トルコ語のススメ

トルコ語の世界へようこそ!

世界に広がるトルコ語

 日本から西へおよそ10000キロメートル、直行便で12時間半ほど離れたところに、トルコ共和国はあります。トルコ語はこの国で話されている公用語で、正確な数値はわかりませんが、トルコ国民(およそ7500万人)のうち、90%以上の人が第1言語としてトルコ語を話すと推定されています。また、トルコ国内でそれ以外の言語(イラン語派のクルド語などがよく知られています)を話す人たちもトルコ語を併用するバイリンガルが多く、トルコ語をネイティブとほぼ同等程度の流ちょうさで話すことができます。トルコのほぼ全土で、トルコ語は問題なく通用するということができるでしょう(参考:Göksel and Kerslake 2005)。

 もちろんトルコ語を話す人々は、トルコ国内だけにとどまりません。トルコ国外でトルコ語を話す人々を大きく二つのグループに分けるとすれば(i)ギリシア、ブルガリアなど、かつてオスマン=トルコ帝国の領土であったヨーロッパ各地に点在する地域社会の人々、そして(ii)1960年代以降主に西ヨーロッパの各国や北部アメリカ、オーストラリア等に移住したトルコの人々です。これらの地域に移住したトルコ人の後の世代の話者には、トルコ語の使用が行われなくなってきているということも指摘されています。しかし控えめに見積もっても、およそ6500万人程度はネイティブ、またはネイティブと同等の会話能力を有するトルコ語話者がいると思われます。

 日本にもトルコ語を話す人たちがいます。国内のある程度大きな都市であれば、町中にトルコ料理屋の看板を見かけることも最近は増えました。そこで腕をふるうシェフの多くは本場からやってきたトルコ人であることがほとんどではないかと思います。また大学にもトルコ語学科が開設されていたり(東京外国語大学や大阪大学外国語学部)、外国語の授業としてトルコ語の授業が開設されていたりすることもあるでしょう。日本語教育機関に留学にやってきた、トルコ人留学生と知り合う機会を得た人もいるかもしれません。このように、今やトルコの人々、また彼らの話すトルコ語は日本にいながらにしても、とても身近な存在になってきていると言えます。

トルコ語とトルコ系の諸言語

 トルコ共和国以外にも、世界中の様々な地域でトルコ語が話されているということを述べましたが、一方で厳密にはこのトルコ語と全く同じ言語とは言いにくいにせよ、トルコ語とよく似た特徴をもつ、いわばトルコ語の親戚とでもいうべき言葉があります。これらの言葉を広い意味での「トルコ語」と呼ぶ人もいますが、より一般的にはチュルク諸語(テュルク諸語)、トルコ系諸言語などと呼ばれています。代表的なものとして、アゼルバイジャン語、トルクメン語、キルギス語、カザフ語、ウズベク語、ウイグル語、タタール語、サハ語(ヤクート語)などが挙げられます。実際にいくつあるか数えるのは色々な事情があり難しいですが、少なくとも40を超えるチュルク諸語が存在すると言われています。

これらの言語は、地理的には広くユーラシア大陸の東西に広く分布しているということができます。つまり、西はヨーロッパ東部バルカン地域から、東は北シベリアにまで、一つの言語グループが広範囲に分布しているというわけです。地図をながめるだけでも、壮大な世界がそこに広がっていると考える人も多いかもしれませんね。もちろん、いかに「親戚」の言語といっても、お互いに実際に聞いたり話したりしてみると、なかなかすぐに理解できるほど似ていると言えそうにはありません(ウソだと思ったら、インターネットの放送等を利用して、実際に聞き比べてみましょう)。しかし、これらの言語の一つが身につくと、それ以外の「親戚」の諸言語もずいぶん身近に感じることができる、と言うことはできるでしょう。
はじめは必ずトルコ語でなければならない、というわけではもちろんありませんが、チュルク諸語を何か一つはじめることが、チュルクという壮大な世界への第一歩になるということは間違いなさそうです。

トルコ語とわたしたち―遠いような、でも近いような―

トルコ語に関心のある方は、一度こんな発言や文章を聞いたり見たりしたことはありませんか。「トルコ語はウラル・アルタイ語族に属する言語であり、日本語とも親戚関係にある、日本人にとっては学びやすい言語だ」。

 実はこの言葉には、色々と誤解を招く箇所があります。

 まず、「トルコ語はウラル・アルタイ語族に属する」という部分です。「ウラル・アルタイ語族」とはいったい何でしょうか。共通の祖語(歴史をさかのぼっていくとかつて同じであったと思われる言語のことをこう呼びます)をもつ言語どうしを「同じ語族に属する」と言うことがありますが、いわゆるウラル語族(たとえばこの中にも様々な遠近の親戚関係がありますが、ハンガリー語やフィンランド語などがそのメンバーに入れられます)と、「アルタイ語族」(後で述べるように、実はこれも誤解を招く用語なのです)とがさらに共通の祖語をもつのではないか、という仮説がかつて提示されたことがあります。しかし、現在に至るまでこの仮説を支持するような証拠は認められておらず、現在では全く別の系統に属する語族どうしであるとみなす方が健全といえるでしょう。

