日誌

横山広美・研究ブログ

男女平等態度とSTEMの男性イメージの関係について

一方井祐子・南崎梓・加納圭・井上敦・マッカイユアン・横山広美

雑誌名:Journal of Science Communication

論文タイトル:Gender-biased public perception of STEM fields, focusing on the influence of egalitarian attitudes toward gender roles

Available open access at
https://jcom.sissa.it/archive/19/01/JCOM_1901_2020_A08

 概要

本研究では、科学を含む様々な分野に対する日本人のジェンダーイメージを調べました。20歳から69歳までの男女1086名(男性541名、女性545名)を対象にオンライン調査を実施しました。その結果、(1)分野に対する性別適正のイメージについて、女性は看護学、男性は機械工学に向いているというイメージが強いことが分かりました。また、性役割に対する平等主義的態度のレベルが低い回答者ほど、(2)看護学が女性に向いている、(3)STEM(科学・技術・工学・数学)に関する分野は男性に向いているという傾向が見られました。これらの結果は、日本ではSTEMに対するステレオタイプなジェンダーイメージが存在することを示しています。

 

内容

世界的にSTEM(科学・技術・工学・数学)分野を学ぶ女性が少ないことが問題となっています。日本でもSTEMを学ぶ女性の割合は少なく、特に物理学や数学、機械工学といった分野では女性割合が20%以下ときわめて低い状態です。女子のSTEM分野への進学については、「STEMは男性に向いている」といった分野に対するジェンダーイメージが障壁となる可能性があります。しかし、これまで日本での調査はありませんでした。

そこで本研究では、インターネット調査会社を通じて、20歳から69歳の男女1086名(男性541名、女性545名)を対象に、STEMを含む18分野(数学、化学、物理、機械工学、情報科学、生物、農学、地学、医学、歯学、薬学、看護学、法学、経済学、社会科学、人文学、音楽、美術)に対するジェンダーイメージを、(a)男性・女性に向くという「性別適正」、(b)男性・女性の就職に向くという「就職適正」、(c)男性・女性の結婚に有利になるという「結婚適正」の3つの点で調査しました。

また、日本のジェンダーギャップ指数が世界的に低い(2019年は153中121位)ことを鑑み、性役割に対する平等主義的態度と、各分野に対するジェンダーイメージの関係についてもあわせて調査しました。心理学分野で開発された15問の質問群からなる「平等主義的性役割態度スケール短縮版(SESRA-S)」を用いて回答者の平等主義的態度を測定しました。

分析の結果、(a)性別適正の点では、最も女性に向く分野は看護学、最も女性に向かない分野は機械工学でした(図1a)。一方で、最も男性に向く分野は機械工学でした。STEM全般で、女性よりも男性に向いているというイメージがありました(図1b)。(b)就職適正の点では、最も女性に向く分野は看護学、最も男性に向く分野は医学でした。(c)結婚適正の点では、最も女性に向く分野は音楽、最も男性に向く分野は医学でした。さらに、性役割に対する平等主義的態度のレベルと「性別適正」との関係を分析した結果、平等主義的態度が低い回答者ほど、看護学は女性向き、機械工学は男性向きと回答する傾向がありました。

これらの結果は、日本には分野に対するジェンダーイメージが未だ根強いこと、このようなステレオタイプなイメージが物理や数学、機械工学など「男性向きである」というジェンダーイメージの強い分野への女子の進学の障壁になりうることを示しています。

本研究は、科学技術振興機構 (JST) のRISTEX 「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」の2017年度採択プロジェクト 「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」(JPMJRX17B3研究代表者:横山広美) の支援を受けたものです。

 

 

図1 性別適正のジェンダーイメージについての回答。女性に最も向いている分野は看護学(a)、男性に最も向いている分野は機械工学(b)だった。

 

図2 平等主義的態度のレベルと、看護学の性別適正のジェンダーイメージの関係。平等主義的態度のレベルが低い人ほど、看護学が女性に向くと回答する傾向があった。

 

 

 

 

 

