錯視日誌 - はじめに -

 
 錯視日誌では、数学、視覚、錯視に関する研究、数理科学教育、アート,その他のことについて、いろいろなことを書いています。数理視覚科学の研究から生まれた学術的な新しい錯視図形や錯視アートの新作も発表しています。

Copyright Hitoshi Arai. 本日誌の文及びオリジナル画像の無断複製・転載を禁止します
錯視についてならば錯視の科学館へどうぞ.入り口はこちら:

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錯視 日誌

錯視日誌

実解析的方法とはどのようなものか(新井仁之)

『実解析的方法とはどのようなものか』(新井仁之)
ハーディ-リトルウッド最大関数,カルデロン-ジグムント特異積分,
リトルウッド-ペイリー理論など調和解析の入門事項を2001年10月26日の
Encounter with Mathematics で講義したときのスライドです.
20年以上たっていて正に光陰矢の如し.

スライドの pdf はこちらからご覧いただけます.

 

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脳が行う視知覚の情報処理と数理モデル 早稲田大学教育学部数学科のオムニバス講義(担当:新井仁之)の概要

早稲田大学教育学部数学科 数学序論2 第12回講義(担当:新井仁之)
で次の講義を行いました。

タイトル
脳が行う視知覚の情報処理と数理モデル -錯視の構造の数理解析から非線形画像処理まで-

【講義概要】
 下の図をやや大きめにして,目の高さが円の中心にくるように正面からしばらく見ていてください(ただし気分が悪くなりそうな場合は,すぐに見るのをやめてください)。緑の4本の閉曲線がゆがんで見えませんか?

 

 

 

 

しかしそう見えるのは貴方の脳が錯覚を起こしているからです。緑の4本の曲線は本当は同心円です。これは2012年に新井仁之らによって発見された新しい錯視で「歪同心円錯視」といいます。

 

なぜこの画像を見たとき錯視が起こってしまうのでしょうか?

私たちの脳の中では一体何が起こっているのでしょうか?


これは一例で,他にも人の視覚や脳にはいろいろな謎があります。そういった謎に,脳が行う視知覚情報処理に関する独自の数理モデルを使って迫ります。もしも時間的な余裕があれば,更に視知覚の数理モデルを使って発明した様々な実用的な画像処理法や,視覚芸術への興味深い応用にも言及します。

 今回の講義では,応用・計算調和解析,非線形画像処理,脳科学,視覚科学,知覚心理学などの数学や科学技術を使って行った研究の成果の一端を話します。いわゆる

STEAM (Science, Technology, Engineering, Arts, and Mathematics)

を融合して新理論を作る話です。
ただ本数学科には,こういった数学と諸科学に関わる数理科学の講義科目がありません。一方,本講義内容は本質的にその数学・数理科学を使うため,残念ながら数学の部分の話しはできません。その代わり,ビジュアルに楽しめる部分を主にレクチャーします。

それでは脳と視覚の神秘の世界を,数理の船に乗って冒険してみましょう。


 

 

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【早稲田大学教育学部数学科ゼミ】新井仁之セミナー(2022年度数学演習1A)紹介

早稲田大学教育学部数学科3年生に配布されたゼミ案内の原稿

 

新井仁之ゼミ(数学演習1A,2022年度)

定員6名以内

本ゼミでは応用調和解析学(applied harmonic analysis)という分野を基礎から学習します。調和解析学と応用とそれに関するコンピュータによる計算を勉強したい方を歓迎します。

 

 1.学習内容

数学演習1Aと2A(23年度)では【テキスト1】を用いてフーリエ解析・離散フーリエ解析・ウェーブレットの数学理論及びディジタル信号処理,とりわけ画像処理への応用を学んでいきます。内容紹介が下記に記載のガイダンス動画にありますのでご覧ください。ゼミは皆さんにテキストを輪読してもらう形式で行います。

この他【テキスト1】にある信号・画像処理への応用例などを,MATLAB(*)を使って計算することも副次的にゼミで学びます(MATLABやプログラミングは未経験でも構いません)。その際【補助教材2】,【補助教材3】も輪読・実習します。

 

2.テキスト

【テキスト1】 新井仁之『フーリエ解析とウェーブレット』(朝倉書店,2022年1月刊行予定).http://www.asakura.co.jp/detail.php?book_code=11761

【補助教材2】 奥野貴俊・他『MATLABではじめるプログラミング教室』(コロナ社,2017).

【補助教材3】 J.M.Giron-Sierra, Digital Signal Processing with Matlab Examples,vol.1~3, Springer, 2017.(図書館電子ブック利用可)2Aではこの中から応用調和解析に関連する部分を適宜,補助教材として使う予定。

 

 

(*) MATLABについて このプログラミング言語は行列,離散フーリエ,ウェーブレット,画像処理等の計算に長けています。早稲田大学は2019年度よりMath Works社とMATLABの包括ライセンスを契約し,早大生はMATLAB及び MATLAB Online を無料で使えます。MATLAB Online はMATLABをパソコンにインストールしなくても標準的なWebブラウザーから実行可能です。ゼミの実習ではMATLAB Onlineを使います。

 

注意 本ゼミは応用調和解析学を学ぶゼミです。計算機は補助手段として利用するだけです。プログラミングそのものを学びたい方は本ゼミには向いていません。

教員紹介 早稲田大学研究者データベース
 
    新井仁之のホームページ
 
                新井仁之研究室のホームページ

 

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私の名著発掘 - 書評集

 主に書店あるいは古書店を歩き回り、そこに陳列されている膨大な本の中から今までに発掘した掘り出し物をスローペースで紹介していきます。
テーマは数学、アート、錯視、文学関係です。

 


これまでに発掘した名著一覧(順不同。タイトルをクリックすると本文をご覧頂けます。)

★太宰治と発散級数論
 発掘本:太宰治著『乞食学生』


★「少女終末旅行」の意志と表象としての世界
 発掘本:つくみず著『少女終末旅行』(新潮社)&アニメーション
     ショーペンハウアー著『意志と表象としての世界』(中央公論社)
     ショーペンハウアー著『哲学入門』(旺文社文庫)

  
★私の微分積分法がすばらしい
 発掘本:吉田耕作著『私の微分積分法 -解析入門』(ちくま学芸文庫)

 


★マルチンキーヴィッチの悲劇
 発掘本:ジグムント著『作用素の補間に関するマルチンキーヴィッチのある定理について』(純粋・応用数学雑誌 1956年)

 


★ディーバーな関数論.笠原乾吉著『複素解析』(ちくま学芸文庫)
 発掘本:笠原乾吉著『複素解析 1変数解析関数』(実教出版,ちくま学芸文庫)

 


★数理科学を学べる本がほしい
 発掘本:アメリカ数理科学研究委員会編『数理科学の世界 数学の新しい可能性』
     (ブルーバックス) 

 


★『ロジ・コミックス』 ラッセルとめぐる論理哲学入門が面白い!
 発掘本:ドクシアディス他『ロジ・コミックス ラッセルとめぐる論理哲学入門』
                (筑摩書房)

 


★印象深い確率論の本と伊藤清著「確率論」幻の1953年版
 発掘本:伊藤清著『確率論』(岩波書店、1953)
                  伊藤清著『確率論』(岩波講座「基礎数学」)
     コルモゴロフ著『確率論の基礎概念』(東京図書版、ちくま学芸文庫版)

 

★落語と美しい日本語
 早稲田大学学芸会,古今亭志ん吉師匠,金原亭馬生師匠の落語 

 

★ 学問をするということ 吉田松陰をめぐって 
 発掘本:司馬遼太郎「世に棲む日々,一,二」(文春文庫)
     吉田松陰「留魂録」(青空文庫)



★グレン・グールドから思うこと
 発掘本: ジョン・P. L. ロバーツ編『グレン・グールド発言集』(みすず書房)
      ティム・ペイジ編『グレン・グールド 著作集2』(みすず書房)

 

 
★微分積分学の誕生とニコラウス・クザーヌス
 発掘本:高瀬正仁『微分積分学の誕生』(SBクリエイティブ, 2015)

 

 

★ 今はなき確率論のコンパクトな名著 - 鶴見茂著「確率論」
 発掘本:鶴見茂著『確率論、近代確率論への入門』(至文堂)
     「近代数学新書」シリーズ(至文堂)

 

★音の記憶 - 脳の神秘,そして音を楽しむとりとめもない話 
 発掘録音:ラヴェル『ピアノ協奏曲』L. バーンスタイン指揮・ピアノ,サボイ交響楽団(CAMDEN)
      ラヴェル『ピアノ協奏曲』P. ブーレーズ指揮,ピアノ C. ツィメルマン,クリーヴランドO(Deutsche Grammophon)

  


★出版社とともに消えた名著 測度と積分、関数解析
 発掘本:鶴見茂著『測度と積分』(理工学社)
     宮寺功著『関数解析』(理工学社)



われ童子の時は・・・の句を聞いて。文語体と口語体
 発掘本:文語訳新約聖書(岩波書店)
     Ghost in the Shell / 攻殻機動隊(アニメーション)



★アイヴズの答えのない質問
 発掘本:L. バーンスタイン『答えのない質問』(1973年ハーバード大学での講座
     と実演)(ニホンモニター)DVD(*通販で入手)




★数学書売り場が寒い時代に復刊:コルモゴロフ・フォミーンの函数解析の基礎(オンデマンド)
 発掘本:コルモゴロフ、フォミーン著『函数解析の基礎』(岩波書店)

 
★お薦めの錯視の本
 発掘本:ニニオ著『錯覚の世界 古典からCG画像まで』(新曜社)他4冊


★文庫で復刊 現代数学への招待 多様体とは何か(志賀浩二著)
 発掘本:表題のもの(岩波書店、ちくま学芸文庫)


★翼よ、あれがパリの灯だ
 発掘本:リンドバーグ著『翼よ、あれがパリの灯だ』(旺文社文庫、恒文社)


★オリジネータの本は違う!メイエの『ウェーブレットと作用素』
 発掘本:Y. Meyer著 "Wavelets and Operators" (Cambridge UP)


★ウェーブレットの数学書、この一冊
 発掘本:P. Wojtaszczyk著 "A Mathematical Introduction to
                   Wavelets" (Cambridge UP).


