研究ブログ

選別された情報と安心な暮らし

掲載予定雑誌:日本エネルギー学会誌 (2010)
This article was prepared for Journal of the Japan Institute of Energy (2010)

選別された情報と安心な暮らし


人間の目に見える波長は300から800 nmまでとされ、0.3μm以下の物質は肉眼で見えない。省エネ型照明素子の白色LEDに使用される蛍光体粒子の場合、工業的にbreak-down型の粉砕法で製造された数μmの粒子(粉)が使われている。理論的には0.3μm以下の蛍光体粒子を使えば、光の散乱が減り、LED素子のエネルギー効率が高まると考えられる。しかし、粉砕を用いた物質の微細化には高いエネルギーが必要なうえ、0.3μm以下のLED用蛍光体の開発は今でもホットな課題である。
移動発生源(車等)や固定発生源(発電所等)における燃焼過程によって大気環境中へ浮遊する「邪魔もの」粒子状物質の大きさも様々である。このように人工的に生成される粒子は主にbottom-up型のガス−粒子転換プロセスで生成され、環境中における個数濃度が高い。人はセンサーとなる五感(特に鼻と目)を駆使して、ニオイや花粉のような有機物・生物系の粒子の他にも、ホコリやスス等の「汚れ」粒子状物質をある程度感じながら生活している。そこで、この粒子状物質に不快感や不安を感じる時、それは目に見えるかどうか、つまり0.3μmが境目のサイズとなる。ここでも0.3μmが重要な値となる。一般に粉塵の除去率を測定するために0.3μmの標準粒子が使用されるが、これは0.3μmがフィルターで最も捕捉しにくいサイズの粒子であるからである。

人々が「安心」な暮らしをするために、物質をフィルター等で「除去」したりして、とりあえず目に見えなくすることによって安心している。発展途上国では現在もトラックなどから燃焼由来の黒いスス粒子が放出されているが、日本ではほとんどの地域で高性能フィルターにより捕集される。これについては多くの人が関心を持ち、「必要」な情報とされているが、ススを捕集したフィルターの再生方法に関しては、「不要」な情報と取り扱う場合が多いだろう。個人の判断は「不快・快適」または「不要・必要」の基準で選別される。

CO2削減に貢献するヒット商品が次々と生み出されているが、素子の原料の出どころに関する情報は、材料づくりの業者間の秘密保持契約によってほとんど公開されない。地球環境のために貢献したいという雰囲気が高まる中、身近な効果についての情報は大量に流れてくる。実際は「地球のため」の情報を入手せずに、身の回りのCO2削減(と節約)と安心な暮らしが先行する。買い換えていく高機能で省エネ型商品に付随する物質循環や資源採集地の生態系の悪化を含む環境問題の情報は、ジャーナリストやマスメディアが提供しない限り、多くの消費者は得ようとはしない。

エネルギー関連商品に設置されるCO2削減量が一目でわかる表示パネルも良いが、これからは、熱等のエネルギーの移動や物質循環などのエネルギー・環境に関する教育プログラムを小学校・中学校レベルから導入していくことが重要だろう。そうしなければ、一方的に届けられる情報と五感だけに頼った知識不足の大人が増え、将来について間違った判断を下してしまうことになる。