論文紹介:クラウドによって作られる”科学”

論文紹介 2018/8 Ikkatai Y, Mckay E, Yokoyama M H (in press) Science created by crowds: a case study of science crowdfunding in Japan. Journal of Science Communication. Science created by crowds: a case study of science crowdfunding in Japan

クラウドによってつくられる科学

一方井祐子、横山広美
概要
 科学は誰がどのように決めるのか。「境界画定作業(“Boundary Work”)」の議論は長く続けられてきました。中でも各ジャーナルがその時々に判断をして線引きをするジャーナル共同体(“journal community”)の概念はピアレビューシステムの根幹です。 今回、我々は、近年盛り上がりを見せる科学のクラウドファンディングでは、従来の科学にある予算申請時のレビューがないことに注目をしました。そして、従来の科学は、ジャーナル共同体によるレビューの前に、この論文で新たに定義した予算共同体(“budget community”)によるレビューがあることを指摘しました。 さらに、予算共同体から自由になった、クラウドファンディングによって生まれた科学を”クラウドが支援する科学(Crowd-supported science)”と呼び、この特徴について議論しました。

対象と方法
・ 一般市民(男女950名)と研究者(クラウドファンディングの参加経験がある20名)を対象にオンラインのアンケートを行い、クラウドファンディングのレビューシステムについてどのように考えるかを選択式で尋ねました。

結果

・ 研究者の90%(18名)は、クラウドファンディングのレビューシステムは現行のままで良く、従来の科学に見られるジャーナル共同体のピアビューは必要ないと回答しました。 ・ 一方、一般市民の約30%(306名)は、クラウドファンディングにもジャーナル共同体によるピアレビューシステムがあるとよいと回答しました。

考察
・ 研究者と一般市民の間には、クラウドファンディングのレビューに関して認識のずれがあることが分かりました。
・ 一般市民の約30%がクラウドファンディングにもジャーナル共同体によるピアレビューがあった方がよいと回答したことは、研究不正や疑似科学への不安からくるものかもしれません。

・ ボランティアの科学者による緩やかなピアレビュー(“gentle-peer review”)などを取り入れることによって一定の質が担保され、一般市民の不安感も拭えるのではないでしょうか。
・ クラウドファンディングよりクラウドが支援する科学という新しい領域が生まれる可能性があります。この領域では、研究成果のアウトプットは論文だけに留まらない可能性があります。
・ クラウドファンディングは公衆の科学への参加を促進させる方法のひとつです。

 論文 Ikkatai Y, Mckay E, Yokoyama M H (in press) Science created by crowds: a case study of science crowdfunding in Japan. Journal of Science Communication.

【提言】緊急時に科学コミュニケーターは何ができるか

緊急時に科学コミュニケーターには何ができるか
~「スキル・専門性・感情」の3つの壁を越えて~

一方井祐子、横山広美

東日本大震災後、社会と科学をつなげる役割を担う「科学コミュニケーター」もまた、悩みながら活動を展開した。しかし、一部は国費も投じられて育成された科学コミュニケーターの活動がもっと活発であるべきだったという批判もあった。我々は、当事者である科学コミュニケーター自身が、こうした批判をどのようにとらえたのか、また震災後にどのように活動をしたのか、あるいは何が壁となり活動が制限されたのかをテーマに研究を進めた(「東日本大震災後、科学コミュニケーターは何ができたか」 科学技術コミュニケーション 2016年7月 )。
この研究は、科学者ではなく、科学コミュニケーターに焦点を当てた。いつの時代にも人的リソースは限られている。東日本大震災後の地震、津波、原発、低線量被ばくなどが問題になった困難な時期に、異なる分野を足場に活動をしていた科学コミュニケーターが、いかに貢献することが可能であるかが主要な問いである。ここでは研究成果の要点を紹介し、さらに発展したオピニオンを述べたい。

