悪のペンギン帝国

研究ブログ

細胞が分化して他の細胞へ変わっていく様子を可視化する

 細胞の種類によってマイクロRNA活性が異なることを利用することで細胞の分化を継続的に可視化する技術についての論文を発表しましたので [1] 、これについて解説したいと思います。
いや論文を出したのは昨年なので本来であればこの解説記事は昨年のうちに書いておくべきだったんですが、今年の春頃まではいろいろとストレスがあってそれどころではなくなんでもありません。

忙しい人のための要約
  • マイクロRNAには多くの種類があり、それらのうちどのマイクロRNAが働いているかは細胞の種類によって違う。
  • ある種類の細胞で強く働いているマイクロRNAの標的となる配列を蛍光タンパク質の遺伝子につけると、その細胞ではマイクロRNAの働きにより蛍光が下がる。
  • ある種類の細胞にこの「マイクロRNAの標的配列つき蛍光タンパク質遺伝子」を入れておくと、その細胞が別の種類の細胞へと分化した時に蛍光が変化するため、細胞の分化を可視化できる。


詳しく知りたい人のための解説

①そもそも「細胞の分化」って何?

 人間のような多細胞生物の細胞は多くの種類に分かれており、それぞれ機能や役割が異なっています。たとえば、赤血球であれば酸素を運ぶ、心筋細胞であれば収縮により心臓を動かす、胃の壁細胞であれば胃酸を出して食べ物を消化する、といったようにです。

 しかしながら、これらの細胞は最初からこのようになんらかの役割に特化しているというわけではありません。最初は「他のどんな細胞にもなれるけれど、どれかの役割に特化はしていない細胞」であったものが、いくつかの段階を経て「ある役割に特化した細胞」へと変わっていくのです。
 この過程を「細胞の分化」と呼びます。
ポケモンに見える人なんていない画像



 たとえば、赤血球になるまでの分化を簡略化して表すと以下のようになります。

多能性幹細胞(体を構成するどのような細胞にもなれる)
造血幹細胞(血小板やマクロファージ、好中球など赤血球以外の血球系細胞にもなれる。神経細胞や皮膚の細胞など血球以外の細胞にはなれない)
赤血球

 ※実際にはもっと細かい段階に分かれています。
 ※今ちょうどアニメでやっている「はたらく細胞」を見ている人であれば、赤芽球から赤血球になるのが分化だと考えると分かりやすいかもしれません。赤芽球は造血幹細胞から赤血球になる途中の段階ですね。


②「マイクロRNA」って何?

 マイクロRNAは細胞内において遺伝子発現(遺伝子の情報をもとにしてタンパク質が作られる過程)を調節している分子です。

 遺伝子発現は「1. DNA上にある遺伝子の情報がメッセンジャーRNAと呼ばれる分子にコピーされる(この段階を転写と呼ぶ)」→「2. メッセンジャーRNAにコピーされた情報をもとにタンパク質が作られる(この段階を翻訳と呼ぶ)」という二段階に大きく分けることができますが、マイクロRNAはメッセンジャーRNA上にある標的配列を認識し、そこに結合することで翻訳の段階を抑制します


 ※レアケースとして、マイクロRNAにより翻訳がむしろ上昇する場合もあるのですが、ここでは詳しくは述べません。
※マイクロRNAについては以前の記事「親のトラウマは子に遺伝する?」でも解説しています。興味がある方はそちらもどうぞ。

 マイクロRNAには多くの種類があり、たとえばヒトの細胞だけでも2564種類ものマイクロRNAが知られています(2018年8月現在)。そしてこれらのマイクロRNAは、それぞれ標的配列が異なっています。
 しかしながら、一つのヒト細胞内で2564種類全てのマイクロRNAが作られているわけではなく、細胞の種類によりこのマイクロRNAは多く作られているが別のマイクロRNAはほとんど作られていない、といったような差があります。






③マイクロRNAを利用して細胞の分化を可視化というのはどうやってやってる?

 ②で述べたように、どのマイクロRNAが作られているかは細胞の種類によって差があります。つまり、分化によってある種類の細胞が別の種類の細胞に変わる時、作られているマイクロRNAの種類にも変化があるということです。そしてマイクロRNAには、これも②で述べたように標的配列をもつ遺伝子のメッセンジャーRNAからタンパク質が作られるのを抑える働きがあります。
 そこで、緑色の蛍光を出すタンパク質を作る遺伝子に、分化する前の幹細胞でだけ多く作られているマイクロRNAの標的配列をつけ加えたものを作り、この遺伝子を細胞内に入れます。するとどうなるか。分化後の細胞ではこの遺伝子から蛍光タンパク質が作られるのに対し、分化前の幹細胞ではマイクロRNAが蛍光タンパク質を作るのを抑えてしまいます。

 これにより、緑色の蛍光が強ければ既に分化した細胞、弱ければまだ幹細胞のままで分化していないと分かる…………かというと、なかなかそううまくはいってくれません。

 何故なのか。細胞に外から遺伝子を入れる時、全部の細胞に同じ量が入ってくれるわけではなく、入る量にはばらつきがあります。つまり、蛍光タンパク質の遺伝子が少ししか入らなかった細胞では、マイクロRNAが無くても緑色の蛍光はあまり出ないことになります。

 また、②で述べたように、遺伝子の発現には転写と翻訳という二つの段階がありますが、マイクロRNAが制御している翻訳の段階だけではなく、転写の段階でも制御を受けます。たとえば、DNAにメチル基というものが付け加えられる(これをDNAのメチル化と言います)と転写が落ち、これによりタンパク質ができる量も減少します。つまり、マイクロRNAが無い細胞に遺伝子を入れた場合でも、その遺伝子のDNAに多くのメチル基が付けられてしまえばやはり緑色の蛍光はあまり出ないということになります。

 つまり、単に蛍光タンパク質の遺伝子にマイクロRNAの標的配列をつけたものを細胞に入れただけでは、その細胞の蛍光が低かったとしても、それがマイクロRNAが働いていないからなのか、それとも他の原因なのかが分からないということです。

 そこでこの研究では、マイクロRNAの標的配列をつけた緑色の蛍光タンパク質の遺伝子の他に、もう一種類、赤色の蛍光タンパク質の遺伝子を入れています。この赤色の蛍光タンパク質の遺伝子は緑色の蛍光タンパク質の遺伝子と同じDNAに載っていて、メッセンジャーRNAへの転写もいっしょにされますが、転写された後で緑色の方の遺伝子とは切り離されるようになっています。
 そのため、細胞にDNAが入る量自体が少なかったり、DNAのメチル化で転写量が落ちたりした場合は、赤色と緑色の両方の蛍光が同時に低くなります。一方、マイクロRNAは赤色と緑色の遺伝子が切り離された後で緑色の方にだけくっつきます。そのため、マイクロRNAがある場合は、赤に対する緑の比が低くなるのです。



