悪のペンギン帝国

研究ブログ

細胞が分化して他の細胞へ変わっていく様子を可視化する

 細胞の種類によってマイクロRNA活性が異なることを利用することで細胞の分化を継続的に可視化する技術についての論文を発表しましたので [1] 、これについて解説したいと思います。
いや論文を出したのは昨年なので本来であればこの解説記事は昨年のうちに書いておくべきだったんですが、今年の春頃まではいろいろとストレスがあってそれどころではなくなんでもありません。

忙しい人のための要約
  • マイクロRNAには多くの種類があり、それらのうちどのマイクロRNAが働いているかは細胞の種類によって違う。
  • ある種類の細胞で強く働いているマイクロRNAの標的となる配列を蛍光タンパク質の遺伝子につけると、その細胞ではマイクロRNAの働きにより蛍光が下がる。
  • ある種類の細胞にこの「マイクロRNAの標的配列つき蛍光タンパク質遺伝子」を入れておくと、その細胞が別の種類の細胞へと分化した時に蛍光が変化するため、細胞の分化を可視化できる。


詳しく知りたい人のための解説

①そもそも「細胞の分化」って何?

 人間のような多細胞生物の細胞は多くの種類に分かれており、それぞれ機能や役割が異なっています。たとえば、赤血球であれば酸素を運ぶ、心筋細胞であれば収縮により心臓を動かす、胃の壁細胞であれば胃酸を出して食べ物を消化する、といったようにです。

 しかしながら、これらの細胞は最初からこのようになんらかの役割に特化しているというわけではありません。最初は「他のどんな細胞にもなれるけれど、どれかの役割に特化はしていない細胞」であったものが、いくつかの段階を経て「ある役割に特化した細胞」へと変わっていくのです。
 この過程を「細胞の分化」と呼びます。
ポケモンに見える人なんていない画像



 たとえば、赤血球になるまでの分化を簡略化して表すと以下のようになります。

多能性幹細胞(体を構成するどのような細胞にもなれる)
造血幹細胞(血小板やマクロファージ、好中球など赤血球以外の血球系細胞にもなれる。神経細胞や皮膚の細胞など血球以外の細胞にはなれない)
赤血球

 ※実際にはもっと細かい段階に分かれています。
 ※今ちょうどアニメでやっている「はたらく細胞」を見ている人であれば、赤芽球から赤血球になるのが分化だと考えると分かりやすいかもしれません。赤芽球は造血幹細胞から赤血球になる途中の段階ですね。


②「マイクロRNA」って何?

 マイクロRNAは細胞内において遺伝子発現(遺伝子の情報をもとにしてタンパク質が作られる過程)を調節している分子です。

 遺伝子発現は「1. DNA上にある遺伝子の情報がメッセンジャーRNAと呼ばれる分子にコピーされる(この段階を転写と呼ぶ)」→「2. メッセンジャーRNAにコピーされた情報をもとにタンパク質が作られる(この段階を翻訳と呼ぶ)」という二段階に大きく分けることができますが、マイクロRNAはメッセンジャーRNA上にある標的配列を認識し、そこに結合することで翻訳の段階を抑制します


 ※レアケースとして、マイクロRNAにより翻訳がむしろ上昇する場合もあるのですが、ここでは詳しくは述べません。
※マイクロRNAについては以前の記事「親のトラウマは子に遺伝する?」でも解説しています。興味がある方はそちらもどうぞ。

 マイクロRNAには多くの種類があり、たとえばヒトの細胞だけでも2564種類ものマイクロRNAが知られています(2018年8月現在)。そしてこれらのマイクロRNAは、それぞれ標的配列が異なっています。
 しかしながら、一つのヒト細胞内で2564種類全てのマイクロRNAが作られているわけではなく、細胞の種類によりこのマイクロRNAは多く作られているが別のマイクロRNAはほとんど作られていない、といったような差があります。






③マイクロRNAを利用して細胞の分化を可視化というのはどうやってやってる?

 ②で述べたように、どのマイクロRNAが作られているかは細胞の種類によって差があります。つまり、分化によってある種類の細胞が別の種類の細胞に変わる時、作られているマイクロRNAの種類にも変化があるということです。そしてマイクロRNAには、これも②で述べたように標的配列をもつ遺伝子のメッセンジャーRNAからタンパク質が作られるのを抑える働きがあります。
 そこで、緑色の蛍光を出すタンパク質を作る遺伝子に、分化する前の幹細胞でだけ多く作られているマイクロRNAの標的配列をつけ加えたものを作り、この遺伝子を細胞内に入れます。するとどうなるか。分化後の細胞ではこの遺伝子から蛍光タンパク質が作られるのに対し、分化前の幹細胞ではマイクロRNAが蛍光タンパク質を作るのを抑えてしまいます。

 これにより、緑色の蛍光が強ければ既に分化した細胞、弱ければまだ幹細胞のままで分化していないと分かる…………かというと、なかなかそううまくはいってくれません。

 何故なのか。細胞に外から遺伝子を入れる時、全部の細胞に同じ量が入ってくれるわけではなく、入る量にはばらつきがあります。つまり、蛍光タンパク質の遺伝子が少ししか入らなかった細胞では、マイクロRNAが無くても緑色の蛍光はあまり出ないことになります。

 また、②で述べたように、遺伝子の発現には転写と翻訳という二つの段階がありますが、マイクロRNAが制御している翻訳の段階だけではなく、転写の段階でも制御を受けます。たとえば、DNAにメチル基というものが付け加えられる(これをDNAのメチル化と言います)と転写が落ち、これによりタンパク質ができる量も減少します。つまり、マイクロRNAが無い細胞に遺伝子を入れた場合でも、その遺伝子のDNAに多くのメチル基が付けられてしまえばやはり緑色の蛍光はあまり出ないということになります。

 つまり、単に蛍光タンパク質の遺伝子にマイクロRNAの標的配列をつけたものを細胞に入れただけでは、その細胞の蛍光が低かったとしても、それがマイクロRNAが働いていないからなのか、それとも他の原因なのかが分からないということです。

 そこでこの研究では、マイクロRNAの標的配列をつけた緑色の蛍光タンパク質の遺伝子の他に、もう一種類、赤色の蛍光タンパク質の遺伝子を入れています。この赤色の蛍光タンパク質の遺伝子は緑色の蛍光タンパク質の遺伝子と同じDNAに載っていて、メッセンジャーRNAへの転写もいっしょにされますが、転写された後で緑色の方の遺伝子とは切り離されるようになっています。
 そのため、細胞にDNAが入る量自体が少なかったり、DNAのメチル化で転写量が落ちたりした場合は、赤色と緑色の両方の蛍光が同時に低くなります。一方、マイクロRNAは赤色と緑色の遺伝子が切り離された後で緑色の方にだけくっつきます。そのため、マイクロRNAがある場合は、赤に対する緑の比が低くなるのです。



 細胞の赤と緑の蛍光をそれぞれ測定し、緑の蛍光の数値を縦軸で、赤の蛍光の数値を横軸で表すと、このように対象のマイクロRNAが有る細胞と無い細胞を表すドットはそれぞれ斜めに延びた二つのグループに分かれます(ドットの一つ一つが各細胞の蛍光の測定値を表しています)。 
 
 
 緑の蛍光タンパク質の遺伝子につけたものが、分化前の細胞で多く作られているマイクロRNAの標的配列であった場合は、縦軸方向に下のグループに入れば分化前の細胞、上のグループに入れば分化後の細胞というわけです。
 逆に、つけた標的配列が特定の種類の細胞に分化したものだけで多く作られているマイクロRNAに対するものであった場合、その種類の細胞に分化したものが下のグループに、まだ分化していないものや他の種類の細胞に分化したものは上のグループになります。


 このようにして、細胞の分化状態を確認することができるというわけです。


 このシステムの良いところは、簡単に使えて、しかも蛍光タンパク質の遺伝子を細胞に一度入れるだけで、その細胞の分化状態を継続的に可視化できるところです。
「トランスポゾン」というものが含まれるプラスミドDNA(細菌内で複製される小さな環状DNA)を使うことで、細胞が元々持っているゲノムに効率的に蛍光タンパク質の遺伝子を入れ、安定して保持させることができるようになっているのです。また、トランスポゾン入りのプラスミドDNAは通常のプラスミドDNAと同様に大腸菌内で増やして取ってくることができるため、レトロウイルスなどのウイルスを使って遺伝子を導入する場合よりも簡単に調達できます。

 ※トランスポゾンがどういうもので、それを使ってどのようにゲノムに遺伝子を入れるかを説明すると長くなりますので、興味のある方は以下の過去記事を参照してください。

 さて、最後に、この技術にどのような使い道があるのかという話をして終わりたいと思います。

 まず、細胞を分化させる際の条件比較し、どの条件が一番良いかを調べる時に便利です。
薬の効果を調べる際などには、特定の種類の細胞を使わなくてはいけないことがあります(たとえば、神経細胞だけを集めてきて脳の病気用の薬のテストに使う、といった感じですね)。しかし神経細胞や心筋細胞といった分化後の細胞は限られた増殖能しか持たないため、増やして好きなだけ使うというわけにはいきません。
 一方、iPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞はいくらでも増殖するので、これらの細胞を目的の種類の細胞へと分化させることができれば、目的の細胞がいくらでも使えることになります。
 しかしながら多くの場合、100%の効率で多能性幹細胞から目的の細胞へと分化させることは困難です。そのため、いろんな分化条件を試してどれが一番効率が良いかを比較することになります。そうした時に、このマイクロRNAに応答する遺伝子を最初の多能性幹細胞の段階で入れておけば、その後は追加で抗体などを使う必要もなく、どの条件でどのくらいの細胞が目的のものに分化しているかを継続的にチェックすることができます。



 また、単に蛍光を測定するだけでなく、蛍光の違いにより細胞を分離して集める機能がある装置を用いれば、必要な種類の細胞だけを分離してくることもできます。

 このようにして集めてきた特定の種類の細胞を薬効評価のような他の研究に使うこともできるというわけですね。


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意思で遺伝子の働きを制御する

人間、自分の体のことはままならないものです。

例えば、人類の祖先となった動物においては、飢餓はしょっちゅうでも飽食とは無縁だったので、エネルギー源となる糖分を積極的に摂取するために甘いものを好む方向への進化が起こった…と考えられていますが、現代日本で本能のおもむくままに甘いものを食べるとメタボまっしぐらです。

かくいう私も、20代前半までは特に何も気にせず甘いものを食べていてもBMI約18を維持できたので「甘いものを食べても頭を使っていれば太らないんですけどね」などとデスノートのエルみたいな台詞をドヤ顔で言っていたものですが、アラサーになってきた頃から「私、体重が気になります」と違うエルみたいなことを呟かざるを得なくなりました。まったく、ままならないものです。

空腹感、甘いものや脂っこいものへの欲求、眠気、禁煙中のイライラ、実生活のリズムとずれっぱなしの体内時計…そういう自分の意思ではどうにもならない体の状態を、もし意思によって制御できるようになったとしたら、どうでしょう?

そういう未来に繋がる…かもしれない研究があるのですよ、実は。
というわけで、今回は遺伝子導入とブレイン・コンピューター・インターフェースを組合せ、意思の力で遺伝子の働きを制御するのだ!という研究[1]を紹介したいと思います。



さて、どのようにして意思の力で遺伝子を制御するのかというと以下のような仕組みになっています。

1. ブレイン・コンピューター・インターフェースを頭にセットし、脳波を読み取る
2. 読み取られた脳波の情報に基づき、コンピューターがLEDを点灯したり消灯したりする
3. LEDが点灯すると、細胞内の光に反応する酵素(細菌由来のジグアニル酸環化酵素)が環状ジグアノシン一リン酸という物質を産生する
4. 産生された環状ジグアノシン一リン酸を、インターフェロン遺伝子刺激因子 (Stimulator of Interferon Genes略してSTING) というタンパク質が検知する。
5. 環状ジグアノシン一リン酸に反応したインターフェロン遺伝子刺激因子はTANK結合キナーゼという別の酵素を活性化させる
6. 活性化されたTANK結合キナーゼが、インターフェロン調節因子3 (Interferon-Regulatory Factor3略してIRF3) という転写因子(遺伝子の情報をDNAからmRNAへコピーする時に必要なタンパク質)をリン酸化する
7. リン酸化されたインターフェロン調節因子3は、元々の居場所だった細胞質から核へと移行する
8. 核内には、”インターフェロン調節因子3が結合する制御配列”と”制御したい遺伝子”がセットにされたものが入れてあるため、インターフェロン調節因子3が核内に入ってきて制御配列に結合すると、その遺伝子の働きがONになる


…何かステップ数が多くてややこしいですね。
ちなみに、制御配列って何?という人は以下↓の過去記事をどうぞ。


さて、それではもう少し詳しく解説していきましょう、といきたいところですが、ブレイン・コンピューター・インターフェースのことなんて専門外過ぎて私には殆ど分かりません。

それにしても、専門外というならば、この研究を発表した研究室も遺伝子関係の論文を多く出しているところなのに、よくブレイン・コンピューター・インターフェースなんて作れたものです。

…なんて思っていたら、論文の実験手法のセクションに「We used a standard commercial low-cost BCI headset(市販されてる標準的な安いブレイン・コンピューター・インターフェース・ヘッドセットを使った)」とありました。

…売ってるんかい!

試しに論文に書いてあった製造元(NeuroSky社)の名前で検索したら、売ってました。Amazonで。

というか、同じメーカーから脳波で動くnecomimiなんてものまで売られてました。

【猫耳カチューシャ necomimi 脳波で動く】yk
脳波でうごくネコミミ(necomimi)


ネコミミって…
NeuroSky社のホームページには「現在、日本・アメリカを始めとして世界各国で販売されており、様々な用途に使われています。」とあるのですが、そんなHENTAI的なものの需要が日本以外でもあるものなのですね。様々な用途ってなんでしょう。想像があまりふくらみません。ダメですね、アラサーにもなると身体がついてこないだけでなく、頭の方も時代についていけなくなるようです。


…で、何の話でしたっけ。

話を戻すと、ブレイン・コンピューター・インターフェースで脳波を読み取り、7.5-12 Hzの脳波(アルファ波)が強めに出ていれば瞑想状態、14-30 Hzの脳波(ベータ波)が強めに出ていれば緊張状態だとコンピューターの側で判断し、コンピューターが瞑想状態だと認識すると、LEDのスイッチが入れられます(なお、この時使われているブレイン・コンピューター・インターフェースはnecomimiではありません)。


まあこのあたりの話は前述の通り専門外なのでこのくらいにしておきまして、では、脳波によって点灯したLEDがいかに遺伝子の働きを制御するのか、という話に移りましょう。


ここで使われているLEDはノーベル賞で話題になった青色光を出すものではなく、光の中でも近赤外線を出すように作られたLEDです。一方、LEDによって近赤外線を照射される細胞の方には、Rhodobacter sphaeroidesという光合成細菌に由来するジグアニル酸環化酵素の遺伝子が入れられています。

この細菌由来の酵素は近赤外線に反応して活性化され、ジグアニル酸環化酵素という名前の通り、環状ジグアノシン一リン酸という物質を作り出します(余談ですが、ジグアノシンのジというのは2という意味です。グアノシンという物質にリン酸が一つついたものがグアノシン一リン酸で、それが2つ合わさって環状の構造を形成しているので環状ジグアノシン一リン酸、というわけです)。

この環状ジグアノシン一リン酸という物質は本来、細菌内にはあってもヒト細胞内にはありません。そのため、ヒト細胞の側には、この環状ジグアノシン一リン酸を検知するための役割を持つタンパク質が備わっています。それがインターフェロン遺伝子刺激因子 (Stimulator of Interferon Genes略してSTING) というタンパク質で、ヒト細胞内に環状グアノシン一リン酸があると、インターフェロン遺伝子刺激因子が環状グアノシン一リン酸にくっつきます。環状グアノシン一リン酸がくっついた状態のインターフェロン遺伝子刺激因子は、TANK結合キナーゼという酵素の働きを活性化させることができます。

