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2016/05/20

オープンサイエンスを読み解く:「つくばコミュニケ」と関連報道から

Tweet ThisSend to Facebook | by kitamoto
2016年5月15日から17日にかけて、つくば市でG7 茨城・つくば科学技術大臣会合が開催され、その成果として「つくばコミュニケ」が採択された。これは、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の科学技術担当大臣と、欧州委員会の研究・科学・イノベーション担当委員による共同声明である。その全文が、以下のウェブサイトで公開されている。

G7茨城・つくば科学技術大臣会合 2016年5月15日~17日
関連会合文書 | 文書・資料 | 伊勢志摩サミット

このつくばコミュニケでは、インクルーシブ・イノベーションとオープンサイエンスが分野横断的課題、グローバルヘルス、次世代の科学技術イノベーション人材育成・女性活躍推進、海洋の未来、クリーンエネルギーが個別課題と位置づけられ、これらの課題に取り組むための科学技術イノベーションに関する議論があった。

このつくばコミュニケの内容、そしてそれに関するメディア報道から、オープンサイエンスを読み解くというのが本記事の趣旨である。

最初に、つくばコミュニケをメディアがどう報じたのかから読み解いていこう。Google Newsを「オープンサイエンス」で検索し、つくばコミュニケに言及する記事を拾って、オープンサイエンスに関する記述を抽出してみたのが以下である。なお、以下の記事以外にもつくばコミュニケに言及した記事はあるが、オープンサイエンスという単語を含まない記事は除外した。

毎日新聞:G7科技相会合 声明履行へ、日本意欲 海洋観測網強化
オープンサイエンスについては「公的な研究成果を企業や市民が活用できれば、さらなる成果が期待できる」と指摘。会合では、個人情報保護や経済競争などに配慮しつつ、推進策を検討する作業部会の設置に合意した。

東京新聞:G7科技相会合が閉幕 「防災の協力推進」追加
共同声明には、人類にかかわる二つの原則を反映させた。年齢やジェンダー、言語、地域を問わず、全ての人に科学技術で繁栄をもたらす「インクルーシブ(包摂的な)イノベーション」と、科学データを学術関係者だけでなく、民間企業や一般市民とも共有する「オープンサイエンス」だ。
 記者会見では、「科学は社会全ての人にとって役立たなければならない」(英国)、「科学技術の世界規模の課題には協力しなければならない。より良い科学を市民に広げることが必要」(EU)などの意見が出た。

中日新聞:高齢化は技術革新で対処 G7科技相会合、声明採択し閉幕
研究成果やデータを研究者以外にも公開し、市民科学の裾野を広げるための「オープンサイエンス」の推進も決めた。

茨城新聞:G7茨城・つくば科技相会合 地球規模の課題解決へ
このほか、海洋の生物多様性を維持するための国際的な観測態勢の強化や、研究成果やデータを研究者以外にも公開する「オープンサイエンス」の推進などに取り組んでいく。

SankeiBiz: 高齢化への研究を推進 G7科学技術相会合が共同声明
公的資金による研究成果を企業や市民が入手できる「オープンサイエンス」を推進することも盛り込んだ。

日本経済新聞:感染症研究で連携加速 G7科技相会合で共同声明
各国は実験データをやりとりする「オープンサイエンス」と呼ぶ手法で連携し、研究を加速する。国際ルールづくりに向け、作業部会の設置も決めた。

記事のタイトルにオープンサイエンスを入れたものは、残念ながら見つからなかった。その代わりにタイトルで取り上げられたキーワードは、高齢化2、海洋1、防災1、感染症1であり、やはり日本として高齢化が最大の関心事ということになろう。それらの具体的な課題と比較すればオープンサイエンスは明確なイメージが描きにくいことは否めず、各社とも記事の最後の方で言及するにとどまった。

次に記事本文におけるオープンサイエンスの取り上げ方を見てみよう。

まず研究成果のオープン化について。毎日新聞は「活用」、東京新聞は「共有」、中日新聞と茨城新聞は「公開」、SankeiBizは「入手」、日本経済新聞は「連携」という言葉で表現しており、各社の表現が異なる点は興味深い。この表現の違いは記者・編集者の視点の違いによるものであろう。「活用」と「入手」は市民側からの視点、「公開」は研究側からの視点、そして「共有」は両方を俯瞰した視点である。なお日本経済新聞の「連携」は研究側に閉じた視点であり、他とは異なり市民という視点は入っていない。

