の名で呼んだもの)を失い国事に無関心となる。 

 人々の身の回りの世話から始まって、宮廷の運営から戦まで、全て辺境の民や異人たちの手に委ねられるようになり、屋台骨のかしいだ家のように、国は内乱と外寇でやがて傾いてゆく。そして国は滅び、辺境の若々しい気風を持った異人たちの新しい国で置き換わり、歴史の新たなサイクルが始まる。


時は流れ歴史は巡って21世紀の初頭、イブン・ハルドゥーン史観の構造が非常に数理的である事に気付いたアメリが人がいた。コネチカット大学の数理生物学者、ピーター・ターチン博士である。彼はイブン・ハルドゥーンの描像をたった二つの量で表すという大胆な仮定をしてみた。人口もしくは領土面積、または国民総生産といった物質的尺度で測る国家の大きさA(t)と、団結心、公共心、ノブレス・オブリージュといった精神的資源に発する社会的凝集力を0と1の間で変動する一つの量として表した「アサビーヤ」 S(t) とが、次のような方程式で相関発展するモデルを提案したのである。
  \frac{dA}{dt} = c S A \left( 1- \frac{A}{h} \right) -a
  \frac{dS}{dt} = r \left( 1-\frac{A}{2b}\right) S (1-S)
この方程式は国家が一度大発展をして滅ぶ様を記述していることを、ターチン博士は驚きとともに発見した。それは通常数理生物学で生物種の時間的発展を扱う「ロトカ=ヴォルテラ方程式」からは絶対出てこない性質であった。

ターチン博士はこの方程式で発展するいくつかの国が地理的に隣接する状況を考えた。隣接国の大きさにある程度以上の差ができた時点で、弱小国が強大国にある確率で吸収されると考えて、実際のいつくかの地域のある時点の歴史上の国家分布から出発して、コンピュータ・シミュレーションを行ってみた。そして実際の歴史の進行と似た発展パターンを得ることができたのである!ここにその一例、唐からモンゴルに至る中国とその辺境の歴史を示してみる。



この結果自体をどれほど真に受けるかは、多くのパラメータ・フィッティングを伴ったものでもあって、意見が分かれるだろう。しかしターチン博士のシミュレーションの対象は、時代地域ともに多岐に渡る。その結果と実際の人類の歴史からのデータとの統計的解析から、モデルの有効性がはっきりと示されていると、ターチン博士は考えている。

いずれにせよ歴史の進行を、単なる地理的、人種的な生得要因ではなく、「社会集団の大きさ」と、単一指標で表した「内的構造」との力学的発展とみなして、かなりもっともらしい結果が出ることを示したのは、刮目に値すると考えられる。ターチン歴史力学は著書 [1] にまとめられている。喜ばしいことにこの本には訳書 [1J] も最近現れたので、外国文献はどうも、という読者諸氏でも、詳しい中身を自身で確認することができるだろう。 

(2)

筆者自身もひと月ほど前の10月末、数理生物学の本を幾つか買ったせいなのか、偶然アマゾンでこの出たばかりの訳書を推奨されて買ってみた。そして面白さに一気に読了した。多分この手の大風呂敷な一般化が、我々物理学徒にとても馴染む考えなのだろう。実際この話を私が熱心に語るのを聞いて、同僚の認知科学の篠森敬三博士が言ったのが「物理帝国主義!」という言葉であった。

ところがその物理帝国主義の視点から、ターチン方程式をつらつらと眺めていると、どうしても気になる点が幾つも出てくる。我々が普通考える「良いモデル」には、何かまだ
不足しているように思えるのである。

