米国スケート連盟が示した「音楽著作権処理に関する方針」についての解説とフィギュアスケート界への提言
2024年6月下旬、米国スケート連盟(U.S. Figure Skating)が「フィギュアスケートの音楽著作権処理に関する方針」(“U.S. Figure Skating Music Policy”)を示しました。この方針を通じて米国スケート連盟は、米国内のスケーターやコーチ、振付師に対して、プログラムで使用する音楽著作権のクリアランス[註1]を、自らで適切に行うように要請しています。まだこの方針については、同連盟に所属するスケーターたちに対して内示されているに過ぎないため、依然として情報が乏しい状況です。しかし、今回の事態の重要性と緊急性に鑑み、本稿では現時点(2024年7月7日)で明らかになっている一次情報に基づいて、今回米国スケート連盟が出した方針の要点と、同連盟の方針が今後、全世界のフィギュアスケート界に与え得る影響について、著作権研究者の立場で解説および提言を致します。
1. 今回の出来事の前提:国際スケート連盟の音楽著作権規定をめぐる問題
何よりもまず、フィギュアスケートのプログラムで使用する音楽の著作権を考える上では、その前提として国際スケート連盟(ISU)の「会則および一般規則2022」(Constitution and General Regulations 2022)内で示されている音楽著作権処理規定(Rule 131: Entries General-b)を理解しておく必要があります。この規定を以下に引用しましたので、確認してみましょう。
全てのフィギュアスケート競技者とISUメンバーは次のことを遵守しなければならない:
i )競技者によって提示されたり、使用されたりする音楽や振付は、ISU、ISUの構成メンバー、組織委員会または関連するテレビネットワークや放送事業者のさらなるクリアランスや支払いを必要とせずに、世界中における一般利用やテレビ、その他のメディアを通じた公開、放送、再放送ができるよう、(著作権者からの)完全なる許可ないし認定が与えられていなければならない
All Figure Skating Competitors and their ISU Members shall:
i ) certify and warrant that the music and choreography presented and used by the competitor have been fully cleared and authorized for public use and television and other media exhibition broadcast and re-broadcast throughout the world without further clearances or payments of any kind on the part of the ISU, the organizing ISU Member, the Organizing Committee or the relevant television networks or broadcasters being required;
〔Constitution and General Regulations, Rule 131: Entries General-b, 和訳は筆者による意訳である〕
この条項は要するに、「プログラムで利用する音楽や振付の著作権処理は、競技者やその関係者が自らで行うこと」と規定しているわけです。しかし実際には、競技者やその関係者が個人的に音楽著作権のクリアランスを行うことは、ほとんど不可能です。
世界知的所有権機関(WIPO)によって知的財産権に関する国際条約が定められているものの、著作権制度というのは多かれ少なかれ各国で異なります。それゆえに競技者が先に引用した規定を忠実に守るためには、まず使用する音楽の著作権者が属する国の著作権制度を調べる必要があります。その上で、著作権者あるいは著作権を管理している組織とコンタクトを取って、音楽利用の許可を得るための手続きや交渉を行わなければなりません。しかし、そもそもこうして一個人が権利者を探してコンタクトを取るという権利処理のファーストステップがすでに極めて困難なことですし、たとえ権利者と接触できたとしても、彼らとの間で行うべき交渉や手続きは、著作権制度の専門的知識を要する複雑なものになることは必至です。しかも、その過程では決して安くない使用料の支払いが発生する場合も多々あります。こうした一連の権利処理にかかる手続きを、一個人である競技者やその関係者が遂行できるはずがありません。