★バナッハの線形作用素論とサクスの積分論雑感
 発掘本:S. Banach, Theory of Linear Oprations(Dover)
                  S. Saks, Theory of the Integral (Dover)


★宮寺功著「関数解析」の解説
 発掘本:宮寺功著『関数解析』(ちくま学芸文庫)の解説

 

★お薦めの関数解析とウェーブレットの本
 発掘本:W. Rudin, Functional Analysis (McGraw Hill) 他


--------- 自著紹介 ----------
☆応用重視の線形代数はどのような内容を講義すればよいか
 新井仁之,線形代数,基礎と応用(日本評論社)

 
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展覧会の絵 ー「見る」ことを研究し始めた数学者が見た美術の世界』はこちらからご覧ください。

 

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学問をするということ 吉田松陰をめぐって

 みなさんよくご存じのように,幕末・明治維新は様々なタイプの人がほぼ同時に歴史に登場し、日本を守るため、そして日本を変えるために身を粉にしてそれぞれの役割を果たしました。この時代を題材にした小説を読んでいると、それを読んだ時期、自分を取り巻く環境によって、共感できる人物がそのときどきで出てくるようです。たとえば、幼い頃は新選組、青年期には坂本龍馬などなど。
 ところでどういうわけか、最近は吉田松陰に強い感銘を受けています。ただ、昔から吉田松陰への憧れがあったことは確かです。

 吉田松陰を最初に知ったのはいつの頃かは憶えていませんが、母校の獨協中学校に入学した当時には、獨協の前身の獨逸学協会学校の創始者が西周と、吉田松陰の弟子の品川弥次郎であることは認識していたので、その頃だったかもしれません。もう少し後になって、高校生の時分に司馬遼太郎原作のNHK大河ドラマ「花神」を見ていて、篠田三郎演ずる吉田松陰をカッコイイと感じ、非常に大きなインパクトを受けたことははっきりと記憶しています。とりわけ、小伝馬町の牢で罪人沼崎吉五郎に留魂録を託すシーン。篠田三郎が(正確な台詞は覚えていないが)留魂録の一節、人にはそれぞれ春夏秋冬の四季があり、十歳で死する者にも自ずと四季があり、また長寿の者にもその四季がある、自分にも四季があり、実を結んでいるはずだがそれが秕なのか栗なのかはわからない、と言う件は涙と共に強く心に刻み込まれました。

 吉田松陰は人より少し早過ぎる考えを持っていました。最もよい例は黒船に乗り込むことを決意して、実践したことでしょう。このときはまだ出国はご法度であったので、結局、牢に繋がれてしまいました。1854年のことです。しかし、そのおよそ六年後の万延元年(1860年)、勝海舟らが幕府公認のもと堂々と咸臨丸で渡米し、米国の文明に触れています。時代の激変期とはいえ、たった六年の違いです。何かを人より早くすると風当たりが強いのは、大事小事にかかわらずいつの時代でも同じことと言えましょう。そして種々の障壁に阻まれやめてしまうのか、あるいはどうしてもやらざるを得ない気持ちになって行うのかは、その人の志の強さによるものです。

 その後、司馬遼太郎の『世に棲む日々』を読み、吉田松陰についてより詳しく知ることができました。この本を読んで、松陰を作ったのは幼少時に受けた教育に違いないと確信しました。「世に棲む日々」によれば玉木文之進という叔父が訳あって松陰の個人教師になったのですが、この人の教育が体罰を伴う徹底したものでした。現在だったら明らかに犯罪ものです。印象的なのは、松陰の頬に蠅がたかりかゆかったため、掻いたとして文之進から体罰を受けたことです。

「えっ、何で。」

何でそんなことで体罰を受けなければならないのか。本を読んでいて思わず声を出してしまいました。もちろん体罰は良くないことで、してはならないのですが、続きを読むと文之進が教えたかった思想は理にはかなっています。文之進が怒った理由はこうです。

「学問を学ぶことは公のためにつくす自分をつくるためであり、そのため読書中の頬のかゆさを掻くことすら私情である」、
「痒みは私。掻くことは私の満足。それをゆるせば長じて人の世に出たとき私利私欲をはかる人間になるのだ」

(司馬遼太郎「世に棲む日々」より)

 

 確かに学問をするということは、公のためのものであり、だからこそ学生という身分を社会は許容しています。もちろん言うまでもなく学者も同様です。学生も学者も全身全霊をもって学問に勤しみ、世の中に資するようでなければなりません。改めて学問をするということは公のためであるという心がけを身に染みて感じました。

  吉田松陰については他にも書きたいことはいろいろありますが、長くなってきたので、この辺で「世に棲む日々」で知った話をもう一つ紹介して今回のブログを閉じることにいたします。

 母校の創始者の品川弥次郎でですが、松陰に入門したのは十四歳のときでした。入門理由は、弥次郎の家が検断人の家であったので、人を助ける人間になりたいということだったそうです。松陰は入門を許しましたが、

「自分は人の師になりえない人間であるが、兄弟になったつもりで一緒に学ぼう。それでよければ来てもよい」(「世に棲む日々」より)

と言ったと書かれています。ちなみに松陰はこのような少年にも敬語を使っていたそうです。

 私自身も学生さん、生徒さんには敬語を使っています。彼らは若いといっても一個の独立した人格を持っているからです。

 

今回の発掘本 
司馬遼太郎「世に棲む日々,一,二」(文春文庫)
吉田松陰「留魂録」(青空文庫)

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他の書評は『私の名著発掘』へどうぞ

 

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音の記憶 - 脳の神秘,そして音を楽しむとりとめもない話

 深夜にラヴェルのピアノ協奏曲をヘッドフォンで聴きながら,数理科学デジタルオープンレクチャーズのホームページの整備をしています。

 

 この作業をしながら,個人的なある小さな事件を思い出しました。まずそのことから始めましょう。

 私がラヴェルのピアノ協奏曲を知ったのは,もう何十年も前,中学か高校のときにFMラジオから流れてくる曲を聞き流していたときでした。躍動感があって音の組み合わせが面白い曲だなあと思いました。しかしその楽曲よりも印象に残ったことがありました。それは演奏が終わった後に進行役の方が発した「演奏は・・・サボイ交響楽団でした」という言葉でした。
サボイ。
 この言葉が何故か頭の中で何かと共鳴したかのように響き,印象深く思えました。ただその後,サボイ交響楽団という名前を耳にすることはなく,またラヴェルのピアノ協奏曲は何度も聴くことがあったものの,ラジオで流れていた録音を聴く機会もありませんでした。

 ところが数年前,バーンスタインが指揮とピアノのいわゆる弾き振りをした録音を,ある商用音楽サイトで聴くことがありました。
 「あっ,これだ」と出だしのオーケストラのパートを聞いてすぐにわかりました。
 擦り切れた布にかすれた色を急いで塗ったような音の敷物はまさしくFMラジオで昔聴いた演奏そのものだったのです。そのサイトには演奏の詳細データが記されていませんでしたが,レコードジャケットの画像が貼ってあり,それを拡大して見ると,確かに楽団は Savoy symphony orchestra とありました。何十年ぶりの再会でしょう。こんなことってあるものなんだ,しばらく思考が停止しました。そして,演奏を聴いていると,昔住んでいた家の自分の部屋で FMラジオのクラシック音楽を聴いていた頃の情景も蘇りました。その家は今はもうありません。

 ところでバーンスタインの演奏としては,十年近く前に彼の指揮・ピアノ,そしてフランス国立管弦楽団の演奏のDVDを購入して視聴したことがありました。ですがそのときはFMラジオから流れてきた演奏の記憶は全く起こることはありませんでした。同じ指揮者・ピアノ演奏でも,演奏の年代,オーケストラ,録音が異なると,傾向が似ていることはわかりますが,まるで違って聞こえるようです。

