Researchlog by Noriko Arai

研究ブログ

「心を病んだらいけないの?」(斎藤環、與那覇潤)の修正について

2020年に刊行された、斎藤環さんと與那覇潤さんによる「心を病んだらいけないの?」(新潮社)の9刷が2022年5月に発行される際、一部、修正がありました。私(新井紀子)自身に関係することですので、このブログで報告します。

本書は、與那覇潤さんと精神科医の斎藤環さんの対話という形で進行します。第6章は「人間はAIに追い抜かれるの?」をテーマに話が進みますが、その中で、「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクトを進め、また「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」という本を著した人として私のことが話題に上ります。そこには、次のようなくだりがあります。

與那覇 結局私たちは人間主義との縁を切れないようですが、そこで必然的に出てくるのが教育の問題です。教育とは定義上、人を「あるべき姿」へと導く試みですから。
ところがこれがいま、大変残念なことになっています。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』が話題を呼んだのはAI言説への批判に留まらず、教科書を「AIのようにしか読んでいない」生徒が大量にいるというデータを示したからでした。要は「ペリー」という用語が設問文にあったら、「日米和親条約」だと答えればだいたい当たるからそうするけど、実は両者の関係がどんなものか理解していない。日本の中等教育は、そういう悲惨な状況にあるわけです。
だから著者の新井紀子さんはプログラミング教育以前に、しっかり論理的な読解力と思考法を国語教育で鍛えるべきだと主張していて、もちろんぼくも大賛成です。わからないのは、そこから「なぜ論理教育が軽視されてきたのか?国語の中身が文学鑑賞に偏っていたからだ。文学作品を教材から外せ!」みたいな変な動きが出ていて……。


斎藤 私も正直、そこは新井さん自身も暴走気味だと思います。落合さんの「AIはアートだ」路線とは、ちょうど正反対の極端に偏ってしまっているような。

(斎藤環、與那覇潤著「心を病んだらいけないの?」(新潮社)初版~第8刷の180ページより。ただし、下線は新井によるもの。)

斎藤さんの発話に出てくる「そこ」が何を指しているかに曖昧性があるものの、文脈からは「『文学作品を教材から外せ!』みたいな変な動き」を指しており、そのことを「新井さんも暴走気味」と捉えているように読めます。ですが、私(新井紀子)は、書籍は勿論のこと、他の著作物やSNS等においても、「文学作品を教材から外せ!」という主張をしたことがないので、大変驚きました。

「AIに負けない子どもを育てる」(2019年9月19日発行)では「国語とは何か」「論理国語と文学国語」という節を設けて私の主張を比較的丁寧に書きました。そこでは「高校1年生の『現代の国語』では、(指導要領の制約から)基本的に文芸は扱わないのですから、やはり、高校生の間のどこかで文芸に触れる機会はあったほうがよいでしょう」(p.269)と、むしろ(論理国語とともに)文学国語を選択することを勧めています。一方で、同書や日経新聞日曜随想朝日新聞メディア私評等において、各教科書会社の国語教科書に掲載されている教材や書き手の性別に著しい偏りがあることについては問題視してきました。しかし、そのことと「文学作品を教材から外せ!」という主張とは本質的に異なるものです。

「心を病んだらいけないの?」という書籍で、上記のような私について誤解されかねない表現があることを偶然知ったのは、2021年11月のことです。そこで、新潮社の一般窓口からお尋ねし、上記同様にご説明した結果、著者お二人が「誤読されやすい表現だった」と認め、次のような表現に修正されました。

與那覇 (同上)
だから著者の新井紀子さんはプログラミング教育以前に、しっかり論理的な読解力と思考法を国語教育で鍛えるべきだと主張していて、もちろんぼくも大賛成です。わからないのは、それに便乗して「なぜ論理教育が軽視されてきたのか?国語の中身が文学鑑賞に偏っていたからだ。文学作品を教材から外せ!」みたいな変な動きをする人がいて……。


斎藤 論理的な読解力の重視が、文学鑑賞の軽視につながるのは心配です。落合さんの「AIはアートだ」路線とは、ちょうど正反対の極端に偏ってしまっているような。

 (斎藤環、與那覇潤著「心を病んだらいけないの?」(新潮社)第9刷の180ページより。変更部分を太字にしたのは新井によるもの。)