約8割の科学コミュニケーターが批判を妥当と判断
日本では副業やボランティアで科学コミュニケーション活動をされる方も多く広がりは豊かだ。一方で今回、我々は、科学コミュニケーションを職業にして活動する「職業的科学コミュニケーター」に限って調査を行った。東日本大震災という経験のない大規模災害に直面し、職場で科学コミュニケーションをするにあたり、自らの活動の意味と責任に悩んであろうと考えたからだ。

その結果、約5割の職業的科学コミュニケーターが震災後の活動に限界を感じたこと、約8割の職業的科学コミュニケーターがSNSなどで展開した科学コミュニケーターへの批判を妥当・比較的妥当と考えていることがわかった。約2割は、職業的科学コミュニケーターはよく健闘した、定義がはっきりしない「科学コミュニケーター」に責任を押し付けるのはよくない、という意見もあった。しかし全体としては、職業的科学コミュニケーター自身が、批判を比較的妥当に思いながら、活動をするのに苦労をした様子が伝わってきた。

では、職業的科学コミュニケーターの5割は、活動にするにあたって、どのような限界を感じていたのだろうか。多くの職業的科学コミュニケーターが活動に限界を感じた理由として挙げたのは、情報発信に関する困難さだった。提供すべき情報をどのように取捨選択し、どのような手段やタイミングで発信するべきだったのか悩んだ、という回答が目立った。求められる専門性を理由に挙げた者もいた。また、震災後の皆が不安や苛立ちを感じる中で、声を上げることの難しさも指摘された。

立ちはだかったのは「3つの壁」
我々は上記の調査結果およびワークショップでの議論の結果、普段、科学をわかりやすく伝えたり、公衆との対話を重視して活動する職業的科学コミュニケーターが活動をしようとした際に立ちはだかった壁は「スキル・専門性・感情」の3つであると分析した。多くの職業的科学コミュニケーターは、一程度のスキルはあれど、震災後に求められたリスクを扱うスキルは持ち合わせていなかった。また、職業的科学コミュニケーターは多くの場合、得意とする専門分野をもっている。震災後に必要とされた放射線や地震学の分野をいきなり扱うのに苦労した職業的科学コミュニケーターも多かった。さらに、人々の感情が波立っている中、活動をするには困難があった。

我々は、すべての壁をとりはらった活動は難しいかもしれないが、スキルは普段に活用している、わかりやすく伝える、ことを徹底して行うことが重要であると分析した。震災後の混乱が続く時期、リスクコミュニケーションは確かに重要である。普段からリスクコミュニケーションに携わっている職業的科学コミュニケーターはもちろんリスクコミュニケーションで貢献が可能であろう。しかし、リスクコミュニケーションに不慣れな科学コミュニケーターがよりよい形で貢献するのは、慣れないリスクコミュニケーションに取り組むよりも、平時に活用している、わかりやすく伝えるスキルを活かせる活動であろう。

また、専門性については、職業的科学コミュニケーターが一から学んで情報を集めることには限界がある。また科学者もわかりやすく迅速に伝えてくれるスキルをもつ集団の助けが必要である。そこで、グループで発言を行う(「グループ・ボイスの提案~ワン・ボイスの困難を補う、緊急時の研究者情報発信」http://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20121206_01.html)科学者集団といち早く組むことを提案したい。これにより職業的科学コミュニケーターは、科学的内容についての最新の合意形成を見ながら、その責任は一程度科学者に預け、自らはコミュニケーションにおける責任を引き受ける形で活動できるようになる。両者の責任をはっきりとは分けられないという意見もあるだろうが、職業的科学コミュニケーターおよび科学者の両者の負担を減らし、よりよい貢献ができるひとつのモデルになるのではないだろうか。

感情については、対話活動を取り入れながら活動をしていく必要がある。震災後、特にSNSの議論は過熱し激しやすかった。その一方で、サイエンスカフェのような顔を合わせた対話の場において、専門家も共に悩んでいるというありのままの姿勢を市民に示すことで市民が得られる安心感があったことが報告された。コミュニケーション設計時に、何を目的に、誰に対して、どこで、どのような活動を行うかという点を整理してよりよい方法を検討する必要があるであろう。

