研究ブログ

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論文「日本国民禁酒同盟と農村対策」(『社会事業史研究』2018年9月)のこと

刊行から約2ヶ月も経ちましたが、『社会事業史研究』54号(2018年9月)から、「日本国民禁酒同盟と農村対策―御大典禁酒村から時局匡救、東北救済へ」という論文を出しました。この論文発表は2015年5月に社会事業史学会から吉田久一研究奨励賞を受賞した際に、義務付けられていたものです。(賞に伴う研究助成が3年で、1年以内に同誌に論文を発表する義務があります。)

論文のプロットはタイトルと副題がそのまま示しています。つまり、昭和天皇の即位式を機に、日本国民禁酒同盟の旗振りのもと、多くの禁酒村が生まれました。しかし、数年経つと、昭和恐慌と農村不況、さらに1934年頃の東北地方の惨状報道を機に、その禁酒の性格が時局匡救、農山漁村振興の方向へ転換されていくという内容です。その筋書きの中で、日本国民禁酒同盟を介在とした農村と国家の関係の微妙さを考えようという内容です。

実を申しますと、今の今まで、論文で農村社会を主題にしたことはありませんでした。その意味では、非常に新鮮な経験ができたと思っています。拙稿の準備をするまで、私が農村社会を論じるなど夢にも思っていなかったのです。

それにしても、今回、私が訪れたことのない多くの農村を扱いました。小学校改修のため禁酒貯金でその資金を捻出して伝説となった、石川県河合谷村は無論、茨城県高田村、岐阜県間瀬村、長野県三穂村、佐賀県名護屋村・馬渡島、山形県長瀞村、長野県大門村、神奈川県大沢村・・・・・・何十という農村の名前を出しました。
ちなみに佐賀県名護屋村の近くに実家のある某知人の話によれば、非常に僻地で土地的に近くても名護屋や馬渡島に行ったことがないのだとか。拙稿を読んでくださった上での、関係地域の方々からの情報提供は大歓迎です。是非よろしくお願いします。

今の今は炭鉱社会と禁酒問題で論じることが複数残っており、その論文化や研究報告を急ピッチで進行中です。それ以外でも、禁酒と教育、軍隊、飲酒運転、未成年者飲酒禁止法やその〈日本の植民地や周辺地域〉での施行、戦後の新生活運動、アル中療養所・・・・・・。積み残した課題は山積状態です。2015年に刊行した『日本が優生社会になるまで』よりも、完成度の高い禁酒運動史の体系化の構築が中長期的な目標です。
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講演「旧優生保護法に関する報道と史実理解の問題点」

10月27日に大阪経済大学で下記の講演を行うことになりました。

今年度前半は、1月に旧優生保護法による強制不妊手術をめぐる裁判が生じたこともあり、マスメディアは一斉に同問題に関して異例の頻度で報道を行いました。これに伴い、各地の優生保護法に関する公文書が「発見」され、その所在状況がかなり明確になったことは歓迎すべきことでした。しかしながら、その報道や公文書の紹介の方法については、私が直接関与したものも含めて多分に問題が含まれていたように思われます。案の定、この手の報道は一過性的な熱狂に過ぎなかったようにも見えますが、その現象は数十年間の研究史を踏まえたアカデミックな優生学史研究に携わった一研究者の立場からどのように見えるのか?本講演では、一般には知られていない裏事情も含めて、そのあたりを忌憚なくお話ししたいと思います。

概要は下記の通りです。

第93回 経済史研究会

横山 尊 日本学術振興会(福岡大学)
旧優生保護法に関する報道と史実理解の問題点

日時:2018年10月27日(土) 14時~
会場:大阪経済大学 G館3 階 共同研究室Ⅰ

※どなたでも参加いただけるオープンな研究会です

参加ご希望の方はメールにてお知らせください
E-mail: nikkeisi[at]osaka-ue.ac.jp


93kenkyukai (6).pdf

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報告予定「日本母性保護医協会から見た優生保護法と不妊手術」

8月31日の生物学史研究会「夏の学校」は、参加者は少人数ながらも、県外から足を運んで下さった方もおり、それぞれの報告で密度の濃い議論になり、大変有意義でした。

さて、9月22日に、再度、西日本生命倫理研究会で、下記の報告を福岡市の九州大学医学部キャンパスで行うことになりました。

横山は、8月31日に、生物学史研究会「夏の学校」で実施した報告内容をより多くの方にも共有していただくべく、 「日本母性保護医協会から見た優生保護法と不妊手術」という報告をすることにしました。