物理でいう「良いモデル」であるには、簡明でシンプルであるのはもちろんなのだが、その中から予期しない多様な現象が出てくる、非自明な種や仕掛けのある、そんな簡明さが要求される。二変数の非線形方程式であるターチン方程式は、そのままでは単に「一つの湧き出し型固定点」からくる一度きりのA(t)の興亡が起こり得るだけである。諸国民の相互作用を陽に考えた「現実的な」モデルの方は、今度は複雑すぎて数値計算以外手のつけようがない。結果のシミュレーションを見せられて、その有効性を信ずるにせよしないにせよ、「そげんことですかあ」という以外のどんな感想を語れるだろうか。

ターチン方程式の簡明性の長所を維持したまま、それ自体で諸国家の歴史の多様な側面を捉えられる、そんなモデルがきっとまだ発見を待っているのではないか。物理屋なら皆そう考えてしまうだろう。

ターチン方程式の周辺に、未発見の宝が埋もれていないかという疑問は、大学図書館の歴史の書棚を眺めていても湧いてくる。そこの目立つ位置には、アーノルド・トインビーの「歴史の研究」全十二巻が鎮座していて、これから目を背けるのは不可能である。十二巻本を手に取るのは億劫でも、その横に置いてある二巻本の縮刷版は、綺麗なイラスト写真がいっぱいで魅力的ではないか。
トインビーは語る。エジプトを見ても、メソポタミアを見ても、中国を見ても、ギリシャを見ても、歴史は環境や異部族の困難な挑戦への解答を見つけた少数者の覚醒から始まる、と。少数者は新機軸を団結心公共心でもって広め、共感を持って周囲に集まった人々とともに国家を築きあげるのだ。しかし創業が成功し国家が大をなすと、成功は慢心を生み、新機軸を持った少数者は、単に既得権を守ろうとするだけの支配的な少数者に転じてしまう。少数者間の派閥争いは不可避の政治力学を経てエリート層の膨張と財政不規律を招く。内乱が頻発し、国は拡張をやめて衰退が始まる。

ここまではイブン・ハルドゥーンとほぼ同じである。しかしこれでは縮刷版第一巻も終わっておらず、トインビーにはまだ先がある。
ノブレス・オブリージュの心性を失った支配層、アサビーヤの衰退した国家は、そのまま滅びることもあるが、場合によっては別の手段で第二の生を歩むことがある。その手段とは「世界帝国」と「世界宗教」である、とトインビーは語る。諸ポリスの争いで疲弊した古代ギリシャとオリエントの両方を覆ったマケドニア帝国では、古風な団結心公共心に代わって、気怠い虚無的なヘレニズムの世界市民主義が現れ、古代ギリシャ文化はそこで最後の輝きを放った。進取の気性と自発性に満ちた三国志の中国は、内乱が治ると儒教的に整備された制度のもと、彼岸的な道教そして秘教的な仏教の広まりが見られ、平安で学芸が栄える隋唐帝国へと変貌した。

宗教、学問、芸術といったものには、分裂し疲弊した社会を癒し、個人の心の平安を通じて、失われた統合を回復させる力があるというのだ。文化的繁栄はまた科学の進化を生む。これが軍事技術を通じて、老帝国の延命の助けとなったであろう事も容易に想像できる。

トインビーの膨大な著作中の個々の記述、特に非西洋諸国の歴史についての記述には、牽強附会の誹りがついて回るのは事実である。それでも彼の提示する描像の根本、部族的民族的凝集力とは別の、人間社会維持の非物質的資源たる「文化力」こそが、中期の混乱を凌いで立ち上がった大帝国を支えたとの説は、古今東西の歴史を貫く何かの真理を捉えているように思われる。

アサビーヤに替わって、宗教学問技術芸術文化がその麻薬的な力で、いわば第二のアサビーヤとして大国家の後半生を支えたのではないか。トインビー史観をそのように乱暴に要約することも可能であろう。

(3)

人はなぜ国家を作るのだろうか。それは人が自由を求めるからである。孤立した個人を待つのは自由ではなく隷属である。なぜなら孤立した個人は自然環境、または団結した集団との争いに必ずや敗れるだろうから。自然環境や他の集団から自らの主権を守ることのできるほどに強く団結した集団のなかで、いかしてに個人の自由を保障するのか、これこそが社会集団を構成する人間の永遠の課題である。

