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統計コミュニティは統計不正にどう対応したか: 毎月勤労統計調査問題における政府・専門家・非専門家のはたらき (『東北大学文学研究科研究年報』73号)

毎月勤労統計調査における東京都での対象事業所の不正抽出問題が騒がれてから5年。当時はよくわからなかった問題点が、その後の研究を通じてわかってきました。政府や統計専門家のほか、日本の公的統計に興味を持つ人々がこの問題の解明にどのように貢献してきたのか(しなかったのか)をまとめた論文を、『東北大学文学研究科研究年報』(73号) に掲載しました。

田中重人 (2024)
統計コミュニティは統計不正にどう対応したか: 毎月勤労統計調査問題における政府・専門家・非専門家のはたらき
東北大学文学研究科研究年報 73:198-169.
http://hdl.handle.net/10097/0002000821
http://tsigeto.info/24a

【要約】
公的統計の不正が長い間隠されてきた事例が、この数年で複数みつかった。これらの問題の検証にあたり、日本の統計コミュニティ、すなわち統計に対する関心とそれをあつかう能力および相当の日本語能力を備える人々は、じゅうぶん貢献したようにはみえない。それはなぜか。本稿は、厚生労働省が「毎月勤労統計調査」(全国調査) の労働者数推計に2018年から誤った方法を持ち込んだ問題をあつかう。2018年以降の文献を検討した結果、政府内でこの統計を審査した各種委員会も、政府外の統計専門家も、厚生労働省が用意した資料と説明に依拠していたため、推計方法変更とそれによる偏りの徴候を見逃していたことがわかった。コミュニティ中心部を占める専門家たちは、政府内統計担当者の主張に非批判的であり、公開データで独自の検証をおこなうことなく追認してきたのだ。この問題に関して、日本の統計コミュニティは、周辺部にいる非専門家を別とすれば、データに基づく検証を軽視してきたといえる。

【目次】
1. 統計コミュニティとその役割
- 1.1. 「私物」としての公的統計
- 1.2. 公的統計はなぜ「私物」でありうるのか
- 1.3. 「統計コミュニティ」とは
2. 毎月勤労統計調査問題と本稿の課題
- 2.1. 母集団労働者数推計に関する層間移動事業所のウエイトの変更
- - 2.1.1. 毎月勤労統計調査の母集団労働者数推計の概要
- - 2.1.2. 層間移動事業所のあつかい
- - 2.1.3. 2018年のウエイト計算方法変更
- - 2.1.4. 誤った再集計による過去データへの波及
- 2.2. 本稿の課題
3. 非専門家による指摘
- 3.1. 山田正夫の指摘
- 3.2. TATの指摘
- 3.3. 明石順平の指摘
4. 統計専門家の対応
- 4.1. 松本健太郎の記事
- 4.2. 日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」
- 4.3. その他のデータ分析例
- 4.4. 田中重人の指摘
5. 政府の活動
- 5.1. 厚生労働省
- 5.2. 毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会
- 5.3. 統計委員会
- - 5.3.1. ベンチマーク更新時のギャップの検討
- - 5.3.2. 抽出率逆数に関する資料
- - 5.3.3. 時系列比較のための推計値
- 5.4. 厚生労働省の有識者懇談会
- 5.5. 厚生労働省「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」
6. 議論
- 6.1. 結果のまとめ
- 6.2. 公的統計と統計コミュニティの未来

【補足】
(1) 計算に使ったデータとスクリプト、および図にプロットしたデータは http://doi.org/10.17605/OSF.IO/RS8T7 から入手できます。
(2) 解説を https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20240319/24a に書きました。

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事典項目の執筆:「公的統計の利用」『家族社会学事典』丸善出版 (2023年12月)

日本家族社会学会 (2023)『家族社会学事典』(丸善出版) の項目「公的統計の利用」(146-147頁) を執筆しました:

田中重人 (2023)「公的統計の利用」日本家族社会学会『家族社会学事典』丸善出版 (pp. 146-147).  http://tsigeto.info/23k
ISBN:978-4-621-30834-9
出版社ページ: https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b305112.html

公的統計 (すなわち政府その他の公的機関が作成する統計) について、それを研究において利用するための原則と注意事項を、「公的統計の目的と目的外利用」「個人情報の管理と匿名化」「集計表」「メタデータ」の4項目をとりあげて説明しました。公開される集計を利用する方法と、ミクロデータを利用する方法 (日本の統計法の規定では匿名データ、調査票情報、あるいはオーダーメード集計) の両方をふくみます。

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日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法: 2020年の記録 (『文化』86巻3/4号)

日本の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対応を特徴づける用語である「クラスター」について、この用語の初出である2020年2月からおよそ1年間の用法の変遷を記述した文章を『文化』(86巻3/4合併号) に掲載しました。