「キナーゼ」というのは日本語で表現するならば「リン酸化酵素」であり、その名前の通り、何かにリン酸(厳密には”リン酸基”ですが…)をくっつける働きをもつ酵素なのですが、TANK結合キナーゼはインターフェロン調節因子3 (Interferon-Regulatory Factor3略してIRF3) というタンパク質にリン酸をつけます


インターフェロン調節因子3は通常は細胞核の外側(細胞質)にあるのですが、リン酸をつけられると細胞核の中へと運ばれます

このインターフェロン調節因子3は転写因子と呼ばれるタンパク質の一種であり、転写因子はゲノムDNAに搭載されている特定の遺伝子の働きをONにすることができます。しかしゲノムDNAは細胞核の中にあるため、転写因子が細胞核の外にある場合、その転写因子はゲノムDNAに接触できず、したがって自分が担当する遺伝子の働きをONにすることができません。転写因子が
細胞核の中に入れた時のみ、対象となる遺伝子は働き始めるのです。


…ややこしいので例によって例のごとく、分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じになります。

 
     

ちなみに、
元々は細胞質にある転写因子が外からの刺激を受けて核内へ移行→その転写因子が担当する遺伝子がON…というパターンは、細胞が外部環境に対応する機構としてインターフェロン調節因子3の場合以外にもしばしばあるものなので、覚えておいて損はありません。

…得があるかは分かりませんが。


将来的には、治療効果のある遺伝子(インスリンとかでしょうか)を好きなタイミングで発現させたり、痛みやてんかんを自分の意思で制御できたら良いなー、みたいな感じで論文は締めくくられています。個人的な意見としては、人間の脳は自分の遺伝子を制御しつつ日常業務もこなすとかには向いてない気がするので、LEDの点灯を介して遺伝子を制御するのは人工知能あたりに任せた方が良さそうに思えます。

血糖値を常時モニタリングして、上がり過ぎと人工知能が判断すると細胞にインスリンを産生させる、とかそんな感じで。


[参考文献]




絵文字:笑顔おまけ


まあ、実際にはオキシトシンエンドルフィンにここまで極端な効果は無いとは思いますが。
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実験医学に記事が掲載されました

実験医学の「Close Up実験法」に私の書いた記事が掲載されました。




piggyBacトランスポゾンを利用してゲノムに外から新しい遺伝子を入れる方法について分かりやすく(少なくともそのつもり)解説してあります。
安定発現細胞株を作るのがあまりうまくいかない…というような方にもお勧めです。

そもそもトランスポゾンって何?という方は以下の記事をどうぞ↓
トランスポゾンとは何ぞや
どうやってDNAが移動するのか(DNA型トランスポゾン編)
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コレジャナイ年賀状2015

あけましておめでとうございます。今年もまたコレジャナイ年賀状の季節がやってきました。


ご存知ない方も多いかもしれませんが、羊歯と書いてシダと読みます。植物のシダですね。
ちなみに、ウミシダは確かにシダっぽく見えるのですが、そもそものシダが羊の歯っぽくは見えないように思います。
…いや、私は羊の歯をちゃんと見たことはないのですが、羊の口を開けたらこんなものがワラワラと生えていたらトラウマものだと思います。

過去のコレジャナイ年賀状はこちら↓
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薬で恐怖を解消できる?!

ここ何年かは日本でもハロウィンが定番イベントになってきましたね。そのうちイースターとかも定着するのでしょうか。
ハロウィンといえば、こんなふうに↓怖いお化けがやってきておどかしてくるものですが、何かに対する恐怖を克服したいという人もいるでしょう。

Fig. 1. 研究者を襲う様々な恐怖(様々って書いたけどおおむね一つだった)


というわけで、今回は
遺伝子の働きに影響を与える薬によって、過去の経験に基づく恐怖を解消しやすくなる、という研究[1]を紹介したいと思います。


今回紹介する内容を要約するとこんな感じになります。

①ゲノムDNAはヒストンというタンパク質に巻き付いた状態で存在している。

②このヒストンにアセチル基というものが付けられる(アセチル化される)と、そのあたりに巻き付いている部分のDNAに含まれる遺伝子が発現しやすくなる

③FTY720という薬には、ヒストンにつけられたアセチル基を外してしまうための酵素(ヒストンデアセチラーゼ)を抑える効果がある

④そのため、マウスにFTY720を飲ませると、どの遺伝子がどのくらい働くかが変わってしまう

⑤FTY720を飲ませたマウスでは認知機能や記憶に関わる遺伝子の発現量が上がる

⑥そして、FTY720を飲んだマウスでは、一度身に付いてしまった恐怖を「やっぱり怖くない」という経験によって解消させやすくなる


①と②は以前から分かっていたことで、③~⑥がこの研究で判明したことです。では、詳しく解説していきましょう。



①ゲノムDNAはヒストンというタンパク質に巻き付いた状態で存在している

ヒトやマウスを含む真核生物のゲノムDNAは、細胞内の核という部分に収納されていますが、DNAだけの状態ではなく、ヒストンと呼ばれる種類のタンパク質に巻き付いた状態で収納されています。

何せDNAは太さこそ2 nm (2 mmの1/1000,000) という極細ですが、長さは1細胞あたりでヒトのゲノムDNAなら全部合わせて約2 mにもなります。目に見えない小さな細胞の内に、バスケ選手の身長レベルの長さのものが存在しているのですから、何かに巻きつけたりしてコンパクトにまとめておく必要があります。

よくゲノムは生物の設計図などと例えられますが、その例えで言うならば、設計図の紙が長過ぎるので心棒に巻きつけて巻物にしておき、収納しやすくするみたいな感じでしょうか。ただし、巻物とは違ってゲノムDNAは一つのヒストンにぐるぐると何重にも巻かれているわけではなく、ヒストン1つあたりではほぼ2周しているだけで、その分、多くのヒストンに巻き付いています[2-4]。


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              クレームがつきましたので、しばらくお待ちください
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②このヒストンにアセチル基というものが付けられる(アセチル化される)と、そのあたりに巻き付いている部分のDNAに含まれる遺伝子が発現しやすくなる

さて、このヒストンというタンパク質には、リシンというアミノ酸が含まれています。このリシンというアミノ酸はプラスの電気を帯びているので、マイナスの電気を帯びているDNAと引き付け合います。この(ヒストンに含まれる)リシンとDNAが電気的に引き付け合う力が、ヒストンにDNAがしっかりくっついているために重要なのですが、ヒストンアセチルトランスフェラーゼと呼ばれる細胞内の酵素によってリシンにアセチル基というものが付けられる(アセチル化される)と、プラスの電気を帯びなくなってしまい、DNAとヒストンの間の結合が弱くなり、場合によってはヒストンが外れてしまったりします[3-6]。

では、DNAとヒストンの間の結合が弱まるとどういう影響が出るのでしょうか。結論から言うと、その部分のDNAに書き込まれている遺伝子が働きやすくなります。

その仕組みは以下のように考えられています。

まず、遺伝子がその機能を発揮するためには、DNAに搭載されている遺伝子の情報がメッセンジャーRNAというものにコピーされ、そのメッセンジャーRNAの情報を元にして、今度は様々な機能を持ったタンパク質を作る、という過程を経る必要があります。

以前の記事で紹介したマイクロRNAは、メッセンジャーRNAの情報が読み取られるのをブロックするというものでしたが、それ以前の段階としてDNAに搭載されている遺伝子の情報がメッセンジャーRNAにコピーされないことには、その遺伝子は機能を発揮しようがありません。

そして、DNA上の情報をメッセンジャーRNAへとコピーするためには、転写因子やRNAポリメラーゼといった特別な機能を持つタンパク質がDNAに接触する必要があるのですが、ヒストンとDNAの間の結合が弱まると、こうした転写因子などがヒストンに邪魔されずにDNAと接触しやすくなります。その結果、その部分の遺伝子は機能を発揮しやすくなるのです。

逆に、一度アセチル化されたヒストンからアセチル基が取り外されてしまう(脱アセチル化される)と、再びDNAとヒストンがしっかりくっつくようになり、転写因子等がDNAと接触し難くなり、結果、その部分のDNAに搭載されている遺伝子は働き難くなります


どうでも良い話ですが、この前、京都水族館に行ったら一匹だけで水槽に入れられているコバンザメが頑張って壁に貼り付こうとしてました。やっぱり何かにくっついておかないと落ち着かないんでしょうか。


③薬でヒストンの脱アセチル化をブロックすると、どの遺伝子がどれくらい使われるかが変動する

前述のように、ヒストンが脱アセチル化されると、DNAとヒストンの結合が強くなり、その部分のDNAに搭載されている遺伝子は働き難くなるわけですが、このヒストンの脱アセチル化は、ヒストン脱アセチル化酵素という名前の酵素(役割そのままの名前ですが)によって行われます。

したがって、このヒストン脱アセチル化酵素の働きをブロックする薬(ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤)を使うと、ヒストンにアセチル基がついたままになり、DNAとヒストンの間の結合はゆるゆるの状態のまま、そしてその結果、本来であればあまり働かなかったはずの遺伝子がよく働く、という事態が生じます。

今回とりあげた研究[1]では、"FTY720"というヒストン脱アセチル化酵素阻害剤をマウスに飲ませると、認知機能や記憶に関する遺伝子が使われる量が上昇し、その結果、一度「これは怖い」と認識するようになったものに対して、「やっぱりこれは怖くない」と認識を改めやすくなる、ということを示しています。

ただし、認識を改めることで恐怖を解消するためには「やっぱりこれは怖くない」と学ぶステップが必要なので、残念ながら(?)
「何もしなくてもこの薬さえ飲めば恐怖が解消される」などというものではありません


恐怖を覚えさせて、その後で解消させるための手順はだいたいこんな感じです。

1日目:マウス達をある所へ連れて行って電気ショックを与える
2日目:マウス達を昨日と同じ所へ連れて行くと、マウス達の大半は、「また電気ショックされるんじゃ…」と怯える。しかし今度は何もしない。
3日目:マウス達を1日目、2日目と同じ所へまたも連れて行く。2日目に「この場所怖いと思ってたけどやっぱ大丈夫じゃん」と学習できたマウスは怯えない。


ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を飲ませると、「前は怖いと思ってたけど大丈夫じゃん」と学習できたマウスの割合が増えるのです。この記事のタイトルには「薬で恐怖を解消できる?!」とつけましたが、どちらかというと促進しているのは「恐怖の解消」というよりは「新たな経験に基づく学習」で、その学習内容が「やっぱりこれは怖くなかった」というものだった、という感じですね。

ちなみに、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は、恐怖の解消以外の学習も促進することが他の研究によって示されており[7]、その中には、今回紹介した研究とは逆に、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤によって恐怖を覚えるのを促進するという研究もあります[8]。(もっとも、どんな学習にも効果があるというわけではなく、少なくともFTY720は空間的な位置を覚えるのには影響しないようです[1]。)



さて、こういう研究が世に出ると、そのうちヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が「頭の良くなる薬」みたいな煽り文句で売る人が出てきそうな気がします。しかしヒストン脱アセチル化によって遺伝子を働かないようにしておくのはたいていの場合そうしておくべき理由があるからです。

なにしろ、ヒトの細胞は原則として各細胞がヒトの全遺伝子を持っています。脳細胞だからといって脳の働きに必要な遺伝子だけを持っているというわけではなく、筋肉で必要な遺伝子とか胃で必要な遺伝子とかも全部持っているのです。全ての遺伝子をONにしておくわけにはいきません。というわけで、闇雲にヒストン脱アセチル化をブロックすると、OFFにしておくべき遺伝子がONになってしまうことによる副作用の危険性があると思われます。

しかし記憶や学習に関わる遺伝子のアセチル化状態だけをピンポイントで制御することができれば、副作用を抑えつつ学習スピードを挙げることも可能になる…かもしれません。


参考文献


[2] David S. Latchman著, 五十嵐和彦・深水昭吉・山本雅之監訳, 遺伝情報の発現制御 -転写機構からエピジェネティクスまで-, メディカル・サイエンス・インターナショナル








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親のトラウマは子に遺伝する?

私が小学生の頃、毎月送られてくる「○年の科学」みたいな本があって、ある時の号で進化についてのダーウィンとラマルク、それぞれの説が載せられていました。

「ある時、首が長めのキリンが突然変異で生まれ、そちらの方が生存に有利だったためより多くの子孫を残せた。その中から更に首が長めのキリンが…というのを繰り返すうちに、キリンは今のように首が長くなった」と主張するダーウィン。

「高い木の葉を食べようと頑張って首を伸ばしたキリンからは首長めの子供が生まれ、その子供が更に首を伸ばそうと…というのを続けた結果、キリンの首は長くなったのだ」と主張するラマルク。

…で、『遺伝子は生まれた後の努力や経験では変わらないので、ラマルクの説は間違っていたことが現在では分かっていますよ』とまとめられるのです。


そう、確かに遺伝子自体は、生まれた後にどんな努力や経験をしようとも変わりはしません(免疫細胞などでは例外もありますが)。手塚治虫の漫画では、クローン人間は元となった人間の記憶をもっていたりしますが、遺伝子に記憶が刻みつけられることは無いので、実際にはクローン人間に記憶が引き継がれるなんて起こり得ません。


ところが、最近になって、父マウスにトラウマになるような経験をさせると、子マウスがちょっとおかしい子になってしまうという論文が出されました[1]。

これはいったいどういうことなのか。要約すると

・遺伝子自体はトラウマがあっても変わらないが、どの遺伝子がどれくらい機能するかを制御する"マイクロRNA"というものの量が変わる

・父マウスがトラウマな経験をすると、精子の細胞内マイクロRNA量が変化する

・その結果、子マウスでは生まれる前の受精卵の時点から、マイクロRNAの標的になっている遺伝子の働きが抑えられる

・結果、子マウスは通常とは少し性質の違うマウスになってしまう

…ということです。

では、詳しく解説していきましょう。


まずマイクロRNAとは何か

ヒトを含めたいていの生物のゲノムはDNAという物質でできています(一部のウイルスを除く…ウイルスは厳密には生物ではありませんが)が、ゲノムに含まれる遺伝子が機能する時、まずはDNAからRNAという物質に遺伝子の情報がコピーされ、そのコピーの情報を元にして酵素など様々な機能をもつタンパク質が作られます。そして、それらのタンパク質の機能により生物の体は維持されているのです(どうもタンパク質というと"食べたらマッチョになる栄養素"というイメージが持たれがちなようですが、実際にはタンパク質は種類ごとに多様な機能をもっていて、肺から全身へ酸素を運ぶヘモグロビンもタンパク質、消化酵素もタンパク質、神経に電気シグナルが流れるのに必要なイオンチャネルもタンパク質です)。

DNAでできているゲノムを高級紙でできている禁帯出の設計図だとするなら、RNAはその設計図の使う部分を書き写すためのメモ用紙、タンパク質は書き写された設計図を元にして作られた部品といったところです。

ところで、タンパク質を作るための遺伝子がコピーされたRNAは、RNAの中でもメッセンジャーRNA (messenger RNA略してmRNA) と呼ばれています。一方、今回の話のメインであるマイクロRNA (microRNA略してmiRNA) には、タンパク質を作るための情報は入っていません。それどころか逆に、マイクロRNAがメッセンジャーRNAにくっついてしまうと、RNA-induced silencing complex (略してRISC) というものの働きにより、メッセンジャーRNAの情報を元にタンパク質を作る装置(リボソーム)が妨害されたり、メッセンジャーRNA自体が壊されたりしてしまい、そのメッセンジャーRNAからはタンパク質が作られなくなります[2]。
     ※実は、逆にマイクロRNAがタンパク質を作るのを促進する場合もあることはある[3]のですが、話がややこしくなるので割愛します。