Le but des Anciens était le partage du pouvoir social entre tous les citoyens d'une même patrie. C'était là ce qu'ils nommaient liberté. Le but des Modernes est la sécurité dans les jouissances privées; et ils nomment liberté les garanties accordées par les institutions à ces jouissances. 
(Benjamin Constant, Discours prononcé à l'Athénée royal de Paris, 1819)
古代人の目的は、祖国を同じくする市民の全員が社会の集団的権力を共有するところにあり、そのことが、かれらが自由と名付けたものでもあります。ところが近代人の目的は、個人の私的な享受の安全が保証されることであり、近代人は、その享受が政治制度によって与えられる保証を自由と名付けたのであります。
(バンジャマン・コンスタン、1919、パリ王立アテネ学院における講演)


コンスタンがここで「古代人の自由」「近代人の自由」と呼んだものは、おそらく古代と近代の心性であるより、むしろ国家の初期興隆期と後期帝国期の人々の心性の対比を表現していて、我々のいう「アサビーヤ」「第二のアサビーヤ」の的確な記述になっている。前者の現れは古代スパルタにも春秋中国にも近代プロイセンにも明治日本にも見出され、後者の表出は帝政ローマにも頽唐中国にも徳川日本にも現代米国にも見出されるだろう。万葉の人麻呂の雄渾な歌には平安期のアサビーヤがよく看取され、新古今の定家の繊細なマニエリスムには第二アサビーヤ優勢の鎌倉期の空気を読み取れはしないだろうか。

イブン・ハルドゥーンの著作を改めて紐解くと、ここでいう「第二アサビーヤ」の概念の萌芽が、既にそこに見出されることを発見して驚かされる。強いアサビーヤを持ってメソポタミアに新たな征服王国を打ち立てたアラブ人支配者たちの生活は、瞬く間にペルシャ風ローマ風の豪奢な宮廷風俗に覆われていった。それは人々の団結心を阻害する負の側面と同時に、人々に畏怖の念と自発的な服従を呼び起こし、社会の統合を促進した側面を持った様子が、「歴史序説」に詳細に描写されている。

もう一つのアサビーヤを持つイブン・ハルドゥーン史観、もしくはそのようなものとして理解されたトインビー史観を、数理の枠組みに載せるのはたやすいことである。鍵となるのは、真の革新が途絶えた後も社会の統合を維持していける精神的資源としての文化力を現す、この第二のアサビーヤの正しい特徴付けである。

二つの点が大切で、一つ目は、第二のアサビーヤは社会の連帯を表現したアサビーヤに比較して、政体の規模が大きくなっても維持しやすい点である。もう一つは第二のアサビーヤの増大にはアサビーヤの存在が前提となるという点である。秩序があって身の安全がとりあえず確保されない場所で、信仰と言っても芸術といっても科学といっても、それらはなかなか根付かないものだろうから。アサビーヤののちに来たるもの、という意味でここでは文化力を数量化した量を「メタアサビーヤ」と呼ぶことにして、それを R(t) で表そう。我々は次のような方程式を書き下した [2] [3]。
  \frac{d A}{d t} = \frac{c}{1+f} (S + f R ) A \left( 1-\frac{A}{h}\right) -a 
  \frac{d S}{d t} = r \left( 1- \frac{A}{2b} \right) S (1-S)
  \frac{d R}{d t} = q \left( 1- \frac{A}{2d} \right) S R (1-R)
最初の式は政体の物質的経済的サイズ A(t) の増加率 dt\dA を、二番目の式はアサビーヤ S(t) の増加率 dt\dSを、三番目の式はメタアサビーヤ R(t) の増加率dt\dRを与えている。これらが正になると、各々の量は増加することになり、負だと減少する。