田中重人 (2023)
日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法: 2020年の記録
文化 86(3/4): 239-219, 208
http://tsigeto.info/23a
http://tsigeto.info/Tanaka-2023-Bunka.pdf (印刷版PDFファイル)

東北大学の機関リポジトリ TOUR https://tohoku.repo.nii.ac.jp で公開されるはずですが、9月18日まで新規登録が停止 (https://www.library.tohoku.ac.jp/news/2023/20230609.html) しているため、しばらくかかる見込みです。その代わりに、印刷版PDFファイルを http://tsigeto.info/Tanaka-2023-Bunka.pdf で公開しています。

 

【要約】
「クラスター」は、2020年初頭以降の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) への日本の対応を特徴付ける用語である。この用語の2020年2月から2021年1月までの用法を、政府文書やマスメディアによる報道などの関連文献から収集した。

その結果、政府と専門家が2020年2月末から3月上旬にかけてこの用語を使い始めたときには、すでに、ひとりから大勢への感染 (A)、拡大する可能性のある感染連鎖 (B)、1か所で生じる大規模感染 (C)、という3つの意味が共存していたことがわかった。その後、Aは姿を消し、BとCが残った。保健所による積極的疫学調査では、「クラスター」は一貫してBの意味である。一方、自治体は、すくなくとも2020年6月以降は、5人以上が感染したという具体的な基準で、意味Cを使用している。日本政府は、いったんはそれとおなじ意味で「クラスター」を使用するようになったが、その後、意味Bを併用するようになり、さらにCの意味を拡張して、4人未満の小規模な感染をふくめて「クラスター」と呼ぶ (意味C') ようになった。

このような用法の変化は、政府とそれに関連する専門家がCOVID-19に対応するためにとってきた戦略に潜在的な変化が生じたことを反映している。彼らは、COVID-19流行の初期段階においては、少数のスーパースプレッダーによる大規模感染に焦点を当て、それを「クラスター」ということばであらわしていた。しかし、流行が長期化する中で、対策の焦点は、小規模な感染の連鎖に移っていった。2020年7月以降、彼らは、日常的な活動 (特に飲食) の感染リスクを判断するために、小規模な感染の事例を「クラスター」と呼び、その情報を収集するようになった。そこでは、「クラスター」はもはや対策の対象となる脅威そのものを指すのではなく、脅威につながる可能性のある行動の情報を現場から集めるために便宜的に使うことばとなっている。

【目次】
1. 疫学における「クラスター」
2. COVID-19第1波: 「クラスター」概念の創出と拡散
- 2.1. 「クラスター」の登場
- 2.2. 積極的疫学調査における「クラスター」
- 2.3. 「集団感染」と「クラスター」
- - 2.3.1. 厚労省による「集団感染」「クラスター」の解説 (2月29日)
- - 2.3.2. 専門家会議「見解」(3月2日、3月 9日)
- - 2.3.3. 日本公衆衛生学会「クラスター対応戦略の概要」(3月10日)
- - 2.3.4. 厚労省「全国クラスターマップ」問題 (3月15日)
- 2.4. 第1波後半の二重構造
- 2.5. 第1波における3種の「クラスター」
3. COVID-19第2波: 「クラスター」の小規模化
- 3.1. FETP「クラスター事例集」
- 3.2. 小規模感染事例をふくむ「クラスター等」
- 3.3. 第2波における「クラスター」定義の変容
4. COVID-19第3波: 質的把握の重視
- 4.1. 「クラスター」事例ヒアリング
- 4.2. 「集団感染」の小規模化と会食への警戒
- 4.3. 複数感染事例としての「クラスター」定義
- 4.4. 緊急事態宣言と「クラスター」集計基準の再変化
- 4.5. 第3波における「場面」の質的把握
5. まとめ

【補足】
(1) 最初のページ (p. 239) 「10か月あ」と「まりを対象に」の間で改段落されていますが、これはまちがいで、本来はそのままつづいているはずところです。あとで何らかのかたちで訂正が出ると思います。
(2) 論文に盛り込めなかったことの補足を https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20230907/23a#diss に書きました。

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「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題 (『東北大学文学研究科研究年報』70号)

「3密」ということばが使われはじめてからちょうど1年。このほど、このことばの来歴と変遷をたどった文章を『東北大学文学研究科研究年報』(70号) に掲載しました。

田中重人 (2021)
「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題
東北大学文学研究科研究年報 70:140-116.
http://hdl.handle.net/10097/00130599
http://tsigeto.info/21a