 私の著作ではない本の訂正について、私のブログでお知らせするのは不自然なことです。ただ、新潮社は今回の訂正についてウェブサイト等で公開する予定がない、とのことでした。初版から第8刷までをお読みになられた多くの方々の誤解を解く方法が他に見つからなかったため、この手段を選びました。

以上、ご報告まで。

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researchmap v.2の開発にあたって (3) インタフェイス編(業績管理)

researchmap v.2の開発にあたっては、研究者のマイポータル特に利用者の最大の関心事である業績管理プラグイン「CV」が果たす役割について、「見せる側」「見る側」「活用する側」の立場に立って、検討を行いました。

<見せる側>

researchmapに登録し、業績を「見せる側」に対しては以下の機能を提供しています。

  1. 重要な業績について、最大50件まで、業績に「重要」マークをつけることで、マイポータルのトップページに優先して表示する機能。例えば、ビッグサイエンスに携わっている研究者はラボも大きく、学生やポスドクとの共著論文も多い傾向があります。単に論文を昇順・降順で表示すると、ご本人が主著や責任著者であるIFの高い論文誌論文が大量の業績に埋まってしまい見えづらくなるでしょう。重要論文には「重要」マークをつけてください。そのことで、当該論文がハイライトされ、マイポータルのトップに掲載されます。
  2. 論文の寄与度について、v.1に比べて細かく設定できるようにしました。たとえば、第一著者、責任著者等です。
  3. 大項目の並び替えができます。理系では論文が何より重要かもしれませんが、トルストイやマルクスの翻訳に研究者人生を捧げる研究者もいますし、インスタレーションや設計した作品で評価される研究者もいます。ですから、自分が重要だと考える大項目を上に並べ、自分には関係がないという大項目には何も書かなければ表示されない(が、不自然に見えない)ようなインタフェイスになるよう心掛けました。
  4. 論文誌や国際会議の名称は、それぞれの業界ごとに「本当の名前よりも、略称のほうが通りやすい」というのがあるようですので、外部フィード源に書かれている正式名称よりも、ご本人が登録した名称を優先しました。
  5. 個性を見せられるように、カバー写真登録機能を提供しました。(画面サイズに合わない場合は自動調整します。ただし、拡大縮小は画像のクオリティを下げるので、行いません。カバー写真は、スマートフォン・様々なサイズの画面で表示されますので、それに耐えうる画像をご用意ください。)

<見る側>

  1. researchmapを見る側には、たとえばJSPSやJST等の競争的資金の審査員、大学・企業等の人事担当者、政策立案担当者、進学する大学院やゼミを検討している学生、専門家を探しているメディア、そして研究の重要なステークホルダーである国民がいます。
  2. researchmapの「見栄えを良くする」ノウハウで競争的資金の審査が左右されるのは望ましいことではないでしょう。マイポータルのトップで重要業績をハイライトする以外には、業績の表示順は昇順・降順のみ、そして表示件数は「見ている人が必要に応じてテンポラリーに変える」方式を導入しました。
  3. 競争的資金の審査をされる方は百以上の申請書を短期間に審査しなければなりません。文字をやや大きく、行の間隔を詰め過ぎないようにして、疲労が和らぐよう配慮しました。
  4. 各業績にはdoi以外にも様々なIDが付与されます。そのうち、リンク先は、(1)論文の本体が無料で見ることができるリンク先が最優先、(2)次は、論文の本体を有償で見ることができるリンク先(3)本体がないリンクはその後、という優先度でリンクを張っています。
  5. ログインする研究者は高々数十万人ですが、非研究者でresearchmapを見る側はその100倍以上いることでしょう。サーバの能力に限りがあることから、非研究者には人名や所属から検索する簡易検索のみを提供します。一方、ログインした研究者にはCVの項目ほぼすべてに関する詳細検索を提供します(2020年度完成予定)。(たとえば数学基礎論分野だったら)「過去3年にJournal of Symbolic LogicかAnnals of Pure and Applied LogicかJounal of Mathematical Logicに論文を出している研究者」のような検索を行い、海外に滞在しているポスドクも含めて声がかかるような公明正大で公平なリクルートが実現されることを願っています。そうすれば、若手は安心して海外修行に出かけられるようになることでしょう。