次に市民科学について。明示的に言及したのは中日新聞だけで、その他はあまり触れていないのは、そこがあまり印象的に思えなかったためだろうか。また作業部会の設置に触れたのは毎日新聞と日本経済新聞、個人情報保護や経済競争に触れたのは毎日新聞と、ここでも力点の置き方に違いがある。最後に日本経済新聞だけがオープンサイエンスを「手法」と呼んでいるが、実際のところオープンサイエンスという特定の手法があるわけではないので、ここはもう少し説明が必要な箇所かもしれない。

このように、つくばコミュニケとその記者会見は、オープンサイエンスに関してかなり幅のある印象を与えたようである。ただし研究成果の公開・共有・活用にはすべての記事が触れていることを踏まえると、オープンサイエンスは研究成果のオープン化に関するものであるというのが、各社共通の理解になったと言えそうである。

さて、これらの報道が参照する「つくばコミュニケ」であるが、そもそもこの文書には何が書かれているのだろうか。5月19日時点で公開されている原文(英語)および日本語訳版(仮訳:暫定版)を参照しながら、元のテキストを読み解いてみたい。後述するように、原文と日本語訳には内容に違いがあるため、本来なら正式な日本語訳を待ってから内容を理解すべきかもしれないが、原文と日本語訳の不一致自体からコミュニケの編集過程に関する情報がにじみ出ている可能性もあるため、ひとまず仮訳を参照した比較を行う。

まずオープンサイエンスについて、序文(Introduction)に以下の言及がある。

Furthermore, we acknowledged that Open Science can change the way research and development (R&D) is undertaken, with emerging findings leading to far greater global collaboration and encouraging a much broader range of participants and stakeholders. We also recognized the importance of Open Science as a driver for greater inclusion in R&D, for example with the emergence of citizen science.


さらに我々は、オープンサイエンスは研究開発(R&D)のあり方を変えることができ、その結果として国際連携の強化や参加者・ステークホルダーの拡大につながる可能性があることを認めた。 また我々は、市民科学の台頭に代表されるような R&D における包摂性を推進する上でも、オープンサイエンスが重要な役割を果たすことを認識した。

オープンサイエンスの定義は様々であるが、序文ではコミュニケの重要コンセプトである「インクルージョン」と関連付け、誰でも分け隔てなく共に参加するサイエンスという観点からオープンサイエンスのイメージが描き出されている。その一例が市民科学であり、たとえば最近の記事幻だった(?)マヤ遺跡発見:宇宙考古学と市民科学と人文情報学の視点もこれに関連する話題である。インクルージョンという目的を達成するための手段としてのオープン性に焦点を合わせているとも言えるだろう。これもオープンサイエンスの一側面である。

続いて本文では、オープンサイエンスに関する主題と副題が提示される。

6: Open Science‐Entering into a New Era for Science
Putting into Practice New Framework of Research and Knowledge Discovery, Sharing, and Utilization through Openness

6: オープンサイエンス-サイエンスの新たな時代の幕開け
オープン化をベースとした、研究と知識の発見・共有・活用に関する新しいフレームワークの導入

本文では、サイエンスに関係者を巻き込んでいくというインクルージョンのコンセプトは弱まり、むしろサイエンスを外に開くことで社会の利活用を進めていく方向に力点が移っている。

Open science enables broad and straightforward access to and use of the results of publicly funded research (e.g. scholarly publications and resultant data sets) not only for academics, but also the private sector and the general public more broadly.

オープンサイエンスは、学術関係者だけでなく、民間企業や一般市民が、幅広い分野の公的資金による研究成果(論文や関連するデータセット等)に直接アクセスできるようにするものである。

最初のポイントは、論文へのオープンアクセスやオープンデータである。オープンデータといえば、2013年のロンドンサミットでオープンデータが取り上げられたことがよく話題に上るが、オープンデータ憲章(概要)にも説明があるように、当時の主な対象は「政府データ」であった。今回はこれが「公的資金による研究成果」に変わった点が、一つの大きな違いである。

Fundamental to the progress of open science is the continued investment by governments and others, such as the Group on Earth Observations’ Global Earth Observation System of Systems (GEOSS), in suitable infrastructures and services for data collection, analysis, preservation and dissemination. These systems and services offer a new approach to research, creating the possibilities for new scientific developments and increasing the returns from government investment in research. We endorsed this approach and decided to promote open science, taking in to account the particular characteristics of individual research fields.

オープンサイエンスの推進には、例えば地球観測に関する政府間会合が構築した全球地球観測システム(GEOSS)のように、政府機関やその他機関が、データ収集、解析、保存、公表のための適切なインフラとサービスに継続的に投資を行うことが必須である。このようなシステムは科学研究に新たなアプローチを提供し、新しい科学の発展の可能性をもたらすとともに、政府が投資した研究からの見返りを大きくするという側面を持っている。

ここではGEOSSという固有名詞の明記が目を引く。地球観測データは、グローバルなデータ共有による社会課題解決というイメージに最も適合するからだろうか。ちなみに私も参加するDIASプロジェクトは、GEOSSに対する日本からの参加主体となっているプロジェクトであり、ここでもオープンサイエンスへの取り組みは大きな課題となっている。

There has been an abundance of open science practices in many countries and organizations and in many different fields of science in recent years. We recognized a growing need to share common international principles for open science and to put these principles into practice through open access to scholarly publications and open data.