困難なときほど、科学者は科学コミュニケーターと共に
ここでは調査に加えて二つの提言を行いたい。
ひとつは、日本学術会議をはじめ、科学者集団はもっと科学コミュニケーターと共に活動をすべきであろう、という点である。科学と社会がもっとも困難にあるとき、科学コミュニケーターは、社会の声に耳を傾け科学者を支援するもっとも強力なパートナーのひとつになり得るであろう。

もうひとつは、科学コミュニケーターが東日本大震災後のような困難な時期に活動するには、他の活動にもおそらく当てはまるが、「いつもやっている得意なことを最大限に生かして貢献すること」であろう。振り返ってみると当たり前のように思うが、当時はそうした分析もなく、どのような行動がもっとも効果的に貢献できる方法か、迷いながら進みながら考えたというのが実情である。

この分析が多くの科学コミュニケーター、および科学者に届き、議論の糧やいざというときの行動指針として使って頂ければ幸甚である。
 

SSCの失敗に学ぶ(国際リニアコライダー)

SSCの失敗に学ぶ
国際リニアコライダー誘致の議論に関連して
横山広美

 国が財政の健全化を目指すなか、科学技術予算の中でもひとつの分野に集中投資する「大型科学(ビッグサイエンス)」をどのように考えるかは、科学技術行政の大きな論点のひとつになっています。 

 人類最大規模の大型科学に、「国際リニアコライダー計画」があります。この計画は直線状に30kmの加速器と呼ばれる装置を設置し、誤解を恐れず端的な言葉にすれば「宇宙の始まりを再現して物理学の統一理論を目指すための実験」です。

  国際的なチームが長い間、検討を続けていましたが、国際的ないくつかのステップを経て、日本国内での議論が進んでいます。2013年9月には、文部科学省の依頼を受け、これについて検討した日本学術会議が所見を公開(PDF)しました。現在、この所見をうけた議論が文部科学省内の委員会(リンク)で進んでいます。 

 人類はいくつもの大型科学を成功させてきました。しかしそのどれもがいつもうまくいくとは限りません。これからの大型科学を考える際に、過去の失敗から学ぶことは重要でしょう。今回は80年代にアメリカで計画され途中まで建設の進んだSSC(Superconducting Super Collider)計画が、どのような議論を経て中止になったのかを紹介します。 

 この内容は、現在、日本誘致の議論が行われている国際リニアコライダーの有識者会議の下にある素粒子原子核専門部会にて、SSC計画に中核の研究者として参加していた近藤敬比古高エネルギー加速器研究機構名誉教授の発表(主にS.Wojcickiのレビュー論文を参照)に基づくものです(リンク)。SSC計画の中止に至るまでの経緯は、日本の研究者からの報告も出ています。今回、近藤名誉教授によってまとめられ発表された内容は、これまで関係者の間でもあまり知られていなかった点を含むものでありここに紹介します。 

SSC計画の失敗に学ぶ 
SSC計画は80年代から90年台初頭にかけて、アメリカの科学再興を合言葉に推進された巨大プロジェクトです。周長84kmにもおよぶトンネルを掘り、その中に加速器と呼ばれる装置を設置して粒子を加速、正面衝突させて素粒子の実験を行う予定でした。

 そのころ、アメリカのこの分野の研究は、フランスとスイスの国境境に設置されているCERN(欧州原子核研究機構)を中心とする欧州に追い越されていました。そこで、SSC計画は、アメリカの科学を再興せよという掛け声のもと、多くの賛同を得ながら進められていました。1987年にはレーガン大統領が$4.5Bの予算を承認し、1989年にはテキサス州にSSC研究所が発足、建設が開始しました。 

 しかしSSC計画は、その後、いくたびもの波乱を越え、ほとんど成功を目前にしながらも1993年にアメリカ両院協議会で中止が決定されました。 主要な失敗原因は何か 近藤名誉教授は参考文献を整理し(主に当事者による優れたレビューである付属資料1)、主要な失敗原因3つ、間接的な原因を3つに整理しています。要約すると以下のようになります。 