 細胞の赤と緑の蛍光をそれぞれ測定し、緑の蛍光の数値を縦軸で、赤の蛍光の数値を横軸で表すと、このように対象のマイクロRNAが有る細胞と無い細胞を表すドットはそれぞれ斜めに延びた二つのグループに分かれます(ドットの一つ一つが各細胞の蛍光の測定値を表しています)。 
 
 
 緑の蛍光タンパク質の遺伝子につけたものが、分化前の細胞で多く作られているマイクロRNAの標的配列であった場合は、縦軸方向に下のグループに入れば分化前の細胞、上のグループに入れば分化後の細胞というわけです。
 逆に、つけた標的配列が特定の種類の細胞に分化したものだけで多く作られているマイクロRNAに対するものであった場合、その種類の細胞に分化したものが下のグループに、まだ分化していないものや他の種類の細胞に分化したものは上のグループになります。


 このようにして、細胞の分化状態を確認することができるというわけです。


 このシステムの良いところは、簡単に使えて、しかも蛍光タンパク質の遺伝子を細胞に一度入れるだけで、その細胞の分化状態を継続的に可視化できるところです。
「トランスポゾン」というものが含まれるプラスミドDNA(細菌内で複製される小さな環状DNA)を使うことで、細胞が元々持っているゲノムに効率的に蛍光タンパク質の遺伝子を入れ、安定して保持させることができるようになっているのです。また、トランスポゾン入りのプラスミドDNAは通常のプラスミドDNAと同様に大腸菌内で増やして取ってくることができるため、レトロウイルスなどのウイルスを使って遺伝子を導入する場合よりも簡単に調達できます。

 ※トランスポゾンがどういうもので、それを使ってどのようにゲノムに遺伝子を入れるかを説明すると長くなりますので、興味のある方は以下の過去記事を参照してください。

 さて、最後に、この技術にどのような使い道があるのかという話をして終わりたいと思います。

 まず、細胞を分化させる際の条件比較し、どの条件が一番良いかを調べる時に便利です。
薬の効果を調べる際などには、特定の種類の細胞を使わなくてはいけないことがあります(たとえば、神経細胞だけを集めてきて脳の病気用の薬のテストに使う、といった感じですね)。しかし神経細胞や心筋細胞といった分化後の細胞は限られた増殖能しか持たないため、増やして好きなだけ使うというわけにはいきません。
 一方、iPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞はいくらでも増殖するので、これらの細胞を目的の種類の細胞へと分化させることができれば、目的の細胞がいくらでも使えることになります。
 しかしながら多くの場合、100%の効率で多能性幹細胞から目的の細胞へと分化させることは困難です。そのため、いろんな分化条件を試してどれが一番効率が良いかを比較することになります。そうした時に、このマイクロRNAに応答する遺伝子を最初の多能性幹細胞の段階で入れておけば、その後は追加で抗体などを使う必要もなく、どの条件でどのくらいの細胞が目的のものに分化しているかを継続的にチェックすることができます。



 また、単に蛍光を測定するだけでなく、蛍光の違いにより細胞を分離して集める機能がある装置を用いれば、必要な種類の細胞だけを分離してくることもできます。

 このようにして集めてきた特定の種類の細胞を薬効評価のような他の研究に使うこともできるというわけですね。


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意思で遺伝子の働きを制御する

人間、自分の体のことはままならないものです。

例えば、人類の祖先となった動物においては、飢餓はしょっちゅうでも飽食とは無縁だったので、エネルギー源となる糖分を積極的に摂取するために甘いものを好む方向への進化が起こった…と考えられていますが、現代日本で本能のおもむくままに甘いものを食べるとメタボまっしぐらです。

かくいう私も、20代前半までは特に何も気にせず甘いものを食べていてもBMI約18を維持できたので「甘いものを食べても頭を使っていれば太らないんですけどね」などとデスノートのエルみたいな台詞をドヤ顔で言っていたものですが、アラサーになってきた頃から「私、体重が気になります」と違うエルみたいなことを呟かざるを得なくなりました。まったく、ままならないものです。

空腹感、甘いものや脂っこいものへの欲求、眠気、禁煙中のイライラ、実生活のリズムとずれっぱなしの体内時計…そういう自分の意思ではどうにもならない体の状態を、もし意思によって制御できるようになったとしたら、どうでしょう?

そういう未来に繋がる…かもしれない研究があるのですよ、実は。
というわけで、今回は遺伝子導入とブレイン・コンピューター・インターフェースを組合せ、意思の力で遺伝子の働きを制御するのだ!という研究[1]を紹介したいと思います。



さて、どのようにして意思の力で遺伝子を制御するのかというと以下のような仕組みになっています。

1. ブレイン・コンピューター・インターフェースを頭にセットし、脳波を読み取る
2. 読み取られた脳波の情報に基づき、コンピューターがLEDを点灯したり消灯したりする
3. LEDが点灯すると、細胞内の光に反応する酵素(細菌由来のジグアニル酸環化酵素)が環状ジグアノシン一リン酸という物質を産生する
4. 産生された環状ジグアノシン一リン酸を、インターフェロン遺伝子刺激因子 (Stimulator of Interferon Genes略してSTING) というタンパク質が検知する。
5. 環状ジグアノシン一リン酸に反応したインターフェロン遺伝子刺激因子はTANK結合キナーゼという別の酵素を活性化させる
6. 活性化されたTANK結合キナーゼが、インターフェロン調節因子3 (Interferon-Regulatory Factor3略してIRF3) という転写因子(遺伝子の情報をDNAからmRNAへコピーする時に必要なタンパク質)をリン酸化する
7. リン酸化されたインターフェロン調節因子3は、元々の居場所だった細胞質から核へと移行する
8. 核内には、”インターフェロン調節因子3が結合する制御配列”と”制御したい遺伝子”がセットにされたものが入れてあるため、インターフェロン調節因子3が核内に入ってきて制御配列に結合すると、その遺伝子の働きがONになる


…何かステップ数が多くてややこしいですね。
ちなみに、制御配列って何?という人は以下↓の過去記事をどうぞ。


さて、それではもう少し詳しく解説していきましょう、といきたいところですが、ブレイン・コンピューター・インターフェースのことなんて専門外過ぎて私には殆ど分かりません。

それにしても、専門外というならば、この研究を発表した研究室も遺伝子関係の論文を多く出しているところなのに、よくブレイン・コンピューター・インターフェースなんて作れたものです。

…なんて思っていたら、論文の実験手法のセクションに「We used a standard commercial low-cost BCI headset(市販されてる標準的な安いブレイン・コンピューター・インターフェース・ヘッドセットを使った)」とありました。

…売ってるんかい!