 音の記憶というのは驚くべきものです。一度聴いた演奏が記憶の底に眠っていて,その記憶は同じ楽曲,しかも同じ演奏家のものでも何も反応しないのに,昔聴いた録音がなり始めた途端に,その記憶が突然出現するのです。隠れていたものが現れたというよりも,どこかに四散していた片割れが急に沸き起こってきて,結合したといった方がよいかもしれません。それも何十年も前からほったらかしていた断片が。

 さて,今聞いているのはじつはバーンスタインの演奏ではなく,ブーレーズ指揮,ツィメルマン(ピアノ),クリーヴランド管弦楽団演奏の録音です。これにはバーンスタインのような躍動感はなく,最初にこの演奏を聴いたときには,今から思えば小さめの音で聴いていたため,あまり好きになれませんでした。しかし,よく聴いてみると,ある音が別の音に隠れるということがなく,陳腐な表現ですが汚れのない音(他の音からでる膜に汚染されていない音)がくっきりと目の前に出てきて長い間持続しているのです。これは後期のブーレーズの演奏の特徴のように思われます。

 ブーレーズといえば,一部の音楽評論家の先生方が昔のブーレーズは良かったが,後期のブーレーズは良くないといった主旨のことを言われています。専門家の方がそうおっしゃるのだから,正当な理由が有るのでしょう。しかしながら,素人が申すのははばかられますが,やはり人の好みというのは専門的な理屈ではとらえきれないもので,ブーレーズの後期の演奏にも素晴らしいものがたくさんあると思います。例を挙げますと,ラヴェルの『ダフニスとクロエ全曲』(クリーヴランド),ヴァレーズの『アルカナ』(シカゴ),マーラーの『交響曲第3番第1楽章』(ウィーン)などです。録音のせいもあるのかもしれませんが,音のもつ立体感を伴う色が心地よく,一つ一つの音が独立に空間を飛び交う姿が鮮やかに見えます。たとえば『アルカナ』の旧録(NYP)と新録(シカゴ)を比較すると -言葉では表し辛いのですが,あえて言えば -旧録の音は薄い茶色で,それがほんの少しだけ食道から胃にかけて不快感を伴う一方,新録は濃紺と黒の間の澄んだものとなっています。ただ旧録の方が見た目まとまっていて分かり易いという優位点はあります。もちろん個人の印象です。また旧録が良くないということでは全くありません。

 音や音楽を聞いてイライラすることがときどきあります。ブーレーズの後期の演奏はそういったことがなく(前期にもありませんが前期以上に),すべてがすっきりと心地よく響きます。一般にどのようなときイライラするかというと,音が本来収まるべき場所ではなないところで自己主張しているときです。このような音は金属が脳に切り込んでくるように感じます。これは比喩的な表現ではありません。しかしブーレーズの演奏では,すべての音が漏れなくあるべきところにあり,形状もきれいで見ていて気持ちが落ち着くのです。

 おそらくブーレーズの演奏を聴くときは,音楽的な興奮や陶酔,ストーリー性というよりは,音そのものを楽しんでいるのだと思います。楽曲を楽しめる演奏はいろいろありますが,ブーレーズの演奏は音そのものの姿に不安定さがなく,音の形と色の流れ,そして音の空間的な配列を堪能できます。

 今回はとりとめのないブログになってしまいました。きっと私自身が今日は混濁しているのでしょう。

 

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  前回までの『私の名著発掘』はこちらへどうぞ
 
 

 

 

 

 

 

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数学,数理視覚科学によるイノベーション創出 パンフレットのご案内:数理視覚科学の概説と産業活用のために

数学,数理視覚科学によるイノベーション創出に関連して,次の新井研究室発行のパンフレットがあります。ご興味のある方,企業の方は早稲田大学特許・研究シーズよりお問い合わせください.

 

数理視覚科学の概説と産業活用のために(新井研究室発行・非売品)
全32ページ・オールカラー・A4版

 

 

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オンライン公開講座:数理科学オープンレクチャーズ 企画・制作 新井仁之

世界中のさまざまな教育・研究機関において、授業のオンライン公開配信、すなわちオープンコースウェア(Opencourseware, OCW) が行われています。 数学・数理科学専用の OCW をぜひ作りたいと思い、

数理科学オープンレクチャーズ
Open Lectures in Mathematical Sciences
https://www.youtube.com/channel/UC1lFftT-LKp34mNbV0pjkRw/videos

を始めました。ただし本企画は、大学での授業を配信するのではなく、オンライン公開用のオリジナルコンテンツを制作し配信します。
オンライン授業の良さは,いつでも,どこでも,誰でも視聴できることです。ぜひ,お時間のあるときにご視聴ください。もちろん視聴無料,事前登録なしです。

なお数理科学オープンレクチャーズは個人企画のため不定期配信になりがちですが、数学・数理科学に関する
  一般向け講義、大学/大学院レベルの講義、専門的な講演
を増やしていく予定です。皆様の学習の一助になれば幸いです。

*)YouTubeを使っておりますが,本チャンネルの収益化は行っておりません。

 

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数理科学オープンレクチャーズ:オンライン公開授業

数理科学オープンレクチャーズ

わかりやすい入門講義動画がいろいろあります.もちろん視聴無料,登録不要です。

・ルベーグ積分と実解析
・応用線形代数
・フーリエ解析
・超関数
・ウェーブレット
・画像処理入門,etc

講師:新井仁之
続編や他のテーマも適宜公開予定。

URL: https://researchmap.jp/araiH/OpenLectures

 

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アップしました.ハール・ウェーブレットと多重解像度解析 Ver.2

 

離散ウェーブレット解析で重要な多重解像度解析について,その考え方をハール・ウェーブレットを使って丁寧に説明します.また,連続ウェーブレット変換から離散ウェーブレット変換への移行にはどのようなメリットがあるのかを述べます.ウェーブレットの本格的な入門講義第2段です.

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オンライン講義 ウェーブレットへの誘い をアップしました。

アップしました。

ウェーブレットへの誘い - プロローグ:窓付きフーリエ変換から連続ウェーブレット変換へ,講師:新井仁之,数理科学オープンレクチャーズ

概要:ウェーブレットへの誘い,序章です。連続ウェーブレット変換についての入門講義をします。特に窓付きフーリエ変換の欠点を連続ウェーブレット変換がどのように補っているかを解説します。

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ルベーグ積分の本と講義動画について雑感

ルベーグ積分の本として,古くから有名なものはサックスの『Theory of the Integral』です。また日本では,伊藤清三『ルベーグ積分入門』(裳華房)が良く知られています。私自身も大学1年の夏休みに『ルベーグ積分入門』を読みました。サックスや伊藤先生の教科書は抽象的測度論から入っているという点で,ルベーグ積分の本としては近代派と言えるでしょう。
これに対して一昔前,積分を極度に抽象化して線形汎関数として捉える急進的なブルバキ流の教育方法が提唱されました。これは(20世紀の)現代派です。
ルーディンの『Real and Complex Analysis』は近代派と現代派の折衷派といえるでしょう。

これらと比較するのは恐れ多いですが,私の講義動画(下記動画 (1), (2) 参照)や「ルベーグ積分講義」は古典への回帰かもしれません。

なお線形汎関数の方法としてのダニエル積分については下記の講義動画 (3) をご覧ください。積分が抽象化され,そのため無限次元空間上の測度や積分も見通し良く扱えるようになってます。


講義動画(1):ルベーグ測度入門

 

講義動画(2):ルベーグ積分入門

 

講義動画(3):ダニエル積分と無限次元空間上の測度(確率論への応用)

 

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オンライン応用線形代数講義:一般逆行列入門

アップしました。
一般逆行列の入門講義です。特にムーア・ペンローズ一般逆行列に焦点をあてて解説し,最小2乗解への応用,多項式曲線によるデータフィッティングへの応用について述べます。応用線形代数講義 No. 1「特異値分解入門 基礎から画像処理への応用まで」もあわせてご覧ください:

応用線形代数講義 No.1 https://youtu.be/2kJmGyEGwJU

参考書:新井仁之『線形代数 基礎と応用』(日本評論社)

 

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オンライン講義:ダニエル積分とその使い方 確率論への応用(講師 新井仁之)

実解析学講義番外篇です.
確率論や統計学では,与えられた分布をもつ独立確率変数の無限列がよく使われます.このような無限列の存在を保証する定理を一般化したものに角谷の定理があります.伊藤清先生がこの角谷の定理にダニエル積分を用いた別証明を与えています.この証明を本講義では,ダニエル積分とその使い方を述べつつ解説します.