分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じになります。
マイクロRNAが無い時:リボソームがメッセンジャーRNAに書かれた通りのタンパク質を作る




マイクロRNAがある時:タンパク質を作るのがRISCにより妨げられる




メッセンジャーRNAがメモ用紙にコピーされた設計図なら、マイクロRNAは材質としては同じメモ用紙でも、書かれている内容は「都条例違反」とか「メディア良化法違反」とかへの指定で、RISCがメディア良化委員会のごとく、標的となったメッセンジャーRNAが読まれるのを阻止するのです。
     

ちなみに、マイクロRNAには非常に多くの種類があり(マイクロRNAのデータベースであるmiRBaseに2014年6月現在登録されているヒト細胞のマイクロRNAは1872種類)、マイクロRNAの種類によって、どの遺伝子のメッセンジャーRNAを妨害するかが違っています。

なんでわざわざそんな妨害をするようなものを細胞は自ら作っているのか、と思うかもしれませんが、遺伝子というのは全てを常にフル稼働させていれば良いというわけではなく(例えば、本来であれば胃の細胞が作る消化酵素を、脳細胞がどんどん作ってしまったりしたらえらいことになりますよね)、細胞の種類や状態に応じて、限られた範囲の遺伝子だけが稼働するよう制御しなくてはなりません。その制御システムの一つとして、マイクロRNAや、以前に触れた制御配列などがあるのです。




父マウスが子供時代にトラウマになるような経験をすると、その子マウスの行動パターンもおかしくなる

さて、今回紹介する研究では、まずマウスの子供(♂)にトラウマになるような経験をさせます。
※実際には、母マウスから急に引き離してトラウマを植え付けるようです。

このトラウマ経験をしたマウスは、普通のマウスと比べると、開けた空間にのこのこ出てきたり、明るい所に留まったりする傾向が高くなります(マウスは普通、物陰に潜みたがるものなのです。…開けていて明るい所にいたら、タカなどの天敵に見つかって襲われますからね)。

それに加えて、トラウママウスではプールに入れた時に、泳ぐのを諦めてただぽけーっと浮かんでいる時間も普通のマウスより長くなります。ちなみに、この「プールに入れた時にどのくらいの時間頑張って泳いで、どのくらいの時間はただ浮いているか」は、抗鬱剤の評価にも使われる実験手法で、泳いでいる時間が短い(=ただ浮いているだけの時間が長い)と鬱と判定されます。

さて、重要なのはここからで、このトラウママウスもやがては父親となります。そして生まれてきた第二世代トラウママウスは、なんと親である第一世代トラウママウスと同様に…というよりは、それ以上に、明るい所にとどまったりの異常行動をとる傾向が高くなるのです。



トラウマによって増えたマイクロRNAが子マウスにも影響する

果たしてどのようにして、親のトラウマが子の行動に影響を与えたのか?

ここで出てくるのが、最初に解説したマイクロRNAです。この研究では、第一世代トラウママウスの精子内に含まれるマイクロRNA量と、その子供の第二世代トラウママウスの脳細胞内に含まれるマイクロRNA量を調べています。すると、いくつかの種類のマイクロRNA量が、第一世代の精子・第二世代の脳細胞の両方で増えていました。つまり、それらのマイクロRNAの標的になっている遺伝子の働きは、第二世代トラウママウスが受精卵の段階から抑えられてきたということになります。第二世代トラウママウスでは、母親の胎内で脳が形成されている間、通常であれば働いていたはずの遺伝子が抑えられてきたというわけで、これは第二世代の性質に影響を与えそうです。

とはいえ、これだけでは本当にマイクロRNAが原因なのか、それとも実は他の何かが原因なのか分からないので、この研究をした人達は、第一世代トラウママウスの精子からRNAだけを抽出して、それを普通のマウスの受精卵に注入する、という実験も行っています。この受精卵由来のマウスも開けた・明るい空間に居がちという傾向を示し、トラウマに由来する異常行動がRNAを介して引き継がれているのだということが示されました。



トラウマなんてわざわざ引き継いで何の意味があるの?

ここからはあくまでも私の考えですが、まず、引き継がれているのはあくまでも「開けた・明るい空間に居がちな性質」であって、「トラウマの原因となった記憶」自体が引き継がれているというわけではないでしょう(…いや、なにぶん動物での話なので、「記憶自体は引き継がれていない」ということを証明するのは困難だと思いますが、そんなことが起こり得たらかなりの驚異です)。

で、そんな異常な性質をわざわざ次世代が引き継ぐことにいったい何のメリットがあるのか、という話ですが、普通の行動パターンでいたら、トラウマになるような経験をした…ということは、普通の行動パターンでいるのは危険で、むしろそれまでであれば異常と考えられるような行動パターンをとった方が安全な状況である可能性があります。

例えば、主な天敵が上空から襲ってくるタカである場合、開けていて明るい空間は危険で、暗くて狭い巣穴は安全でしょう。しかしタカがいなくなり、一方で、狭い巣穴にも侵入可能かつ暗闇でも熱探知で獲物を探せるガラガラヘビが大量発生した場合には、敵の接近を察知しやすい開けた空間にいた方が安全かもしれません。いずれにせよ、行動パターンの変化を引き継ぐことが生存に有利だったからこそ、そのようになっているのではないか、と私は思います。


…それはそうと、こういう研究が発表されると、そのうち「うちの子供がニートのひきこもりになったのは、お前のせいで俺がトラウマを抱えることになったからだ!」みたいな訴訟が起きたりしそうですね。



おまけ絵文字:笑顔
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イーコリン愛のうた

日本分子生物学会のキャラクターデザイン候補作品が先日より公開されていますが、実は私の作品も候補の一つとして選ばれています。

25番のイーコリン15号です。

総計259点中、29点が候補となったようで、まさかその中に入れるとは…思わず"イーコリン愛のうた"とか作ってしまいましたよ。(元ネタ:懐かしのピクミンテーマソング・"愛のうた")


              イーコリン愛のうた




日本分子生物学会の会員であれば、5月9日まで投票ができるようです。


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今のiPS細胞ってどうやって作られてるの?という話

「STAP細胞はiPS細胞と違って作るのにレトロウイルス使ってないからiPS細胞みたいにがん化しなくて安全だよ!」みたいな報道がされたため、CiRAから公式に「1)遺伝子が一時的に発現し、染色体には取り込まれず消える方法に変更 2)c-Mycは発がん性のない因子で置き換える という2つの工夫によって、大幅にリスクを低減させました」「がん化のリスクが指摘されていた樹立方法は大きく改善し、そのリスクはほぼ克服できた」という声明が出されているようです。

さて、「c-Mycは発がん性のない因子で置き換える」の方はそのままの意味で、c-Mycの代わりにL-MycやLin28といった別の遺伝子を使っているのですが、では、「遺伝子が一時的に発現し、染色体には取り込まれず消える方法」というのはいったいどういう方法なのでしょうか?


そもそも、なぜレトロウイルスを使って染色体に遺伝子を取り込ませるとがん化が起こるのか、については以前の記事「なぜレトロウイルスで作ったiPS細胞はがん化する?」で解説しました。その後、一度染色体に取り込ませた遺伝子をCreリコンビナーゼやトランスポザーゼといった酵素を使って取り除く方法についても紹介しました。


…が、CiRA公式で述べられている「遺伝子が一時的に発現し、染色体には取り込まれず消える方法」というのは、書いてある通り、(レトロウイルスやトランスポゾンとは違って)最初から染色体に取り込まれない"エピソーマルベクター"というものを使う方法で、上の記事で紹介した「一度染色体に取り込ませて、不要になったら取り除く」方法とは異なります。

しかしそもそも、なぜ最初はレトロウイルスを使って遺伝子を染色体に取り込ませる方法をとっていたのでしょう。


         




染色体に積極的に取り込まれるような性質を持っていない普通のプラスミドDNAとかに遺伝子を搭載して細胞に入れておいた方が、がん化のリスクが少なくて良さそうだと思いませんか?


       



実は、そういう方法でもiPS細胞は作れます…が、しかし手間もかかる上に効率も良くないのです。

何故か。

大雑把に言うと、「ヒト細胞が増える時、染色体のDNAは複製されて両方の細胞に受け継がれるけど、外から細胞に入れられたプラスミドDNAは複製されないから」です。ヒト細胞にとって染色体のDNAが自分自身の重要な設計図だとすれば、外から入ってきたプラスミドDNAなんてものは設計図の横にぽつんと置かれているチラシのようなものです。そんなものまできちんとコピーして引き継ごうとしたりはしないのです。


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細胞を初期化(iPS細胞に変えること)するためには、外から細胞に入れた遺伝子が一定期間、発現(遺伝子の情報を元にあるタンパク質が作られること)し続ける必要がありますが、細胞が増えても外から入れた遺伝子は複製されないのでは、せっかく入れた遺伝子が発現し続ける細胞はごくごく一部ということになってしまいます。そのため、iPS細胞ができる効率が悪かったり、何度も外から遺伝子を入れなおす必要があったりするのです。


だったら、細胞が増殖する度に複製されるプラスミドDNAだったら良いんじゃない?、というわけで、iPS細胞を作るのに使われ始めたのが"エピソーマルベクター"です[1]。このエピソーマルベクター、普通のプラスミドDNAと違うのは2点で、一つは「OriP」という配列のDNAが含まれていること、もう一つは「EBNA1」というタンパク質を作るための遺伝子が含まれていることです。

エピソーマルベクターに含まれるEBNA1遺伝子から作られたEBNA1のタンパク質は、エピソーマルベクター内のOriPを認識して結合します。それだけでなく、EBNA1は、染色体DNAを複製する働きをもつタンパク質の複合体を、自分が結合しているエピソーマルベクターのところへ呼びつける(?)のです [2]。


分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じ。


このため、エピソーマルベクターは染色体DNAと同様に細胞が増殖する時、ちゃんと複製されるというわけです。



現在のiPS細胞はこのようにして作られています(他にもセンダイウイルスを使う方法などもあるので、全てがエピソーマルベクターで作られているというわけではありませんが)。ちなみにこのエピソーマルベクターを使ったiPS細胞の作り方やエピソーマルベクターの入手方法などはCiRAのホームページで公開されています




参考文献


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ハエを使って癌を見つける・その2(GCaMPで活動している神経を光らせる)

前回、ショウジョウバエの活動している嗅覚神経だけを光らせることで、その蛍光パターンからにおいの違いを判定し、それを元にがん細胞と正常細胞を見分けることができる、という研究[1]を紹介しました。

ところで、どのようにすれば活動している嗅覚神経だけを光らせることができるのでしょうか?光るタンパク質を作るための遺伝子なら、今は非常に多種多様なものがあります。しかしただ単に光るタンパク質の遺伝子を入れた遺伝子改変ハエを作っても、あちこちの細胞が光ってしまうので「活動している嗅覚神経」だけを光らせることはできません。そこで、この研究では、以下の二段階の工夫でそれを可能にしています。

第一段階
嗅覚神経でタンパク質を作らせるための制御配列と、光るタンパク質の遺伝子をセットにする。これにより、嗅覚神経では、光るタンパク質が作られる。

第二段階
光るタンパク質として、常に光るタイプのものではなく、神経細胞が活動している時だけ光るタイプを使う。


まず第一段階から見ていきましょう。

以前の記事でも触れましたが、ゲノム中に含まれる遺伝子はどれもこれもが常に使われているというわけではなく、遺伝子とセットになっている"制御配列"によって、細胞の種類や状態に応じた制御がかかっています。


このハエにがんを見つけさせる研究では、Odorant receptor co-receptor (略称: Orco、別名Or83b) という遺伝子の制御配列と、光るタンパク質の遺伝子をセットにしてハエに入れています。Odorant receptor co-receptorはあえて和訳すると"におい分子受容体の補助受容体"といったところで、嗅覚神経をにおい分子に反応させるため、におい分子受容体(におい分子をキャッチするタンパク質)と共に働くタンパク質です[2]。となれば当然このOrcoは嗅覚神経で作られているわけで、Orcoの制御配列と光るタンパク質の遺伝子をセットにしておけば、光るタンパク質もOrcoと同様に嗅覚神経で作られる、ということです。



次に第二段階です。

嗅覚神経の光り方の違いからにおいの違いを判別しようと思ったら、活動している嗅覚神経と活動していない嗅覚神経で光り方が違う必要があります。しかし普通の光るタンパク質の遺伝子をOrcoの制御配列とセットにすると、活動していようがしていまいが光ってしまいます。

そこで、神経細胞が"活動している時だけ"光るようなタンパク質を使います。そのタンパク質の名前が、この記事のタイトルにもついているGCaMPです。このGCaMPというタンパク質は、大きく分けて3つの部分から成り立っています。

まず中心となる部分がcircularly permuted Enhanced Green Fluorescent Protein (略してcpEGFP) というタンパク質で、これは下村先生のノーベル賞受賞で一般にも知られるようになったクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein; 略してGFP)を改良してより明るい蛍光が出るようにしたEnhanced Green Fluorescent Protein (略してEGFP) をさらに改変したものです。

残りの2つがカルシウムイオンに結合するタンパク質であるカルモジュリン(Calmodulin; よくCaMと表記されます)と、カルシウムイオンに結合した状態のカルモジュリンに結合するペプチド(M13という名前がついています)で、GCaMPではcpEGFPの片方の端にカルモジュリンが、もう片方の端にM13がくっつけられています[3]。




分かりやすくするためにペンギンで表すとこんな感じ。


ここで重要なのは、M13とくっつくことができるのは"カルシウムイオンがついた状態"のカルモジュリンであるという点です。そして、以前に「偽の記憶はどう作る?」の記事でも解説しましたが、活動していない状態の神経細胞ではカルシウムイオンやナトリウムイオンの濃度が低く、逆に活動している神経細胞内ではこれらのイオンの濃度が高くなっています。

つまり、
活動していない神経細胞→カルシウムイオン少→M13とカルモジュリンが結合しない
活動している神経細胞→カルシウムイオン多→M13とカルモジュリンが結合する
という感じになります。



さて、このように神経細胞が活動しているか否かでGCaMPは構造が変わる [4, 5] のですが、それによって何が起こるのか。実はこのGCaMPのcpEGFP部分、水が接すると光ることができなくなるという弱点があります(より細かい話をすると、cpEGFP内にある発色団(緑色の蛍光を出すのに必要な部分)に、水溶液中に含まれる水素イオンが結合すると光れなくなるようです)。細胞内には多量の水が含まれているので、本来であればGCaMP内のcpEGFPはけっして光ることを許されないはずです。




ところが、両端のM13とカルモジュリンが結合すると、発色団が水からガードされるようになり、これによってGCaMP内のcpEGFPは光ることができるようになります [5]。

                  

まとめると、
嗅覚神経以外の細胞
→GCaMPがそもそも作られない(GCaMP遺伝子とセットにされたOrcoの制御配列は嗅覚神経用なので)。GCaMPが無いので当然光らない。

活動していない嗅覚神経
→カルシウムイオン少→GCaMP内のM13とカルモジュリンが結合しない→GCaMP内のcpEGFPと水が接触→GCaMP内のcpEGFPが光らない。

活動している嗅覚神経
→カルシウムイオン多→GCaMP内のM13とカルモジュリンが結合する→GCaMP内のcpEGFPが水からガードされる→GCaMP内のcpEGFPが光る。


…このようなメカニズムで、活動している嗅覚神経だけを光らせ、前回の記事に書いたようにハエを使った癌の発見に役立てられるというわけです。




参考文献












おまけ絵文字:笑顔

「過去○○年の○○の歴史を愚弄している」っていう言い回し、汎用性高そうですね。
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ショウジョウバエに癌を見つけさせる

世の中には色々なことを考える人がいるようで、蠅を使ってがんを見つける研究の論文が発表されていました[1]。何故そんなことができるのかを四行でまとめると…

①細胞は様々な分子を作り出すが、それらの分子の中には、揮発性があり、呼気に混ざって出てくるものもある
②正常な細胞とがん細胞では、作り出す揮発性の分子の組成に違いがある
③そういった分子の組成の違いを、蠅の触角は"におい"の違いとして検知できる
④よって、蠅に呼気を嗅がせることで、体内にがん細胞がある人を見つけ出すことができる(?)