プログラム全体は下記の通りです。

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第 35 回 西日本生命倫理研究会のご案内

皆様におかれましては、ますますご清祥の御事 お慶び申し上げます。 第 35 回研究会を、下記の日程で開催いたします。
ご出席下さいますよう お願い申し上げます。 

 
日時:2018 年 9 月 22 日(土)午後 1:30~5:30 
会場:九州大学医学部総合研究棟 1 階 102 室 
参加費:1000 円(学生 無料)  

報 告 
吉住 朋晴先生(九州大学大学院 消化器・総合外科) 「移植医療の課題と展望」 
吉開 俊一先生(北九州湯川病院 ) 「脳神経外科医師の立場から見た日本の臓器提供の問題点」 
横山 尊 (日本学術振興会特別研究員 PD) 「日本母性保護医協会から見た優生保護法と不妊手術」
藤野 清次先生(九州大学名誉教授) 「九州大学医学部建築物写真のカラ-化に関する一考察 -医学部同窓会誌『学士鍋』表紙を作成して-
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研究報告予定:優生保護法下の不妊手術と日本母性保護医協会

8月31日(金)、日本科学史学会生物学史研究会「夏の学校」(於 西南学院大学)で「優生保護法下の不妊手術と日本母性保護医協会」という報告をします。
参加自由ですが、事務局の方で、8月18日〆切で聴講希望者を募っています。
ご希望の方は、下記のフォームにご記入いただければと思います。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeGQqsO1beuksKESjDU2u7cYXbCYZo4RF9W2eY2-59-q-rv3g/viewform

横山の報告は下記の通り、優生保護法に関するタイムリーな内容です。

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タイトル:優生保護法下の不妊手術と日本母性保護医協会

要旨:本報告は、日本母性保護医協会(日母)が優生保護法下の不妊手術に果たした役割を論じる。日母は、1948年制定の優生保護法第12条の条文に基づく指定医師の団体として、49年に結成された。会長は優保法の成立を主導した産婦人科医、参議院議員の谷口弥三郎だった。すでに拙著『日本が優生社会になるまで―科学啓蒙、メディア、生殖の政治』(勁草書房、2015年)で、日母や谷口の動向や思想は子細に論じたものの、日母が優生保護法の不妊手術に果たした役割は十分に論じなかった。しかしながら、日母の刊行物『母性保護医報』を参照すれば、谷口や日母こそ不妊手術の推進や拡大に大きな役割を果たしたことが理解できる。昨今の優保法訴訟に関する報道は旧厚生省の動向のみ強調しがちだが、優生保護法体制の誤った全体像の流布につながりかねない。本報告はその点まで示したい。

全体のプログラムは下記の通りです。

10:30〜11:30 西南学院大学博物館見学
11:30〜12:45 昼食  
12:45〜13:45 阿部大地(西南学院大学大学院)「本草・博物学の近代に関する一考察――明治期に開催された「物産会」について」
13:45〜14:45 細樅雄貴(江戸川区教育委員会)「博物館の誕生は人と植物の関係に何をもたらしたのか——日本植物園史の再検討」
14:45〜15:45 中尾暁(東京大学大学院)「日本における仏教と進化論――早田文藏の事例から」
15:45〜16:00 休憩
16:00〜17:00 藤本大士(東京大学大学院)「戦後医療改革とミッション病院」
17:00〜18:00 横山尊(日本学術振興会/福岡大学)「優生保護法下の不妊手術と日本母性保護医協会」
18:30〜20:30 懇親会
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日本科学史学会賞受賞の報告

5月26日のことですので、1ヶ月前になってしまいましたが、日本科学史学会賞、学術奨励賞を受賞しました。社会事業史学会での受賞に続く二つ目の受賞になります。ありがとうございます。私の知人の優れた科学史研究者の方々も受賞なさったものであり、栄誉に思います。

受賞の挨拶の場で、故吉岡斉先生と故金森修先生に受賞を報告する旨のことを僭越ながら述べさせていただきました。6月9日には吉岡先生を偲ぶ会が福岡でありましたが、ようやくお弔いのようなことが少しはできたかと思います。

なお、この件で鈴木善次先生より写真を頂戴しました。少し恥ずかしいので、ブログにはあげませんが、ここでもお礼を申し上げます。
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社会事業史学会と日本科学史学会での報告