試しに論文に書いてあった製造元(NeuroSky社)の名前で検索したら、売ってました。Amazonで。

というか、同じメーカーから脳波で動くnecomimiなんてものまで売られてました。

【猫耳カチューシャ necomimi 脳波で動く】yk
脳波でうごくネコミミ(necomimi)


ネコミミって…
NeuroSky社のホームページには「現在、日本・アメリカを始めとして世界各国で販売されており、様々な用途に使われています。」とあるのですが、そんなHENTAI的なものの需要が日本以外でもあるものなのですね。様々な用途ってなんでしょう。想像があまりふくらみません。ダメですね、アラサーにもなると身体がついてこないだけでなく、頭の方も時代についていけなくなるようです。


…で、何の話でしたっけ。

話を戻すと、ブレイン・コンピューター・インターフェースで脳波を読み取り、7.5-12 Hzの脳波(アルファ波)が強めに出ていれば瞑想状態、14-30 Hzの脳波(ベータ波)が強めに出ていれば緊張状態だとコンピューターの側で判断し、コンピューターが瞑想状態だと認識すると、LEDのスイッチが入れられます(なお、この時使われているブレイン・コンピューター・インターフェースはnecomimiではありません)。


まあこのあたりの話は前述の通り専門外なのでこのくらいにしておきまして、では、脳波によって点灯したLEDがいかに遺伝子の働きを制御するのか、という話に移りましょう。


ここで使われているLEDはノーベル賞で話題になった青色光を出すものではなく、光の中でも近赤外線を出すように作られたLEDです。一方、LEDによって近赤外線を照射される細胞の方には、Rhodobacter sphaeroidesという光合成細菌に由来するジグアニル酸環化酵素の遺伝子が入れられています。

この細菌由来の酵素は近赤外線に反応して活性化され、ジグアニル酸環化酵素という名前の通り、環状ジグアノシン一リン酸という物質を作り出します(余談ですが、ジグアノシンのジというのは2という意味です。グアノシンという物質にリン酸が一つついたものがグアノシン一リン酸で、それが2つ合わさって環状の構造を形成しているので環状ジグアノシン一リン酸、というわけです)。

この環状ジグアノシン一リン酸という物質は本来、細菌内にはあってもヒト細胞内にはありません。そのため、ヒト細胞の側には、この環状ジグアノシン一リン酸を検知するための役割を持つタンパク質が備わっています。それがインターフェロン遺伝子刺激因子 (Stimulator of Interferon Genes略してSTING) というタンパク質で、ヒト細胞内に環状グアノシン一リン酸があると、インターフェロン遺伝子刺激因子が環状グアノシン一リン酸にくっつきます。環状グアノシン一リン酸がくっついた状態のインターフェロン遺伝子刺激因子は、TANK結合キナーゼという酵素の働きを活性化させることができます。

「キナーゼ」というのは日本語で表現するならば「リン酸化酵素」であり、その名前の通り、何かにリン酸(厳密には”リン酸基”ですが…)をくっつける働きをもつ酵素なのですが、TANK結合キナーゼはインターフェロン調節因子3 (Interferon-Regulatory Factor3略してIRF3) というタンパク質にリン酸をつけます


インターフェロン調節因子3は通常は細胞核の外側(細胞質)にあるのですが、リン酸をつけられると細胞核の中へと運ばれます

このインターフェロン調節因子3は転写因子と呼ばれるタンパク質の一種であり、転写因子はゲノムDNAに搭載されている特定の遺伝子の働きをONにすることができます。しかしゲノムDNAは細胞核の中にあるため、転写因子が細胞核の外にある場合、その転写因子はゲノムDNAに接触できず、したがって自分が担当する遺伝子の働きをONにすることができません。転写因子が
細胞核の中に入れた時のみ、対象となる遺伝子は働き始めるのです。


…ややこしいので例によって例のごとく、分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じになります。

 
     

ちなみに、
元々は細胞質にある転写因子が外からの刺激を受けて核内へ移行→その転写因子が担当する遺伝子がON…というパターンは、細胞が外部環境に対応する機構としてインターフェロン調節因子3の場合以外にもしばしばあるものなので、覚えておいて損はありません。

…得があるかは分かりませんが。


将来的には、治療効果のある遺伝子(インスリンとかでしょうか)を好きなタイミングで発現させたり、痛みやてんかんを自分の意思で制御できたら良いなー、みたいな感じで論文は締めくくられています。個人的な意見としては、人間の脳は自分の遺伝子を制御しつつ日常業務もこなすとかには向いてない気がするので、LEDの点灯を介して遺伝子を制御するのは人工知能あたりに任せた方が良さそうに思えます。

血糖値を常時モニタリングして、上がり過ぎと人工知能が判断すると細胞にインスリンを産生させる、とかそんな感じで。


[参考文献]




絵文字:笑顔おまけ


まあ、実際にはオキシトシンエンドルフィンにここまで極端な効果は無いとは思いますが。
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実験医学に記事が掲載されました

実験医学の「Close Up実験法」に私の書いた記事が掲載されました。




piggyBacトランスポゾンを利用してゲノムに外から新しい遺伝子を入れる方法について分かりやすく(少なくともそのつもり)解説してあります。
安定発現細胞株を作るのがあまりうまくいかない…というような方にもお勧めです。

そもそもトランスポゾンって何?という方は以下の記事をどうぞ↓
トランスポゾンとは何ぞや
どうやってDNAが移動するのか(DNA型トランスポゾン編)
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コレジャナイ年賀状2015

あけましておめでとうございます。今年もまたコレジャナイ年賀状の季節がやってきました。


ご存知ない方も多いかもしれませんが、羊歯と書いてシダと読みます。植物のシダですね。
ちなみに、ウミシダは確かにシダっぽく見えるのですが、そもそものシダが羊の歯っぽくは見えないように思います。
…いや、私は羊の歯をちゃんと見たことはないのですが、羊の口を開けたらこんなものがワラワラと生えていたらトラウマものだと思います。

過去のコレジャナイ年賀状はこちら↓
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薬で恐怖を解消できる?!