【主要な失敗原因(主に付属資料1より)】 
1.建設場所の選定 テキサスという、まっさらな地を選んだのが間違いだった。多くの予期しないコストがかかり、また既存の研究所の将来計画などではなかったことから、つぶされやすかった。 

2.SSC研究所の経営に関する数々のミス
 軍のマネジメントを得意とする2つの会社が経営に入り、物理学者の伝統的な運営とは異なってしまった。所長選考に多くの人が関われなかったことや、所長と設計チーム(CDG)の間でビジョンが異なること、優秀な人材の獲得ができなかったことが問題だった。 

3.加速器の基本設計の変更
 1991年になって加速器の基本設計を変えた。当初、加速器の口径が4cmだったが、ビームのシミュレーションなどから不安が払しょくしきれず、5cmに変更した。当時は、安心できる設計になってよかった、と誰もが思ったが、後になって予算倍増の直接的現認になった。 

 関係者の間でもっともよく知られている直接的原因が「3.加速器の基本設計の変更」です。89年に$5.9Bだった予算見積もりは、設計変更により91年には $8.25B、完成が3年、延期することになり人件費を込みにするアメリカ予算で93年には $11Bに膨れ上がりました。 

 SSC計画がアメリカ政府によって承認されたのは87年のレーガン政権時でしたが、中止が決定した93年のクリントン政権時には、多くの新米政治家がアメリカの巨額財政赤字を健全化する主張をして当選していました。また当時は、国際宇宙ステーションの議論が進んでおり、SSCは「ちょうどつぶしやすいサイズ」であったと指摘されています。下院でSSC予算が否決された次の日に、宇宙ステーション予算が賛成216、反対215の1票差で可決されています。

 基本設計の変更が失敗の原因であることはよく知られていますが、「1.建設場所の選定」に大きな困難が伴ったことは、素粒子物理の研究者の間でもあまりよく知られていませんでした。大型実験には大型装置やそれを設置するのに適した地盤などが必要であり、多くの研究所が都心から離れた広い土地に設置されます。しかしここでの指摘は、すでに同じ分野の主要研究所が国内にあったにも関わらず、まっさらな地をあらたに選定して計画を進めたことは、状況が厳しくなった際に計画を存続させることが困難になった理由であると指摘されています。(日本の同分野の研究所は高エネルギー加速器研究機構ですが、こちらの地下はリニアコライダーの地盤としては適していないとわかっているそうです) 

 報告では、多くの人にSSCが失敗した原因として誤認されている、「国家プロジェクトの在り方」も説明されました。現在の大型科学は、国際プロジェクトで予算も分担制をとるのが常ですが、SSCはアメリカの国家プロジェクトとして始まりました。多くの論者が、SSCの失敗は国際協力を得ることができなかったからだと指摘していますが、それは違うというものです。

  S.Wojcickiは、国家プロジェクトであったからこそ早くに立ち上げることができたと述べています。また、国家プロジェクトであるからこそ、アメリカの科学技術を進歩させ、若い世代を刺激し、企業のハイテク技術の進歩に資するとして、国民および政府に支持されたとしています。逆に、SSCに外国による支援が入る議論については、アメリカ国内で反発が起こり、外国企業がハイテク契約を奪ってしまうとも指摘もあったとのことです。こうした考え方は、国際協力が前提の現在ではあまり考えられないものですが、当時のSSC計画へのアメリカの意気込みが感じられる興味深い議論です。

 教訓は何か
  
一連の報告からは、大型の科学プロジェクトを進めて行く際に教訓として記憶すべき点がいくつも指摘されています。科学の情報発信を行っている私の立場から興味深かったのは「MRIは高エネルギー加速器が発展させた」「高エネルギー物理学が超伝導を発展させた」といったことは、「誇大宣伝」と捉えられ、他分野の研究者の反発を招いたという指摘です。研究倫理の一環としても指摘される発表倫理の観点からも、都合のよい誇大宣伝は危険だと指摘されます。 