<使う側:研究者所属機関>

reseachmapにとってもうひとつ重要なステークホルダーは研究者が所属している機関です。機関には、大学、研究所(国立、公立、独立行政法人等)、企業などがあります。特に、税金によって補助されている大学や研究所は、毎年または数年ごとに行われる評価に向けて、所属している研究者の業績をとりまとめなければなりません。公平な評価を行うために、たとえば論文は「査読付き」なのか否か、雑誌に掲載されたのかプロシーディングスなのか、講演が招待講演なのか一般講演なのかポスター発表なのか、などの区分けが求められます。しかも、機関内での重複カウントを禁じられているので、学内での共著かどうかを確認する作業が発生します。大学の事務の評価担当者は3か月くらいこの作業に忙殺されると言われています。そこで、各機関はそれぞれこの業績とりまとめ作業のために数千万円を投じ業績管理システムを構築し、担当者(システム管理者と事務担当者)を雇用し、加えて、数百万円のメンテナンス費を構築業者に支払っている状態がゼロ年代から続いてきました。

一方で、それだけ詳細な項目設定を行っても(行ったせいで余計に)、研究者が業績管理システムにデータを入力してくれない、という壁にもぶつかっているようです。私が知る限り、多くの機関において、業績管理システムに完全入力している研究者はごくわずかで、多くはメインの論文だけ入力することで済ましているようです。業績管理を行う事務担当者には「これが教員の業績の全部かどうか」を判断する手段がないので、入力されたものをすべてと考えざるを得ないのが現状かと思います。ですが、こうした研究者の行動は無理からぬことのように思います。所属機関が栄えること願わない研究者は稀でしょう。しかし、研究者本人にとって最大の関心事はまさに、自らの研究教育活動です。そして、研究者は20世紀とは比べ物にならないくらい厳しい国際競争にさらされています。一分一秒を惜しんで研究をし、研究室の大学院生を指導し、成果を上げる必要に迫られています。学内の業績システムに学生やポスドクとの共著論文や口頭発表まで詳細な分類を手入力するインセンティブは、わかないだろうと思います。研究者の流動性が高まれば、そのインセンティブはさらに低下することでしょう。

文部科学省内では、大学と研究所は所管している部署が異なります。加えて、国立大学の評価は、独立行政法人 大学改革支援・学位授与機構が行っており、私立大学の評価は複数の民間の評価団体が行っています。そして、それぞれが異なるフォーマットで業績の提出を義務付けています。

文部科学省では、2010年ごろから研究者の多忙感が研究を阻害する大きな要因になっているとの認識が広がっていました。にもかかわらず、文科省の各局や各課において、事務担当者がそれぞれ何気なく異なる様式で業績フォーマットを決めてしまったことは大変残念なことでした。機関の業績取りまとめ担当部署に対して、researchmapとしてできる限りの支援をしたいと考えています。それは、私が所属している情報・システム研究機構の共同利用機関としての使命のひとつでもあると考えています。加えて、機関がresearchmap利用を決めない限り、研究者は機関の業績システムとresearchmapへの二重入力から解放される日が来ないからです。

researchmap v.2は機関に対して、以下のような機能を提供します。

  1. 機関担当者権限という新たな権限を設け、その権限で、所属担当者の情報を修正する権限を付与します。これは、主として所属研究者の異動があったときに、研究者が自ら変更が怠ったり・できなかったりした場合に、機関担当者が代わって修正を行うためです。これにより、researchmapから吸い上げるべき研究者の範囲を正確に限定することができます。
  2. 研究者の所属機関・部署・肩書・雇用形態・エフォート率・性別等を機械可読な形で必須入力にしました。これによって、対象となる研究者の業績を機械処理可能な形で入手できうようになりました。
  3. 機関担当者は機関に所属している研究者の業績データを完全な形でAPIを経由して吸い上げることができます。また検索APIも提供します。
  4. v.1に比べて(AIが書誌情報を訂正・追加するため)重複データの発見が圧倒的に容易になりました。
  5. 書誌情報等のバリデーションを厳格にしたことにより、表記ゆれなども減りました。