ここ何年かは日本でもハロウィンが定番イベントになってきましたね。そのうちイースターとかも定着するのでしょうか。
ハロウィンといえば、こんなふうに↓怖いお化けがやってきておどかしてくるものですが、何かに対する恐怖を克服したいという人もいるでしょう。

Fig. 1. 研究者を襲う様々な恐怖(様々って書いたけどおおむね一つだった)


というわけで、今回は
遺伝子の働きに影響を与える薬によって、過去の経験に基づく恐怖を解消しやすくなる、という研究[1]を紹介したいと思います。


今回紹介する内容を要約するとこんな感じになります。

①ゲノムDNAはヒストンというタンパク質に巻き付いた状態で存在している。

②このヒストンにアセチル基というものが付けられる(アセチル化される)と、そのあたりに巻き付いている部分のDNAに含まれる遺伝子が発現しやすくなる

③FTY720という薬には、ヒストンにつけられたアセチル基を外してしまうための酵素(ヒストンデアセチラーゼ)を抑える効果がある

④そのため、マウスにFTY720を飲ませると、どの遺伝子がどのくらい働くかが変わってしまう

⑤FTY720を飲ませたマウスでは認知機能や記憶に関わる遺伝子の発現量が上がる

⑥そして、FTY720を飲んだマウスでは、一度身に付いてしまった恐怖を「やっぱり怖くない」という経験によって解消させやすくなる


①と②は以前から分かっていたことで、③~⑥がこの研究で判明したことです。では、詳しく解説していきましょう。



①ゲノムDNAはヒストンというタンパク質に巻き付いた状態で存在している

ヒトやマウスを含む真核生物のゲノムDNAは、細胞内の核という部分に収納されていますが、DNAだけの状態ではなく、ヒストンと呼ばれる種類のタンパク質に巻き付いた状態で収納されています。

何せDNAは太さこそ2 nm (2 mmの1/1000,000) という極細ですが、長さは1細胞あたりでヒトのゲノムDNAなら全部合わせて約2 mにもなります。目に見えない小さな細胞の内に、バスケ選手の身長レベルの長さのものが存在しているのですから、何かに巻きつけたりしてコンパクトにまとめておく必要があります。

よくゲノムは生物の設計図などと例えられますが、その例えで言うならば、設計図の紙が長過ぎるので心棒に巻きつけて巻物にしておき、収納しやすくするみたいな感じでしょうか。ただし、巻物とは違ってゲノムDNAは一つのヒストンにぐるぐると何重にも巻かれているわけではなく、ヒストン1つあたりではほぼ2周しているだけで、その分、多くのヒストンに巻き付いています[2-4]。


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              クレームがつきましたので、しばらくお待ちください
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②このヒストンにアセチル基というものが付けられる(アセチル化される)と、そのあたりに巻き付いている部分のDNAに含まれる遺伝子が発現しやすくなる

さて、このヒストンというタンパク質には、リシンというアミノ酸が含まれています。このリシンというアミノ酸はプラスの電気を帯びているので、マイナスの電気を帯びているDNAと引き付け合います。この(ヒストンに含まれる)リシンとDNAが電気的に引き付け合う力が、ヒストンにDNAがしっかりくっついているために重要なのですが、ヒストンアセチルトランスフェラーゼと呼ばれる細胞内の酵素によってリシンにアセチル基というものが付けられる(アセチル化される)と、プラスの電気を帯びなくなってしまい、DNAとヒストンの間の結合が弱くなり、場合によってはヒストンが外れてしまったりします[3-6]。

では、DNAとヒストンの間の結合が弱まるとどういう影響が出るのでしょうか。結論から言うと、その部分のDNAに書き込まれている遺伝子が働きやすくなります。

その仕組みは以下のように考えられています。

まず、遺伝子がその機能を発揮するためには、DNAに搭載されている遺伝子の情報がメッセンジャーRNAというものにコピーされ、そのメッセンジャーRNAの情報を元にして、今度は様々な機能を持ったタンパク質を作る、という過程を経る必要があります。

以前の記事で紹介したマイクロRNAは、メッセンジャーRNAの情報が読み取られるのをブロックするというものでしたが、それ以前の段階としてDNAに搭載されている遺伝子の情報がメッセンジャーRNAにコピーされないことには、その遺伝子は機能を発揮しようがありません。

そして、DNA上の情報をメッセンジャーRNAへとコピーするためには、転写因子やRNAポリメラーゼといった特別な機能を持つタンパク質がDNAに接触する必要があるのですが、ヒストンとDNAの間の結合が弱まると、こうした転写因子などがヒストンに邪魔されずにDNAと接触しやすくなります。その結果、その部分の遺伝子は機能を発揮しやすくなるのです。

逆に、一度アセチル化されたヒストンからアセチル基が取り外されてしまう(脱アセチル化される)と、再びDNAとヒストンがしっかりくっつくようになり、転写因子等がDNAと接触し難くなり、結果、その部分のDNAに搭載されている遺伝子は働き難くなります


どうでも良い話ですが、この前、京都水族館に行ったら一匹だけで水槽に入れられているコバンザメが頑張って壁に貼り付こうとしてました。やっぱり何かにくっついておかないと落ち着かないんでしょうか。


③薬でヒストンの脱アセチル化をブロックすると、どの遺伝子がどれくらい使われるかが変動する

前述のように、ヒストンが脱アセチル化されると、DNAとヒストンの結合が強くなり、その部分のDNAに搭載されている遺伝子は働き難くなるわけですが、このヒストンの脱アセチル化は、ヒストン脱アセチル化酵素という名前の酵素(役割そのままの名前ですが)によって行われます。

したがって、このヒストン脱アセチル化酵素の働きをブロックする薬(ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤)を使うと、ヒストンにアセチル基がついたままになり、DNAとヒストンの間の結合はゆるゆるの状態のまま、そしてその結果、本来であればあまり働かなかったはずの遺伝子がよく働く、という事態が生じます。

今回とりあげた研究[1]では、"FTY720"というヒストン脱アセチル化酵素阻害剤をマウスに飲ませると、認知機能や記憶に関する遺伝子が使われる量が上昇し、その結果、一度「これは怖い」と認識するようになったものに対して、「やっぱりこれは怖くない」と認識を改めやすくなる、ということを示しています。

ただし、認識を改めることで恐怖を解消するためには「やっぱりこれは怖くない」と学ぶステップが必要なので、残念ながら(?)
「何もしなくてもこの薬さえ飲めば恐怖が解消される」などというものではありません


恐怖を覚えさせて、その後で解消させるための手順はだいたいこんな感じです。

1日目:マウス達をある所へ連れて行って電気ショックを与える
2日目:マウス達を昨日と同じ所へ連れて行くと、マウス達の大半は、「また電気ショックされるんじゃ…」と怯える。しかし今度は何もしない。
3日目:マウス達を1日目、2日目と同じ所へまたも連れて行く。2日目に「この場所怖いと思ってたけどやっぱ大丈夫じゃん」と学習できたマウスは怯えない。


ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を飲ませると、「前は怖いと思ってたけど大丈夫じゃん」と学習できたマウスの割合が増えるのです。この記事のタイトルには「薬で恐怖を解消できる?!」とつけましたが、どちらかというと促進しているのは「恐怖の解消」というよりは「新たな経験に基づく学習」で、その学習内容が「やっぱりこれは怖くなかった」というものだった、という感じですね。

ちなみに、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は、恐怖の解消以外の学習も促進することが他の研究によって示されており[7]、その中には、今回紹介した研究とは逆に、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤によって恐怖を覚えるのを促進するという研究もあります[8]。(もっとも、どんな学習にも効果があるというわけではなく、少なくともFTY720は空間的な位置を覚えるのには影響しないようです[1]。)



さて、こういう研究が世に出ると、そのうちヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が「頭の良くなる薬」みたいな煽り文句で売る人が出てきそうな気がします。しかしヒストン脱アセチル化によって遺伝子を働かないようにしておくのはたいていの場合そうしておくべき理由があるからです。

なにしろ、ヒトの細胞は原則として各細胞がヒトの全遺伝子を持っています。脳細胞だからといって脳の働きに必要な遺伝子だけを持っているというわけではなく、筋肉で必要な遺伝子とか胃で必要な遺伝子とかも全部持っているのです。全ての遺伝子をONにしておくわけにはいきません。というわけで、闇雲にヒストン脱アセチル化をブロックすると、OFFにしておくべき遺伝子がONになってしまうことによる副作用の危険性があると思われます。

しかし記憶や学習に関わる遺伝子のアセチル化状態だけをピンポイントで制御することができれば、副作用を抑えつつ学習スピードを挙げることも可能になる…かもしれません。


参考文献


[2] David S. Latchman著, 五十嵐和彦・深水昭吉・山本雅之監訳, 遺伝情報の発現制御 -転写機構からエピジェネティクスまで-, メディカル・サイエンス・インターナショナル








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親のトラウマは子に遺伝する?

私が小学生の頃、毎月送られてくる「○年の科学」みたいな本があって、ある時の号で進化についてのダーウィンとラマルク、それぞれの説が載せられていました。

「ある時、首が長めのキリンが突然変異で生まれ、そちらの方が生存に有利だったためより多くの子孫を残せた。その中から更に首が長めのキリンが…というのを繰り返すうちに、キリンは今のように首が長くなった」と主張するダーウィン。

「高い木の葉を食べようと頑張って首を伸ばしたキリンからは首長めの子供が生まれ、その子供が更に首を伸ばそうと…というのを続けた結果、キリンの首は長くなったのだ」と主張するラマルク。

…で、『遺伝子は生まれた後の努力や経験では変わらないので、ラマルクの説は間違っていたことが現在では分かっていますよ』とまとめられるのです。


そう、確かに遺伝子自体は、生まれた後にどんな努力や経験をしようとも変わりはしません(免疫細胞などでは例外もありますが)。手塚治虫の漫画では、クローン人間は元となった人間の記憶をもっていたりしますが、遺伝子に記憶が刻みつけられることは無いので、実際にはクローン人間に記憶が引き継がれるなんて起こり得ません。


ところが、最近になって、父マウスにトラウマになるような経験をさせると、子マウスがちょっとおかしい子になってしまうという論文が出されました[1]。

これはいったいどういうことなのか。要約すると

・遺伝子自体はトラウマがあっても変わらないが、どの遺伝子がどれくらい機能するかを制御する"マイクロRNA"というものの量が変わる

・父マウスがトラウマな経験をすると、精子の細胞内マイクロRNA量が変化する

・その結果、子マウスでは生まれる前の受精卵の時点から、マイクロRNAの標的になっている遺伝子の働きが抑えられる

・結果、子マウスは通常とは少し性質の違うマウスになってしまう

…ということです。

では、詳しく解説していきましょう。


まずマイクロRNAとは何か

ヒトを含めたいていの生物のゲノムはDNAという物質でできています(一部のウイルスを除く…ウイルスは厳密には生物ではありませんが)が、ゲノムに含まれる遺伝子が機能する時、まずはDNAからRNAという物質に遺伝子の情報がコピーされ、そのコピーの情報を元にして酵素など様々な機能をもつタンパク質が作られます。そして、それらのタンパク質の機能により生物の体は維持されているのです(どうもタンパク質というと"食べたらマッチョになる栄養素"というイメージが持たれがちなようですが、実際にはタンパク質は種類ごとに多様な機能をもっていて、肺から全身へ酸素を運ぶヘモグロビンもタンパク質、消化酵素もタンパク質、神経に電気シグナルが流れるのに必要なイオンチャネルもタンパク質です)。

DNAでできているゲノムを高級紙でできている禁帯出の設計図だとするなら、RNAはその設計図の使う部分を書き写すためのメモ用紙、タンパク質は書き写された設計図を元にして作られた部品といったところです。

ところで、タンパク質を作るための遺伝子がコピーされたRNAは、RNAの中でもメッセンジャーRNA (messenger RNA略してmRNA) と呼ばれています。一方、今回の話のメインであるマイクロRNA (microRNA略してmiRNA) には、タンパク質を作るための情報は入っていません。それどころか逆に、マイクロRNAがメッセンジャーRNAにくっついてしまうと、RNA-induced silencing complex (略してRISC) というものの働きにより、メッセンジャーRNAの情報を元にタンパク質を作る装置(リボソーム)が妨害されたり、メッセンジャーRNA自体が壊されたりしてしまい、そのメッセンジャーRNAからはタンパク質が作られなくなります[2]。
     ※実は、逆にマイクロRNAがタンパク質を作るのを促進する場合もあることはある[3]のですが、話がややこしくなるので割愛します。

分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じになります。
マイクロRNAが無い時:リボソームがメッセンジャーRNAに書かれた通りのタンパク質を作る




マイクロRNAがある時:タンパク質を作るのがRISCにより妨げられる




メッセンジャーRNAがメモ用紙にコピーされた設計図なら、マイクロRNAは材質としては同じメモ用紙でも、書かれている内容は「都条例違反」とか「メディア良化法違反」とかへの指定で、RISCがメディア良化委員会のごとく、標的となったメッセンジャーRNAが読まれるのを阻止するのです。
     

ちなみに、マイクロRNAには非常に多くの種類があり(マイクロRNAのデータベースであるmiRBaseに2014年6月現在登録されているヒト細胞のマイクロRNAは1872種類)、マイクロRNAの種類によって、どの遺伝子のメッセンジャーRNAを妨害するかが違っています。

