論文

査読有り 責任著者
2020年1月10日

科学的進化概念形成を基軸とした理科カリキュラム開発とその授業実践に関する研究

兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科教科教育実践学専攻博士論文
  • 名倉 昌巳

記述言語
日本語
掲載種別
学位論文(博士)
出版者・発行元
兵庫教育大学学術情報リポジトリ

【問題の所在】
平成29年告示の中学校学習指導要領では,「生物の多様性と進化」に関する学習は第3学年に移行し,従来から第3学年に配置されていた「遺伝の規則性と遺伝子」と同じ学年で学ぶように改訂された。すなわち,「遺伝的変異」の積み重なりが「生物進化」を引き起こし,現在の「生物多様性」につながったことが理解できるように改訂されたれたと捉えることができる。一方で,現代生物学の体系は「細胞・生理・発生・遺伝・生態を縦糸」に,「進化の視点を横糸」として織り上げられている。「生物多様性」を空間的のみならず,時間的に把握するには「進化」の考え方が不可欠であり,アメリカの大学教科書はこの論で統一されている。さらに,「進化」や「遺伝」には誤概念が多く存在し,それらの誤解が「優勝劣敗」などの強者の論理へ,さらには「優生学」などの疑似科学へつながることも懸念される。科学的進化概念の形成と,生物進化のメカニズムの理解が待たれる分野である。加えて,「進化」や「遺伝」の学習は「実験・観察・探究活動など」を通して取り扱うことは困難であるため,「進化」に関する実践事例の蓄積は少なく,しかも単発的なものが多い。したがって,単元全体を線で結ぶようなカリキュラム設計したものは我が国では存在しない。
【研究目的】
本研究の目的は,中学校理科第2分野3(生物・地学・環境)領域4単元にわたる授業計画において,生物学の中心概念である「生物進化」を導入することによって,「生物多様性(遺伝的多様性・種多様性・生態系の多様性)」の理解を促し,科学的進化概念の形成過程における分析から,カリキュラム設計した各単元の授業計画の有効性を明らかにすることである。
【研究方法】
授業設計の中心理論はウィギンズらの「逆向き設計:backward design」論を主に用い,「パフォーマンス課題」を「ルーブリック」で評価する手法を中心に据えた授業開発を行った。加えて,ブランスフォードらの「学習環境:Learning Environment」論の立場から「学習者中心:Learning Centered」の学習形態で,到達目標と基準を参照しながら「課題」を修正できるプロセスを組み込んだ「形成的評価(アセスメント):Formative Assessment」を重視した授業計画を設計した。そして,第1章の第1学年「生物の観察」単元を除く3つの単元開発においては,「パフォーマンス課題:performance tasks」や,単元を貫く「本質的な課題:essential questions」を準備し,その記述内容における思考過程の分析や「ルーブリック」による評価分析(以上は主に質的分析),科学的進化概念・誤概念に関する「質問紙調査」による統計分析(主に量的分析)を行った。ただし,第1章における第1学年「生物の観察」単元においては,時間的視点に重点をおいた「進化思考(系統樹思考と分類思考:tree thinking and group thinking)」によるカリキュラム開発を行った。すなわち「逆向き設計」や「パフォーマンス評価」は用いていないが,「本質的な課題」による質的分析や「学習者中心」の形態は踏襲した。
【研究結果】
中学校理科「生物(生命)」「地学(地球)」「環境(生命)」の3(2)領域にわたるカリキュラム設計による単元開発における各検証結果から得られた知見は以下の7点であった。
(1)「系統図」を用いた授業を計画の後半に挿入した設計が「生物多様性」の理解を促進した。
(2)「形成的評価」の要素をカリキュラムの中に加味することが深い概念理解を促進するが,特に「パフォーマンス課題」などの中心となる課題の前・後に配置する授業計画が有効である。
(3)「パフォーマンス課題」などの中心的課題に至るまでに,「到達目標」を踏まえた科学概念の理解に関連する「本質的な課題」を,カリキュラム前半部分に配置した設計が有効である。
(4)「本質的な課題」には,認知的葛藤を引き起こすような課題を設定することが有効である。
(5)「弱肉強食」の誤概念払拭には,第3学年「生物と環境」単元における「生態系」に関する学習で,空間的・時間的視点を加味した「生物多様性」を踏まえた計画が有効である。
(6)「優勝劣敗」の誤概念払拭には,第1学年「生物の観察」単元における学習において,時間的視点(系統樹思考)を加えた「進化思考」を踏まえたカリキュラム設計が有効である。
(7)「獲得形質の遺伝(ラマルク説)」の誤概念払拭には,対立概念である「進化の総合説」を対峙させ,そのような課題を導入したカリキュラム設計が有効である。
【カリキュラム設計に関する提言】
上記の知見を,「カリキュラム設計に関する提言」として総括すると,以下の2点となる。1つめの提言は,教授・学習過程においては「パフォーマンス課題」などの中心的な課題を後半部に配置し,その前・後に「形成的評価」の要素を加味する。そして,「到達目標」に迫る「本質的な課題」を授業計画の前半から中盤に数種設定する。その際,認知的葛藤を引き起こす「対立概念」を含む2項対立の課題を1~2題程度組み込む。また,課題解決にあたっては,協働的な学習(学習者中心)によって議論を深めることが肝要である。2つめの提言は,中学生の「生物多様性」や「科学的進化」の理解には,「空間的」のみならず「時間的」な視点,すなわち「進化思考(特に系統樹思考)」を援用したカリキュラム設計,及び「生物進化」を中心概念に据えた単元開発が有効である。そしてこれらの「理科の見方・考え方」を働かせることで,思考・判断・表現力の育成にも貢献するものと信ずる。尚,今後の課題として,本論文では果たせなかったが,中学校第3学年「遺伝の規則性と遺伝子」単元における「進化」と「遺伝」を統合するカリキュラム開発によって,「生物多様性」及び「科学的進化概念」の理解を促す本研究が完成すると思われる。

リンク情報
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URL
https://ci.nii.ac.jp/naid/500001441578/ 本文へのリンクあり
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