これを機会に、多くの機関がresearchmapをプライマリーデータベースとして活用し、研究者はresearchmapにさえ入力しておけば、機関はそこからAPIでデータを取得し、研究者総覧や業績管理に利用するという流れが定着することを願っています。外部フィード源からデータ入力の支援がある上、科研費の審査にも利用されるため、研究者にはresearchmapに入力するインセンティブがあります。その結果、自前の業績管理システムからresearchmapのAPI利用に舵を切ったことで、集約される業績が10%から30%も増えたという機関もありました。

 

<活用する側:競争的資金配分機関>

日本には民間も含め様々な競争的資金配分機関が存在します。それらは皆、異なる申請フォーマットを用いています。その中で日本最大の競争的資金配分機関であるJSPSが2019年度から申請時の業績リスト提出を不要とし、researchmapに記載されているCVを参考にする旨の発表をしました。JSTも同様の方向のようです。これは、研究者だけでなく、審査書類用紙の大幅削減にもなり、環境にやさしいことでしょう。このような決断をしてくださった競争的資金配分機関に感謝するとともに、その信頼に対して開発責任者として精一杯応えていきたいと思っています。

まず、researchmap v.2から研究業績を競争的資金の課題に紐づける機能がつきました。たとえば、科研費の場合は、KAKENから自分が代表者・分担者・協力者として関わっている課題をフィードすることができます。登録した業績にはそれぞれどの課題からサポートされているかを「紐づける」項目があり、そこから登録済みの競争的資金等の研究課題から選択できるようになっています。この紐づけ機能により、報告書を提出した後も、当該の研究資金でサポートされた業績を追跡することができるようになります。

さて、競争的資金には、報告書がつきものです。そして、その報告書には当然ながら、その競争的資金で上げられた研究成果のリストが添付される必要があります。その際、上記の「紐づけ機能」を活用して、研究代表者が競争的資金の成果を容易かつ完全に集約できるプラグインを遠くない将来提供したいと考えています。イメージはCVに近いですが、個人のCVではなく、特定の競争的資金の業績一覧が表示されるプラグインです。これは競争的資金の代表者(およびその代理人)のみが使うことができます。どこに設置していただいても構いませんが、researchmapにはコミュニティを作成する機能がありますので、競争的資金課題名でコミュニティを作成していただき、そこに設置していただくのが一番ふさわしいでしょう。そのうえで、研究分担者に対して、次のようなメールを送信します。

「本課題の成果として発表した業績については、必ずresearchmap上で、本課題に『紐づけ』してください。そして、そのことを本課題で雇用しているポスドクや学生にも徹底してください。」

そして、研究分担者は同じメールをポスドクや学生に送信します。

そうすると、紐づけされた業績が、その競争的資金課題のCVに表示されるようになる、という仕組みです。研究代表者は、それをJSONなりCSVなりテキストなり、必要な形式でダウンロードした上で、報告書を作成すれば済むようにしたいと思います。どうですか?楽ではありませんか?

研究代表者の先生方には、ぜひとも報告書のための業績リスト作成のような仕事はresearchmapのツールに任せて、研究総括のお仕事に専心していただきたいと考えています。

 

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researchmap v.2の開発にあたって (2) AI編

researchmap v.2からAIが搭載されています。

researchmap v.2に搭載されたAIの研究開発は、情報・システム研究機構の概算要求事項である「研究IRハブ実現のための関連施策パッケージ」でサポートされています。事業の期間は2017年から2022年です。つまり、researchmap v.2リリースは事業のちょうど中間地点にあたります。

 

<AIについて>

researchmap v.2に搭載するAIは主として3種類。(1)2つの業績が同一か否かを判定する業績名寄せ、(2)業績をresearchmapに登録している研究者に割り当てる業績割り当て、(3)2つの研究者名が同じ研究者を指しているかどうかを判定する研究者名寄せ、です。その前処理や後処理として、他の様々な機能が搭載されています。

researchmap v.1に入力していただいたデータは、人間にはわかりやすくても、機械可読性が極めて低いものでした。それは、2011年にresearchmapがReaDと合併しなければならなかったという経緯にも関係しています。ReaDには各項目に備考欄がなかったため、論文タイトルや著者欄に但し書きを書く研究者が少なくありませんでした。しかし、今回、AIの誤認識を防止するために、(ReaDのデータを吸収するために許容した)データの自由度を下げ、バリデーションを厳格化しました。※1