…こうなります。最後が(?)付きなのは、実際の実験ではがん細胞を培養している容器内の空気を嗅がせただけで、がん患者とか、がんモデル動物とかの息を嗅がせたわけではないからです。


まずもって何故にそんなことをやろうと思い立ったのか小一時間ほどかけて問い詰めたいと思いながら論文を読み始めたのですが、別に問い詰めなくてもイントロダクションに書いてありました。どうやら、以前から犬に呼気を嗅がせることで、がんを見つけようという研究はされていたようです。そう言われてみると、確かにそういう話は前にも聞いたことがありました。

「鹿が通る道を馬が通れぬはずがない!」とか馬鹿なこと(鹿は鎧武者背負ったりしてねーよ!)言って崖を馬で駆け下りた源義経のごとく、「犬にできて蠅にできないはずがない!」みたいなノリでやったのでしょう。いや、私の勝手な妄想ですが。


しかし蠅なので、犬とは違ってがんを見つけたからといって、わんわんとか鳴いたりして教えてくれるわけではありません。

ではどうするのかと言いますと、「活動している嗅覚神経だけが光るように遺伝子を改変した蠅」を使います。この蠅を固定して、正常細胞とがん細胞、それぞれのにおいを嗅がせ、触角内のどの嗅覚神経が光っているかのパターンの違いから正常細胞とがん細胞を判別する、というわけです(ちなみに、蠅の間で個体差はあまりなく、どの蠅でも同じ細胞のにおいを嗅いだ時は同じようなパターンで光るそうです)。
この技術が実用化されたあかつきには、多くの蠅たちが拘束された状態でオッサンの口臭を嗅がせられることになるのでしょう(いや、別にオッサンとは限らないのですが)。蠅といえども、一抹の憐憫を抱かずにはいられません。

「蠅なんて犬の糞やら腐乱死体やらにたかるような連中なんだから、どうせ臭い吐息を嗅がせられて喜んでるんだろう?」とか思っている方もいるかもしれませんが、この実験で使われているキイロショウジョウバエ(蠅を使った実験では、たいがいこのキイロショウジョウバエが使われます)は果実・樹液・酵母などを食べる蠅で、糞や死体にたかる蠅とは別の種類です。


それはさておき、本当にこれでがんを検知できるようになるのか、いつの日か私達も人間ドックで蠅に息を嗅がせる日がくるのか、というと、現時点での感想は「難しそう」です。

何故かといえば、この研究では正常細胞として1種類の乳腺上皮細胞を、がん細胞として5種類の乳がん細胞を用意し、それぞれを個別に培養してその培養容器内の空気を蠅が嗅ぎ分けられるかを調べているわけですが、実際の人間は多種多様な細胞からできています。体内にがんがある人間でも、体を構成する細胞のうち、がん細胞が占める割合はごく一部で、その他は正常細胞、そして、それらの正常細胞は神経細胞やら心筋細胞やら多種多様な細胞が含まれているのです。正常な乳腺上皮細胞と正常な神経細胞の"におい"の差が、正常な乳腺上皮細胞と乳がん細胞の差より大きい、というのも十分にありえそうな話です(実際にそうかは試してみないと分かりませんが)。それに加えて、口腔内や消化管内の常在細菌が出すにおいもあるでしょう。

「純粋な一種類の正常細胞」「純粋な一種類のがん細胞」でにおい分子の組成の違いを嗅ぎ分けることはできても、「神経細胞+心筋細胞+腸管上皮細胞+…(中略)…+常在細菌」「神経細胞+心筋細胞+腸管上皮細胞+…(中略)…+常在細菌+がん細胞」を果たして嗅ぎ分けられるのか…?

その答えを知るもっとも確実な方法は、実際にがん患者とそうでない人の呼気を蠅に嗅がせてみることですね。ブラックユーモア小説だったら、研究者が自分の呼気のサンプルを「健康な人間のもの」としてがん患者の呼気と比較するけれでも、全く差が見られず、「俺の研究は失敗だったのか…」と落ち込んでたら、翌日、がんを告知されて自分の研究は失敗していなかったことを知る、みたいな結末になりそうですが。


さて、このネタはここまでで終わっても良いのですが、それではいまいちこのブログらしくない(分かりやすくするためにペンギンで例えると…をやっていないあたりが特に)ので、次回は、「ところで、どうやって活動している嗅覚神経だけを光らせてるの?」という点について解説したいと思います。


おまけ絵文字:笑顔


参考文献

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コレジャナイ年賀状2014

あけましておめでとうございます。例年通り、2014年もコレジャナイ年賀状を公開いたします。

過去のコレジャナイ年賀状はこちら↓

そして2014年はこれです。
「海馬って、ようはタツノオトシゴじゃねーか。それじゃ辰年の年賀状だろ」というツッコミは禁止です。

ところでみなさん、海馬の背後に白く描かれている模様、何か分かりましたか。

分からない人のために、上下反転してみましょう。

海馬の位置に海馬あり

そんなわけで、本年もよろしくお願いいたします。
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電子書籍リーダーで英語科学記事の多読に挑戦する

ハロー、みなさん。英語はお得意ですか?正直、私は苦手です。
どのくらい苦手かと言いますと、関東出身と間違われた時(だいたい間違われる。東北とか北海道の時もあり)、「実は生まれてこのかたずっと関西なんですよ」と嘘をついているくらいです。それが英語と何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、「ずっと関西というのが嘘なら関西以外のどこに住んでいたことがあるのか」がポイントで、実は幼少時に一年だけテキサスにいた時期があるのです。
つまり、うっかりありのままの事実を述べると以下のようなパターンに陥ります。

「関東出身ですよね?」
「いえ、関西とアメリカにしか住んだことはありません」
「アメリカですか!じゃあ英語ペラペラなんですね!」
実は英語が苦手だとがバレる
虫を見るような目

…というわけで、人として見てもらうためには、テキサスにいたという過去はけっして他人に知られてはならないのです。


(まあ、「生まれてこのかたずっとWestern」とか言っておけば嘘をつくことなく誤魔化せるかもしれませんが、この業界でそんなことを言うと、それはそれで「生まれた時からずっとタンパク質の検出をやっていたのか」みたいな誤解を招きそうです。)


しかしバイオ系の研究者である以上、苦手だからといってそうそう英語を避けて通るわけにもいきません。なにしろ論文を読むのも英語、書くのも英語、場合によっては口頭発表も英語です。というわけで、何とか英語力アップを図りたいわけです。そのための方法としてよくライフハック系の記事なんかで挙げられるのは「TEDを日本語字幕→英語字幕→字幕無しで見る」「英語多読(とにかくたくさん英文を読む)」あたりではないかと思います。

今回は、後者の英語多読に挑戦する(実際には多読というほどたくさん読めていないので実践でなく挑戦なわけですが)ための、電子書籍リーダー活用術を紹介したいと思います。


使用しているのはSONY Reader PRS-T2です。最近、同じシリーズの新型、PRS-T3Sが発売されましたが、ここで紹介する使い方については同じかと思われます。iPadとかKindleと比較するとどうにも知名度が低い感は否めないSONY Readerですが、これを使っているのにはわけがあります。


SONY Readerでの英語多読の何が良いか

何が良いかと言えば、以下の項目を全て満たしているあたりでしょう。
①(iPadなどのタブレットと違って)画面が液晶ディスプレイではなく電子ペーパーなので目が疲れにくい
②(紙の本と違って)文字サイズが変更できる
③辞書機能があり、分からない英単語は画面を長押しするだけで意味を調べられる
④軽くて、ページめくり用の物理ボタンもあるので片手で操作可能
そして
⑤Evernote連携機能でWeb上の英文記事をReaderで読める


②、③、⑤あたりの項目は今や百花繚乱のタブレットでも満たせる条件なのですが、読みやすさを考えると①、④は意外と重要です。

まず①の目が疲れにくいという点について
電子書籍リーダーには、大きく分けてiPadやKindle Fireのような液晶ディスプレイのタイプのものと、SONY ReaderやKindle paperwhiteのような電子ペーパーのタイプのものがあります(液晶ディスプレイのタイプはたいていが純粋な電子書籍リーダーというよりは、電子書籍リーダーとしても使える汎用端末ですが)。

液晶ディスプレイの方は、この文を読むのに使っているであろうパソコンなりスマホなりタブレットと同じような感じですから説明はいらないとして、電子ペーパーの方は見たことが無い人もそれなりにいるかもしれません。ざっくり言うと電圧によって画面の中にある白い微粒子と黒い微粒子を移動させ、これにより画面に白い部分と黒い部分を作り出す、みたいなシステムになっていて、液晶ディスプレイのように画面自体が青い光やら赤い光やらを放っているわけではないので目が疲れにくいのが特徴です。

電子ペーパーは、レスポンスは液晶より遅く、カラー表示もできない(今のところ一般向けに販売されているものでは)ので、液晶ほど一般的ではないのですが、長時間電子書籍を読むとなったら、断然、目が疲れにくい電子ペーパーです。iPadがRetinaになった時に「高精細だったら液晶でも目が疲れない」なんて話も出たのですが、私の使用経験から言わせてもらえば、あれで長時間読んでいると目がしょぼしょぼしてきます(※あくまで個人の感想であり、各人の体調や信仰の深さによって効果は異なる可能性があります)


次に④の片手で操作可能という点について
片手だけで操作可能って、そんなのiPadは大き過ぎて難しいにしても、iPad miniとかNexus7とかならできそうだし、そういうのは液晶だから目が疲れるっていうならKindle paperwhiteでも良いんじゃね、と思ったそこのあなた。あなたはきっと行儀の良い人なのでしょう。私のようにベッドでだらだらと寝転がりながら本を読んだりはしないのでしょうね。しかし実際にReaderとKindle両方を使って比較した結果、私のようにだらけた人間には、「操作は画面のタッチパネルのみで行い、物理ボタンは無い」Kindleは使用感がイマイチなものとなりました。

何故か。

行儀の良く座って読んでる分には良いんですよ。手のひらが下、親指が上という状態でKindleを持つので、ページをめくるために親指で画面にタッチする時も、それほどバランスは崩れません。

問題は仰向けになって読んでいる時で、下側から支えるのが親指だけになるので、画面にタッチするために親指を離すと、バランスが崩れます。下手すると顔の上にKindleが落ちてきたりしかねません。

これがiPhoneくらい小さければ(iPhoneは持っていないので写真はiPod touchですが)、こうやって親指を離した状態でもしっかりホールドしておけるのですが、

同じようにがっちり掴みつつ、親指が画面に届くようにするには、6インチのKindle paperwhiteは大き過ぎます(少なくとも私の手のサイズでは)。


…というわけで、重さ的には片手で操作可能でも、ページをめくる時には結局、両手を使うことになってるわけですよ。

一方、おおよそ同じサイズでもReaderは物理ボタンでページめくりができるので、このように親指上に物理ボタンがくるかたちで持ち、ページめくり時にはボタンを押し込むようにすれば、片手のみでもバランスを崩すことなく次のページへ移れます。
豆腐小僧のことは気にしてはいけません。そんなものは存在しないのでございます。

というわけで、Readerでの英語多読に魅力を感じた人は、以下で私のとっている方法を紹介していきますので参考にしてみてるのも一つの手です。(ちなみに、Reader本体の他に、パソコンとWi-Fiが使用できる環境が必要です。まあ、パソコンが使用できない人がこれを読んでいる可能性は低いですし、Wi-Fiも、最近はテザリング機能つきのスマホや”Wi-Fi使えます”な店が多くなってきていることもあって使用可能な人は多いのではないかと思います)



まずは英文記事の調達

電子書籍リーダーなんてものはハードの方だけあってもダメで、どこかから読むべき英文記事探してこなくてはなりません。とはいえ、闇雲に探すのは効率的ではないので、私はだいたい以下のサイトの記事から興味がありそうなものを選んでいます。


Natureには論文だけでなく、Newsのコーナーもあります。サイトに直接行っても記事を探しても良いのですが、Nature asiaのアカウントを作成(無料でできます)して、メールアラートで登録しておくと、新しくでた論文やNewsをメールで知らせてくれます。Newsは日本語での一行紹介もつけてくれるのが親切です。

上のNature newsは学術誌のNatureと同じNature publishing groupが出しているものですが、このScience Dailyは学術誌のScienceとは関係無いっぽいです。

こっちが、学術誌のScienceと同じAAASが出している方ですね。


これらは何れも、RSS配信もされていますので、毎回サイトに行くよりはFeedlyのようなRSSリーダーに登録しておいた方が便利だと思います(Feedlyを使用している場合、「+Add content」の検索ボックスに各サイトの名前を入れて検索をかけ、左側に表示された候補の中から選んで「Follow」をクリックするだけで登録できます)。


その他、Googleアラートで検索キーワードに興味がある言葉を入れ、「結果のタイプ」で「ニュース」を選んで登録しておくと、該当する言葉を含むニュースが新しく出た場合、メールで知らせてくれます。



調達した英文記事をEvernoteに保存する

電子ペーパーの電子書籍端末の中ですら、KindleやKoboと比べると話題になっていない(Koboの話題になり方はさておき)SONY Readerですが、"Web上の英文記事をEvernoteに保存して、Readerで読むことができる"という他には無い機能があります。

まずは前半のEvernoteへの記事保存方法から解説していきます。

最初に、パソコンでブラウザにEvernote Clearlyの拡張機能を付け加えます。ちなみに、この拡張機能があるブラウザはFirefox、Chrome、そしてOperaです。
そういえばChromiumベースになってからのOperaについては言いたいことも色々とあるのですが、このブログはそれを書くには狭すぎますね。

さて、注目して欲しいのは最近のOperaはパネルが無いという点です。何ということでしょう。拡張機能を付け加えた時に現れる、この電気スタンドのマークです。読みたいWebページでこのマークを押します。

するとこのように、本文とメインの図だけが抜き出された画面になります。

ここで右端に並んでいるボタンの中から、象のマークを選んでクリックします。一回目に使う時はサインインが要求されますので、Evernoteのアカウントを持っている人はユーザー名とパスワードを入力します(持っていない人は"アカウントを作成"をクリックするとアカウント作成画面に移るのでアカウントを作成してください)。これで、自分のEvernoteアカウントに「見ているWebページから本文とメインの図だけが抜き出されたもの」が保存されます。
(ちなみに、サインインが必要なのは原則一回目だけなので、二回目以後は象のマークをクリックするだけで同様にWebページを保存できます。)


Evernoteに保存した記事を読めるよう、Reader本体の設定をする

次に、Readerの方の設定です。まずはWi-Fiに繋ぐ必要があるので、ホーム画面から「アプリケーション」→「設定」→「ワイヤレスネットワークの設定」→「Wi-Fi設定」という順で選択していくと、電波を拾えるWi-Fiの一覧が表示されますので、ここで自分の使用できるWi-Fiを選択します。

次に、「アプリケーション」→「Evernote設定」と選択していき、ここでもサインインして「Evernote Clearlyで作成されたノートをダウンロードする」にチェックを入れます。