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早稲田大学 数学科 新井仁之研究室案内 - 教育学部・大学院教育学研究科 

新井仁之研究室 案内
早稲田大学教育学部数学科・大学院教育学研究科


【研究テーマ】
数理視覚科学とその応用の研究をしています。人工知能とも関連しつつあります。このほか解析学、応用解析学、確率過程論の解析学への応用も研究しています。
このうち特に数理視覚科学は新井が創始した理論で、他では見ることのできないものといえます。現在流行しているものを後追いして研究するというスタイルではなく、自ら理論体系を創始し、最先端を切り開き、さまざまな成果を上げていくというスタイルです。 

【担当教員紹介】
早稲田大学研究者データベースより

 【研究室で学ぶ内容】
新井研究室では、数学を単に学問のための学問として研究するだけではなく、諸科学技術、社会に応用しうる研究も目指します。
学部ゼミでは専門にとらわれず解析系の数学、応用数学を広く学んでいきます。 
大学院ゼミでは主に応用調和解析、あるいは数理視覚科学を研究します。 

【担当教員の主な研究内容】 
私自身の研究テーマは、解析学、応用解析学、数理視覚科学、数理視覚科学とAI(人工知能)との関係、画像処理、解析学の確率論的方法による研究,アートといった分野の研究です。
数理視覚科学に関する研究概要については、大学初年級・高校生向けに紹介したビデオ (早稲田大学体験Webサイトより)がありますのでご覧ください:

をご覧ください。

学部ゼミの内容】
ゼミの内容は年度によって異なることがあります。本ゼミに入ることを検討する際は、数学科で配布(例年11月頃配布)の学部ゼミ案内をご覧ください。
ゼミは3年次(数学演習1A)、4年次(数学演習2A)の2年間継続です。基礎テキストは1Aで、テキストは2Aで学びます。

2021年度新3年ゼミ
基礎テキスト・テキスト:J.J.Duistermaat and J.A.C.Kolk, Distributions Theory and Applications, Birkhaeuser, 2010
2021年度4年ゼミ
基礎テキスト(20年度):久保川達也著『現代数理統計学の基礎』(共立出版).
2020年度4年ゼミ(修了)
テキスト(20年度後半):増田久弥編著『応用解析ハンドブック』(丸善)の第I部基礎編
基礎テキスト(19年度~20年度前半):山田功著『工科のための関数解析』(サイエンス社)
2019年度4年ゼミ(修了)
テキスト(19年度):新井仁之著『ウェーブレット』(共立出版)
基礎テキスト(18年度):A. Bogges and F. J. Narcowich, A First Course in Wavelets with Fourier Analysis, 2nd ed., Wiley.
2018年度4年ゼミ(2017年度石井仁司先生の3年ゼミを引き継ぎ)(修了)
テキスト:E.M.Stein and R. Shakarchi, Real Analysis, Measure Theory, Integration, Hilbert Spaces, Princeton Univ. Press.

 関連サイト
新井仁之のホームページ


 

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実解析学講義No. 1 講師:新井仁之(早稲田大学)数理科学オープンレクチャーズ

ルベーグ集合とは - 実解析学講義 No. 1 -

講師:新井仁之
概要:「実解析的方法」は近年,偏微分方程式論,フーリエ解析,ウェーブレット解析,複素解析などでよく使われています.実解析学講義では,実解析的方法の基礎をわかりやすく解説します.No.1ではヴィタリの被覆補題を視覚的にわかりやすく解説し,ルベーグ集合について講義します.実解析的方法を身に着けたい,あるいはルベーグ積分がどのように使われているのかを知りたいという方は是非ご覧ください.

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早稲田大学 微積分 講義紹介

 ここでは、早稲田大学での微積分の授業(微積分1A、担当教員 新井仁之)の紹介をします。

微積分1Aは早稲田大学教育学部数学科の1年の春学期に学ぶ必修科目の一つです。週に2回授業があります。本講義では、早稲田大学教旨(後注1)に基づき、応用も重視した微積分の講義を行っています。
ここでは、微積分1Aのうち、第1回講義よりガイダンスの部分、そして第2回講義より ε-δ論法の説明をご覧いただくことができます。なおこれらの講義ビデオは、2020年度春学期に実際に行ったオンライン授業の一部です。

 

講義ビデオ 1 (約4分)(概要)微積分1Aのガイダンスの一部です。担当教員の簡単な自己紹介、教育学部と数学科の紹介、そして早稲田大学教史と微積分の授業の進め方について述べます。
講義日:2020年5月11日
(COVID-19による大学入校禁止期間中に収録されたものです。)

講義ビデオ 2 (約8分)
(概要)大学の微積分で最初の難関と言われる ε-δ論法をていねいに解説します。第2回講義の一部です。
講義日:2020年5月14日(12月24日動画改訂)

 

第22回講義より:ディープラーニングと偏微分
講義日:2020年7月23日
ニューラルネットワーク

 

第21回講義より:極大?極小?サドルポイント
講義日:2020年7月20日
サドルポイント

 

微積分を基礎にして、さまざまな数理の世界を学ぶことができます。

鳥瞰図

微積分1Aの教科書 

教科書

新井仁之『これからの微分積分』
日本評論社、2019年刊
Amazon

  

(後注1)  早稲田大学は学問の活用を本旨と為すを以て
           学理を学理として研究すると共に
            之を実際に応用するの道を講し以て
                 時世の進運に資せん事を期す
                               早稲田大学教旨より 
                               1913年大隈重信公により宣言。

 

履歴
1st version  2020-09-01 21:20公開
revised version 2021-01-12 14:05公開

 

 

 

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公と私 - 吉田松陰 私の名著発掘:世に棲む日々

 幕末・明治維新は様々なタイプの人がほぼ同時に歴史に登場し、日本を守るため、そして日本を変えるために身を粉にしてそれぞれの役割を果たした。この当時を題材にした小説を読んでいると、それを読んだ時期、自分を取り巻く環境によって、共感できる人物がそのときどきで出てくる。たとえば、幼い頃は新選組、青年期には坂本龍馬などなど。
 ところでどういうわけか、最近は吉田松陰に強い感銘を受けている。ただ、昔から吉田松陰への憧れがあったことは確かである。

 吉田松陰を最初に知ったのはいつの頃かはわからないが、母校の獨協中学校に入学した当時には、獨協の前身の獨逸学協会学校の創始者が西周と、吉田松陰の弟子の品川弥次郎であることは認識していたので、その辺りかもしれない。もう少し後になって、高校生の時分に司馬遼太郎原作のNHK大河ドラマ「花神」を見ていて、篠田三郎演ずる吉田松陰をカッコイイと感じ、非常に大きなインパクトを受けたことははっきりと憶えている。とりわけ、小伝馬町の牢で罪人沼崎吉五郎に留魂録を託すシーン。篠田三郎が(正確な台詞は覚えていないが)留魂録の一節、人にはそれぞれ春夏秋冬の四季があり、十歳で死する者にも自ずと四季があり、また長寿の者にもその四季がある、自分にも四季があり、実を結んでいるはずだがそれが秕なのか栗なのかはわからない、と言う件は涙と共に強く心に刻み込まれた。

 吉田松陰は人より少し早過ぎる考えを持っていた。最もよい例は黒船に乗り込むことを決意して、実践したことであろう。このときはまだ出国はご法度であったので、結局、牢に繋がれた。1854年のことである。しかし、そのおよそ六年後の万延元年(1860年)、勝海舟らが幕府公認のもと堂々と咸臨丸で渡米し、米国の文明に触れている。時代の激変期とはいえ、たった六年の違いである。何かを人より早くすると風当たりが強いのは、大事小事にかかわらずいつの時代でも同じことである。種々の障壁に阻まれやめてしまうのか、あるいはどうしてもやらざるを得ない気持ちになって行うのかは、その人の志によるものだと思う。

 その後、司馬遼太郎の「世に棲む日々」を読み、吉田松陰についてより詳しく知ることができた。松陰を作ったのは幼少時に受けた教育に違いないと思えた。「世に棲む日々」によれば玉木文之進という叔父が訳あって教師になったのだが、この人の教育が体罰を伴う徹底したものであった。現在だったら明らかに犯罪ものである。印象的なのは、松陰の頬に蠅がたかりかゆかったため、掻いたとして文之進から体罰を受けたことである。

「えっ、何で。」

何でそんなことで体罰を受けなければならないのか。本を読んでいて思わず声を出してしまった。もちろん体罰は良くないことで、してはならなのだが、続きを読むと文之進が教えたかった思想は理にはかなっている。文之進が怒った理由はこうである。

「学問を学ぶことは公のためにつくす自分をつくるためであり、そのため読書中の頬のかゆさを掻くことすら私情である」、
「痒みは私。掻くことは私の満足。それをゆるせば長じて人の世に出たとき私利私欲をはかる人間になるのだ」

(司馬遼太郎「世に棲む日々」より)

 

 確かに学問をするということは、公のためのものであり、だからこそ学生という身分を社会は許容している。もちろん言うまでもなく学者も同様であろう。学生も学者も全身全霊をもって学問に勤しみ、世の中に資するようでなければならない。改めて学問をするということは公のためであるという心がけを身に染みて感じた。

  吉田松陰については他にも書きたいことはいろいろあるが、長くなってきたので、この辺で「世に棲む日々」で知った話をもう一つ紹介して今回のブログを閉じることにしたい。

 母校の創始者の品川弥次郎であるが、松陰に入門したのは十四歳のときであった。入門理由は、弥次郎の家が検断人の家であったので、人を助ける人間になりたいということであった。松陰は入門を許したが、

「自分は人の師になりえない人間であるが、兄弟になったつもりで一緒に学ぼう。それでよければ来てもよい」(「世に棲む日々」より)

と言ったと書かれている。松陰はこのような少年にも敬語を使っていたそうである。

 私自身も学生さん、生徒さんには敬語を使っている。彼らは若いといっても一個の独立した人格を持っているからである。

 

今回の発掘本 
司馬遼太郎「世に棲む日々,一,二」(文春文庫)
吉田松陰「留魂録」(青空文庫)

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他の書評は『私の名著発掘』へどうぞ

 

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新しい日常の公開教育プロジェクト 数理科学オープンレクチャーズ

新しい日常の公開教育プロジェクトとして始めた「数理科学オープンレクチャーズ」。

第2回配信は『画像処理の数学 - フーリエ解析篇』です。

どうぞご覧ください。

なおこの「新しい日常の公開教育プロジェクト」は、オンライン授業の利点を活かした公開教育のためのプロジェクトです。個人の発案のため、一人で企画から講義動画制作、配信作業まで行っています。そのため不定期配信となりますが、コンテンツを充実させていく予定です。

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早稲田 数理科学オープンレクチャー 始動 早稲田大学 新井仁之企画・制作

早稲田 数理科学オープンレクチャー

と題し,主に一般向け講義ビデオ,学生向け講義ビデオ,
学術講演ビデオなどを制作・公開していきます.
第1回配信は
「動画で学ぶフラクタル - 自然数でない次元の世界を垣間見る」
(学生・一般向け)
です.