第一の式で、hは政体が安定に存在しうる最大のサイズを決める環境収容力であって、A(1-A/h)はバクテリアから哺乳類までに共通の孤立した生態系の「ロジスティック」な発展を表している。-aが環境の挑戦、(S+fR)が人間の応答を与えている。アサビーヤS、またはメタアサビーヤRが0以外のある程度の値を持って-aに打ち勝たない限り政体は成長しない。

第二第三の式でS(1-S)、R(1-R)の形は、アサビーヤ、メタアサビーヤがそれ自身の存在に触発されて大きくなる事を表す一方、0と1の間の値に収まっていることをも保証している。(1-A/(2b))、(1-A/(2d))という因子のために、政体サイズAが2bを増えるとアサビーヤが減少に転じ、またAが2dを超えるとメタアサビーヤが減少に転ずる。ここで d が b より大きいと仮定すれば、それが式の前の説明の第一の点を考慮したことになっている。また第三式でメタアサビーヤの増加率 d t \d R が、アサビーヤ S に比例するようにできているのが、第二の点の数学的表現である。

政体のサイズはアサビーヤもしくはメタアサビーヤにの存在によって増大するが、アサビーヤの成長は政体サイズの増大によって鈍ってある時点で減少に転ずる。メタアサビーヤはアサビーヤがあるところでのみ成長し、政体サイズの増大でその成長率は鈍化するが、それはアサビーヤほど顕著ではない。この3本の方程式が表す政体の力学を言葉で表せば、概略そんな風になる。

この方程式が何を予言するかは、数値計算の結果を視覚化した下記のグラフを見ればすぐに明らかになる。
 
 
2自由度のターチン方程式との大きな違いは、この新しい方程式の解にあっては、系のパラメータを固定しても、国の始まりの時点での国の大きさ、アサビーヤ、メタアサビーヤが何であったか(初期値)によって、国力 A(t) の時間変動に、一回の興隆と滅亡、二回の振動的な変動を伴う再興のち滅亡、盛衰の振動ののちの永続、緩やかな変動のある永続といった、あらゆるパターンの国家興亡が見出されることである。

アサビーヤS(t) の変動を見ると、国の大きさの盛衰を半周期ほど先導する様子で振動していて、これは元祖ターチン方程式の結果と同様であるが、メタアサビーヤ R(t) は始まりのほぼゼロの値からゆっくりと上昇し、盛衰の振動があって国が再興する場合に限って急激に増大し、それが国の再興自体を支える格好になっているのが見て取れる。国が安定的な永続モードに達した場合、そこではアサビーヤはゼロで、国の存続を支えているのはメタアサビーヤのおかげになっている。本当に永続する国は現実にはなかったので、これは実際にはエジプトやビザンツ帝国に見られるような、通常の数百年の時間スケールを超えた「千年王国」状態になったものを指す子考えればいいだろう。

どんな国の大きさとアサビーヤの値の組み合わせから出発すると、千年王国が実現するか、どんな組み合わせで混乱の後再興して帝国段階まで至る国家ができるか、といったことを今のモデルで計算して図示したのが、最後に示すこの図である。
黄色の領域に相当するA(0)とS(0)の組み合わせで国家が始まると、それは千年王国に至り、赤だとメタアサビーヤが十分早く発展して再興段階まで行く帝国、緑だとともかくも一度立ち上がって滅ぶ通常クラスの国家、青だと環境の挑戦に応じられず立上がるとすぐ消滅する国家を表している。左の図では、メタアサビーヤの初期値が小さい通常の国家の始まりに相当する場合が描かれており、右の図では、最初から高いメタアサビーヤを持って国家が出発する場合を描いてある。後者はそれ以前にそこにあった帝国の住民の高い文化を引き継ぐことができた「第二世代国家」や征服王朝といったものに相当すると考えると良い。

(4)