設定が終わったら、ホーム画面から今度は左下にある「本棚」を選びます。本棚画面は、デフォルトでは左上の表示が「書籍」になっていますが、この「書籍」表示をタッチすると、本棚の切り替えができます。ここで、「Evernote」を選べばOKです。


もし切り替え後もEvernote Clearlyで保存したWebページのタイトル一覧が並んでいなければ、Evernoteのサーバーと同期されていないということなので、上部にある「象(と回転矢印)のマーク」をタッチすれば同期してくれます。


では記事を表示させてみましょう。こんな感じです。

メニューボタンから文字サイズを変更することもできます。



分からない単語は長押しすると辞書が起動して意味を表示してくれます。これが何気に便利です(単語長押しで左図のように辞書が少しだけ表示され、表示された辞書部分をタッチすると右図のように全体が辞書表示になります)。

なお、初期設定では辞書は「大辞林」が選択されているので、英和辞書を表示させたい場合、起動した辞書名の部分(左上の写真では「ジーニアス英和辞典 第四版」となっています)をタッチすると、辞書の切り換えができます。


基本的な使い方はだいたいこんな感じです。



まあでも不満点が無いわけでも無いですけどね…

私はSONYの回し者でも何でもないので、ここはちょっとなー、と思った点を最後に書いておきたいと思います。FeedlyやらEvernoteやらのアカウントは無料で作れますが、Reader本体は一万円弱するので(と思って確認してみたら、新型のPRS-T3Sが発売されたので私が使用しているPRS-T2は五千円弱に値下げされてますね)、「お前の記事に唆されて金をドブにどぶどぶ捨ててしもうたわ!」とか怒られることになっても困りますからね。


・辞書の初期表示領域が狭い
辞書の表示は「単語を長押しで辞書を下の方にちょっとだけ表示」→「ちょっとだけ表示された辞書の部分をタッチすると画面全体に辞書を表示」の二段階があります。この一段階目のちょっとだけ表示があまりにもちょっとだけ過ぎやしないかと。
できれば一段階で意味を調べたいのですが、↑こんな風に語源の部分までしか表示されなかったりとかいう場合が多いので、結局、二段階目まで必要となることが多いです。

あと、この辞書のレスポンスがやや遅い。辞書以外でも、端末から書籍を購入したりダウンロードしたりする時のレスポンスもやや遅い。
まーそりゃ、購入当時で一万円弱(今だったら五千円弱)の商品なので、数万円する最新スマホ(「MNPの人お得」とか「実質○○円」みたいなので分かり難くなってますが、iPhone5sとか本来は7万円以上するわけで)みたいな高性能なCPUが載せられないのは無理もありません。しかしその点でいえば条件が同じはずのKindle paperwhiteと比較しても、電子書籍の購入・ダウンロード時のレスポンスは遅いように思われます。

一応フォローもしておくと、本のページめくりとかのレスポンスには問題が無いので、懐かしのFoxit eSlickのように読んでいる時に待たされることはありません。


・Evernoteをあまり自動で同期してくれない
Evernoteの設定を自動で同期にしていても、あまり同期してくれません。その上、手動で同期させようとした時にも時々「同期できませんでした」エラーが起きることがあります。ちなみに、経験上、何かしらのエラーが起きた時は、電源を落として再起動するよりもパソコンにUSB接続する方が有効なようです。



…まあこんな感じで多少の欠点はあるんですが、なんだかんだで私のメイン電子書籍端末は半ばReaderから乗り換えるつもりで買ったKindle paperwhiteではなく、Readerの方に落ち着いています。実際に使用してみると、最初の方で書いた「だらだら寝そべりながらでも片手で操作できるか」という点の他にも、タッチパネルオンリーのKindleではしっくりこないところがありました。

例えば、Kindleは「画面の上部または下部をタッチでメニュー起動」「画面の左端、右端タッチでページ移動」という操作方法になっているのですが、そのせいで「画面の上の方に表示されている単語の意味を調べようとして長押ししたら、辞書じゃなくてメニューが起動した」とか「画面の左端あたりに表示されている単語の意味を調べようとして長押ししたら、辞書は起動せずに前ページに戻ってしまった」とかでイライラさせられたことがしょっちゅうでした(Kindle paperwhiteよりは主にiPhone用Kindleアプリで経験したことですが)。

メニューもページめくりも物理ボタンのReaderでは、あまりそういった望まぬ動作をされたことはありません
(タッチパネルでもページめくりはできますが、Kindleのような「右または左端をタッチ」ではなく「右から左または左から右へスワイプ」で行うシステムになっているので、辞書を起動しようとしたらページ移動してしまった、とかの経験は無いです)


さて、それでは今回はこのあたりで。そういえば、今回の連休明けには、(ただの平日を一日はさんで)ケーキを安く買える日が待っていますね。いやー楽しみだなー。
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偽の記憶はどう作る?

今回は少し前に話題になった、「(マウスで)偽の記憶を作れた」という研究[1]取り上げたいと思います。かの利根川進先生の研究ですね。私自身の研究とは特に関係は無いのですが、このブログのタイトルは"悪のペンギン帝国"であり、悪の帝国といったら記憶の改変というやつはもう必須事項です。「父の仇!」「違う、お前の父親は私だ!」みたいな(あれは別に記憶の改変はしてなかったっけ)

まあ、それはさておき、この「偽の記憶を作る」仕組みを知るためには、まずは脳の神経細胞がどのようにして情報をやりとりしているかを知らなくてはなりません。よく、脳は電気信号で情報を扱っているのだ、みたいなことを言われたりしますが、電導性の高い金属でできた導線があるわけでもない脳でどのようにして電気信号が扱われているのでしょうか。

まず、神経細胞内は、普段はマイナスの電気を帯びた状態になっています。

何故か。人間の体内には、細胞の内側にも外側にも、様々なイオンがあります。一昔前に「マイナスイオン」を発生する何とかが体に良い、なんてのが流行りましたが(今もドライヤーとかはマイナスイオンを売りにしてるやつが結構あるのかな?)、イオンはマイナスかプラスどちらかの電気を帯びています。研究者でプラスイオンとかマイナスイオンなんて言葉を使う人は普通いなくて、プラスの電気を帯びたイオンは陽イオン(またはカチオン)、マイナスの電気を帯びたイオンは陰イオン(またはアニオン)と呼びますけどね。

さて、この細胞の内側にも外側にも、いろいろな陽イオンや陰イオンが存在していますが、これらのイオンは、神経細胞の内と外で、同じ濃度で存在しているわけではありません。

例を挙げると
ナトリウムイオン(陽イオン):細胞外に多い
カルシウムイオン(陽イオン):細胞外に多い
カリウムイオン(陽イオン):細胞内に多い
塩化物イオン(陰イオン):細胞外に多い

…みたいな感じになっています。そして、細胞内は、普段はトータルでは陽イオンが少なく陰イオンが多い状態のため、マイナスの電気を帯びた状態になっているというわけです。

ちなみに、なぜ細胞の内と外でイオン濃度が違っているのかと言えば、細胞の内外を隔てる細胞膜には、イオンを細胞の外に出す機能をもったタンパク質(イオンポンプと呼ばれます)があり、これが賽の河原の子供よろしくせっせせっせとナトリウムイオンを外に汲み出したり、カリウムイオンを細胞内に取り入れたりしているからです。例によって例のごとく、分かりやすくするためにペンギンで例えると、こんな感じです。
 

で、普段はイオンポンプの涙ぐましい努力によって神経細胞は電気的にマイナスの状態になっているのですが、賽の河原には鬼がつきものです。接続している他の神経細胞が放つ「神経伝達物質」というものを受け取る、といった形で神経細胞に刺激が入ると、細胞膜にあるナトリウムイオンを通す孔が開かれ、ナトリウムイオンがザバザバと入ってくることがあります。上で述べたように、ナトリウムイオンは陽イオン(プラスの電気を帯びたイオン)なので、これが流入してくると、神経細胞は電気的にマイナスの状態からプラスの状態に変化します。

この
電気的にプラスになった状態が、神経細胞として"活動"している状態なのです。
(「神経伝達物質」には色々な種類があり、全部が全部、他の神経細胞を"活動"している状態(電気的にプラスの状態)にするというわけではありません。神経伝達物質の種類や、それを受け取る神経細胞側によって効果は様々です。)



さて、ここで、「偽の記憶を作る」のに欠かせない立役者となった、ある特殊な機能をもったタンパク質を紹介したいと思います。その名は「チャネルロドプシン2 (Channelrhodopsin-2)」です。いったいどんな機能をもったタンパク質なのかと言いますと、このチャネルロドプシン2は、光(ブルーライト)に反応して細胞内にナトリウムイオンを流入させる機能を持っています。

陽イオンであるナトリウムイオンが神経細胞内に流入すると、神経細胞は"活動"状態になります。つまり、もし神経細胞にこの
チャネルロドプシン2があれば、光を当てることで人為的にその神経細胞を活動させることができる[2, 3]ということです。


チャネルロドプシン2は緑藻類が持っているタンパク質なので、ヒトやマウスの神経細胞には本来はありません。そこで、「偽の記憶を作る」研究では、マウスの脳(の中でも記憶を司る"海馬")の神経細胞にチャネルロドプシン2の遺伝子を入れ、細胞内でチャネルロドプシン2を作らせています。


しかし、いくら光を当てることで好きな神経細胞を"活動"させることができると言っても、それだけでは、どの神経細胞を活動させればどんな記憶を作れるのかが分からないので、思い通りの記憶を作ることはできません。もう一工夫が必要です。そのもう一工夫のために、「チャネルロドプシン2の遺伝子」には「テトラサイクリン応答因子 (Tetracycline Response Element)という名前の制御配列」がセットにされています。そして更に、「"c-fos"という遺伝子の制御配列」と「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子 (Tetracycline Transactivator)の遺伝子」をセットにしたものも同時にマウスの細胞に入れられているのです。


なんか一度にいろいろな名前が出てきて頭がごちゃごちゃになりそうですね。

まず、c-fosは、新しい場所を覚える時などに、活動している神経細胞において働く遺伝子です[4, 5]。で、何故活動している神経細胞で働くのかといえば、c-fos遺伝子にはそれ用の制御配列というものがついていて、これが「活動している神経細胞では働け」という感じでc-fos遺伝子を働かせているからです。

ということは、このc-fos用の制御配列とセットにすれば、別の遺伝子でも「活動している神経細胞では働く」ようになります。今回の場合は、「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子の遺伝子」がセットになっていますので、活動している神経細胞ではこの「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」が作り出されることになります。

さて、その新しい場所を覚えるために活動している神経細胞では作られるようにされた「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」ですが、これが何をするのかと言いますと、「テトラサイクリン応答因子」という名前の制御配列にくっついて、その制御配列とセットになっている遺伝子を働かせます。今回の場合は、「チャネルロドプシン2の遺伝子」がセットになっていますので、「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」があると、「チャネルロドプシン2」も作られるようになります。

ただし、この「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」は、名前の通り「テトラサイクリン」という抗生物質や、それと似た抗生物質である「ドキシサイクリン」で調節されます。具体的には、テトラサイクリンやドキシサイクリンがあると、「テトラサイクリン応答因子」にくっつくことができなくなり、結果として「チャネルロドプシン2」も作られなくなります。(今回紹介している研究では、ドキシサイクリンを使っています。)


このややこしいのを何とか分かりやすくするために、ペンギンのみならずシロクマも動員して例えると、こんな感じです。


というわけで、ドキシサイクリンを与えられていない場合に限り、マウスが新しい場所に連れてこられると、

神経細胞が新しい場所を覚えるのに使われる
その神経細胞では、「c-fosの制御配列」が「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」を作らせる
作られた「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」が「チャネルロドプシン2」を作らせる
 
という感じで、新しい場所を覚えるのに使われた神経細胞で、チャネルロドプシン2が作られるということですね。


さて、この「偽の記憶を作る」研究で使われているマウスは、基本的にいつもドキシサイクリン入りの餌が与えられています。四六時中ヤク漬けにされているネズミというわけですね(いや別に麻薬とかじゃないですけど)。チャネルロドプシン2が神経細胞で作られるのは、ドキシサイクリンが無い場合に限るので、デフォルトではチャネルロドプシン2をもたない神経細胞ばかりです。

この薬漬けのマウスにドキシサイクリン入りの餌を与えるのをやめ、さらにこの薬が抜けたマウスを「Aの部屋」へ移動させます。するとどうなるか?「Aの部屋」はこのマウスにとって新しい場所なので、そこを覚えるために活動する神経細胞が出てきます。するとその神経細胞では、「c-fosの制御配列」が「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」を作らせ、作られた「テトラサイクリン調節性トランス活性化因子」が今度は(既にドキシサイクリンが無いので)「チャネルロドプシン2」を作らせる…ややこしいですが、つまりは「Aの部屋」を覚えるために使われた神経細胞にだけ、チャネルロドプシン2がある状態にする、ということです。

言い方を変えれば、脳に光を当てると"「Aの部屋」を覚えておくための神経細胞"を活動させることができる状態になった、とも言えます。

このあと、マウスは再び薬漬けにされます。これは、"「Aの部屋」を覚えておくための神経細胞"以外の神経細胞でチャネルロドプシン2が作られるのを避けるためです。


さて、次の日、自らをどんな運命が待ち受けているのかも知らないマウスは、「Bの部屋」へ移されます。そしてそれと共に、頭につけられた光ファイバーから、脳(の中の海馬)に光が当てられるのです。
マウスは「Aの部屋」ではなく「Bの部屋」にいるので、"「Aの部屋」を覚えておくための神経細胞"は本来であれば活動しないはずなのですが、チャネルロドプシン2が光に反応して、あたかも「Aの部屋」へいた時のように、この神経細胞を活動させてしまうのです。そして、ここで哀れなマウスは電気ショックを与えられるという憂き目にあいます。


重要なのは、マウスが電気ショックを与えられたのはあくまでも「Bの部屋」であって「Aの部屋」ではないということです。なので、本来であれば、マウスは「Aの部屋は安全」で「Bの部屋が危険」と記憶するはずです。実際、脳に光をあてられていないマウスでは、この後「Aの部屋」へ移されても、特に怯えたりはしません。ところが、「Bの部屋」にいる時に、"「Aの部屋」を覚えておくための神経細胞"を強制活動させられたマウスは、安全なはずの「Aの部屋」へ移されると、怯えて硬直してしまうのです。

本来であれば、まったく無関係なはずの「Aの部屋の記憶」と「電気ショックの記憶」がセットにされてしまったのですね。


・・・おや、また誰か来たようです。



まあ、この実験自体は、遺伝子改変マウスを使ったからできたものですし、脳内の神経細胞に光を当てるために、頭蓋骨に穴を開けて光ファイバーを通したりしています。なので、これと同じ方法で自分の記憶も改変されるかも!という心配は、あなたが遺伝子改変人間でしかも頭から光ファイバーが生えていなければ、杞憂になると思います。


・・・しかしこんなハイテクなことをしなくても、人間の記憶というのはもっとローテクでアナログな方法で改変されてしまうようで、

・狙撃事件についてマスコミが「現場に白い車が!」と報道したら、現場にいた人達が「見たわー俺も白い車が逃げてくの見たわー」と証言するようになったけど、実際は青い車だった
・ディズニーランドの広告にバッグス・バニー(ライバル会社のキャラなのでディズニーランドにいるわけがない)を付け加えたものを見せた後で、「子供の頃、ディズニーランドに行った時どんなキャラに会ったか?」と質問したら25~35%の人が「バッグス・バニー」を挙げた

などなど、偽の記憶が、合成写真や他人の言葉等によって簡単に作られ、しかも当人はその記憶に自信があって細部まで"思い出す"ことができる、ということを示す例は多々あるようです[6]。個人的には、「虫の知らせ」みたいな現象も、何か起こった後で「そういえばあの時いやな予感が…」みたいな感じで記憶が作られているのではないかと思います。まあ、それくらいならまだ良いのですが、重大な事件とかで「言われてみると現場であいつを見た」「そういえば俺も見た」なんて感じで犯人にされたりしたらたまったもんじゃないですね。

前回に続いてヒゲペンギンを出してみて思ったのですが、その時の話題にあったダジャレを考えるのって意外と難しいですね。ごめんなさい、これからはヒゲじいを馬鹿にしません(いや、別にこれまでも馬鹿にはしてませんでしたが)。

参考文献





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ゲノムに入れた遺伝子を跡形もなく取り除く方法

前回紹介した、iPS化に必要な遺伝子を外からゲノムに入れる際に、遺伝子の両側にLoxPを入れておき、元の細胞がiPS細胞に変化した後、Creを使ってそれらの遺伝子を取り除くという手法、いったいどのような弱点があるのでしょうか。

外からゲノムへ入れた遺伝子は取り除かれて元通りになっているのだから、何の問題もないのでは、と思った人は、もう一度、前回の図をよく見てください。

本当に、元通りになっているでしょうか?