動画 No.1(約9分)

画像をクリックすると動画がご覧いただけます.

 

動画 No.2(約9分)
表紙2
画像をクリックすると動画がご覧いただけます.

なにしろ予算0円,スタッフ1名(つまり私一人)で行っていますので,
配信は不定期です.次回配信は10月の予定です.

 

 

 

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早稲田大学教育学部 数学科 1年で学ぶ微積分1A

早稲田大学 教育学部 数学科で学ぶ『微積分1A』(担当教員 新井仁之)
の紹介サイトです.

微積分1A紹介サイト(ここをクリック)

早稲田大学教育学部のオンラインオープンキャンパスの「Pick Up Curriculum!」
で公開中のものです.

オープン講義動画
『動画で学ぶフラクタル - 自然数でない次元の世界を垣間見る』
も「微積分1A紹介サイト」で公開中です.

 

 

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早稲田大学教旨と数理科学

数理科学に携わるものとして、大隈重信が唱えた早稲田大学教旨の次の件が気に入っています。

早稲田大学は学問の活用を本旨と為すを以て
学理を学理として研究すると共に
之を実際に応用するの道を講し以て
時世の進運に資せん事を期す

1年生の講義の最初に紹介することにしています。
http://www.araiweb.matrix.jp/Lectures/Calculus1AOutline.html

 

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純粋数学の研究を基礎にした応用数学、数理科学の研究

 2020年度を迎えるにあたって、私の研究と研究室の紹介をしておきたいと思います。

 この十数年、数学は新たな展開を見せています。それは数学の科学・技術・産業への応用です。私は特に脳と視知覚について先端的な数学を使った数理視覚科学とその応用を研究しています。「脳」は現代科学のファイナル・フロンティアの一つです。私の研究テーマは、脳の中の視覚に関する部分の数理モデルの構築、人の視覚を超える「超視覚システム」の開発、画像処理、視覚芸術への応用、人工知能(AI)との融合的な研究です。文理だけでなかく芸術も入る分野横断的な研究と言えるでしょう。また同時にこれらの基盤となる数学そのものも創り研究しています。この部分は純粋数学の研究に他なりません。
 私の場合、大学では主としてこういった方向の純粋数学の研究に基いた諸科学の融合領域の指導をしています。

 一般に純粋数学と応用数学は、その名称が区別されていることからもわかるように、棲み分けがある程度あります(その境界は次第に曖昧になりつつありますが)。私自身、どのような経緯で純粋数学の研究を基礎にした応用研究をするようになったのかといいますと、ちょうど2018年に藤原数理科学賞大賞を頂いたときの受賞者の言葉として日本数学会『数学通信』(2019年2月号)に掲載されたものがあるので、そのときの原稿の一部を再掲しておきます。

  私はもともと調和解析など純粋数学の研究をしていました.しかし21 世紀の日付変更線を跨いだ頃にある転機が訪れ,視覚と錯視の数学的な研究を始めました.最初は既存のウェーブレットを使って研究していたのですが限界を感じ,2009 年頃に新しいフレームレットの一つを構成しました.これに加えて他のアイデアも多く得られ,視覚,錯視をはじめアート,非線形画像処理,超視覚システムへの新たな展開が一挙に開けました.その成果が今回の授賞理由になったものです.
 当初は先が見えない中で,視覚科学,脳科学,心理学,神経科学,画像処理,アートなどを独学で学び始め,さらに手探りで異分野融合研究,技術発明,実用化を進めてきました.このようなことができましたのも,若い頃にひたすら純粋数学の研究をし,純粋数学のセンスを培ったお陰だと思います.

 

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これからの微分積分と線形代数の教育について 第1回

大学入学時に、理工系学生が最初に学ぶ数学として微分積分と線形代数があります。この教科は、さらに進んだ数学関係の科目を学ぶのに必須なものといえます。

以前より、この基礎的な2科目について、どのような内容で教えるのが良いのか検討をしてきました。拙著『線形代数 基礎と応用』([1])では、一つの捉え方として、この二つの科目を次のように位置づけました。

無限個のデータを扱う数学が解析学であり、有限個のデータを扱う数学が線形代数である。

ここで無限個というのは非可算無限個(あるいは連続無限個)を意味します。これは21世紀に入った時点での見解ですが、これからの社会で数理系の人が活躍するにはデータを扱う数学の素養を身に着けておく必要があると考えたものです。といっても「これからの数理科学では***が必要」といった良くある類の提言だけをしても仕方がなく、大学初年級でどのような線形代数を教育した方が良いのか、その具体的方策を打ち出す必要があると思いました。そこで、数年間の準備を経て、考えを練り上げて、『線形代数 基礎と応用』([1])という本を発表しました。

線形代数の教育プログラム([1])から少し時間がたってしまいましたが、昨年末に微分積分の方も教育プログラムを作成し、『これからの微分積分』([2])として発表しました。[1] から約15年がたち、この間に数理には革命的な事件が起きました。それは深層学習を代表とする機械学習の進歩です。そのため[2]の方では、機械学習の基本の一つで、偏微分に関する事項をプログラムに取り入れ、機械学習のより発展的な理論を学べる一助になるようにしました。

次回以降は線形代数と微分積分の何が重要で、どのような応用例を教育プログラムに入れるのがよいか私見を述べていくことにします。

 

参考文献

[1] 新井仁之、線形代数 基礎と応用、日本評論社、2006  サポートページもご覧ください

[2] 新井仁之、これからの微分積分、日本評論社、2019      サポートページもご覧ください

線形代数これからの微分積分

 


本ブログの画像、文の一部、全部の無断複製・転載を禁止します.

 

 

 

 

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連載最新作は「みかん、オクラ、ニンニク - スーパーで見られる「色の錯視」を知ってる?」

ITmedia NEWS に連載「コンピュータで"錯視"の謎に迫る」の最新作が公開されました。

第15回です。今回は

『みかん、オクラ、ニンニク──スーパーで見られる「色の錯視」を知ってる? 』

です。

どうぞご覧ください。

水彩錯視を使って作ったねずみどしの錯視の検証動画もあります。

あわせてご覧ください。

 

 

 

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これからの微分積分(新井仁之,日本評論社)のご案内

「これからの微分積分」は数理科学の時代に即した微積分の本を目指して書いたものです。機械学習への応用なども収録しています。

表紙

今回のブログでは,この本の解説をしながら目次紹介をしたいと思います.なお著者によるサポートページ

http://www.araiweb.matrix.jp/biseki.html

もあり、訂正、補足情報がありますのでご覧ください。

以下は、本の解説です。

 

 

 

第I部微分と積分(1 変数)

ここではまず微分積分の基礎として,関数の極限から学びます.通常の微積分の本では数列の極限から始めることが多いのですが,本書では関数の極限から始めます.その理由はすぐにでも微分に入っていき,関数の解析をできるようにしたいからです.


第1章 関数の極限
1.1 写像と関数(微積分への序節)
1.2 関数の極限と連続性の定義
1.3 ε-δ 論法再論
1.4 閉区間,半開区間上の連続関数について
1.5 極限の基本的な性質

極限の解説をしている章ですが,特に1.3節の『ε-δ 論法再論』では,解析学に慣れてくると自由に使っているε-δ 論法の簡単なバリエーションを丁寧に解説します.このバリエーションについては,慣れてくると自明ですが,意外と初学者の方から,「なぜこんな風に使っていいんですか?」と聞かれることが少なくありません.


