2019年10月
マゾヒズムと戦後のナショナリズム——沼正三「家畜人ヤプー」をめぐって
坪井秀人編『戦後日本文化再考』三人社
- 開始ページ
- 424
- 終了ページ
- 450
- 記述言語
- 日本語
- 掲載種別
- 論文集(書籍)内論文
第二次大戦後の知識人男性にとって、マゾヒズム概念とはいかなる役割を果たしていたのか、男性学的視点から検討した。戦後、小島信夫「アメリカン・スクール」をはじめ多くの自虐的な小説が書かれ、敗戦・占領による「男性性の危機」が検討されてきた。本稿では、究極のマゾヒズム小説と呼ばれた沼正三(倉田卓次)著「家畜人ヤプー」を検討対象とし、彼の倉田名義での著作及び成育歴を資料として対照させながら、「ヤプー」においてマゾヒズムがいかに機能しているのかを検討した。即ち、倉田は皇国教育を受けて育ったいわゆる戦中派知識人に該当する。彼のマゾヒズムは、戦後もはや表明することのできない愛国心やナショナリズムを逆説的に肯定するための根本理念として機能しており、本作で描かれる、日本人が白人の家畜とされた世界には、実は大日本帝国の構造をより洗練させ理想化した世界が重ね合わされている。同じく戦中派であった三島由紀夫は、「ヤプー」を熱烈に支持していたことが知られ、彼が沼と同じように「ヤプー」にナショナリスティックな欲望を見出していた可能性を指摘した。