いったい何故、第二のアサビーヤの考慮によって多様な国家盛衰の様子の記述が可能になったかといえば、それは完全に非線形現象を扱う「力学系理論」の話になる。そこでは「3」はマジックナンバーであって、国家の大きさ A(t)、アサビーヤ S(t) にメタアサビーヤ R(t) を加えた三変数の連立一次微分方程式系では、二変数理論では決して現れない、固定点の分岐、集積、固定サイクル、ストレンジアトラクターといった多彩な現象が起こりうるこということが、長らく知られていたのである。このあたりの一般的な詳細は標準的な教科書 [4] を見てもらうことにして、ここでは我々の数理的モデルの数学的な種明かしを、図解で行ってみよう。
      
      
この図を見ていただきたい。ここで必要なのは「位相空間」という考え方である。時間的に変化する量 A(t) 、 S(t)、 R(t) を三つの時間の関数として表示する代わりに、A、S、Rの値をその三つからなる座標上に表示したものである。これが力学変数の位相空間表示と呼ばれるものである。ある時刻でのA、S、Rの値をプロットすれば、この位相空間では一つの点になる。ちょっと時間が経てばA、S、Rの値が少し変わるので、それは位相空間上では近くの別な点になる、これらをずっと繋いでいったのが図に青の実線として表示されている「国家の軌跡」になり、A、S、Rの3つの値の変動が一挙に鳥瞰的に見て取れるわけである。

この図はそれぞれ先ほど示したA(t)、S(t)、R(t)の4つの発展パターンに対応しており、同じものを位相空間で示したものである。位相空間ではA(t)やS(t)の振動は渦巻き状の軌跡で表されており、R(t)の緩やかな増加はその渦巻きの平行移動的な進行で表されている。どうやら位相空間の中には何か軸状のものがあって、すべての軌跡はこの軸の周りを一回二回と回ってこれがA(t)やR(t)の振動的変化の原因になっている。何回か回って落ち着き先が滅亡を表すA(t)=0の地面であることもあれば、永続を表すA(t)>0のまま横の壁S(t)=0に達することもある。どっちになるかは最初の出発点からはなかなかわからない。

この国家の盛衰を裏で司っている位相空間内に置かれた軸、いわば「歴史の枢軸」は、実は力学系理論を使って方程式から任意の制度で求めることができる。また国家が永続軌道に乗った場合の可能な落ち着き先も実はある曲線に乗っていて、これも力学系理論の標準的な道具立てで求めることができる。
それを位相空間上に表示したのがこの図で、これがいわば国家の歴史的発展形態の位相空間状での骨組みを与えているのである。repeller とかいた緑の軸が歴史の枢軸を表していて、赤い点線のattractor が永続国家の可能な終着点をつなげた線である。歴史の枢軸の存在はこのモデルに特殊な性質ではなく、ある種の生態系を記述する方程式系では広く見られるのではないか、というのは十分ありうる推測で、その検証が待たれる。

ターチン方程式に実は潜在していた特異な構造の存在が、我々が行った異次元の導入によって暴かれたというわけである。この新規な構造体は、物理の数理でも生物の数理でも類例はないようで、少なくとも筆者は今までこのようなものに出くわしたことがない。

また当然ながらA(t)やS(t)の振動周期や、R(t)の増加率などは計算できて
  T_{osc} = \sqrt{ \frac{8 \pi^2 b} {ar (1-S_0) } }\left< \frac{dR}{dt\right>=\frac{q (d-b))}{6fd} S_0^2
ただし
  S_0 = \frac{ (1+f) a h }{ 2c b (h-2b) }
てな感じで求まるので、もしこのモデルで現実を解析しようという場合には、そういった量が実際の歴史データから理論パラメータを推測する場合の鍵になる。

このような興味深い性質を持つ力学系を一つの国のモデルとして得たからには、そのような国複数を歴史的地図の上(例えば戦国初期に区分した日本地図上)に配置して行う「歴史力学的シミュレーション」が、次の課題の一つとして当然浮上してくるのである。(これをうちの来年の卒研の題材にするかなあ。でも誰か興味があってデータ集めやる気力ある歴男歴女、もしいたら一緒に今からすぐに始めませんか)