第2章 微分
2.1 微分の定義
2.2 微分の公式
2.3 高階の微分


第3章 微分の幾何的意味,物理的意味
3.1 微分と接線
3.2 変化率としての微分.
3.3 瞬間移動しない物体の位置について(直観的に明らかなのに証明が難しい定理)
3.4 ロルの定理とその物理現象的な意味
3.5 平均値定理とその幾何的な意味
3.6 ベクトルの方向余弦と曲線の接ベクトル
3.6.1 平面ベクトル
3.6.2 平面曲線の接ベクトル

第3章は本書の特色が出ているところの一つではないかと思っています.微分,中間値の定理,ロルの定理の物理的な解釈や幾何的な意味について述べてます.また,方向余弦の考え方にもスポットを当てました.


第4章 平均値の定理の応用例をいくつか
4.1 導関数が一致する関数について
4.2 関数の増加・減少の判定
4.3 関数の極限値の計算への応用(ロピタルの定理)

本章では平均値の定理の応用を扱ってますが,ロピタルの定理などは後々,頻繁に使うことになる定理です.

 

第5章 逆関数の微分

第6章 テイラーの定理
6.1 テイラーの定理
6.2 テイラー多項式による関数の近似
6.3 テイラーの定理と関数の接触

テイラーの定理を解説する際に,「近似」という観点と「接触」という観点があることを明確にしてみせています.

 

第7章 極大・極小
7.1 極大・極小の定義
7.2 微分を使って極大・極小を求める


極大・極小を微分を用いて解析することは高校以来,微分の非常に重要な応用の一つとして学んできました.ここでは基本的なことから,テーラーの定理を使って高階微分と極値との関係などを説明しました.応用上重要な多変数関数の極値問題へのウォーミングアップでもあります.


第8章 INTERMISSION 数列の不思議な性質と連続関数
8.1 数列の極限
8.2 上限と下限
8.3 単調増加数列と単調減少数列
8.4 ボルツァノ・ワイエルシュトラスの定理
8.5 数列と連続関数
論理と論理記号について
8.6 中間値の定理,最大値・最小値の存在定理
8.7 一様連続関数
8.8 実数の完備性とその応用
8.8.1 縮小写像の原理
8.8.2 ケプラーの方程式への応用
8.9 ニュートン法
8.10 指数関数再論


第8章では数列,実数の完備性,中間値の定理などの証明を与えつつ,イメージを大切にした解説をしました.この章も本書の特徴的なところの一つではないかと思います。
特に,ボルツァノ・ワイエルシュトラスの定理の重要性をアピールしました.また実数の完備性の応用として,縮小写像の原理(不動点定理の一種),ケプラー方程式などについて解説しました.ケプラーの方程式との関連は,実数の完備性が惑星の軌道を近似的に求めるのに使えるということで,インパクトを持って学んでいただけるのではないかと思います(筆者自身,ケプラーの方程式への応用を知ったときは感動した経験がありました).


第9章 積分:微分の逆演算としての積分とリーマン積分
9.1 問題は何か?
9.2 関数X(t) を探し出す
9.3 積分登場
9.4 連続関数の積分可能性
9.5 区分的に連続な関数の積分
9.6 積分と微分の関係
9.7 不定積分の計算
9.8 定積分の計算法(置換積分と部分積分)
9.9 積分法のテイラーの定理への応用
9.10 マクローリン展開を用いた近似計算


次に積分の基礎に入ります.逆接線の問題の物理的バージョンから積分の定義がどのように自然に現れるかを述べました(ここの部分の説明は拙著「微分積分の世界」を元にしました).積分を使ったテイラーの定理の証明も取り上げ,ベルヌーイ剰余ととりわけその変形(この変形はフーリエ解析や超関数論でよく使われる)を解説しました.またマクローリン展開を使った近似計算も述べています.

 

第II部微分法(多変数)
第10章 d 次元ユークリッド空間(多変数関数の解析の準備)
10.1 d 次元ユークリッド空間とその距離.
10.2 開集合と閉集合
10.3 内部,閉包,境界


第11章 多変数関数の連続性と偏微分
11.1 多変数の連続関数
11.2 偏微分の定義(2 変数)
11.3 偏微分の定義(d 変数)
11.4 偏微分の順序交換
11.5 合成関数の偏微分
11.6 平均値の定理
11.7 テイラーの定理


この章で特徴的なことは,ホイットニーによる多重指数をふんだんに使ったことでしょう.多重指数は偏微分方程式などではよく使われる記法です.また2階のテイラーの定理を勾配ベクトルとヘッセ行列で記述し,次章への布石としてあります.


第12章 多変数関数の偏微分の応用
12.1 多変数関数の極大と極小.
12.2 極値とヘッセ行列の固有値
12.2.1 線形代数からの準備
12.2.2 d 変数関数の極値の判定
12.3 ラグランジュの未定乗数法と陰関数定理
12.3.1 陰関数定理
12.3.2 陰関数の微分の幾何的意味
12.3.3 ラグランジュの未定乗数法
12.4 機械学習と偏微分
12.4.1 順伝播型ネットワーク
12.4.2 誤差関数
12.4.3 勾配降下法
12.4.4 誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)
12.4.5 平均2 乗誤差の場合
12.4.6 交差エントロピー誤差の場合


本章では前章の結果を用いて,多変数関数の極値問題,ラグランジュの未定乗数法を練習問題とともに詳しく解説しました.また,機械学習への応用について解説しました.これは数理系・教育系の大学1年生に,偏微分が機械学習に使われていることを知ってもらい,AIの勉強へとつながってくれることを期待して取り入れたトピックスです.


第III 部 積分法詳論

第13章 1 変数関数の不定積分

第14章 1 階常微分方程式
14.1 原始関数
14.2 変数分離形
14.2.1 マルサスの法則とロジスティック方程式
14.2.2 解曲線と曲線族のみたす微分方程式
14.2.3 直交曲線族と等角切線
14.2.4 ポテンシャル関数と直交曲線族
14.2.5 直交切線の求め方
14.2.6 等角切線の求め方
14.3 同次形
14.4 1 階線形微分方程式
14.4.1 電気回路
14.4.2 力学に現れる1 階線形微分方程式
14.4.3 一般の1 階線形微分方程式
14.5 クレローの微分方程式

積分を学んだあと,実際に積分を使うことを学ぶという目的で,1階常微分方程式のうち,イメージがつかみやすいものを取り上げて基礎的なことを解説しました.


第15章 広義積分
15.1 有界区間上の広義積分
15.2 コーシーの主値積分
15.3 無限区間の広義積分
15.4 広義積分が存在するための条件

広義積分は積分のなかでも重要なテーマです.さまざまな場面で実際に広義積分を使う場合が多く,またコーシーの主値積分など特異積分論としても応用上重要です.本章は少し腰を落ち着けて広義積分の解説が読めるようにしたつもりです.


第16章 多重積分
16.1 長方形上の積分の定義
16.2 累次積分(逐次積分)
16.3 長方形以外の集合上の積分
16.4 変数変換
16.5 多変数関数の広義積分
数学が出てくる映画
16.6 ガンマ関数とベータ関数
16.7 d 重積分


第17章 関数列の収束と積分・微分
17.1 各点収束と一様収束
17.2 極限と積分の順序交換
17.3 関数項級数とM 判定法
リーマン関数とワイエルシュトラス関数

本章も解析では極めて重要な部分です.あまり深みにはまらない程度に,とにかく使える定理のみを丁寧に解説しました.微分と極限の交換(項別微分)の定理,積分と極限の交換(項別積分)、微分と積分の交換定理は使う頻度が高い定理なので,よく理解しておくことが必要です.(後者の二つはルベーグ積分論でさらに使いやすい形になります。)


第IV部発展的話題

第18章 写像の微分
18.1 写像の微分
18.2 陰関数定理
18.3 複数の拘束条件のもとでの極値問題
18.4 逆関数定理


陰関数定理を不動点定理ベースの証明をつけて解説しました.この証明にはバナッハ空間上の陰関数定理の証明方法を使いました.非線形関数解析への布石にもなっています.逆関数定理の証明は陰関数定理を使ったものです.


第19章 d 重積分と変数変換
19.1 d 次元空間における極座標
19.2 d 変数関数の積分の変数変換の公式

付録A さらに発展的な学習へのガイダンス
付録B 問題の解答
参考文献

 

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線形代数については

応用重視の線形代数はどのような内容を講義すればよいか

に拙著『線形代数 基礎と応用』(日本評論社)の解説を載せてあります.