LoxPが一個ゲノムに残ってしまっていますね。

しかも、実は残るのはLoxPだけではありません。

レンチウイルスを用いて遺伝子をゲノムに入れる際、実際に目的の遺伝子を含むDNAをゲノムへ入れる役割を担っているのは、ウイルスの持つインテグラーゼという酵素です。しかしこのインテグラーゼという酵素、本来の役目はウイルス由来のDNAをゲノムへ入れることなので、ウイルス由来のDNAだけを判別してゲノムに入れるようにできています。では、このインテグラーゼはどうやってウイルス由来のDNAとそうでないDNAを判別しているのかと言いますと、ウイルス由来DNAの両端にある、Long Terminal Repeat (略してLTR) と呼ばれる特徴的な並びのDNAを認識して、このLTRが両端にあるDNAだけをゲノムへ入れます[1]。

つまり、レンチウイルスを用いて外からゲノムへ入れたDNAは必ず両端がLTRなので、前回解説したようにLoxPを二カ所入れておくにしても、その二カ所は二つのLTRに挟まれた範囲でなくてはいけません。
(厳密には、LTRの更に端に位置する「att」と呼ばれる部分がインテグラーゼに認識されるので、attよりも内側であれば、LTRの途中にLoxPを入れておくことができます。というか、実際にそうされています[2-5]。)

そして、ここでCreを使って二カ所のLoxPに挟まれた範囲を切り出すと、どうなるか?

先ほど述べた通り、LoxPが一つ残りますが、それだけではなく、LoxPよりも外側にあるLTRも切り出せずに残ります。一度ゲノムへ入れたDNAを用済みになったら取り除けるとはいっても、LoxP+LTRはどうしても残ってしまうので、完全に元通りというわけにはいかないのです[2-5]。

とはいえ、この手法でiPS細胞を作る際に使用されていたレンチウイルスはSelf-Inactivating (SIN) 型と言って、LTRの部分から制御配列としての活性やスプライシングサイトを取り除いたものです。制御配列としての活性が無いので、ゲノム上に残っているからといって近くにある遺伝子を異常に働かせる危険性も低いですし、スプライシングサイトが無いので、遺伝子の使う部分/捨てる部分の区分けに異常を引き起こす危険性も考え難いです。もし異常が起こるとすれば、遺伝子のエキソン部分に入れられたた時くらいでしょうか(エキソンが何か分からない人はこちらを参照)。


しかし例えそうであったとしても、やはり用済みになったものはキレイさっぱり跡形も無くそれこそそんなものは最初から存在していなかったかのように消し去れたらいいな、と思うのがにんげんというものです。

日本昔ばなし ~ にんげんっていいな
TVサントラ, キーパー・メイツ, ひまわり, スイング・キャッツ, ヤング・フレッシュ, 田中真弓, 中村花子, 相田文三, 花頭巾, 関森れい, 林幸生
日本コロムビア(1991/10/01)
値段:¥ 2,650



そんな都合の良い方法があるのでしょうか?あるのです、それが。
その方法とは、DNA型トランスポゾンの一種、piggyBacトランスポゾンを用いて遺伝子をゲノムへ入れる、というものです。
DNA型トランスポゾンってなんだったけな、という人は以下の過去記事を参照してください。



まず、DNA型トランスポゾンを用いて外から遺伝子をゲノムへ入れる方法を説明すると、こうです。


先ほど、レンチウイルスのインテグラーゼは二つのLTRで挟まれたDNAを認識してゲノムへ入れる、という話をしましたが、DNA型トランスポゾンを移動させる酵素であるトランスポザーゼは、二つの逆向き反復配列(Inverted Repeat sequences)で挟まれたDNAを元の位置から切り出して、別の位置へ入れ直します。トランスポゾンは本来、このトランスポザーゼという酵素の働きによってゲノム上のある位置から別の位置へ移動するものなのですが、何もこの移動は「ゲノム上のある位置から別の位置へ」だけ可能なわけではなく、「外から入れたDNAから、ゲノム上のある位置へ」の移動も可能なのです。そして、この移動を引き起こす酵素、トランスポザーゼが認識するのは両端の逆向き反復配列…逆に考えれば、その間に挟まれた部分は違うものに入れ替えてしまっても大丈夫だということです。(まあ、厳密には逆向き反復配列以外の配列も微妙に必要な場合もあるのですが…)

ここまでくればどのようなカラクリでことが進むのか予想がつくのではないでしょうか。


まず、トランスポゾンが入っているDNAを用意します。このトランスポゾンの逆向き反復配列を残して、その間の部分を、使いたい遺伝子に入れ替えます。そしてこのDNAを、細胞内に入れ、同時にトランスポザーゼを入れます(実際にはトランスポザーゼそのものではなく、トランスポザーゼを作る遺伝子を入れるわけですが)

するとこのように、外から入れたDNAから切り出された後、細胞が元々持っているゲノムへ入れられるトランスポゾンも出てきます。このトランスポゾン内には、使いたい遺伝子が入っているので、この遺伝子も同時にゲノムへ入れられるというわけです。


さて、本題はここから。一度入れてしまった遺伝子を、用済みになった後、ゲノムからどうやって取り除くか、という話ですが、答えはシンプルで、もう一度トランスポザーゼを入れるのです。するとどうなるか?
このように、トランスポザーゼがトランスポゾンをゲノムから切り出します。すると、当然ながらトランスポゾン内の遺伝子もいっしょにゲノムから取り除かれるというわけです[6, 7]。

・・・おや、誰か来たようです。


確かにそうなんです。

一度ゲノムから切り出されたトランスポゾンが、ゲノムの別の場所へ入れられる確率は(piggyBacトランスポゾンの場合)半分以下(41%)という報告[8]もあるのですが、私としては本当にそんなに低いのかなぁ?と疑問に思わないではないです。L1やAluといった、元のトランスポゾンはそのままおいといて新しく作ったコピーのトランスポゾンをゲノムの別の位置へ入れるコピー&ペースト型のトランスポゾンとは違って、piggyBacトランスポゾンのようなカット&ペースト型のトランスポゾンは数が原則として数が増えません。それなのに、一度切り出されたら1/2以下の確率で再度ゲノムへ入り直すことなくどこかへ消えてしまうというのでは、進化の過程ですぐに消えてしまいそうに思えるんですよね。


それはそうとして、piggyBacトランスポゾンを使ってゲノムへ入れた遺伝子を、再度トランスポザーゼを使うことでゲノムから取り除く場合には、せっかく切り出された遺伝子がゲノムの別の位置へ入れ直されてしまっては困ります。というわけで、最近では、「トランスポゾンをゲノムから切り出す方はやるけど、それを別の位置へ入れ直す方はやらない」ように改変されたトランスポザーゼも作られています[9]。

確かにpiggyBac以外にも多くの種類のトランスポゾンがあるのですが、一度入れた遺伝子を後から取り除く、という使い方をする以上、まず「増えないタイプのDNA型トランスポゾン」である必要があります。そして、哺乳類の細胞でゲノムに遺伝子を入れられるDNA型トランスポゾン自体が、実はそれほど多くないのです。それらのトランスポゾンを(哺乳類の細胞で)使われる頻度順に並べると以下のようになります。
※()内はそのトランスポゾンが元々はどんな生き物のゲノムにあったものかを示しています。

Sleeping Beauty(サケ科の魚)> piggyBac(ガの一種)> Tol2(メダカ)>>越えられない壁>> Frog Prince(ヒョウガエル)Passport(カレイ)など


で、なぜ最もよく使われてきたSleeping Beautyトランスポゾンではなく、piggyBacがiPS細胞の作製には使用されたのかと言えば、piggyBacの場合、一度ゲノムに入れたトランスポゾンを切り出すと、ゲノムにトランスポゾンが入る前と同じ状態に戻る」からです。

Sleeping BeautypiggyBac、それぞれが一度ゲノムに入ってから、ゲノムから再度切り出されるまでに起こることを見てみましょう。


このように、トランスポゾンが入る前と出た後のゲノムDNAを比較すると、Sleeping Beautyでは「TACAG」や「TACTG」といった並びのDNAが増えて(これを、"footprint"と呼びます。文字通り、トランスポゾンがそこにいたという"足跡"ですね)しまい、完全には元通りにならない[10]のに対し、piggyBacでは元通りになるのです[11]。



参考文献









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iPS細胞からがん遺伝子を取り除く

前回までは、ウイルスを使ってゲノムに新しい遺伝子を入れると、元からゲノムにあった遺伝子の異常を引き起こすことがあり、場合によっては細胞ががん化することも・・・という話をしてきました。


ところで、遺伝的な病気に対する遺伝子治療では、治療用に入れた遺伝子はずっと機能しておいて欲しいものですが、細胞をiPS化するために外から遺伝子を入れる場合は、ちょっと事情が違います。iPS化を誘導するための遺伝子は、元の細胞がiPS細胞になるまでの間だけ働いてくれれば良いわけで、その後は用済みです。

それどころか、iPS化に使う遺伝子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)の中でもc-Mycはがん遺伝子で、がん化の原因になり得るので、iPS細胞になった後はむしろどこかへ行って欲しいくらいです[1]。


その他の遺伝子にも実は問題があります[2]。

Klf4はそれ自体ががん抑制遺伝子としての働きをもつ一方で、場合によってはp53という他のがん抑制遺伝子の働きを抑えてしまうことで、逆にがん細胞の増殖を促進してしまうことがあります[3]。
Oct4はがん細胞の抗癌剤耐性を高めますし[4]、Sox2についても、本来であれば腫瘍を形成しない細胞を腫瘍を形成する細胞に変えてしまうという報告[5]やがん細胞がアポトーシスにより死ぬのを抑え、がん細胞の増殖を促進するという報告[6, 7]があります。更に、Oct4やSox2の発現レベルが高い(Oct4やSox2の遺伝子からOct4やSox2のタンパク質が多く作られている)がんでは、再発の危険性が高いとも言われています[8]。


また、問題はがん化だけではありません。iPS化に使う遺伝子というのはつまりは、iPSでない細胞をiPS細胞に変える遺伝子ということですが、これは逆に言うとiPS細胞がiPSでない細胞に変わるのを邪魔する遺伝子でもあります[9]。しかし実際に治療や薬効評価に用いる際には、iPS細胞をiPS細胞のまま使うということはなく、他の細胞に変えてから使います

例えば、皮膚の細胞から作ったiPS細胞を目の治療に使う場合、

皮膚の細胞(iPSでない)→iPS細胞→目の細胞(iPSでない)

という経路をたどらせるわけです。そして第一段階で使用した"iPSでない細胞をiPS細胞に変える遺伝子"は、第二段階の「iPS細胞→目の細胞(iPSでない)」の矢印をむしろ逆向きにする方向には働いてしまい、邪魔だというわけです。



以上のように、

①細胞をがん化させる危険性がある
②iPS細胞を他の細胞に変える邪魔をする

という理由から、iPS細胞を作るために入れた遺伝子は、iPS化が完了したら無くなって欲しいところなのですが、レトロウイルスやレンチウイルスを用いてゲノムへ入れてしまった遺伝子は、普通はそのままずっと残り続けます(もっとも、遺伝子自体はそのまま残っても、"サイレンシング"といって遺伝子が機能するのはストップされたりもするのですが)。

しかし役に立つ時はさんざん使っておいても、用済みになったら邪魔だから消えてもらおう、と思うのがにんげんというものです。

にんげんだもの
相田 みつを
文化出版局(1984/04)
値段:¥ 1,580





というわけで、一度入れた遺伝子を後から取り除けるようなレンチウイルスも作られました。


いったいどうするのか。


ここで登場するのが、「Cre」という酵素です。この酵素の「Cre」という名前は、「Cyclization recombinase」から来ています。「Cyclization」は環状化、「recombinase」はDNAを組み換える酵素、を意味しています。つまりそのまま解釈すれば、Creは「環状化するようにDNAを組み換える酵素」ということになります。

で、実際にこのCreという酵素が何をするのか、とDNAに含まれる4種類の塩基A (アデニン)、T (チミン)、G (グアニン)、C (シトシン)の配列がATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT」になっているところ(この配列をLoxPと呼びます)を「ATAACTTCGTATAG   CATACATTATACGAAGTTAT」(下の図で言うと赤字の部分と緑字の部分の境目)で切って、また繋げるのです。ちなみに、セットになっているもう一本のDNAは「TATTGAAGCATATCGTATGT    AATATGCTTCAATA」という風に切断されます。

※厳密に言うと、上の図のようにDNAの二本鎖を両方切断してから繋げるわけではなく、片方を切断して繋げてから、もう片方を切断して繋げるようなのですが [10]、それを図で表現しようとするとなかなかに見づらく分かりづらい感じになってしまうので、ここではちょっと正確性を犠牲にしています。


で、これに何の意味があるの?と思われるかもしれません。確かにLoxPが一つしか無かったらそうなのですが、LoxPが複数ある場合、赤字部分と緑字部分は、何も切った後に元と同じ組み合わせで繋げなくてはならないわけではありません。
つまりはこういうことができます↓


ここにLoxPが2つあるじゃろ

こうじゃ



というわけで、二本鎖×1セットだったDNAから2つのLoxPに挟まれている部分を切り出して、二本鎖×2セットに分けてしまえるのです。ちなみに、上の図の矢印は逆向きに進むことも有り得ます。つまり、元々2セットだったDNAのLoxPがそれぞれ切断された後、1セットのDNAになるかたちで繋ぎ直される、こともある、ということです。しかしながら、それが起こるためには2セットの別々のDNAが偶然近くにきていないといけないので、1セットを2セットに分ける方と、2セットをくっつけて1セットにする方、どちらが起こりやすいかというと、分ける方です [11]。

くっついたものが別れるのは簡単だけど、一度別れてしまったものが再度くっつくのは難しいのです。
今これを読んでいる人の中にも、CreがDNAを切り出すがごとく、「別れてくれ」と切り出そうとしている人がいるかもしれませんが、このCre/LoxPシステムを他山の石として、もう一度考え直してみてはいかがでしょうか。
いやー今回は珍しく良いこと言ったなー。まあ、今の時代、FacebookやらTwitterやらでたちどころにストーカーやら何やらに居所をつきとめられたりするので、別れる方がむしろ難しいかもしれませんけど?(台無しだ)



さて、話を戻しますと、今回のテーマは「細胞をiPS化させるのに使った遺伝子を、iPS化完了後いかにして除くか」でした。
上の、CreによりLoxPで挟まれたDNAが切り出されるの図を見たら、もうどうすれば良いかわかるのではないでしょうか。