実際、果たしてどれほどの競技者がこの規定を遵守できているでしょうか――。ISU主催の競技会に限定したとしても、毎年フィギュアスケート界では数千曲の音楽が利用されていますが、おそらく競技者が事前に許可を取った上で利用している音楽は一曲もないと思われます。恥ずかしながら、かくいう私も競技者であった頃は、一度たりともこの規定を守れたことはありません(ただし、プロスケーターであった2015年から2018年までの間は、プログラムを創作する前に必ず使用する音楽の著作権者から許諾を得る手続きを自ら行なっておりました)。守りたくても、この著作権規定は、もはや一個人の力ではどうにもならないことを要請しているのですから、致し方がないとも言えます。
つまり、この規定は実質的に中身が伴っていない、ということです。そしていまや、この有名無実化したルール131の著作権処理規定は、フィギュアスケート界において著作権侵害のリスクを高めたり、時として実際に深刻な著作権問題を引き起したりする根本原因となっていることを、第一に指摘する必要があります。
2. 米国スケート連盟が「音楽著作権処理に関する方針」を示すに至った背景
2012-2013年シーズンまでは、フィギュアスケート界において著作権に関する問題が発生することはほとんどありませんでした。なぜならば、従来フィギュアスケートで使用される音楽は、著作権が消滅してパブリックドメイン[註2]となったクラシック音楽などが多かったからです(著作権の保護期間も国によって異なりますが、日本や米国、欧州連合加盟国などの多くの国は著作者の死後70年までを保護期間と定めています)。しかし、この状況は翌2014-2015年シーズンに一変することになります。ISUがそれまで禁止していたボーカル入りの楽曲使用を解禁したのです。
これにより、ポップスやロック、ヒップホップ、EDMなど、フィギュアスケートの競技会で使用できる音楽ジャンルの幅は格段に広がりました。ところが、これらのジャンルの音楽には、パブリックドメインとなっているものがほとんどありません。そのため、これらのボーカル入り音楽をプログラムで利用する際には、著作権者から事前に許可を得る必要がありますが、フィギュアスケート業界の著作権処理をめぐる実情はといえば、有名無実のルール131があるだけで、競技者やコーチ、振付師に対する著作権啓発も行っていなければ、権利侵害が発生した際のリスクマネジメントも構築されていません。このような実態であるがゆえに、2014-2015年シーズンのボーカル曲解禁以降、フィギュアスケート界においては著作権侵害のリスクが格段に高まることとなりました。
元来、著作権とは情報の独占権であり、これをさらに噛み砕くと「自分が創作した作品(=著作物)を、自分のものとしたうえで、その作品の用途(=利用方法)を決めることができる権利」だと説明することができるでしょう。したがって基本的には、音楽をはじめ、あらゆる著作物の利用をめぐっては、著作権者の意思や意向が尊重されます。もし著作権を侵害した場合、権利者から当該著作物の利用の差し止めや、損害賠償が請求される恐れがあります。
もちろん競技会開催時の場合、「会場での音楽利用」にかかる権利処理は当該競技会の主催者が請け負っていますし、音楽をテレビで放送する上で必要となる権利処理は放送事業者が独自に行っています。しかし、そもそも音楽著作権者は自らの意に沿わない音楽利用に対しても、権利侵害を申し立てることができる場合があります。そのため、もし「自身の音楽はフィギュアスケートで利用して欲しくない」と考える音楽著作権者がいたならば、その権利者は競技者に対して音楽利用の差し止めを請求することができます。そうなれば、その競技者はたとえシーズンの途中であろうが、競技会の当日であろうが、プログラムの音楽利用を取りやめなければなりません。つまり、競技会に参加できなくなるということです。これまで世界中の誰もが、プログラムを創作する前に音楽著作権者から許可を得ることをしてきませんでしたので、フィギュアスケート界において競技者を訴える音楽著作権者が現れるのは時間の問題でありました。