(1)~(3)について、自動判定を任せられるほどの精度が出るAIは存在しません。※2 よって、自動判定精度のインクリメンタルな向上を目指すのではなく、研究者に「本人だからこそできること」で、ほんの少しだけAIを支援していただくことで、これまでの技術では実現できなかった精度を達成したいと考えています。
researchmapの業績一覧は、今や、競争的資金獲得のための公的な文書の色彩も帯びていることから、誤って他人の業績が掲載されることは望ましくありません。ですから、AIによる自動研究者割り当ては保守的に動かすとともに、登録されている業績が本人が承認したものか、未承認のものか、区別できるような見ばえになるよう設計しました。※3
(1)で最も難しいのは、単著で、論文のタイトルが限りなく近いもの(私の場合、「Tractability of cut-free Gentzen type propositional calculus with permutation inferences I」と「Tractability of cut-free Gentzen type propositional calculus with permutation inferences II」。単著で論文誌も同じですが、内容は全く異なります。)。これを見分けるのは至難です。一方、複数の学会が共催した国際会議で、どちらの学会も同じ論文を別々に登録している場合。doiが異なるのに、同一論文だったりするのです。※4 ※5
以上のようなサンプルデータにのけぞり、ここには書けないような言葉で罵りながら考えました。そうして、researchmapの中で共著者グラフ(researchmapのID間の共著関係)を先に構築するほうが、効率よく、AIの精度を上げられるに違いない、という結論に達しました。

researchmap v.2に初めてログインし、基本データを入力すると、「共著者を選んでください」というウィザードが表示されます。面倒かもしれません。「今、そういうことをしたいわけじゃないんだよ!」と舌打ちしたくなるかもしれません。ですが、この画面でできるだけ多く、「過去に共著論文・共著書籍・共著発表」をした研究者を「共著者」に登録してください。そして、「過去に何も一緒に仕事をしたことがない」研究者については、「共著者」から外してください。(その時点で、将来一緒に仕事をする可能性については、考えなくて結構です。その時が来たら、AIがあなたに改めてお尋ねします「この方は共著者ですか?」と。)ほかにもresearchmapのインタフェイス上のあちこちで共著者かどうかを尋ねるのはそういうわけなのです。※6

researchmapで動かしているAIが挑んでるタスクは、トランプの「神経衰弱」に似ています。しかも一億枚以上のカードでの神経衰弱です。あるカード(論文)を別のカード(同一論文や、人)に割り当てるための。神経衰弱の最初の一手から当てられたら奇跡かインチキです。すでにカードが十分に開いていて(皆さんがそれなりに自分のresearchmap上のCVを整備していて)、情報が十分にある(共著者が誰かがわかっている)ときに、次の一手で当てられる可能性がぐんと高まります。

まだ論文数が多くない若手研究者や常に単著論文を書く方、は手掛かりが少ないので、なかなかAIの割り当て精度が上がりません。でも、きっと職を求めている若手研究者はAIが支援するより前に、きっとご自身で入力してくださることでしょう。

それでも難しかったのが、「鬼籍に入られた著名研究者と同姓同名の研究者」と「海外に同姓同名の研究者がいる研究者」の業績割り当て、でした。鬼籍に入られた方、海外にいらっしゃる方、どちらもresearchmapに登録をされていないので、AIはそれらの業績をどうしても、researchmapのIDをお持ちの方に割り当てようとしてしまうのです。それでも、チューニングを繰り返して、利用者にご迷惑にならない程度に落ち着いてきたのではないかと感じています。※7

もうひとつ、私たちをたじろがせたのは、この世に存在する、デジタル化が終了している膨大すぎる論文の数です。1億以上の論文の海の中で論文名寄せを動かすのは、スパコンの時代にあっても、あまりに愚かな行為です。※8 出版年ごとにスライスして、$n$の(十進数表示での)桁を2つ減らそうと目論んだわけですが、そこで目にしたのが、(どの大学でも購入している)高額な論文データベースの信頼性の低さでした。出版年が3年も間違ってデータベースに登録されている論文がゴロゴロあったのです! 正確性を求めても、ソフトウェアが動かなければ話は始まらないので、「どこで妥協するか」の決断を迫られました。