我々は、このアプローチを支持し、研究分野によって事情や状況が異なることを念頭に置きつつ、オープンサイエンスを推進することに決意した。 オープンサイエンスは、ここ数年、さまざまな国や組織、さまざまな科学の分野で実施されてきた。我々は、オープンサイエンスに関する世界共通の原則が必要になっていること、およびオープンサイエンスは学術論文へのオープンアクセスとオープンデータを含む必要があることを認識した。

この部分はなかなか興味深い。英語と日本語の内容に違いがあり、日本語の冒頭にある歯切れの悪い感じの文章が英語版には存在しない。この違いは仮訳だからなのか、最終段階で削られたからなのか、そのあたりの事情はよくわからない。分野による慣習の違いはオープンサイエンスの議論では必ず問題となるところで、日本に固有の問題ではないはずなのだが、英語版がそうした細かい話をばっさり削った形になっているのは、コミュニケの目的は世界共通の原則をシンプルに打ち出すことにある、との意図があるのかもしれない。

Furthermore, we recognized the importance of stronger foundations for the support of open science, such as incentives for researchers and institutions, support systems and human resources.

さらに、研究者や研究機関にインセンティブを付与するなど、オープンサイエンスを支える基盤を強化することが、オープンなシステムやそれに係る人材を支えることを認識した。

オープンサイエンスを推進するには、なんといっても人材が必要である。そして人材を育てるにはキャリアパスが必要である。そしてキャリアパスを回すためには、インセンティブが必要である。インセンティブの部分がなければ、いくら崇高な目標があってもオープンサイエンスは進まない。しかしインセンティブをどう設計するかは、サイエンスという文化にも深く根ざす問題でもあり、解決には多くの関係者による努力が必要であると思う。

We recognize the need to promote access, taking into consideration privacy, security, and legitimate proprietary rights, and different legal and ethical regimes, as well as global economic competitiveness and other legitimate interests.

我々は、プライバシー、情報セキュリティ、正当な所有権、国や地域によって異なる法倫理、国際的な経済競争力、その他の正当な利益を考慮に入れつつ、オープンアクセスを促進する必要性を認識する。

いくらオープンサイエンスが重要とはいえ、なんでもかんでもオープンにする(できる)わけではない。なぜオープンにできないのか、よく取り上げられる理由を最後にまとめて列挙している。

i. Establish a working group on open science with the aims of sharing open science policies, exploring supportive incentive structures, and identifying good practices for promoting increasing access to the results of publicly funded research, including scientific data and publications, coordinating as appropriate with the Organisation for Economic Cooperation and Development (OECD) and Research Data Alliance (RDA), and other relevant groups

i. オープンサイエンスに関する作業部会を設置して、OECD といった国際機関との連携を視野に入れたオープンサイエンスのポリシーの共有、インセンティブの仕組みの検討、公的資金による研究成果の利用促進のためのグッドプラクティスの特定を行うこと。

仮訳からはなぜかResearch Data Alliance (RDA)が漏れているが、この固有名詞は確かに入れておいた方が良さそうだ。OECDとRDAはオープンサイエンスを主導する2つの大きな国際組織であるが、OECDは主にビジネスの立場から、RDAは学術および資金提供の立場からオープンサイエンスを進めている。

ii. Promote international coordination and collaboration to develop the appropriate technology, infrastructure, including digital networks, and human resources for the effective utilization of open science for the benefit of all.

ii. オープンサイエンスが有効に活用され、すべての人がメリットを享受できるようにする ために、国際的な協調や連携を推進して、デジタルネットワークの整備、人材の確保など、 適切な技術やインフラを整備すること。

作業部会の設置と並んで、技術とインフラと人材を育てるためには国際的な協調と連携が必要であるが、日本はそこにメインプレイヤーとして存在感を出せていないのが現状である。世界に向けて存在感を出せるよう、今後は日本の動きも加速していかねばならない。

以上、つくばコミュニケとメディアの反応、そして私の感想をまとめてみた。なお、オープンサイエンスそのものに関する読み解きは記事の範囲を超えるため、ひとまず以下の資料などを参考にしてほしい。
来週には伊勢志摩サミットにて、オープンサイエンス憲章のような文書が発表される可能性もあるので、それを待ってあらためてオープンサイエンスについて考えてみたい。

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