 また、SSCの中心はクリントン政権下で決定されましたが、当時のクリントン大統領はSSC計画を指示する理由に、雇用を促進することを挙げていました。しかしこうした、本来の目的外のことを主要目的のようにすり替えるのは危険です。報告書でも、アメリカ社会が基礎科学の価値を認識し、その元で計画を進めることが重要であるとの指摘があります。

 他にも、計画がスタートしたら当初スケジュールで進めることや、赤字は明確に抑制されること、技術達成度や社会への利益などに関して、過剰な楽観主義は大変な害になるとの指摘もあります。 ここでは、主に過去のSSC計画を元に紹介しました。いくつもの論点がありますが、こうした情報を広く共有しながらの議論が進むことを期待します。

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さらに興味のある方へ、以下も合わせてご確認ください。
横山広美 (2013)「ビッグサイエンスをいかに進めるべきか : 科学コミュニケーションの立場から(<特集>今後の学術情報流通)」, 情報の科学と技術, 63(11), 464-469,リンク

【提言】緊急時の研究者の助言スタイル:グループボイスの提案

グループ・ボイスの提案
〜ワン・ボイスの困難を補う、緊急時の研究者情報発信〜
JSTポータルより転載

横山広美
 
本提案についてはその後、1)「原発事故環境汚染: 福島第一原発事故の地球科学的側面」 東京大学出版会 2014年10月、2)Environmental contamination from the Fukushima Nuclear Disaster 10.4 Proposal for Group Voice, Cambridge Environmental Chemistry Series 2019年10月に掲載されました。
 
東⽇本⼤震災後、緊急時には研究者の意⾒をひとつにまとめて発表すべきであるという「ワン・ボイス」の議論が盛んに⾏われた。しかし緊急性を要したり、不確実性の⾼い科学の場合、「研究者内の合意形成」は必ずしも容易ではない。⼀刻も早く、有益な情報を科学者から国⺠に伝えるためにはどのようにしたらよいか。ここではワン・ボイスの困難を補う、「グループ・ボイス」について提案したい。

グループ・ボイスの提案
東⽇本⼤震災後、研究者の情報発信の形態や質にはさまざまなものがあった。その中でも迅速に確度の⾼い情報提供をしたグループには共通点があった。ここでは⼀例
として、原⼦核物理と地球科学のコミュニティの例を挙げたい。

彼らは福島第⼀原発の事故を受け、⾃らが貢献できることを考え、住⺠および⼟壌の放射線測定に名乗りを挙げた。ただ、研究者がいきなり活動に乗り出そうとしても、⾃治体や住⺠とのネットワークもないので勝⼿に活動をすることはできなかった。そこで、⽂部科学省と連携し、外から⾒ると⽂部科学省が研究者に依頼する形で、測定したデータを確実に世に出していくことに成功した。

⼤阪⼤学や東京⼤学の有志により⾏われたこうした活動を⾒ると、⽇ごろから共に研究活動を⾏っている研究者集団による「グループ・ボイス」注)が社会に貢献をしたことが分かる。「⽇ごろから共に」という点がポイントであり、信頼関係がすでにある間柄でこそ、合意形成が可能であった。分野によって流儀や常識が異なる中で、分野を越えた合意形成がどれだけ可能になるかは、現在でも未知数である。完璧を⽬指して何もしないのではなく、研究者の間でも意⾒の違いがあることを⽰しながら、政府・省庁を通じた発表を⾏っていけばよい。幸いなことに、インターネット環境がかなり整いつつある現在では、社会も⼤量の情報やさまざまな情報から、⾃らに必要な適切な情報を拾い上げることに慣れてきている。迅速性が要求されることもあり、その都度その都度、グループで真剣に議論をし、発表をしていくことしかできないだろうし、まさにそうした活動こそが社会にも求められるであろう。

注)「グループ・ボイス」は横⼭による造語である。ワン・ボイスが科学者全体の声に対して、グループ・ボイスはそれぞれのグループによって発せられる声という意味で⽤いた。

