基本情報

所属
東京大学 東洋文化研究所 教授
学位
博士(文学)(筑波大学)
Ph.D. in Literature(University of Tsukuba)

ORCID iD
 https://orcid.org/0009-0006-2657-7221
J-GLOBAL ID
200901033633216740
researchmap会員ID
1000144589

外部リンク

私はこれまで、日本と中国をフィールドに、地域社会における自然資源や文化資源の利用や管理のあり方、コモンズ、無形文化遺産の管理手法、伝統文化のトランス・ナショナリズム、中国民間芸術のアート・ワールドなどについて民俗学の方面から研究してきました。また、日本における公共民俗学(「新しい野の学問」)の創出に関する理論的研究も行ってきました。現在は、「ヴァナキュラー文化」研究を中心に取り組んでいます。

ヴァナキュラー(vernacular)とは、元来、土地固有の土着的な地方語、話し言葉、日常語を形容する言葉として使用されていました。それは、ここ数十年のあいだに、種々の人文・社会科学ではその語義を拡大し、文化論における魅力あるキーワードとなっています。

ヴァナキュラーという語には、文字に対する口頭、普遍に対する土着、中央に対する地方、権力に対する反権力、権威に対する反権威、正統に対する異端、オフィシャルに対するアンオフィシャル、フォーマルに対するインフォーマル、ハイに対するロー、パブリック(公)に対するプライベート(私)、プロフェッショナルに対するアマチュア、エリートに対する非エリート、マジョリティに対するマイノリティ、不特定多数に対する集団、集団に対する個人、高踏に対する世俗、市場に対する反市場、非日常に対する日常、仕事に対する趣味、他律に対する自律、意識に対する無意識、洗練に対する野卑、教育に対する独学、テクノロジーに対する手仕事などなど、実に多様な含意を込めることが可能です。もちろん、上記のような単純な二項対立ではっきりと腑分けできるものではなく、実際はその対立の境界が溶融しているところでアクティブに蠢いている語ととらえるべきでしょう。

ヴァナキュラー文化は、「何かの中心から離れたところに立ち現れる文化」という見取り図でとらえることができます。それは、必ずしも社会の表舞台に登場するわけではないし、多くの人びとから称賛されたり尊敬されたりする文化でもありません。ときに否定されたり笑われたりすることすらあります。しかしそれは、社会のどこかには必ず登場し、特定の人びとから特別な熱意をもって執着される文化です。

例えば、将棋。ヴァナキュラー文化という観点から将棋を考えると、日本将棋連盟に加入するプロ棋士たちのコミュニティに加え、路地裏の縁台将棋や街中の将棋倶楽部、あるいは賭け将棋をする真剣師たちのコミュニティなども、研究の射程に入れることができます。 

ヴァナキュラー文化は、正統な文化の対概念として表現され意識され、明確な対立性から権力論や対抗文化論などで語ることができます。しかし、一方でただ単に「好きでやっているだけ」といった取り付く島もない根源的な表現で、いかなる学問的解釈をも拒むことすらあります。

現在、アメリカ民俗学では、このヴァナキュラーという語を用いて、伝統文化(traditional culture)や民俗文化(folk culture)、大衆文化(popular culture)という枠組みとは異なる文化研究が執り行われています。ヴァナキュラー建築を手始めとしてヴァナキュラー芸術、ヴァナキュラー・テクノロジー、ヴァナキュラー宗教、ヴァナキュラー写真、ヴァナキュラー音楽、ヴァナキュラー・インテレクチュアルなど多くのヴァナキュラー文化がすでに考究されています。

私は、ヴァナキュラーの視座を文化論に応用するために、日本で生まれたヴァナキュラー文化である折り鶴(千羽鶴)や錦鯉、中国の土産物芸術として起こった花鳥字(花文字)、根芸(根の芸術)を題材として研究しています。


主要な書籍等出版物

  15

論文

  210

講演・口頭発表等

  159

共同研究・競争的資金等の研究課題

  33

MISC

  67