このように、レンチウイルスを使ってゲノムへiPS化のための遺伝子を入れる際、両側にLoxPを付け加えておけば良いのです。そうすれば、iPS化が完了した後は用済みになった遺伝子をCreを使ってゲノムから取り除けるというわけですね [9, 12-14]。こうしてiPS化のために加えた遺伝子が除かれたiPS細胞は、除かれていないiPS細胞と比べると、他の細胞への分化がきちんと起こりやすいようです [9]。


…が、しかし、実はこのCre/LoxPシステムを搭載したレンチウイルスも完璧というわけではありません。というわけで次回に続きます。



参考文献









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レンチとレトロの遺伝子挿入箇所の違い

前回に引き続き、遺伝子導入におけるレトロウイルス(MLV)とレンチウイルス(HIV)の違いについて解説していきます。本日のお題は、前回に挙げた重要な2つの違いーーー①増殖していない細胞のゲノムにも遺伝子を挿入できるか ②ゲノムのどのような箇所に遺伝子を挿入するかーーーのうち、②の方について述べたいと思います。


結論から言ってしまうと、ヒトなどのゲノムにウイルスDNAを入れる際、レトロウイルスは転写開始点の近くに入れる傾向があるのに対し、レンチウイルスは転写される領域ならだいたいどこでも入れやすいという傾向があります[1, 2]。



突如として「転写」とか「転写開始点」などという言葉が出てくると分からない人もいるかもしれないので触れておきます。

以前に解説したように、ヒトの遺伝子はDNAに記されていますが、その遺伝子を実際に使う際には、RNAにコピーしてから、そのコピーの方を使用します。このDNAからRNAへのコピーを「転写」と呼びます。つまり「転写開始点」というのは遺伝子をDNAからRNAへコピーする時に、そのコピーを開始するポイントです。この「転写」では、きっちり遺伝子の部分だけをRNAにコピーするわけではなく、前後に余白のような部分(「非翻訳領域(Un-Translated Region略してUTR)」をと呼びます)も入れた状態でコピーするので、転写開始点は遺伝子が始まるところより少し前の方にあります。



前々回で解説したように、元々ある遺伝子内ならびに遺伝子の近くにウイルスDNAが入ると、遺伝子の機能や制御に異常が出て細胞のがん化などを引き起こす危険性があります。なので、できればそういったところは避けて欲しいのですが、レトロウイルスもレンチウイルスもむしろそういったところを好むというわけです。残念!


さて、そういった意味ではどちらも残念なお二方ですが、ではどちらの方がマシなのか?


まずレトロウイルスの方から見ていきましょう。遺伝子が始まるあたりに入りやすいということは、「ウイルスで作ったiPS細胞は何故がん化するのか?」で解説した、「ウイルス由来の制御配列によって、元々あるヒト遺伝子の制御がおかしくなる」現象を起こしやすいということです。

↓これが起きやすい


ではレンチウイルスの方はどうか。レンチウイルスは遺伝子全体が入れやすいゾーンになっていて、遺伝子が始まるあたりだけを特に狙うというわけではないので、上図のように「ヒト遺伝子の制御がおかしくなる」危険性はレトロウイルスより低くなります。しかしその一方で、遺伝子のど真ん中に入れてしまう危険性はレトロウイルスより高いので、ヒト遺伝子を壊してしまう危険性は高そうに思われます。


だがちょっと待って欲しいのです。


実はヒトの遺伝子は、遺伝子全体が使われているわけではないのです。ヒトの(ヒトに限りませんが)遺伝子には「エキソン」と呼ばれる部分と「イントロン」と呼ばれる部分があり、使われるのはエキソンの部分だけです。イワトビペンギンは卵を2個産んでも育てるのは片方だけで、もう片方は産んだ後に捨ててしまうそうですが、それと同じように、遺伝子は2種類の領域があっても使われるのはエキソンの方だけで、イントロンの方はRNAへ転写した後に切り捨ててしまうのです(ちなみに、イントロンを切り捨てる前のRNAをプレメッセンジャーRNA (pre-messenger RNA)、切り捨てた後のRNAをメッセンジャーRNA (messenger RNA)と呼びます)。

このいらないこであるイントロンを切り捨てる作業を「スプライシング(Splicing)」と呼び、それをやるやつを「スプライソソーム(Spliceosome)」と呼びます(ちなみに、このスプライソソームはタンパク質やらRNAやらが組み合わさってできています)。

また、エキソンとイントロンの境目は「スプライシングサイト (Splicing Site)」と呼ばれます。エキソン→イントロンの境目である5'スプライシングサイトが「ここからいらないこ」の標識、イントロン→エキソンの境目である3'スプライシングサイトが「ここまでいらないこ」の標識です。ちなみに、5'スプライシングサイトはスプライスドナーサイト (Splice Donor Site)、3'スプライシングサイトはスプライスアセプターサイト (Splice Acceptor Site)と表記されることもあります。



で、それがこれまでの話に何の関係があるのか、と言いますと、要はどうせ捨てられるようないらないこ(イントロン)であれば、ウイルスDNAが入ろうがどうなろうが別にいいんじゃね、ということです。

実は、ヒトの遺伝子においてエキソン部分はごくわずかしかありません。ヒトゲノムの構成を具体的な数値で表すと、

遺伝子のエキソン部分:1.1 ~ 1.4 %
遺伝子のイントロン部分:24.4 ~ 36.4 %
(遺伝子でない部分:63.6 ~ 74.5 %)

・・・となります[3]。

圧倒的にいらないこが多いのです。もしヒト遺伝子が100個のイワトビペンギンの卵だったら、育てられるのはわずか4個ほどで残りの96個かは捨てられてしまうので、そんなことではイワトビペンギンはすぐに絶滅してしまいます。何を言っているのか分からないと思いますが、私も何を言っているのか分からなくなってきました。


・・・ええとつまりレンチウイルスは遺伝子部分にウイルスDNAを入れやすくはあるのですが、ヒトでは遺伝子のうち実際に使用する領域は数%くらいなので、遺伝子内にウイルスDNAが入ったからと言って使われる部分が壊される可能性は低い。そして、レンチウイルスはレトロウイルスと違って、転写開始点付近を特に好むわけではないので、遺伝子の制御異常も起こしにくい。つまり、レトロウイルスよりはレンチウイルスの方がまだ安全なのではなかろうか、ということです。


だが待て、しばし。


実はイントロン部分ならばウイルスDNAが入ったところで何の問題も無いか、というと、そうとは限らないのです。


例を挙げましょう。


先ほど、イントロンの始まる部分と終わる部分にはそれぞれ、5'スプライシングサイト(「ここからいらないこ」の標識)、3'スプライシングサイト(「ここまでいらないこ」の標識)があると述べましたが、イントロン内に入り込んだウイルスDNA内に似たような部分があったらどうなるでしょうか?

スプライソソームがどこからどこまでを切り捨てたら良いのかを間違えてしまい、ウイルス由来の部分がスプライシング後のメッセンジャーRNAに入ってしまうかもしれません(実際にそういうことが起こったという報告もあります[4, 5])。そんなことになってしまったら、その遺伝子に機能に異常が生じる危険性があります。

また、RNAに転写された後、切り捨てられたイントロンの一部は「マイクロRNA」という他の遺伝子を調節する役割をもつRNAとして再利用されるケースがあります(全てのマイクロRNAがイントロンの一部というわけではありません)[6]。捨てればゴミ、活かせば資源。何の役にも立たない社会のゴミであるお前達がここで人身御供となることで帝国の礎となれるのだ、ありがたく思うが良い!みたいな感じです。こういったマイクロRNAは細胞の機能において重要な役割を果たしている場合が多く、マイクロRNAを出す所の近くに外来DNAを入れることは、がん化を引き起こすような遺伝子の近くに外来DNAを入れることなみに避けるべし、と言われています[7]。


そういうわけで、結論としては・・・あれ、どうまとめたら良いんだろう。
・・・もういいや。



参考文献







追記
これを書いている間に、レトロウイルス(MLV)によるゲノムへの外来DNA挿入について、新しい論文が出ましたね。
(OPEN ACCESSなのでお金を払わなくても読めます)

レトロウイルスはゲノム上の壊れやすいところへDNAを入れる傾向があり、しかもレトロウイルスのDNAが入ると複製異常とゲノムDNAの切断が起こりやすくなるそうな。ちなみに、レンチウイルスでは複製異常は見られなかったとのこと。
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レンチウイルスはレトロウイルスと何が違うか

最初にiPS細胞がレトロウイルスで作られた後、「レンチウイルス」と呼ばれるウイルスを用いてiPS細胞を作りました、という論文も出ました[1, 2]。今回は、このレンチウイルスはレトロウイルスと何が違うのか、を解説していきたいと思います。


・・・

レトロウイルスとレンチウイルスがどう違うのか解説すると言ったな。あれは、嘘だ。
実はレンチウイルスは、レトロウイルスなんだよ!ナ、ナンダッテー!?

・・・


というわけで、レトロウイルスとレンチウイルスはどう「違う」のか、という話をするはずが、いきなりレンチウイルスはレトロウイルスだというどんでん返しがきました。推理小説でいうところの「実は、探偵が犯人だった!」と同じ展開です(違うか)。


実は、レトロウイルスと呼ばれるウイルスのグループは、更に細かく「アルファレトロウイルス」「ベータレトロウイルス」「ガンマレトロウイルス」などいくつかのグループに分かれていて、そのうちの一つが「レンチウイルス」のグループです。そのため、「ペンギンは鳥である」のと同様に、「レンチウイルスはレトロウイルス」なのです。


しかし、ヒトやマウスなど哺乳類の細胞へ遺伝子を導入するのに用いている時、「レトロウイルス」と表記されている場合は、レトロウイルスの中でも「ガンマレトロウイルス」を使っている場合が多くレンチウイルスを使っている時にはたいてい「レンチウイルス」と表記されています。元々、哺乳類の細胞への遺伝子導入に使うレトロウイルスと言ったら、ガンマレトロウイルスが普通だったところへ、レンチウイルスも使われるようになったので、「いやいや、今までよく使っていたウイルスとは別のやつなんですよ」ということを示すために、「レンチウイルス」と表記するようにしたのでしょう。

・・・これを書いてて思い出したんですが、昔、とある喫茶店で、メニューに単に「紅茶」と書いてあるのを注文したら、出てきたのがアールグレイだったことがあるんですよね。そりゃまあ確かにアールグレイも紅茶だし、別にアールグレイが嫌いなわけじゃないんですが、単に「紅茶」と表記してあってアールグレイだと何か違うという気になってしまうのは私だけでしょうか。
・・・ここまで書いてて思ったんですが、すごくどうでもいい思い出話でしたね。



では、細胞に遺伝子を導入する時に、(単に"レトロウイルス"と表記されがちな)ガンマレトロウイルスを使用する場合と、レンチウイルスを使用する場合でいったい何が違ってくるのでしょうか?ガンマレトロウイルスの代表格である「マウス白血病ウイルス (Murine Leukemia Virus略してMLV)」(iPS細胞が最初に作られた時も、このMLVが使われています)とレンチウイルスの代表格であるヒト免疫不全ウイルス (Human Immunodeficiency Virus略してHIV)」を比較すると、重要な違いは以下の2点です。



①増殖していない細胞のゲノムにも遺伝子を挿入できるか
②ゲノムのどのような箇所に遺伝子を挿入するか



では、順番に解説していきたいと思います。
(なお、ここから先は、単に「レトロウイルス」と表記してある場合はマウス白血病ウイルス、「レンチウイルス」と表記してある場合はヒト免疫不全ウイルスのことを指していると思ってください)


①増殖していない細胞のゲノムに遺伝子を挿入できるか

一言で言ってしまうと、レトロウイルスはできませんが、レンチウイルスにはできます。何故そうなるのか。ヒトの細胞では、ゲノムは「核」と呼ばれる部分に入っていて、この」は「核膜」という膜で、細胞の他の部分から隔離されています


細胞がこのような構造になっている生物を「真核生物」と呼びます。動物も植物も酵母すべて真核生物です。ちなみに、「もやしもん」では酵母もカビも細菌もウイルスも全部同じようにゆるキャラ風になっていますが、主人公のA. オリゼー(コウジカビ)やS. セレビシエ(酵母)はヒトと同じ真核生物なのに対し、大腸菌や乳酸菌は真核生物ではありません。つまり、人間は大腸菌よりもむしろオリゼーの方に近い生物ということになります。感覚的には、なかなかそうは思えないですよね。










話が逸れました。


レトロウイルスもレンチウイルスも、細胞内に侵入した後、自分のゲノムをRNAからDNAにコピーし、このコピーによりできたウイルスDNAと、ウイルスタンパク質が組み合わさって「Pre-Integration complex (略してPIC)」なるものを作り上げるところまでは同じです。そして、このPICがウイルスDNAをヒトのゲノムに入れてしまうのです。しかし、PICがヒトのゲノムに到達するためには、「核膜」に覆われた核という名の密室にどうにかして侵入することができなくてはならないのです。

分かりやすくするためにペンギンで表すと、こんな感じです↓
図1. 死亡フラグを立てるゲノム


そして、レトロウイルスのPICはこの核膜を突破することができません[3]。
図2. 研究者にはつきものの台詞


しかしレンチウイルスのPICにはそれを可能にするトリックがあるのです。


実はこの「核」、密室かと思いきや、中村青司の何とか館ばりに秘密の抜け穴があります(いや別に秘密じゃないだろ、という声が聞こえてきそうな気が)。その抜け穴は「核膜孔」と呼ばれていて、この「核膜孔」を通して、核内で必要になるようなタンパク質が運び込まれます


「核膜孔」を通って核内にタンパク質を連れ込む役割を担っているのは、「インポーチン (importin)」という種類のタンパク質です。では、この「インポーチン」は核内に連れ込むべきタンパク質とそうでないタンパク質をどうやって判別しているのか、というのが重要なポイントで、タンパク質の中には「核局在シグナル (Nuclear Localization Signal、略してNLS)」と呼ばれるパーツをもつものがあり、インポーチンはこの核局在シグナルを認識して相手のタンパク質にくっつき、そのタンパク質を核内に連れ込みます[4]。


さて、ここまできたら、レンチウイルスがどのような手を使って核内に侵入するのか、想像がつくのではないでしょうか。


さきほど、細胞内に侵入したウイルスはPICというものを作り上げ、このPICはウイルスDNAとウイルスタンパク質が組み合わさってできている、という話をしましたが、レンチウイルスのPICを構成しているウイルスタンパク質には、「核局在シグナル (NLS)」があるのです。したがって、レンチウイルスのPICはインポーチンに連れられる形で堂々と(?)核膜孔から核内に侵入し、ウイルスDNAをヒトのゲノムDNAに入れてしまうという犯行に及ぶことができるというわけです[5]。


さて、ここまでの話だと、「あれ、じゃあ核内に侵入できないガンマレトロウイルスはヒトのゲノムに遺伝子入れられないんじゃね。この間まで言ってた、"レトロウイルスを使ってiPS化に必要な遺伝子をヒトのゲノムに入れました"って話は嘘だったのか」とか「"増殖していない細胞の"って限定してるのは何でさ」とか思われるかもしれません。


実は、増殖している細胞の場合、細胞が分裂して増える時、一時的に核膜が無くなります。そのため、この隙をつくことで、核膜を突破できないガンマレトロウイルスのPICでも、増殖している細胞のゲノムには遺伝子を入れることができるのです[3]。


①だけで思いの外長くなってしまったので、「②ゲノムのどのような箇所に遺伝子を挿入するか」については、次回にしたいと思います。


参考文献
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なぜレトロウイルスで作ったiPS細胞はがん化する?