【要約】
日本の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対応を特徴づける概念である「3密」「3つの密」について、その創出と変容の過程を調べた。政府・専門家による文書を探索した結果、つぎのことがわかった。(1) 換気が悪く、人が多く、近距離での接触があるという3条件すべてを満たす状況を回避すべきという提言が公表されたのが2020年2月29日。(2) これら3条件に「密閉」「密集」「密接」という名称があたえられ、まとめて「3つの密」ということばができたのが3月18日。(3) 3条件が同時に重なった場を「3つの密」と呼ぶ定義があたえられたのが4月1日。(4) 条件が1つでもあれば「3つの密」と呼ぶ定義に変更されたのが4月7日。(5) この定義変更について説明・広報はなく、変更後の定義にしたがうことが徹底されているわけでもない。(6) 3密回避の方針は従来と変わっていないとのメッセージが政府と専門家の文書にふくまれるため、定義変更があったことが一般的に認知されず、「3密」が何を指すかについての解釈に齟齬が生まれる結果になっている。

【目次】
1. 「3密」概念をめぐるコミュニケーション問題
2. 課題と方法
3. 資料からわかる時系列
- 3.1. 前史
- 3.2. 厚生労働省Q&A
- 3.3. 専門家会議3月2日「見解」
- 3.4. 「3つの条件が重なった場」
- - 3.4.1. 専門家会議3月9日「見解」
- - 3.4.2. 専門家会議3月19日「状況分析・提言」
- 3.5. 「3 (つの) 密」
- - 3.5.1. 首相官邸「3つの「密」を避けて外出しましょう」
- - 3.5.2. 「3つの密」から「3密」へ
- - 3.5.3. 専門家会議4月1日「状況分析・提言」
- 3.6. 緊急事態宣言と定義変更
- - 3.6.1. 対策本部3月28日「基本的対処方針」とその審議過程
- - 3.6.2. 諮問委員会4月7日会議
- - 3.6.3. 「基本的対処方針」4月7日改正
- 3.7. 「3密」と「ゼロ密」
- 3.8. 専門家の態度の変化
4. 議論
- 4.1. 「3密」の定義とその変遷
- 4.2. 政府は何を要請していたか
- 4.3. 科学的根拠
5. 結語

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Preprint 「「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題」

「3つの密」「3密」という概念が生まれて変質してきた過程について、 https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20200921/3m で紹介した資料等を基にした論文を書きました。OSF Preprints でとりあえず公開しています:

Tanaka Sigeto. 2020. 「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題. OSF Preprints. October 3. http://doi.org/10.31219/osf.io/25ba6
(The Emergence and Modification of the Concept of "(Overlapping) Three Cs": A Problem in Public Communication in Japan's Coronavirus Disease (COVID-19) Response)

目次

1. 「3密」概念をめぐるコミュニケーション問題
2. 課題と方法
3. 資料からわかる時系列
4. 議論
5. 結語

 

要約

日本の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対応を特徴づける概念である「3密」「3つの密」について、その創出と変容の過程を調べた。政府・専門家による文書を探索した結果、つぎのことがわかった。(1) 換気が悪く、人が多く、近距離での接触があるという3条件すべてを満たす状況を回避すべきという提言が公表されたのが2020年2月29日。(2) これら3条件に「密閉」「密集」「密接」という名称があたえられ、まとめて「3つの密」ということばができたのが3月18日。(3) 3条件が同時に重なった場を「3つの密」と呼ぶ定義があたえられたのが4月1日。(4) 条件が1つでもあれば「3つの密」と呼ぶ定義に変更されたのが4月7日。(5) この定義変更について説明・広報はなく、変更後の定義にしたがうことが徹底されているわけでもない。(6) 3密回避の方針は従来と変わっていないとのメッセージが政府と専門家の文書にふくまれるため、定義変更があったことが一般的に認知されず、「3密」が何を指すかについての解釈に齟齬が生まれる結果になっている。

The concept of "three Cs" (situations characterized by three conditions of closed space with poor ventilation, crowding, and close contact with a short distance) has played an important role in Japan's COVID-19 response. The government and experts have employed this concept to guide people in avoiding such situations in order to prevent outbreaks. To investigate the emergence and modification of this concept, the author traced government documents. The findings were as follows. (1) On February 29, 2020, the government, for the first time, appealed to the public to avoid places with the three overlapping conditions. (2) On March 18, a new Japanese phrase was coined that was later translated as "the (overlapping) three Cs." (3) On April 1, experts defined the term as a place that satisfied all the three conditions. (4) On April 7, the government modified the definition to include places with at least one of the three conditions. (5) However, the government and experts have not explained the difference between the two definitions to the public. (6) Rather, they insist that their policy on the need for avoiding these three conditions has been consistent and unchanged. Their conduct has led to miscommunication and misunderstanding among the public.

 

追記 [2021-03-19]

つぎのかたちで公刊しました:

田中重人 (2021)
「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題
東北大学文学研究科研究年報 70:140-116.
http://hdl.handle.net/10097/00130599
http://tsigeto.info/21a

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