というような山谷を超えてresearchmap v.2はリリースの日を迎えました。

AIにとって、リリースはゴールではありません。これから研究者のみなさんが「うん、そうそう」と思いながら、(あるいは「舌打ちをしながら」?)、入力してくださるひとつひとつを学習しながら、精度を上げていく出発の日です。

 AIは意味や状況を理解できません。AIからあなたに歩み寄ることは「能力的に」できないのです。最初は手間がかかりますが、どうかあなたの側から、AIに歩み寄ってやってください。

Physical Review Bと書くよりも、PysRev Bと書いた方がプロっぽいことはわかっています。が、できれば、Physical Review Bと書いてくださるほうが、「AIに優しい」です。キャリアの途中でLast Nameが変わった方は、「論文上の記載著者名」として、両方の名前を登録してください。※9  

 AIにうそを教えれば、あなたのresearchmapは混乱したものになるでしょう。

一方、AIに真実を教えれば、24時間365日、あなたのために精度を向上させ続けます。珍しいお名前ならば1年後、比較的ありふれたお名前でも数年後には、あなたのresearchmapはバディのようにあなたに寄り添い、何もしなくてもdoiつきの正しい論文データを知らないうちに入力してくれるようになるはずです。(たぶん。)

(愚痴):

それにしても、世の中というのは、なぜこうも機械に優しくないのでしょう!たとえば、論文の著者欄で「カンマを二重の意味で使う業界」というのがあるのです。例えば、「ARAI, N. H, ARAI, T, YAMADA, Y」とか。こんなの人間でなくては読み分けられません。しかも、同じ研究者が、別の論文には「Noriko H. Arai, Toshiyasu Arai, Yoji Yamada」のような著者記載をしていたり。え?カンマが奇数か偶数で見ればよい、ですって?残念でした。それではダメな例がいろいろとあるのです。まず手入力による誤りがあります。(下に例を挙げました。)数百以上の著者が参加していて、途中にet.alを入れないと著者欄に入りきらない論文もあります。それでも、意味がそれなりにわかる「人間って偉大だな」と(AI的には)思います(AIは思わないけど)。どうか「PDFからコピペしたものをそのまま入力する」というような無謀なことはしないでください。そういうことをすると、例えば、こんな著者欄になってしまうのです。(以下は某大学の某研究者総覧のとある論文の著者欄からそのままコピーしてきたものです。)

Sukanya ThongratsakulThaweesak Songserm, Chaithep Poolkhet,SachikoKondo,Hiroazu,Yagi,Hiroaki Hiramatsu6, MasatoTashiro,HarueOkada, Koichi Kato Yasuo Suzuki

…こういう入力はご遠慮願えれば幸いです。

 

 

※1 バリデーションを厳しくした結果、これまで大学の業績総覧からresearchmapにデータを「現状のまま」インポートしようとすると、バリデーションエラーになる、ということが頻発しているかと思います。ですが、私たちが目指しているresearchmapは単なる「日本の研究者総覧のとりまとめ」ではないのです。研究者のインフラです。どうかご理解ください。

※2 が真実であることの証として、doiをすべての論文につける活動や、Orcidのように(1)~(3)を研究者に「クラウドソーシング」する活動が現に行われているということが挙げられるでしょう。

※3 ここがGoogle ScholarやOrcidとresearchmapの決定的に違う点です。

※4 「doiが異なる→異なる論文に決まってるだろ!」という批判は必ずしも当たらない、ということをご理解いただければ幸いです。

※5 v.1ではdoiの入力について、研究者を信頼し、バリデーションをかけませんでした。結果的に、手入力されたdoiの1/3はそもそも形式から間違っていました。URLとdoiを勘違いしている方、但し書きを書く方…いろいろいらっしゃいました。入力しようという、そのお気持ちには感謝します。ただ、「doiで論文を見分ける」という期待される機能がv.1部分はほぼ使えなくなりました。このことからも、人間に入力していただく、というのはリスクが大きいことが改めてわかりました。外部フィード源から機械可読な形式で入力した上で、人間には「自分の論文かそうでないか」だけを判断していただくのがミスが少ない方法かと思います。

※6 「あの共著者のことは思い出したくもない」場合でも、共著者として登録はしてください。思い出したくない方のために、「マイポータルに表示しない」という設定もご用意しております。

