論文

筆頭著者
2021年

現象学的時間と宇宙論的時間を媒介するもの――リクール『時間と物語』における「負債」論の射程をめぐって

『哲学の探求』、哲学若手研究者フォーラム
  • 山野弘樹

48
記述言語
日本語
掲載種別
研究論文(学術雑誌)

本稿の目的は,リクール『時間と物語』におけるハイデガーの時間論批判の内実を検討することを通して,「現象学的時間」と「宇宙論的時間」を架橋する「歴史的時間」の媒介的性格を明らかにすることである.さらに本稿は,「歴史物語」と密接に関連する「負債」概念の位置づけを再検討することを試みる.

まずは,本稿の問題設定の背景を説明するために,『時間と物語』の構造とそのテーゼの概要を確認することにしたい.リクールの主著の一つである『時間と物語』は,四つの「部」と長い「結論」から構成されており,そこにおいては主に次の二つのテーゼが主張されている.一つは〈物語の詩学による時間性のアポリアへの応答〉であり,もう一つは〈歴史とフィクションの交叉〉である.本稿に直接関係するのは前者である.まず「時間性のアポリア」とは,アウグスティヌスの『告白』第十一巻に代表されるような「現象学的時間」と,アリストテレスが『自然学』第四巻の中で論じた「宇宙論的時間」とが相互に架橋されない(すなわち,一方の時間から他方の時間を派生的に説明することができない)事態を示す言葉である.そして「物語の詩学」とは,「物語」を代表とする詩的言語の創造性を体系的に論じる学のことを指しており,こうした物語の創造性が,前述の「時間性のアポリア」に対して詩的に応答を行う(cf. TR I, 129, TR III, 10)という議論が,前者のテーゼが示す内容である4.こうした問題設定が提出されるのが『時間と物語』の第一部であり,「物語」の二大様態を考察する第二部(「歴史物語」論)および第三部(「フィクション物語」論)を経たのちに,時間論と物語論を掛け合わせる仕方で展開されるのが,第四部「物語られる時間」である.

第四部は,『時間と物語』の中でも最も長く,最も多様な議論が展開されている箇所である.その理由は,前述した二つのテーゼが,『時間と物語』においてはじめて総合的に論じられるからである.特に,〈物語の詩学による時間性のアポリアへの応答〉を論じる最後の章「時間性,歴史性,時間内部性」(第一篇第三章),および〈歴史とフィクションの交叉〉を論じる最初の章「生きられる時間と普遍的時間のあいだ」(第二篇第一章)は,その二つの議論が接続される地点として,慎重に読まれなければならない.実際,前者の章においては,〈現象学的時間と宇宙論的時間を媒介するのは歴史的時間である〉ということが示唆され,後者の章においては,「二つの時間」を媒介する歴史的時間(およびそれを創出する歴史物語)の特質が論じられるのだが,こうした主張を間断なく展開するリクールの議論は,一見して唐突であるようにも思われる.なぜなら,〈歴史的時間が現象学的時間と宇宙論的時間を媒介する〉とは述べられているものの,それがいかなる資格において「二つの時間」を媒介しうるのかという点について,リクールの議論は明瞭でないように見えるからである.そのため,『時間と物語』を根本から解釈するために,次のような問いが提出されることになる.すなわち,〈一体何が,歴史的時間を,「二つの時間」を媒介する時間たらしめているのだろうか〉,という問いである.

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ポール・リクールにおける歴史的存在論の思想

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