なんでわざわざそんな妨害をするようなものを細胞は自ら作っているのか、と思うかもしれませんが、遺伝子というのは全てを常にフル稼働させていれば良いというわけではなく(例えば、本来であれば胃の細胞が作る消化酵素を、脳細胞がどんどん作ってしまったりしたらえらいことになりますよね)、細胞の種類や状態に応じて、限られた範囲の遺伝子だけが稼働するよう制御しなくてはなりません。その制御システムの一つとして、マイクロRNAや、以前に触れた制御配列などがあるのです。




父マウスが子供時代にトラウマになるような経験をすると、その子マウスの行動パターンもおかしくなる

さて、今回紹介する研究では、まずマウスの子供(♂)にトラウマになるような経験をさせます。
※実際には、母マウスから急に引き離してトラウマを植え付けるようです。

このトラウマ経験をしたマウスは、普通のマウスと比べると、開けた空間にのこのこ出てきたり、明るい所に留まったりする傾向が高くなります(マウスは普通、物陰に潜みたがるものなのです。…開けていて明るい所にいたら、タカなどの天敵に見つかって襲われますからね)。

それに加えて、トラウママウスではプールに入れた時に、泳ぐのを諦めてただぽけーっと浮かんでいる時間も普通のマウスより長くなります。ちなみに、この「プールに入れた時にどのくらいの時間頑張って泳いで、どのくらいの時間はただ浮いているか」は、抗鬱剤の評価にも使われる実験手法で、泳いでいる時間が短い(=ただ浮いているだけの時間が長い)と鬱と判定されます。

さて、重要なのはここからで、このトラウママウスもやがては父親となります。そして生まれてきた第二世代トラウママウスは、なんと親である第一世代トラウママウスと同様に…というよりは、それ以上に、明るい所にとどまったりの異常行動をとる傾向が高くなるのです。



トラウマによって増えたマイクロRNAが子マウスにも影響する

果たしてどのようにして、親のトラウマが子の行動に影響を与えたのか?

ここで出てくるのが、最初に解説したマイクロRNAです。この研究では、第一世代トラウママウスの精子内に含まれるマイクロRNA量と、その子供の第二世代トラウママウスの脳細胞内に含まれるマイクロRNA量を調べています。すると、いくつかの種類のマイクロRNA量が、第一世代の精子・第二世代の脳細胞の両方で増えていました。つまり、それらのマイクロRNAの標的になっている遺伝子の働きは、第二世代トラウママウスが受精卵の段階から抑えられてきたということになります。第二世代トラウママウスでは、母親の胎内で脳が形成されている間、通常であれば働いていたはずの遺伝子が抑えられてきたというわけで、これは第二世代の性質に影響を与えそうです。

とはいえ、これだけでは本当にマイクロRNAが原因なのか、それとも実は他の何かが原因なのか分からないので、この研究をした人達は、第一世代トラウママウスの精子からRNAだけを抽出して、それを普通のマウスの受精卵に注入する、という実験も行っています。この受精卵由来のマウスも開けた・明るい空間に居がちという傾向を示し、トラウマに由来する異常行動がRNAを介して引き継がれているのだということが示されました。



トラウマなんてわざわざ引き継いで何の意味があるの?

ここからはあくまでも私の考えですが、まず、引き継がれているのはあくまでも「開けた・明るい空間に居がちな性質」であって、「トラウマの原因となった記憶」自体が引き継がれているというわけではないでしょう(…いや、なにぶん動物での話なので、「記憶自体は引き継がれていない」ということを証明するのは困難だと思いますが、そんなことが起こり得たらかなりの驚異です)。

で、そんな異常な性質をわざわざ次世代が引き継ぐことにいったい何のメリットがあるのか、という話ですが、普通の行動パターンでいたら、トラウマになるような経験をした…ということは、普通の行動パターンでいるのは危険で、むしろそれまでであれば異常と考えられるような行動パターンをとった方が安全な状況である可能性があります。

例えば、主な天敵が上空から襲ってくるタカである場合、開けていて明るい空間は危険で、暗くて狭い巣穴は安全でしょう。しかしタカがいなくなり、一方で、狭い巣穴にも侵入可能かつ暗闇でも熱探知で獲物を探せるガラガラヘビが大量発生した場合には、敵の接近を察知しやすい開けた空間にいた方が安全かもしれません。いずれにせよ、行動パターンの変化を引き継ぐことが生存に有利だったからこそ、そのようになっているのではないか、と私は思います。


…それはそうと、こういう研究が発表されると、そのうち「うちの子供がニートのひきこもりになったのは、お前のせいで俺がトラウマを抱えることになったからだ!」みたいな訴訟が起きたりしそうですね。



おまけ絵文字:笑顔
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イーコリン愛のうた

日本分子生物学会のキャラクターデザイン候補作品が先日より公開されていますが、実は私の作品も候補の一つとして選ばれています。

25番のイーコリン15号です。

総計259点中、29点が候補となったようで、まさかその中に入れるとは…思わず"イーコリン愛のうた"とか作ってしまいましたよ。(元ネタ:懐かしのピクミンテーマソング・"愛のうた")


              イーコリン愛のうた




日本分子生物学会の会員であれば、5月9日まで投票ができるようです。


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今のiPS細胞ってどうやって作られてるの?という話

「STAP細胞はiPS細胞と違って作るのにレトロウイルス使ってないからiPS細胞みたいにがん化しなくて安全だよ!」みたいな報道がされたため、CiRAから公式に「1)遺伝子が一時的に発現し、染色体には取り込まれず消える方法に変更 2)c-Mycは発がん性のない因子で置き換える という2つの工夫によって、大幅にリスクを低減させました」「がん化のリスクが指摘されていた樹立方法は大きく改善し、そのリスクはほぼ克服できた」という声明が出されているようです。

さて、「c-Mycは発がん性のない因子で置き換える」の方はそのままの意味で、c-Mycの代わりにL-MycやLin28といった別の遺伝子を使っているのですが、では、「遺伝子が一時的に発現し、染色体には取り込まれず消える方法」というのはいったいどういう方法なのでしょうか?


そもそも、なぜレトロウイルスを使って染色体に遺伝子を取り込ませるとがん化が起こるのか、については以前の記事「なぜレトロウイルスで作ったiPS細胞はがん化する?」で解説しました。その後、一度染色体に取り込ませた遺伝子をCreリコンビナーゼやトランスポザーゼといった酵素を使って取り除く方法についても紹介しました。


…が、CiRA公式で述べられている「遺伝子が一時的に発現し、染色体には取り込まれず消える方法」というのは、書いてある通り、(レトロウイルスやトランスポゾンとは違って)最初から染色体に取り込まれない"エピソーマルベクター"というものを使う方法で、上の記事で紹介した「一度染色体に取り込ませて、不要になったら取り除く」方法とは異なります。

しかしそもそも、なぜ最初はレトロウイルスを使って遺伝子を染色体に取り込ませる方法をとっていたのでしょう。


         




染色体に積極的に取り込まれるような性質を持っていない普通のプラスミドDNAとかに遺伝子を搭載して細胞に入れておいた方が、がん化のリスクが少なくて良さそうだと思いませんか?