線形代数と微分積分

 

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今はなき確率論のコンパクトな名著 - 鶴見茂著「確率論」

 今回の「私の名著発掘」で取り上げたい本は1964年に至文堂という書店から刊行された鶴見茂著『確率論 近代確率論への入門』(以下、『確率論』)です。
 鶴見先生といえば、以前このコーナーの「出版社とともに消えた名著、測度と積分、関数解析」で紹介した『測度と積分』(理工学社)の著者でもあります。今日の発掘品の場合、ホームページを見ると至文堂さんは健在のようですが、全く残念なことに本は書店から消えた状態です。
 『確率論』は「近代数学新書」というシリーズの中の1冊で、このシリーズは私が学生時代には大きな書店に行くと陳列されておりました。今では書店で見ることはできませんが、理工系学部のある大学の図書館や、神保町の古書店「明倫館」さんには並んでいるようです。
 サイズはおよそ19.2✖13.5cm で、B6よりはやや大きめのハードカバー、その中でも『確率論』はページ数が161頁という薄めの本です。

 

 余談ですが、「近代数学新書」には面白い本がいくつも含まれていて、たとえば、数学者が書いた物理の本として近しく感じた矢野健太郎『相対性理論』、ネットの収束などが勉強できる野口広『位相空間』、皆川多喜造『射影幾何』などが、学生時代なかなか魅力的に感じました。

 さて本題に戻ることにしましょう。『確率論』の特徴ですが、一口に言えば、測度論的な確率論を測度と積分の基礎から無理なく学べる極めて分かり易い入門書です。ここで特に強調したいことは「測度と積分の基礎から」という点です。実際、本書は抽象的な測度論の基礎事項の解説から入っています。といっても確率論的な視点をベースにしていて、たとえば集合は「要素事象の集まり」、σ-集合体は「事象の集まり」、測度は「確率」という舞台設定の下で議論を進めています。そのため「抽象的過ぎてわかりにくい」ということはありません。むしろ、確率論の観点から、σ-集合体や測度の公理が自然なものであることを説いていて、ルベーグ積分の入門書よりわかりやすく測度と積分の勉強ができるかもしれません。
 また確率論の観点から本書を見れば、基礎として必要な不等式や収束定理が手際よく証明され、定義と定理が綺麗に陳列されているので、「あれはどうだったかな」というときにすぐに参照できます。
 解析学から測度論的確率論に入っていくには、絶好の入門書です。
 鶴見先生の「測度と積分」もそうですが、「確率論」が絶版になっているのは、実解析の教育を考えるとき、大きな痛手といえるでしょう。
 

 以下、章を追って「確率論」の良い点を挙げていこうと思います。
 第1章「確率空間」は解析学でいえば「測度空間」の章です。ただ、本書が通常の測度論の本と異なる特徴的な点は、第1章3節「試行、事象、確率」で、確率論として測度空間の公理が必然的なものであることを解説し、その中で二つの数学的な問題を提起していることでしょう。そのうち第1の問題は要するに、確率論的には事象からなる素朴に考えた集合族(有限加法族)$ {\cal F} $ は、必要ならこれに部分集合を加えて

$A_1,A_2,\cdots\in {\cal F} \to \cup_{j=1}^{\infty}A_j,\cap_{j=1}^{\infty}A_j\in {\cal F}$

をみたすべきということです。これは第4節の「有限加法族から生成されるσ-集合体」を考えることにより解決されます。
 第2の問題は、素朴に考えたときの事象の族と確率(有限加法的測度)は完全加法的なものに拡張すべきというものです。これは第6節のコルモゴロフの拡張定理で解決されます。この定理の証明はやや長いものですが、われわれにとってこの定理が何ゆえ必要なのか、そのモチベーションが第3節で説明されているので、無理なく読み通せます。ただこの辺りでは、さすがに確率論のイメージは背後に消え、解析学の測度論の風景の中を進んでいくことになります。
 測度論としてはコルモゴロフの拡張定理を証明したところで一段落するわけですが、確率論なのでさらにもう1節必要になります。それは測度論の本と確率論の本の違いが端的に現れるところで、確率論独特の「条件附確率」と「事象系の独立」です。ここでBayesの定理、ベルヌーイ列などが出てくると、「そうだ、これは確率論の本だった」と思い出させてくれます。
 第2章は「確率変数と平均値」です。つまり裏を返せば「可測関数と積分」となります。確率論的な説明も少しありますが、大半は積分論です。ルベーグの収束定理、ヘルダーの不等式、ミンコフスキーの不等式、直積測度の存在、フビニの定理が証明されます。
 ここは本質的にはスタンダードな積分入門なのですが、思わず「ちょっと待ってよ」と本を読むのを中断して、ページを勘定したくなります。というのはこれだけの内容が何とわずか24ページで、すっきりとした証明により書き上げられているのです。確率測度に限定されているとはいえ、さすが鶴見先生、と言いたくなってしまいます。
 第3章(p.63)以降はいよいよ確率論プロパーの話になります。第3章は「分布と特性関数」です。測度論的な厳密性を失わず、分布関数、結合分布関数、特性関数、レビの反転公式が扱われ、確率論で頻出の分布の例がだいたい挙がっています。今ではベイズ統計でよく出てくるベータ分布こそありませんが、それは時代を考えれば仕方ないかもしれません。
 第4章は「分布と確率変数の収束」です。確率論でよく使われる収束定理が証明されています。
 第5章「独立確率変数」では、独立確率変数列の各種収束定理と、独立性を特性関数で特徴づける有用なKacの定理が取り上げられています。
 第6章「独立確率変数に関する極限定理」はいわゆる大数の法則、中心極限定理という確率論の重要な定理の証明です。
 そして最後の第7章は「確率過程」ですが、離散パラメータの場合が扱われています。定常系列のエルゴード定理、条件付平均値、マルチンゲール、マルコフ連鎖が登場します。設定は、たとえば有界マルチンゲールの場合の収束定理など限定されているものもありますが、最初は少し緩やかな方が学びやすいことは確かです。
 ここまで本書を読めば、確率論のより詳しい本に進んでいくことは容易になるでしょう。

 「測度って何?」、「ルベーグ積分なんて知らない」という人が、測度論的確率論を学ぶには、この本がお勧めできます。「まずはルベーグ積分を学ばねば」ということはなく、本書でルベーグ積分の基礎も確率論と同時に学ぶことができます。



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前回までの『私の名著発掘』はこちらへどうぞ



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これからの微分積分 サポートページ

『これからの微分積分』(日本評論社)ISBN978-4-535-78904-3
のサポートページを開設しました.
http://www.araiweb.matrix.jp/biseki.html
をご覧ください.

Q&Aコーナーをはじめ,正誤表等があります.
このほか,現在,発展的なトピックス紹介コーナー,web版演習問題コーナーなども準備中です.

これからの微積分
新井 仁之
日本評論社(2019/11/22)

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第13回生物教育研究連携講演会@群馬高専

明日です。
第13回生物教育研究連携講演会
視覚と錯視の数理とその応用
新井仁之
2019/12/18(水) 14:30 ~ 16:15
群馬工業高等専門学校 電子情報工学科棟2階大講義
プログラム
14:30~ 群馬高専の生物分野紹介 (ポスター)
15:00~ 講演 (新井仁之)
詳細は
http://www.gunma-ct.ac.jp/renkei/pdf/seibutulec_13.pdf
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これからの微分積分について.

「これからの微分積分」は数理科学の時代に即した微積分の本を目指して書いたものです。機械学習への応用なども収録しています。

なお著者によるサポートページ 

http://www.araiweb.matrix.jp/biseki.html 

には本の訂正、補足がありますので、ご覧ください。


これからの微分積分
新井 仁之
日本評論社(2019/11/22)


今回のブログでは,この本の解説をしながら目次紹介をしたいと思います.

第I部微分と積分(1 変数)

ここではまず微分積分の基礎として,関数の極限から学びます.通常の微積分の本では数列の極限から始めることが多いのですが,本書では関数の極限から始めます.その理由はすぐにでも微分に入っていき,関数の解析をできるようにしたいからです.


第1章 関数の極限
1.1 写像と関数(微積分への序節)
1.2 関数の極限と連続性の定義
1.3 ε-δ 論法再論
1.4 閉区間,半開区間上の連続関数について
1.5 極限の基本的な性質

極限の解説をしている章ですが,特に1.3節の『ε-δ 論法再論』では,解析学に慣れてくると自由に使っているε-δ 論法の簡単なバリエーションを丁寧に解説します.このバリエーションについては,慣れてくると自明ですが,意外と初学者の方から,「なぜこんな風に使っていいんですか?」と聞かれることが少なくありません.


第2章 微分
2.1 微分の定義
2.2 微分の公式
2.3 高階の微分

第3章 微分の幾何的意味,物理的意味
3.1 微分と接線
3.2 変化率としての微分.
3.3 瞬間移動しない物体の位置について(直観的に明らかなのに証明が難しい定理)
3.4 ロルの定理とその物理現象的な意味
3.5 平均値定理とその幾何的な意味
3.6 ベクトルの方向余弦と曲線の接ベクトル
3.6.1 平面ベクトル
3.6.2 平面曲線の接ベクトル


第3章は本書の特色が出ているところの一つではないかと思っています.微分,中間値の定理,ロルの定理の物理的な解釈や幾何的な意味について述べてます.また,方向余弦の考え方にもスポットを当てました.


第4章 平均値の定理の応用例をいくつか
4.1 導関数が一致する関数について
4.2 関数の増加・減少の判定
4.3 関数の極限値の計算への応用(ロピタルの定理)

本章では平均値の定理の応用を扱ってますが,ロピタルの定理などは後々,頻繁に使うことになる定理です.


第5章 逆関数の微分

第6章 テイラーの定理
6.1 テイラーの定理
6.2 テイラー多項式による関数の近似
6.3 テイラーの定理と関数の接触

テイラーの定理を解説する際に,「近似」という観点と「接触」という観点があることを明確にしてみせています.