5月は無謀にも2つの学会報告を東京で行うことになりました。

5月12日(土)、社会事業史学会(in東洋大学)では、「禁酒運動と農村対策―1930年代後半の東北地方への運動と背景」と題した報告を行います。
当日のプログラムは下記の通りです。
https://www.dropbox.com/s/eumnztkbq0kzxtg/%E5%88%86%E7%A7%91%E4%BC%9A%E6%A1%88%E5%86%85.pdf?dl=0

5月26日(土)、日本科学史学会(in東京理科大 葛飾キャンパス)では、「アルコール医学と地域産業社会-九州帝大医学部教授、大平得三の禁酒運動から」と題した報告を行います。
当日のプログラムは下記の通りです。
http://historyofscience.jp/wp-content/uploads/2018/04/2018rikadai_program.pdf

大平得三(1882-1962)は、九州帝大教授、医学部長を経て、満州国衛生技監、奉天医大学長、戦後は鹿児島県立大医学部長,同大学長、西南学院高校長などを歴任した人物です。最近、ご親族の方から、『豊かさの精神病理』、『やさしさの精神病理』などのご著書で名高い、精神科医の大平健先生のご祖父にあたると聞いて驚きました。

当日は、よろしくギャラリーの方々からご指導を受けられればと思います。
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論文「山本作兵衛と日鉄二瀬禁酒聯盟」を発表しました

少し報告が遅くなりましたが、2018年3月刊行の『エネルギー史研究』33号に「山本作兵衛と日鉄二瀬禁酒聯盟」と題した論文を発表しました。

抜刷を渡した色々な人から、早くも〈あの呑兵衛の作兵衛さんが禁酒会に入っていたの?〉と驚かれました。作兵衛が製鉄二瀬禁酒聯盟(のち日鉄二瀬)の稲築坑禁酒会に入会したのは、1934年2月でした。その事実は、宮田昭『炭坑の絵師 山本作兵衛』(書肆侃侃房、2016年)などにも既に書いてあります。ただ、本稿は、日本禁酒同盟資料館の史料(2016年に武蔵野大学に移動)を駆使して、作兵衛が属した禁酒会の動向まで子細に描きました。

元来お酒が大好きだった作兵衛さんは、禁酒会に入会した後はどうなったのでしょう?あとは読んでのお楽しみです。論文を書く中で、一時期だけ作兵衛が日鉄二瀬など炭鉱社会にも進出していた生長の家にも共感したことが分かるなど、楽しい作業でした。

この論文は、2014年に一度だけお目にかかった田川市石炭・歴史博物館館長だった安蘇龍生氏に真っ先にお渡ししたかったのですが、2017年12月に逝去なさいました。文化遺産論という講義で、〈明治日本の産業革命遺産〉が世界遺産に登録される過程を扱った際、ご生前のご活躍ぶりを改めて学んだだけに、残念に思います。

本稿は、しばらくすればciniiなどを通してネット上で読むことができるようになると思います。多くの人に読んでもらえればと思います。
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『明治史講義【テーマ編】拝受のお礼』



先日、西川誠先生より、小林和幸編『明治史講義【テーマ編】』(ちくま新書、2018年3月)を拝受しました。ありがとうございます。

西川先生執筆の「内閣制度の創設と皇室制度」など、全20テーマ、20人の著者による講義形式の論集です。
まだすべて目を通したわけではありませんが、新書の限られた範囲で、最新の成果を踏まえつつ一般向けに理解しやすい話をいかに作るかという点で、各執筆者の方々が各様に苦闘なさっている様が窺えます。

私の場合は、来年度は非常勤先の大学で、まさに政治外交史の講義をしますので、しばしば繰り返して目を通すことになりそうです。あるテーマや用語について関心を持って調べ読みみたいなことをした際、意外な発見が得られそうな気もします。
そのため、できれば索引も欲しかったのですが、20編の巻末に「さらに詳しく知るための参考文献」が挙げてあるのはありがたいと思います。
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公開シンポジウム 戦後優生保護法下で何が行われたのか(西南学院大)のご案内

現在、宮城県で60代女性が、旧優生保護法の強制断種手術について、訴訟を起こしたことを契機に、様々な報道がなされるようになり、ついには私も下記のような新聞記事を書いてしまいました。

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/opinion_view/article/394680/

本問題に関しては、こちらから情報発信することはあまりないと思いますが、求められれば、いくらでもお答えいたします。
よい機会を与えてくださった西日本新聞社には大変感謝している次第です。