       



実は、そういう方法でもiPS細胞は作れます…が、しかし手間もかかる上に効率も良くないのです。

何故か。

大雑把に言うと、「ヒト細胞が増える時、染色体のDNAは複製されて両方の細胞に受け継がれるけど、外から細胞に入れられたプラスミドDNAは複製されないから」です。ヒト細胞にとって染色体のDNAが自分自身の重要な設計図だとすれば、外から入ってきたプラスミドDNAなんてものは設計図の横にぽつんと置かれているチラシのようなものです。そんなものまできちんとコピーして引き継ごうとしたりはしないのです。


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細胞を初期化(iPS細胞に変えること)するためには、外から細胞に入れた遺伝子が一定期間、発現(遺伝子の情報を元にあるタンパク質が作られること)し続ける必要がありますが、細胞が増えても外から入れた遺伝子は複製されないのでは、せっかく入れた遺伝子が発現し続ける細胞はごくごく一部ということになってしまいます。そのため、iPS細胞ができる効率が悪かったり、何度も外から遺伝子を入れなおす必要があったりするのです。


だったら、細胞が増殖する度に複製されるプラスミドDNAだったら良いんじゃない?、というわけで、iPS細胞を作るのに使われ始めたのが"エピソーマルベクター"です[1]。このエピソーマルベクター、普通のプラスミドDNAと違うのは2点で、一つは「OriP」という配列のDNAが含まれていること、もう一つは「EBNA1」というタンパク質を作るための遺伝子が含まれていることです。

エピソーマルベクターに含まれるEBNA1遺伝子から作られたEBNA1のタンパク質は、エピソーマルベクター内のOriPを認識して結合します。それだけでなく、EBNA1は、染色体DNAを複製する働きをもつタンパク質の複合体を、自分が結合しているエピソーマルベクターのところへ呼びつける(?)のです [2]。


分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じ。


このため、エピソーマルベクターは染色体DNAと同様に細胞が増殖する時、ちゃんと複製されるというわけです。



現在のiPS細胞はこのようにして作られています(他にもセンダイウイルスを使う方法などもあるので、全てがエピソーマルベクターで作られているというわけではありませんが)。ちなみにこのエピソーマルベクターを使ったiPS細胞の作り方やエピソーマルベクターの入手方法などはCiRAのホームページで公開されています




参考文献


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ハエを使って癌を見つける・その2(GCaMPで活動している神経を光らせる)

前回、ショウジョウバエの活動している嗅覚神経だけを光らせることで、その蛍光パターンからにおいの違いを判定し、それを元にがん細胞と正常細胞を見分けることができる、という研究[1]を紹介しました。

ところで、どのようにすれば活動している嗅覚神経だけを光らせることができるのでしょうか?光るタンパク質を作るための遺伝子なら、今は非常に多種多様なものがあります。しかしただ単に光るタンパク質の遺伝子を入れた遺伝子改変ハエを作っても、あちこちの細胞が光ってしまうので「活動している嗅覚神経」だけを光らせることはできません。そこで、この研究では、以下の二段階の工夫でそれを可能にしています。

第一段階
嗅覚神経でタンパク質を作らせるための制御配列と、光るタンパク質の遺伝子をセットにする。これにより、嗅覚神経では、光るタンパク質が作られる。

第二段階
光るタンパク質として、常に光るタイプのものではなく、神経細胞が活動している時だけ光るタイプを使う。


まず第一段階から見ていきましょう。

以前の記事でも触れましたが、ゲノム中に含まれる遺伝子はどれもこれもが常に使われているというわけではなく、遺伝子とセットになっている"制御配列"によって、細胞の種類や状態に応じた制御がかかっています。


このハエにがんを見つけさせる研究では、Odorant receptor co-receptor (略称: Orco、別名Or83b) という遺伝子の制御配列と、光るタンパク質の遺伝子をセットにしてハエに入れています。Odorant receptor co-receptorはあえて和訳すると"におい分子受容体の補助受容体"といったところで、嗅覚神経をにおい分子に反応させるため、におい分子受容体(におい分子をキャッチするタンパク質)と共に働くタンパク質です[2]。となれば当然このOrcoは嗅覚神経で作られているわけで、Orcoの制御配列と光るタンパク質の遺伝子をセットにしておけば、光るタンパク質もOrcoと同様に嗅覚神経で作られる、ということです。



次に第二段階です。

嗅覚神経の光り方の違いからにおいの違いを判別しようと思ったら、活動している嗅覚神経と活動していない嗅覚神経で光り方が違う必要があります。しかし普通の光るタンパク質の遺伝子をOrcoの制御配列とセットにすると、活動していようがしていまいが光ってしまいます。

そこで、神経細胞が"活動している時だけ"光るようなタンパク質を使います。そのタンパク質の名前が、この記事のタイトルにもついているGCaMPです。このGCaMPというタンパク質は、大きく分けて3つの部分から成り立っています。

まず中心となる部分がcircularly permuted Enhanced Green Fluorescent Protein (略してcpEGFP) というタンパク質で、これは下村先生のノーベル賞受賞で一般にも知られるようになったクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein; 略してGFP)を改良してより明るい蛍光が出るようにしたEnhanced Green Fluorescent Protein (略してEGFP) をさらに改変したものです。

残りの2つがカルシウムイオンに結合するタンパク質であるカルモジュリン(Calmodulin; よくCaMと表記されます)と、カルシウムイオンに結合した状態のカルモジュリンに結合するペプチド(M13という名前がついています)で、GCaMPではcpEGFPの片方の端にカルモジュリンが、もう片方の端にM13がくっつけられています[3]。




分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じ。


ここで重要なのは、M13とくっつくことができるのは"カルシウムイオンがついた状態"のカルモジュリンであるという点です。そして、以前に「偽の記憶はどう作る?」の記事でも解説しましたが、活動していない状態の神経細胞ではカルシウムイオンやナトリウムイオンの濃度が低く、逆に活動している神経細胞内ではこれらのイオンの濃度が高くなっています。

つまり、
活動していない神経細胞→カルシウムイオン少→M13とカルモジュリンが結合しない
活動している神経細胞→カルシウムイオン多→M13とカルモジュリンが結合する
という感じになります。