法整備、そして責任の所在の整理
そのためには、ワン・ボイスであってもグループ・ボイスであっても、下記の点はクリアにしておく必要がある。

1つ⽬は法整備である。震災直後、地球惑星科学の研究者が放射性物質の拡散のデータを公表することは、気象業務法に抵触するのではないか、という議論があった。
気象業務法の第17条には、「気象庁以外の者が気象、地象、津波、⾼潮、波浪⼜は洪⽔の予報の業務(以下「予報業務」という)を⾏おうとする場合は、気象庁⻑官の許可を受けなければならない」と定められている。放射性物質の拡散について迅速に情報を発信することが違法に当たるのかそうではないのか、当時ははっきりした情報を得ることは難しかった。

事前に予測ができるハザード(災害)については体制を整えることができるが、社会を襲う新規ハザードについては、柔軟に対応できることが必要である。そこで緊急時に、明らかに社会貢献を⽬的とした科学的情報の提供に関しては、平時の法律を超えて情報提供を⾏う可能性について、担当省庁が中⼼となり、広く議論し整備することが必要ではないだろうか。
 
2つ⽬は、責任の所在の整理である。研究者が情報を発信し、それが基になって予期しない混乱が⽣じた場合、その責任を誰が負うのか明確になっていないことも科学
者の情報発信⼒を鈍らせた。科学者の役割は科学的助⾔であり、政治決定においてではない。この点をクリアにしておく必要がある。

システムとしてのグループ・ボイス
緊急時に研究者が情報発信を⾏うのは、通常の研究成果の発表とは異なる。平時はそれぞれの論⽂誌に査読を経て、論⽂が掲載される。平時には社会に研究成果が発信
されるのは、論⽂誌の掲載を待ってからのことが多いし、コミュニティとしてそれを厳守する研究者もいる。研究者の情報発信の信ぴょう性を確保しているのが論⽂発
表になるからだ。しかし緊急時には論⽂掲載の前に、あるいはそもそも論⽂という形ではなく(つまり研究成果の発表という形ではなく)情報発信をすることが求められ
ている。

つまり緊急時の発表は、オーサライズがされていない。それをどのように担保するかが問題である。

筆者は下記の図のように考える。グループ・ボイスでさまざまな研究グループから、当該の問題に対する科学的情報が発信される。発表は、「責任の所在を明らかにす
る」点から、各担当省庁を通しての発表形態が好ましい。ただしこれらのプロセスを、国⺠が常にチェックすることができるよう、研究グループは省庁に連絡を⼊れる段階から情報を公開し、プロセスを明らかにする必要がある。
問題は、異なる意⾒を持つグループが対⽴する場合、あるいは複数のグループが異なる意⾒を述べている場合である。研究の⾒地からして、異なる側⾯を議論したり、
異なる⾒解を持つ研究者がいることはむしろ⾃然である。コミュニティは各グループに積極的な発⾔を求める⼀⽅、コミュニティ、つまり学会や⽇本学術会議などが推
薦する、あるいは評価するシステムを連動させるとよいのではないだろうか。例えば学会や⽇本学術会議のホームページに、それぞれのグループの成果をリンクすると
同時に、それぞれのグループを評価し、特に推薦するグループを⽰すなどの活動を⾏う。国⺠は学協会のグループへの評価を⾒ながら、それぞれの良しあしや活⽤でき
る点をピックアップすることができるだろう。

もう⼀点、重要なのは、リスクマネジメントの要である⾸相に、科学者を代表する助⾔者がつくことである。震災後、話題になった英国の⾸席科学顧問のように、⾸相
および政府に直接、意⾒をできる科学者は⾮常に重要である。緊急時のワン・ボイス発信の整備は、必ずしもグループ・ボイスと対⽴はせず、それぞれに整備を整えつ
つ、新規のクライシス(危機)に対して、社会にとってよりよい道を迅速に選択すればよい。要は議論の透明性であり、不確実性も議論の経過も、社会と共有しつつ進め
ることが必要だ。こうした整備が進むことで、科学者の⼒がクライシス時にも有効に社会に活⽤されることを願っている。