相模原事件のときもそうだったのですが、優生思想をめぐる問題が社会で取りあげられること自体は好ましいことに相違ありません。
しかしながら、新聞社や研究者を自称する方でも、過去の研究史で問題があると散々指摘された見解や、歴史史料的に成立する余地のない誤った見解を、俗耳に入りやすいことをいいことに、その立場を正当化する立論や実証をすっ飛ばしたまま、平然と流布する事態が散見されるのは非常に遺憾なことです。様々な機会を利用して、これを正していかねばならないと思っております。

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さて、前置きが長くなりましたが、本日は、下記のイベントのご案内をいたします。

2018年3月26日(月)に福岡市の西南学院大学で下記のシンポジウムが行われます。
私はコメンテーターとして参加するだけですが、有意義な試みだと思いますので、お知らせいたします。
近隣の方や福岡市に用がある方で、ご関心がおりでしたら、是非足をお運びいただければと思います。


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公開シンポジウム
戦後優生保護法下で何が行われたのか
 
日時: 2018326()  1330分~1730
場所:西南学院大学大学院棟1階 大ホール(東キャンパス)
参加申し込み不要・入場無料
 
シンポジスト
利光 惠子 (立命館大学生存学研究センター)
       「戦後日本における障害者への強制的な不妊手術をめぐって」
久保井 摂 (福岡合同法律事務所弁護士)
       (仮)「優生保護裁判と国家賠償への展望」
中馬 充子(西南学院大学)
       「優生思想を支えた戦後の保健科教育」
 
コメンテーター
波多江 忠彦 (日本薬科大学元教授)
横山尊(日本学術振興会)
 
司会
北垣 徹(西南学院大学)
 
問い合わせ先:西南学院大学/教育・研究推進課(☎092-823-3604
北垣:kitagaki@seinan-gu.ac.jp
主催:西南学院大学/生命倫理研究会
本シンポジウムは科学研究費基盤研究(B)「優生学の歴史と新優生学の展開」
(課題番号17H02603)の助成を受けたものです。
 

シンポジウムポスター.pdf
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訃報(吉岡斉先生)

2018年1月14日の朝に吉岡斉先生がご逝去なさったことを、夜のネットのニュースで知りました。
吉岡先生は、私が九州大学大学院比較社会文化学府に在籍した際の指導教官団のお一人で、もとの主指導教官だった有馬学先生のご退職後は、主指導教官、博士学位論文の主査、特別研究員、共同研究者の受入教官などを務めてくださりました。

吉岡先生からメールで入院なさったことを知らされたのが2017年9月。その後、ご病気は腫瘍とはいえ良性である、9月は入退院を繰り返されたようだが、その後、自宅療養をしているなどの話を、別の先生から伺い、快方に向かっているとばかり思っていました。年賀状を出すも、お返事がなく、よほどお具合が悪いのだろうかと思っていたところ、まさか今日、全国ニュースで訃報を知ろうとは予想だにしていませんでした。結局、2017年3月に新通史フォーラム研究会のため、早稲田大学でお会いしたのが、お姿を直接見た最後でした。この研究会で今年の1月あたりに報告させてほしいと以前お願いをしたことがあり、その際、またお会いできるだろうと思っていたのに、叶わなくなりました。

拙著『日本が優生社会になるまで』(勁草書房、2015年)の「あとがき」(385-386頁)には、私が博士論文を出す前後の吉岡先生との関係を書き留めています。吉岡先生を主指導教員とした博士課程以上の大学院生は恐らく多くはなく、まして論文の主査になっていただいて、近年著書を出したのも多分私くらいですので、教育者としての吉岡先生のお姿を文章で垣間見ることのできる稀な例かもしれません。

私が修士課程に入学したときから、合同ゼミなどでの吉岡先生の辛辣な発言は有名で、私も怖れをなした人間の一人でした。しかし、研究室を訪れた際は、退室時にわざわざお見送りしてくださるなど、他の先生方と比べて非常に親切だったのは大変印象的でした。ポスドクになって以降、直接お会いするのは年に数回程度でしたが、書類作成などのお願いで研究室を訪問した際、数十分から1時間ほど学会事情や原子力運動がらみの雑談をなさるのが常でした。研究室を訪問した学生に対する吉岡先生の親切さについては、他の人たちも類似の印象を抱いた方がほとんどだろうと思われます。

おくやみの言葉などはここで書く気になれません。ただ確実に言えるのは、吉岡先生に指導教官になって頂いたことを私は大変誇りに思っています。
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