第7章 極大・極小

7.1 極大・極小の定義
7.2 微分を使って極大・極小を求める


極大・極小を微分を用いて解析することは高校以来,微分の非常に重要な応用の一つとして学んできました.ここでは基本的なことから,テーラーの定理を使って高階微分と極値との関係などを説明しました.応用上重要な多変数関数の極値問題へのウォーミングアップでもあります.


第8章 INTERMISSION 数列の不思議な性質と連続関数
8.1 数列の極限
8.2 上限と下限
8.3 単調増加数列と単調減少数列
8.4 ボルツァノ・ワイエルシュトラスの定理
8.5 数列と連続関数
論理と論理記号について
8.6 中間値の定理,最大値・最小値の存在定理
8.7 一様連続関数
8.8 実数の完備性とその応用
8.8.1 縮小写像の原理
8.8.2 ケプラーの方程式への応用
8.9 ニュートン法
8.10 指数関数再論


第8章では数列,実数の完備性,中間値の定理などの証明を与えつつ,イメージを大切にした解説をしました.この章も本書の特徴的なところの一つではないかと思います。
特に,ボルツァノ・ワイエルシュトラスの定理の重要性をアピールしました.また実数の完備性の応用として,縮小写像の原理(不動点定理の一種),ケプラー方程式などについて解説しました.ケプラーの方程式との関連は,実数の完備性が惑星の軌道を近似的に求めるのに使えるということで,インパクトを持って学んでいただけるのではないかと思います(筆者自身,ケプラーの方程式への応用を知ったときは感動した経験がありました).


第9章 積分:微分の逆演算としての積分とリーマン積分
9.1 問題は何か?
9.2 関数X(t) を探し出す
9.3 積分登場
9.4 連続関数の積分可能性
9.5 区分的に連続な関数の積分
9.6 積分と微分の関係
9.7 不定積分の計算
9.8 定積分の計算法(置換積分と部分積分)
9.9 積分法のテイラーの定理への応用
9.10 マクローリン展開を用いた近似計算


次に積分の基礎に入ります.逆接線の問題の物理的バージョンから積分の定義がどのように自然に現れるかを述べました(ここの部分の説明は拙著「微分積分の世界」を元にしました).積分を使ったテイラーの定理の証明も取り上げ,ベルヌーイ剰余ととりわけその変形(この変形はフーリエ解析や超関数論でよく使われる)を解説しました.またマクローリン展開を使った近似計算も述べています.

 

第II部微分法(多変数)
第10章 d 次元ユークリッド空間(多変数関数の解析の準備)
10.1 d 次元ユークリッド空間とその距離.
10.2 開集合と閉集合
10.3 内部,閉包,境界

第11章 多変数関数の連続性と偏微分
11.1 多変数の連続関数
11.2 偏微分の定義(2 変数)
11.3 偏微分の定義(d 変数)
11.4 偏微分の順序交換
11.5 合成関数の偏微分
11.6 平均値の定理
11.7 テイラーの定理


この章で特徴的なことは,ホイットニーによる多重指数をふんだんに使ったことでしょう.多重指数は偏微分方程式などではよく使われる記法です.また2階のテイラーの定理を勾配ベクトルとヘッセ行列で記述し,次章への布石としてあります.


第12章 多変数関数の偏微分の応用
12.1 多変数関数の極大と極小.
12.2 極値とヘッセ行列の固有値
12.2.1 線形代数からの準備
12.2.2 d 変数関数の極値の判定
12.3 ラグランジュの未定乗数法と陰関数定理
12.3.1 陰関数定理
12.3.2 陰関数の微分の幾何的意味
12.3.3 ラグランジュの未定乗数法
12.4 機械学習と偏微分
12.4.1 順伝播型ネットワーク
12.4.2 誤差関数
12.4.3 勾配降下法
12.4.4 誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)
12.4.5 平均2 乗誤差の場合
12.4.6 交差エントロピー誤差の場合


本章では前章の結果を用いて,多変数関数の極値問題,ラグランジュの未定乗数法を練習問題とともに詳しく解説しました.また,機械学習への応用について解説しました.これは数理系・教育系の大学1年生に,偏微分が機械学習に使われていることを知ってもらい,AIの勉強へとつながってくれることを期待して取り入れたトピックスです.


第III 部 積分法詳論

第13章 1 変数関数の不定積分

第14章 1 階常微分方程式
14.1 原始関数
14.2 変数分離形
14.2.1 マルサスの法則とロジスティック方程式
14.2.2 解曲線と曲線族のみたす微分方程式
14.2.3 直交曲線族と等角切線
14.2.4 ポテンシャル関数と直交曲線族
14.2.5 直交切線の求め方
14.2.6 等角切線の求め方
14.3 同次形
14.4 1 階線形微分方程式
14.4.1 電気回路
14.4.2 力学に現れる1 階線形微分方程式
14.4.3 一般の1 階線形微分方程式
14.5 クレローの微分方程式

積分を学んだあと,実際に積分を使うことを学ぶという目的で,1階常微分方程式のうち,イメージがつかみやすいものを取り上げて基礎的なことを解説しました.


第15章 広義積分
15.1 有界区間上の広義積分
15.2 コーシーの主値積分
15.3 無限区間の広義積分
15.4 広義積分が存在するための条件

広義積分は積分のなかでも重要なテーマです.さまざまな場面で実際に広義積分を使う場合が多く,またコーシーの主値積分など特異積分論としても応用上重要です.本章は少し腰を落ち着けて広義積分の解説が読めるようにしたつもりです.


第16章 多重積分
16.1 長方形上の積分の定義
16.2 累次積分(逐次積分)
16.3 長方形以外の集合上の積分
16.4 変数変換
16.5 多変数関数の広義積分
数学が出てくる映画
16.6 ガンマ関数とベータ関数
16.7 d 重積分

第17章 関数列の収束と積分・微分
17.1 各点収束と一様収束
17.2 極限と積分の順序交換
17.3 関数項級数とM 判定法
リーマン関数とワイエルシュトラス関数

本章も解析では極めて重要な部分です.あまり深みにはまらない程度に,とにかく使える定理のみを丁寧に解説しました.微分と極限の交換(項別微分)の定理,
積分と極限の交換(項別積分)、微分と積分の交換定理は使う頻度が高い定理なので,よく理解しておくことが必要です.(後者の二つはルベーグ積分論でさらに使いやすい形になります。)


第IV部発展的話題

第18章 写像の微分
18.1 写像の微分
18.2 陰関数定理
18.3 複数の拘束条件のもとでの極値問題
18.4 逆関数定理


陰関数定理を不動点定理ベースの証明をつけて解説しました.この証明にはバナッハ空間上の陰関数定理の証明方法を使いました.非線形関数解析への布石にもなっています.逆関数定理の証明は陰関数定理を使ったものです.


第19章 d 重積分と変数変換
19.1 d 次元空間における極座標
19.2 d 変数関数の積分の変数変換の公式

付録A さらに発展的な学習へのガイダンス
付録B 問題の解答
参考文献

なお本書の補足情報と訂正情報が
http://www.araiweb.matrix.jp/biseki.html
にあります.適宜更新しますので,ご覧ください.



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線形代数については

『応用重視の線形代数はどのような内容を講義すればよいか』

に拙著『線形代数 基礎と応用』(日本評論社)の解説を載せてあります.


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「これからの微分積分」についてコメント

「これからの微分積分」(日本評論社)は,大学1年生向け微積分の教育に
関する一つの新しいプログラムです。
基礎から応用までの生き生きとした素材や、微積の授業の中に機械学習への
応用を組み入れる具体的な案の提示でもあります。

これからの微積分
新井 仁之
日本評論社(2019/11/22)


なお本書の補足情報と訂正情報が
http://www.araiweb.matrix.jp/biseki.html
にあります.適宜更新しますので,ご覧ください.

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本ブログの文・画像の一部または全部の無断転載を禁止します.
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「これからの微分積分」が出版されました

『これからの微分積分』(日本評論社)が発売されました。
微分積分とそれに関するいろいろなことを書きました。
機械学習への応用を扱った節もあります。
https://www.amazon.co.jp/dp/4535789045




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お知らせ:第13回生物教育研究連携講演会

第13回生物教育研究連携講演会
視覚と錯視の数理とその応用
新井仁之
日 時: 2019年 12月18日(水)
14:30 ~ 16:15 (14:00 開場・受付)
14:30~ 群馬高専の生物分野紹介 (ポスター)
15:00~ 講演 (新井仁之)
会場:群馬工業高等専門学校 電子情報工学科棟2階大講義
詳細はこちらをご覧ください
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わせだイリュージョンミュージアム開催中

早稲田祭2019で『わせだイリュージョンミュージアム』を開催中です.
テーマは「数学から見る錯視の世界」です.
場所は早稲田大学・戸山キャンパス 33号館 131室.
戸山キャンパスは地下鉄東西線「早稲田駅」下車,または
学バス(高田馬場駅前発)の馬場下町下車徒歩3分ほどの
ところにあります.
ただ早稲田祭開催期間中は,道路(歩道)の混雑のため少し時間が
かかるかもしれません.

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