※7 「研究キーワードや分野を見ればいいじゃないか」というご意見があるのはわかります。でも、researchmapに登録している研究者の研究キーワードを見るとわかります。そんなに簡単に分類できません。それに、NatureやScienceはどの分野の論文誌でしょうか?なんとも言えません。私たちは開発をするときに、ひとりの研究者ひとつの分野に向けて開発をしているのではありません。常に動き続ける「研究」の動向を見ながら、「みんなが乗れる船」を設計するよう心がけています。

※8 「$n$個のものから2つのものを選んで見比べる」のに、どれくらいの計算量が必要か考えれば、「京」だけでなく「富岳」にも無理であろうことがわかります。念のため、私たちは富岳のチームに本案件の相談をしました。そして「無理ですよね?」「それは無理ですね」で、意見交換は終了(苦笑)。しょうもない相談に乗ってくださった心優しい富岳のチームに心から感謝します。

※9 論文そのものに記載する名前がNoriko Araiであっても、論文リストにARAI, N.と書きたい場合は、念のため、それも「論文上の記載著者名」に登録しておいてください。

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researchmap v.2の開発にあたって (1) 概要

researchmap v.2の開発責任者として、researchmap v.2の開発の経緯と仕様策定のコンセプトについて、書いておきたいと思います。

researchmapの開発の主眼は、2009年のスタート時から一貫して「研究者の多忙感を減らす」ことにあります。研究者は様々なシーンで、研究業績を提出する必要に迫られます。個人の業績もあれば、共同研究の報告書など複数の研究者の業績をとりまとめる場合もあります。その形式は、提出を求める主体ごとにバラバラです。そのことが、研究者の事務仕事をどんどん膨らませています。しかも活発に活動する第一線の研究者ほど多忙になる、職を求める若手研究者ほどつらくなる、という状況です。researchmapに研究業績はとりまとめてあるので、そのURLを送ればよい、各大学や機関はresearchmapからAPIで吸い上げればよい、という世界が実現されることを心から願って設計をしています。

次に、各大学や機関には、researchmapから取得した自大学・機関の研究者の業績を分析した上で、よりよい大学になるための戦略を練ることに時間やお金をかけてほしいと思っています。2020年の3月現在、まだ多くの大学(特に国立大学)が独自に研究者業績データベースを構築・メンテナンスしています。その主たる入力方式は、未だに手入力です。手入力はミスが生じやすく、何よりも研究者にとって負担が大きい。そのためでしょうか。各大学の研究者総覧等を眺めると、中途半端にしかデータが入力されていないことが少なくありません。研究者の中には、主要な論文は入力しても、自分が主著ではない論文(学生やポスドクが主著の共著論文など)は入力しないかもしれないし、学生が多い研究室では論文の存在自体を忘れていたりすることもあるでしょう。欠損した研究業績一覧では十分な分析ができないので、結局海外のデータプロバイダーからデータを購入している大学も少なくありません。それでは二重の意味で無駄遣いです。過去の経緯にとらわれず、researchmapを活用することで、限られた運営交付金を有効に使ってほしいと思います。

researchmapに集約された研究者の業績は所属機関にAPIで提供しています。これにより、所属機関が独自に構築してきた研究者データベースは不要になり、各大学で年間数百~数千万円かかっていた費用を節約できるでしょう。そうして生まれた予算が、より意義のある目的のために使われることを願っています。

私がかねがね、海外発のベンチマーキング(Times Higher Education、トップ1%研究者率等)の動向にメディアや政治が右往左往することで、人文社会系の研究者の研究がないがしろにされたり、日本固有の課題解決に勤しんでいる研究者が不当に低く評価されることを大変残念に思ってきました。researchmapという場で、全研究者が協力してデータベースを構築し、それに基づいて科学技術政策研究所(NISTEP)等が分析することにより、日本の大学、研究活動の有用性を国民に主張する根拠データを収集できることが期待できます。もしも、どこかに課題があれば、その原因がオープンかつフェアに議論され、場当たり的でない、科学的な科学技術政策がなされることを期待しています。