さて、このように神経細胞が活動しているか否かでGCaMPは構造が変わる [4, 5] のですが、それによって何が起こるのか。実はこのGCaMPのcpEGFP部分、水が接すると光ることができなくなるという弱点があります(より細かい話をすると、cpEGFP内にある発色団(緑色の蛍光を出すのに必要な部分)に、水溶液中に含まれる水素イオンが結合すると光れなくなるようです)。細胞内には多量の水が含まれているので、本来であればGCaMP内のcpEGFPはけっして光ることを許されないはずです。




ところが、両端のM13とカルモジュリンが結合すると、発色団が水からガードされるようになり、これによってGCaMP内のcpEGFPは光ることができるようになります [5]。

                  

まとめると、
嗅覚神経以外の細胞
→GCaMPがそもそも作られない(GCaMP遺伝子とセットにされたOrcoの制御配列は嗅覚神経用なので)。GCaMPが無いので当然光らない。

活動していない嗅覚神経
→カルシウムイオン少→GCaMP内のM13とカルモジュリンが結合しない→GCaMP内のcpEGFPと水が接触→GCaMP内のcpEGFPが光らない。

活動している嗅覚神経
→カルシウムイオン多→GCaMP内のM13とカルモジュリンが結合する→GCaMP内のcpEGFPが水からガードされる→GCaMP内のcpEGFPが光る。


…このようなメカニズムで、活動している嗅覚神経だけを光らせ、前回の記事に書いたようにハエを使った癌の発見に役立てられるというわけです。




参考文献












おまけ絵文字:笑顔

「過去○○年の○○の歴史を愚弄している」っていう言い回し、汎用性高そうですね。
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ショウジョウバエに癌を見つけさせる

世の中には色々なことを考える人がいるようで、蠅を使ってがんを見つける研究の論文が発表されていました[1]。何故そんなことができるのかを四行でまとめると…

①細胞は様々な分子を作り出すが、それらの分子の中には、揮発性があり、呼気に混ざって出てくるものもある
②正常な細胞とがん細胞では、作り出す揮発性の分子の組成に違いがある
③そういった分子の組成の違いを、蠅の触角は"におい"の違いとして検知できる
④よって、蠅に呼気を嗅がせることで、体内にがん細胞がある人を見つけ出すことができる(?)

…こうなります。最後が(?)付きなのは、実際の実験ではがん細胞を培養している容器内の空気を嗅がせただけで、がん患者とか、がんモデル動物とかの息を嗅がせたわけではないからです。


まずもって何故にそんなことをやろうと思い立ったのか小一時間ほどかけて問い詰めたいと思いながら論文を読み始めたのですが、別に問い詰めなくてもイントロダクションに書いてありました。どうやら、以前から犬に呼気を嗅がせることで、がんを見つけようという研究はされていたようです。そう言われてみると、確かにそういう話は前にも聞いたことがありました。

「鹿が通る道を馬が通れぬはずがない!」とか馬鹿なこと(鹿は鎧武者背負ったりしてねーよ!)言って崖を馬で駆け下りた源義経のごとく、「犬にできて蠅にできないはずがない!」みたいなノリでやったのでしょう。いや、私の勝手な妄想ですが。


しかし蠅なので、犬とは違ってがんを見つけたからといって、わんわんとか鳴いたりして教えてくれるわけではありません。

ではどうするのかと言いますと、「活動している嗅覚神経だけが光るように遺伝子を改変した蠅」を使います。この蠅を固定して、正常細胞とがん細胞、それぞれのにおいを嗅がせ、触角内のどの嗅覚神経が光っているかのパターンの違いから正常細胞とがん細胞を判別する、というわけです(ちなみに、蠅の間で個体差はあまりなく、どの蠅でも同じ細胞のにおいを嗅いだ時は同じようなパターンで光るそうです)。
この技術が実用化されたあかつきには、多くの蠅たちが拘束された状態でオッサンの口臭を嗅がせられることになるのでしょう(いや、別にオッサンとは限らないのですが)。蠅といえども、一抹の憐憫を抱かずにはいられません。

「蠅なんて犬の糞やら腐乱死体やらにたかるような連中なんだから、どうせ臭い吐息を嗅がせられて喜んでるんだろう?」とか思っている方もいるかもしれませんが、この実験で使われているキイロショウジョウバエ(蠅を使った実験では、たいがいこのキイロショウジョウバエが使われます)は果実・樹液・酵母などを食べる蠅で、糞や死体にたかる蠅とは別の種類です。


それはさておき、本当にこれでがんを検知できるようになるのか、いつの日か私達も人間ドックで蠅に息を嗅がせる日がくるのか、というと、現時点での感想は「難しそう」です。

何故かといえば、この研究では正常細胞として1種類の乳腺上皮細胞を、がん細胞として5種類の乳がん細胞を用意し、それぞれを個別に培養してその培養容器内の空気を蠅が嗅ぎ分けられるかを調べているわけですが、実際の人間は多種多様な細胞からできています。体内にがんがある人間でも、体を構成する細胞のうち、がん細胞が占める割合はごく一部で、その他は正常細胞、そして、それらの正常細胞は神経細胞やら心筋細胞やら多種多様な細胞が含まれているのです。正常な乳腺上皮細胞と正常な神経細胞の"におい"の差が、正常な乳腺上皮細胞と乳がん細胞の差より大きい、というのも十分にありえそうな話です(実際にそうかは試してみないと分かりませんが)。それに加えて、口腔内や消化管内の常在細菌が出すにおいもあるでしょう。

「純粋な一種類の正常細胞」「純粋な一種類のがん細胞」でにおい分子の組成の違いを嗅ぎ分けることはできても、「神経細胞+心筋細胞+腸管上皮細胞+…(中略)…+常在細菌」「神経細胞+心筋細胞+腸管上皮細胞+…(中略)…+常在細菌+がん細胞」を果たして嗅ぎ分けられるのか…?

その答えを知るもっとも確実な方法は、実際にがん患者とそうでない人の呼気を蠅に嗅がせてみることですね。ブラックユーモア小説だったら、研究者が自分の呼気のサンプルを「健康な人間のもの」としてがん患者の呼気と比較するけれでも、全く差が見られず、「俺の研究は失敗だったのか…」と落ち込んでたら、翌日、がんを告知されて自分の研究は失敗していなかったことを知る、みたいな結末になりそうですが。


さて、このネタはここまでで終わっても良いのですが、それではいまいちこのブログらしくない(分かりやすくするためにペンギンで例えると…をやっていないあたりが特に)ので、次回は、「ところで、どうやって活動している嗅覚神経だけを光らせてるの?」という点について解説したいと思います。


おまけ絵文字:笑顔


参考文献

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