 ところで先ほど、「アルタイ語族」という用語も誤解を招くと書きました。アルタイ・グループと呼ばれる言語の中には、モンゴル語やツングース諸語など(人によっては韓国語や日本語もその中に入れるべきであるといった、少々過激な主張をする人もいます)があります。実はチュルク系の言語とそれ以外のアルタイ諸語が本当に同じ祖語をもっているかどうかも、最終的な結論が出ていません。確かに、チュルク諸語とモンゴル系諸語、ツングース諸語などには(i)固有語のほとんど全てにrで始まる(ラ行の子音ではじまる)語がない、(ii)いわゆるSOV型の語順を基本とする(実はこれも厳密に研究すると怪しい、という話がありますがそれはまた別の機会に)、(iii)語幹に多数の接辞が次々に付着して文法的意味をあらわす(「膠着語的特徴」と呼ばれることもあります)、(iv)接辞の母音の種類が前の母音の種類にしたがって変化する、いわゆる母音調和が見られる、などといった共通の特徴も多いのですが、一方で語彙体系の一部や音の対応など、同系統の言語であることの説明がつかない現象も数多く存在します。将来的に同系性が解明される可能性も全くゼロであるとは言えませんが、現在のところはまだ詳しいことは明らかになっておりません。したがって、トルコ語と日本語に親戚関係があるかどうかは未だわからないけれども、似ているところがいくつもある不思議な間柄、というのが今のところ無難な言い方ではないでしょうか。

トルコ語を学ぶ魅力って何?

 言語を学ぶということには日本・日本語以外の文化や社会に直接触れるチャンスを広げるという魅力があります。その中で、あえてトルコ語を学ぶとしたら、どんな意義が考えられるでしょうか。その答えは人によって様々に違うかもしれませんが、たとえば次のようなことが挙げられるのではないでしょうか。

  • トルコのことをよりよく知ることができる。トルコと言えばアジアとヨーロッパを結ぶ、文字通り「架け橋」のような位置にある国です。近年は世界の情勢を知る上で地理的にも経済的にも非常に重要な位置にある国として注目を浴びているようです。その国の人々がどのような社会に暮らしているのか、普段人々がどのようなことを考えているのかを、偏見や先入観に邪魔されずに理解するためには、やはりトルコ語がわかると便利でしょう。
  • トルコへ渡航したときの楽しさが格段に増える。トルコに旅行して、数々の世界遺産を見てくるのももちろん楽しいですし、世界三大料理の一つとすら称されることもある本場のトルコ料理を楽しむのもそれだけで十分魅力的です。しかし、やはり旅の魅力は、旅先で出会った人々との交流です。ほんの少しだけでもトルコ語ができれば、それだけでトルコの人々の人なつっこさやホスピタリティを実感することができるでしょう。そのときにこそ、トルコ語をやってみてよかったと心から思えるかもしれません。
  • トルコの人たちとの出会い・交流の機会が広がる。トルコ語がわかるようになれば、トルコに行かなくても、インターネット等を通じて様々な交流ができますし、また日本で暮らすトルコの人たちとも(彼らの日本語の習得の早さにも驚かされることが多いですが)日本語を介するのとはまたひと味違った交流ができるようになるでしょう。
  • 英語などの「メジャーな」言語を使うのとはひと味違う気分が味わえる。一昔前に比べれば、最近はトルコ語をうまく使いこなす日本人も格段に増えてきました。その意味ではトルコ語も私たちからすると、メジャーな言語になりつつあると言えるかもしれません。それでも、英語やフランス語に比べるとまだ「変わった」言語をやっているなあ、という印象をもたれることもあるかもしれません。色々な言語にどんどん興味をもちつつ、その中でさらにトルコ語もできるようになれば、これほどに「カッコいい」ことはないかもしれません。
  • トルコと日本の様々なレベルでの国際交流の「主役」になれる。日本でもトルコ関連の催し物も増えましたし、そこに参加することが国際交流に主体的にかかわる第一歩と言えます。しかしそこからさらに一歩を踏み出すためには、やはり個人レベルで直接トルコの人々と関わりをもつことが必要ではないでしょうか。トルコ語という言葉は、いわばツールとして見てみれば、これ以上にない強力なパスポートの役割を果たすはずです。

 もちろん何か、実用的なことだけを求めて語学をやるという考えはおかしい、という考え方もあるかもしれません。私の場合は、トルコ語を始めたころ何を期待していたかはさておき(とりあえず英語以外の言語が話せるようになったら格好いいだろうな、と思って始めたというのが正直なところです。
 きっかけはともかく、トルコ語を勉強することで、普段何気なく使っている「ことば」に対する自分なりの理解を深めるのに役立っているはずだと考えています。それが長年飽きずに(たまに飽きますけどね)勉強を続けられる人のモチベーションではないでしょうか。

 そんなわけで、皆さんとトルコ語を一緒に勉強し、世界を広げていくというこの楽しさを共有できれば、これ以上の喜びはありません。まずは、ぜひ始めてみましょう。

参照文献
Göksel, A. and Kerslake, C. (2005) Turkish: A Comprehensive Grammar. London/New York: Routledge. 

(最終更新日 2015年6月20日)