20世紀は、助手として雇用された大学で教授として定年を迎えるのが主流だったように思います。けれども21世紀になり、それはレアケースになりました。研究者がいくつもの機関の間を異動するのが普通のことになったのです。今後は、クロスアポイントメントや、産学官の兼務なども増加していくことでしょう。各大学は独自の研究業績管理システムを使っているので、異動するときに、それまでに入力したデータを異動先に持っていくことができません。(そのことも、大学の研究業績管理システムに入力するモチベーションがわかない原因のひとつでしょう。)researchmapは、研究者が異動したり兼業したりすることを前提として、生涯研究者に寄り添っていく研究者業績システムとして安定したサービスを提供し続けていきたいと考えています。

最後に、私はresearcmap v.1の画面がいつまでも「黒い」ままであることを極めて残念に思っていました。黒い=リンクがない=当該の論文や特許やソフトウェアにたどりつけない、ということを意味します。それでは、単に「リスト」でしかありません。researchmapを見る側・使う側にとってメリットはたいしてないでしょう。researchmapは研究者コミュニティのためのものでもありますが、国民は重要なステークホルダーです。researchmapにログインしない学生や国民にも、この場が有用であってほしいのです。それに、論文は読んでもらって、特許やソフトウェアは使ってもらってなんぼのもん、ではありませんか。v.2では、マイポータルが真っ青(リンク先がある)になり、論文には著者最終稿のPDFが添付されることを願ってやみません。

以上が、researchmap v.2を開発するにあたって2017年に掲げた目標であり、文部科学省総合政策特別委員会の議事録にも残っています。※1

研究者の多忙感を減らさなければいけない、というのは、文部科学省もFunding Agencyも大学も、当然共有していた問題意識です。ただ、安心して乗る船がこれまで存在しなかったことが、申請書ごとに異なる形式の乱立を招いていたのだと思います。この状況を打開するために、JSPSやJSTなどのFunding Agencyが研究業績リストの参照先としてresearchmapの活用を打ち出してくださったことに心から感謝しています。

 

 

※1 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu22/gijiroku/1409245.htm

 

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お祝い researchmap v.2にようこそ

researchmapプロジェクトが始まってから10年目になりました。お蔭様で30万人超の研究者にアクティブにご利用いただき、蓄積された業績も3千万件を超えました。ソフトウェア開発責任者として、日頃からのご愛顧に心より御礼申し上げます。

2011年のブログに「researchmap登録者が5千人を超えました!」という記事を書いていたことを見つけ、感慨ひとしおです。このたびリリースしましたresearchmap v.2にはWeb of ScienceやScopus、Pubmed等の外部フィード源や、共著者が登録した業績からAIが「あなたの業績ではありませんか?」と推薦したり、確信度が十分に高い場合には自動で業績リストに追加する等の機能を搭載しています。論文に用いる際の氏名表記や所属を正確に登録していただき、また、共著者を正しく登録していただくとAIの精度が向上します。

researchmapの業績リストは、競争的資金において業績の参考資料としても活用されていることから、AIは安全寄りで運転します。最初はサジェスト数が少なく物足りなくお感じになるかもしれませんが、皆様がresearchmapを忘れてお過ごしの間も、AIはせっせと学習をいたしますので、時間をおいて数か月後、一年後の成長を見守っていただければ大変有難く存じます。

まだまだ至らぬ点もあろうかと思います。お気づきの点等ございましたら、トップページの問い合わせ窓口よりお知らせください。

今後ともresearchmapをどうか宜しくお願いいたします。

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数理論理学I中間試験について

数理論理学Iの受講生へ。
先週の宿題の解答にミスがありましたので、訂正して「資料公開」のページにアップしました。
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講義質問への回答

本日の授業に関して、「$\sqrt{2}$は無理数である」を自然数の言語の中で、どのように数訳するか、について質問がありましたので、お答えします。

これは、「どんな自然数の組x,yによっても、$\sqrt{2}$$\frac{x}{y}$の形で表せない(但し$y\neq 0$)」、つまり、「どんな自然数xと0でないyについて、$\sqrt{2}$$\frac{x}{y}$に等しくない」と書きたいわけです。ただし、$\sqrt{2}$は直接自然数の言語に含まれないので、
$\forall x \forall y(y\neq 0 \rightarrow x^2\neq 2y^2)$
$\neq$を使いたくない場合には、たとえば
$\forall x \forall y (y=0 \vee \neg x^2 = 2y^2)$
のように書けばよい、ということになります。
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