最初にiPS細胞が作られた時、ニュースでもよく取り上げられた問題点の一つが、「iPS細胞の中には、がん細胞になってしまうものがある」というものです。

そしてその理由としては、以下の2つが挙げられていました。
     ① iPS細胞を作るのに使う4つの遺伝子、Oct4、Sox2、Klf4、c-Mycのうち、c-Mycが、がん遺伝子だから
     ② 遺伝子を入れるのにウイルスを使っているから

①の方は分かりやすいですね。がん遺伝子を使うから、がん細胞になってしまう。しかし②はどうでしょう。何故、遺伝子を入れるのにウイルスを・・・最初にiPS細胞が作られた時、使用されたのはレトロウイルスなので、ここでいうウイルスとはレトロウイルスのことなのですが・・・を使うと、細胞のがん化が起こってしまうのか。

今回はそれについて解説していきたいと思います。


前々回で、レトロウイルスはヒトの細胞に侵入した後、ウイルスゲノムをRNAからDNAにコピーし、そのDNAをヒトゲノムへ入れてしまう、という話をしました。ところで、ヒトゲノムには当然ながら、元々ヒトの遺伝子があります。その部分に、もしウイルス由来のDNAが挿入されてしまったら、どうなるか。その遺伝子は、本来の正しい機能を失ってしまいます。昔、トランスポゾンについて解説した時の、「吾輩はベッドの上で一匹の巨大な毒猫である。名前はまだ無い」現象と同じです。いやこの現象名は勝手に私が名付けたもので、正しくは"insertional mutagenesis (挿入変異)"なんて言葉が使われるのですが、「吾輩はベッドの上で一匹の巨大な毒猫である。名前はまだ無い」現象という表現は広めたいところです。チェリオの間違った使い方くらいには広めたいですね。


さて、このように、元からある遺伝子内にウイルス由来のDNAが挿入されてしまうことで、その遺伝子の機能に異常をきたし、例えばそれががん抑制遺伝子だった場合、その機能が損なわれてしまうことで細胞ががん化してしまうこともあり得ます[1]。


しかし、元からある遺伝子の「内部」に挿入さえされなければ大丈夫かというと、そうではないのです。遺伝子の周囲には、「制御配列」と呼ばれる領域があります。この「制御配列」が何をしているのかと言いますと、その遺伝子を制御しています。そのままですね。そのまま過ぎて説明になっていないので、もう少し詳しく述べます。


ヒトの細胞は、原則としてどの細胞であれ、ヒトを作るのに必要な遺伝子を全て持っています。つまり、皮膚の細胞でも、筋肉を作るために必要な遺伝子や肝臓を作るのに必要な遺伝子を持っているということです。まあ、だからこそ、どんな細胞にもなれる(と言われている)iPS細胞を、皮膚の細胞からでも作れるのですが。


問題は、何故、どの細胞にも同じ遺伝子があるにも関わらず、皮膚の細胞やら筋肉の細胞やらと異なる細胞になるのか、という点で、ここで重要になってくるのがくだんの「制御配列」です。

かなり大雑把に言ってしまうと、制御配列とは「筋肉の細胞であれば(この制御配列の)隣にある遺伝子を機能させろ。皮膚の細胞であればするな」といった指示をする部分で、これがあるからこそ、各細胞が全ての遺伝子を持っているにも関わらず、皮膚の細胞には皮膚の細胞であるために必要な遺伝子だけが、筋肉の細胞では筋肉の細胞であるために必要な遺伝子だけがそれぞれ使われることになるのです。

制御配列には多くの種類があり、細胞の種類だけでなく、「酸素濃度が低い」とか「炎症反応が起こっている」といった細胞の状態に応じて遺伝子を働かせるものもあります。逆に、制御配列が何もついていない状態で、ただ遺伝子だけがあったとしても、その遺伝子の機能は発揮されません。


さて、この「制御配列」ですが、レトロウイルスのゲノム内の遺伝子にもついています。Long Terminal Repeat、略してLTRと呼ばれる部分が「制御配列」にあたります(もっとも、このLTRは制御配列として機能するだけでなく、DNAにコピーされたウイルスゲノムをヒトゲノムに挿入する際にも必要な部分なのですが)


ところで、ウイルスというのは基本的にとにかく自分を増やしたいものなので、このLTR部分が制御配列として出す指示は「隣にある遺伝子(ウイルスを構成するタンパク質の遺伝子)をとにかく働かせろ」というものです。これは、レトロウイルスを使って、iPS化に必要な遺伝子を入れる場合も同じで、皮膚などの細胞をiPS細胞に変えるためには、Oct4などのiPS化に必要な遺伝子を思いっきり働かせる必要があるので、LTRをそのまま利用するにしろ、その他の制御配列をOct4などの遺伝子とセットで入れておくにしろ、「とにかく働け」タイプの制御配列を使います。


では、もしもこの「とにかく働け」タイプの制御配列をもつレトロウイルスがヒトゲノムに入れられた時、その入った箇所の近くに、ヒトゲノムが元々持っている遺伝子があったらどうなるでしょうか?ヒトゲノム中の遺伝子は上述のように、本来は、適切な状況でのみ働くよう制御配列により指示が出されていますが、「とにかく働け」型の制御配列を含むレトロウイルスが近くに入ってしまうと、レトロウイルス内の遺伝子と同様に、とにかく働かされてしまいます


例えば、そのようにして異常活性化させられた遺伝子が、細胞の増殖を促進させる遺伝子だったとしたら、どうなるでしょう?細胞は状況に関係無く、増殖してしまいます。周囲の状況お構いなしに増殖し続ける細胞・・・これはもうがん細胞に他なりません。


分かりやすくするために、ペンギンで表してみると、こんな感じです。





このように、レトロウイルスが、挿入箇所近くのヒト遺伝子を異常活性化させることで、実際にがんになってしまった例も知られています[2]。



参考文献
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レトロウイルス編その2:分かりやすくするためペンギンで表してみた

前回は、レトロウイルスには自分のゲノムをコピーしてヒトなどのゲノムへ入れてしまう性質がある、そして、その性質を利用して、人為的に望みの遺伝子をヒトなどのゲノムへつけ加えることができる、最初のiPS細胞もそうやって作られたのだ、という話をしました(・・・って気がついたら前回から二ヶ月近く経ってたΣ(-  -;))。今回はどうやってそのような都合の良いウイルスを作ることができるのか、という話をしてみたいと思います。


レトロウイルスは、すごく大雑把に分けると、
     ・脂質でできた膜
     ・タンパク質
     ・RNAでできたウイルスゲノム

・・・の3タイプの成分によって構成されています。このうち、脂質膜は人間などの細胞膜と同じものです。それには理由があり、彼らは元々は人間だったのですが、けっして触れてはならない歴史の闇に手を出してしまったが故に、あのような姿に・・・おや、誰か来たようだ。レトロウイルスが人間などの動物の細胞膜と同じ脂質膜を持っているのは、感染した細胞で新しく作られたウイルスが細胞から出てくる時に、細胞膜の一部を持っていってしまうからです。別に怪しいことも不思議なことも何もありません。

で、あとの2つ、ウイルスを構成するタンパク質も、ウイルスゲノムも元々細胞にはありません。まあ、厳密に言えばウイルスが細胞内に侵入した時点で、そのウイルス1個分のゲノムやタンパク質はあるわけですが、1個のウイルスが侵入して、新しくできるのも1個のウイルスでは、増えることができないので、細胞に新たなウイルスタンパク質やウイルスゲノムを作らせる必要があります。その役割を担うのが、前回紹介したプロウイルス(DNAにコピーされてその細胞のゲノムに挿入されたウイルスゲノム)です。

プロウイルスは元々、RNAでできたウイルスゲノムをDNAにコピーしたものなので、これをもう一度RNAにコピーすると、元のウイルスゲノムと同じものができます。また、ウイルスゲノムにはウイルスを構成するタンパク質の遺伝子も入っているため、これに基づいて細胞にウイルスタンパク質を作らせることもできます。


新しく作られたウイルスタンパク質は、ウイルスゲノムをくっつけて細胞膜のところまで運びます。そして、細胞膜の一部が分離するような形で新たなウイルスが野に放たれるのです(野?)。
そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)
日垣 隆
新潮社(2006/10/30)
値段:¥ 500

↑そして何故か貼られる読んだこともない本へのリンク


それにしても、細胞内にはウイルスゲノムのRNA以外にも、その細胞自身が元々作っている様々なRNAがあるにも関わらず、何故ウイルスタンパク質はウイルスゲノムのRNAだけを選んで持っていけるのでしょうか?実は、ウイルスゲノムのRNAにはウイルスタンパク質を作るための遺伝子以外に、パッケージングシグナルと呼ばれる配列も含まれていて、ウイルスタンパク質はその部分を認識してウイルスゲノムRNAに結合し、これを膜のところまで連れて行くのです。


分かりやすくするために、ペンギンで表すとこんな感じです。
何でかは知りませんが、パッケージングシグナルは"Ψ(psi)"と表記されます。packaging signalの略でpsiなのでしょうか・・・?


では、もしも、ウイルスを作るための遺伝子(本来は、「パッケージングシグナル」とセットになってウイルスゲノムに入っている)を、「パッケージングシグナル」無しで細胞に入れ、それと同時に、何か別の遺伝子に「パッケージングシグナル」をつけたものも同じ細胞に入れるとどうなるでしょうか?

ウイルス遺伝子はRNAにコピーされ、ウイルスタンパク質も作ります。・・・が、しかし、ここでコピーにより生じたウイルス遺伝子を含むRNAには、「パッケージングシグナル」が無いため、ウイルスタンパク質に認識してもらうことができません。一方、「何か別の遺伝子」の方もRNAにコピーされますが、こちらには「パッケージングシグナル」がついているため、ウイルスを作るために必要な遺伝子は無くとも、ウイルスタンパク質に認識され、新しく作られるウイルスに入れてもらえます。


分かりやすくするために、ペンギンで表すとこんな感じです。

童話の「王子とこじき」みたいですね。こうすることで、何か自分が使いたい遺伝子が入っているレトロウイルスを作ることができ、そしてそのレトロウイルスを用いることで、前回解説したように、その遺伝子をゲノムへ入れることができるのです。


参考文献
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iPS細胞を作るベクターたち:レトロウイルス編その1

せっかくiPS細胞研究所に移ったので、iPS細胞について書いてみたいと思います。・・・と言っても、iPS細胞については既に鬼のように本やら記事やらが出ているので、今更、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子を細胞に入れるとできるんだよ、とか(理論的には)どんな臓器・組織の細胞に分化させることもできるんだよ、とかそんなメインストリームの話を私がしたところで、半端無い今更感です。(あ、一文で二回も今更って言ってしまった・・・)

では何の話をするのか、となると、私の専門は遺伝子導入に使うベクター(目的の遺伝子が搭載されたDNAやウイルス)作りなので、iPS細胞を作るのにこれまで使われてきたベクターたちを紹介するのが良さそうです。


そんなわけで、第一シリーズとしては、マウスiPS細胞[1]、ヒトiPS細胞[2]ともに最初の作製時に使われた、レトロウイルスと、ついでにレンチウイルスをもまとめて紹介したいと思います。


まず、レトロウイルスとはどのようなウイルスなのか?名前にレトロとつくからには、セピア色の風景が浮かぶような古めかしいウイルスなのでしょうか。いやいやそうではありません。この場合のレトロ(retro)とは"逆"を意味する接頭語です。ではいったい何が逆なのでしょう。

ヒトの細胞も含め、通常、生物のゲノムはDNA(デオキシリボ核酸)でできています。このDNAでできたゲノムの情報を、実際に使用する際には、RNA(リボ核酸)という物質にコピーします(これを"転写"と言います)。いってみればDNAできたゲノムは、上質紙でできた「禁帯出」の本で、RNAはそれをコピーして持ち出すのに使う、裏紙のようなものです。

レトロウイルスは、その逆をやります。つまり、ゲノムがRNAでできていて、それをDNAにコピーするのです(これを"逆転写"と言います)。コピーだと思った方が本体で、本体だと思った方がコピー。バカめ、そっちは影武者だ!的な。まあ、そんなわけで、"レトロウイルス"という名前がつけられたのですね。

さて、逆転写によってRNAからDNAへコピーされたレトロウイルスのゲノムはその後、どうなるのか、と言いますと、同じくDNAでできたヒトなどのゲノムに入れられてしまうのです。

レトロウイルスが遺伝子をヒトゲノムに遺伝子を組込むまでの概略図。ちなみに、レトロウイルスは自分の遺伝子を細胞内に送り込む時、同時に逆転写やゲノムへの遺伝子挿入を行う酵素(それぞれ逆転写酵素、インテグラーゼと呼びます)も送り込みます[3]。

例えて言うなら、チラ裏に書かれたメモ書きを上質紙にコピーして、それを図書館の広辞苑にそれと分からぬよう差し込むようなものです。さて、そのチラ裏に、何かとんでもないことが書かれていたらどうなるでしょう。例えば、
「パンダは白熊と黒熊の雑種。主食はアザラシ」とか書いてあったら、そのコピーが差し込まれた広辞苑を読んだ人は、パンダの主食はアザラシだと信じこむようになることでしょう。困りますね。

レトロウイルスによってゲノムに挿し込まれてしまうDNAには、もっと困る情報が搭載されています。ウイルスを作るための遺伝子です。元はといえば、ウイルスゲノムをコピーしたものなんですから、当然と言えば当然ですね。このゲノムへ挿し込まれたDNAをプロウイルスと呼びます。"pro"は"前"を表す接頭語です。トリケラトプスに進化する前の段階(と思われていた)恐竜にプロトケラトプス、ケラトサウルスに進化する前の段階(と思われていた)恐竜にプロケラトサウルス、と名付けられているように、新たにウイルスが作られる前の段階なので、プロウイルスと呼びます。余談ですが、現在の学説では、プロトケラトプスはトリケラトプスの先祖ではなく、プロケラトサウルスもケラトサウルスの先祖ではない、ということになっているらしいですね。

話が逸れましたが、こうして、ゲノムにウイルスを作るための遺伝子を挿し込まれてしまった細胞は、新たなウイルスを作り出すことになります。そして新たに作られたウイルスはその細胞から出て行き、他の細胞へ侵入してまたゲノムをRNAからDNAにコピーし・・・の無限ループでウイルス帝国の規模を拡大していくのです。(まあ、実際には免疫系の働きなどもあって、そう無制限に勢力拡大ができるわけでもないのですが)


ここまでの話では、レトロウイルスはただの侵略者ですが、このレトロウイルスの性質は細胞に新たな遺伝子を導入するのに用いられるようになりました。つまり、レトロウイルスのゲノムからウイルスを作るための遺伝子を取り除き、代わりに自分が使いたい遺伝子(治療用の遺伝子など)を入れたものを作ります。するとこの遺伝子はレトロウイルスによって細胞内へ運ばれ、RNAからDNAへコピーされてゲノムへと挿し込まれます。こうして、その細胞のゲノムに新たな遺伝子をつけ加え、治療効果のある細胞や光る細胞などを作ることができるというわけです。

レトロウイルスを使ってiPS細胞をつくる時も、基本的に同じです。細胞をiPS化させるための4種類の遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を入れたレトロウイルスを使って、これらの遺伝子をゲノムへと挿し込み、そしてこの4種類の遺伝子の働きによって細胞がiPS化するのです。

ーーーさて、次回以後は、
・どうやったらそんな都合良く目的の遺伝子が入ったレトロウイルスを作れるのか
・最初にiPS細胞が話題になった時、ウイルスを使って作ってるせいで癌化の恐れが・・とか言ってたけど、何故そうなる?
・レトロウイルスとレンチウイルスは何が違う?

・・・みたいな話をしていきたいと思います。


参考文献
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