(5)

位相空間についての前節は、さすがに私にもちょっとテクニカルに過ぎたかと思えるので、物理や数学、数理生物の専門家以外の読者から、さっぱり理解できないひでえ話だったと言われても文句を言えない。ただここで本当に伝えたかったメッセージは、数式に載せることで初めて明らかになる「背後の構造」が見えて来る様子だった。

歴史に関する言説を、微分方程式で表される「力学系」という定量的な記述の枠組みに、一度乗せて仕舞いさえすれば、あとはその言説とモデル化の精度の範囲内で、定量的確定的な予言を得ることができて、その言説の真偽を歴史のデータに照らして判別できる。我々は今やそんな時代に生きており、それを無視して、何かの主張とそれと対立する主張の論戦が、ただの水掛け論として垂れ流され続ける状況を、いつまでも許容し続けられないだろう。

数理的な歴史記述は、今のところまだここに示したような素朴で図式的なもので、プロの社会学者や歴史学者からすれば、ただの荒っぽいポンチ絵なのかもしれない。しかし一方、このポンチ絵が頑強な数理的背骨を持つ事は、この荒い描像にまだいくらでも健全な発展の余地があることをも意味している。政体二つの競合を考えた6自由度系にどんなドラマが隠されているだろうか。三政体9自由度の織りなす三国志はどのようなものであろうか。

力学系の教科書を開いて目次を見れば、そこには「終着状態分岐」「安定状態と危機」「事象のカスケード」「カオス的奇妙な終着状態」といった文字が見つかる。あたかも我々の周りの社会事象に関するかのようなこれら諸概念は、すべて厳密な数学的定義を持つ力学系理論の熟語なのである。自らが歴史事象の記述に適用されるのを、これら諸概念が今か今かと待っている様を想像してみようではないか!

数理物理学的または数理生物学的な道具立てのみを持って、人間社会を、歴史を研究する事はもちろん出来無い。社会学や歴史学の研究には、今後も今まで通り、地道な文献収集作業と人間性の深い哲学的理解に裏打ちされた広範な教養とが前提になるだろう。しかしながら、数理生物学と複雑系科学の最近の進展を見るにつけ、社会学者や歴史家といえども、数学や物理学の基礎修練との無縁を、いつまでも決め込むわけにはいかないのではないか。

いやそうではない。きっと今世紀半ばには社会学や歴史学こそが、数学的言語と道具立てを自在に使いこなす人文科学の代表として、人間が過去に学んで同じ愚を何度も繰り返し続ける悲劇を避けるための定量的科学として、新世紀の人文学の先陣を切っているのではないか。筆者にはそのように思えるのだ。

ちょうど星々や銀河の波乱に満ちた一生を、天体物理学の方程式がわずか数行に封ずることができるように、もしも民族や王国の興亡の秘密を、歴史力学の数行の方程式が語り始めるのだとするならば、それはとても魔術的な、心躍る物語であるに違いない、

参考文献

[1]  P. Turchin, "Historical dynamics -- Why states rise and fall", Princeton UP, 2003  [link to amazon.com]
[1J] ピーター・ターチン 著、水原文 訳、「国家興亡の方程式--歴史に対する数学的アプローチ」ディスカヴァー21社。平成15年 [link to amazon.com]
[2] T. Cheon and S. S. Poghosyan, "Spiral orbits and oscillations in historical dynamics", arXiv.org:1512.07715, Dec. 2015
[3] 全卓樹、「社会物理学のすゝめ」高知工科大学「環境とソーシャル」講演記録、平成15年11月27日
[4] K. T. Alligood, T. D. Sauer and J. A. Yorke,  "Chaos: An Introduction to Dynamical Systems", Springer, 1996 [link to amazon.com]
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