そしてついに、2022年に開催された北京冬季オリンピックのフィギュアスケート競技において、実際に危惧していたことが現実のものとなりました。同大会のペア種目に出場した米国代表のアレクサ・クニエリム選手とブランドン・フレージャー選手の演技行為が、音楽著作物の無許諾利用に当たるとして、当該楽曲の著作権者が事後に訴訟を起こしたのです(この著作権者は同時にクニエリム&フレージャー組の演技を放送したNBCユニバーサルメディアとその子会社であるピーコック、ならびにUSAネットワークに対しても権利侵害を訴えました)。本件で著作権侵害の申し立てを行った原告は、①競技者やその関係者から著作権利用について連絡がなかった(つまり無許諾利用であった)ということと、②競技者の演技が放送される際、曲名や作曲者名の表示がなされなかったということの二点を根拠に、被告に対して音楽利用の差し止めと無許諾利用に伴う損害賠償を請求しました。確かに、原告である著作権者の主張通り、これら①無許諾利用や②曲名および作曲者名の非表示は、いずれも著作権侵害に該当し得る行為です。ちなみにロイター通信の報道“Olympic skaters and NBC settle with musicians over song use”(by Blake Brittain)によると、この訴訟はその後2022年7月に、クニエリム&フレージャー組をはじめ、米国スケート連盟やNBCユニバーサルメディアなどの被告側と、原告側である音楽著作権者との間で和解が成立したようです。
実は、公には顕在化していないものの、日本国内においても音楽著作権者から音楽利用の差し止め請求がなされた事例は発生しています。昨シーズンも私が知る限り2件起こりました。このようにクニエリム&フレージャー組の事例をはじめ、フィギュアスケート界では著作権問題が発生することが多くなってきたのです。今回、米国スケート連盟が「フィギュアスケートの音楽著作権に関する方針」を示すに至った背景には、こうした問題があると考えられます。
3.「音楽著作権処理に関する方針」の要点
おそらくクニエリム&フレージャー組の事例が決定打となって、米国スケート連盟はコンプライアンスの観点から音楽著作権処理のあり方を見直さざるを得なくなったのでしょう。今回、米国スケート連盟が示した方針には、著作権侵害を防ぐために競技者とその関係者が講ずるべき手立てが記されています。ここからはその方針の要点を解説したいと思います。
方針の要は、競技者やその関係者に対して、プログラムで使用する音楽を選曲する際に当該楽曲の著作権者から許諾を得ることを要請している点です。しかし、前節でも説明した通り、一個人である競技者やその関係者が直接著作権者から許諾を得ることは、現実的にほとんど不可能です。そこで米国スケート連盟は、米国の大手著作権管理団体であるASCAP(American Society of Composers, Authors and Publishers:米国作曲家作詞家出版社協会)とBMI(Broadcast Music, Inc.:放送音楽協会)の2団体と交渉し、この2団体によって100パーセント管理されている楽曲の包括的利用権を取得したようです。これに伴い、米国スケート連盟に所属する競技者は、同2団体が包括利用権を認めた楽曲を著作権者から直接許可を得ることなく利用できるようになりました。
では、どのように包括利用権が認められた楽曲とそうでない楽曲を識別するのかというと、先に挙げたASCAPとBMIのデータプラットフォームであるSongviewを使います。このプラットフォームに、楽曲名や作曲者名を入力し検索をかければ、その楽曲の著作権がASCAPとBMIにおいてどのように管理されているか、権利のステータスを調べることができます。この検索を行って、「100% Clear」というラベルが表示された楽曲は、米国スケート連盟によって包括利用権が取得されたものということになります。
この制度によって、米国の競技者は著作権処理にかかる膨大な手間を省くことができ、かつ著作権侵害を恐れることなく安心して音楽を使用することができるようになりました。ここに今回米国スケート連盟が示した方針のメリットがあります。
ただし、この包括利用権をめぐる制度には三つの問題があります。第一の問題は、この包括利用権の及ぶ範囲が、米国で開催される競技会でのライブパフォーマンス利用に限定されていることです。例えば、競技者の演技を撮影し、その映像をストリーミング配信したり、インターネットを使って公衆送信したり、DVDやその他のメディアで配布したりすることは認められていないのです。したがって競技者やその関係者、あるいはファンが当該競技者の演技映像を配信する場合、その映像から音楽を省いて無音の状態にする必要があります。もし音楽付きの演技映像を配信した場合は、著作権侵害に該当する恐れがあるので、気をつけなければなりません。これは日本の競技者やファンも同様です。米国選手の演技映像を何らかの形で配信する際には、無音の状態にする必要があることを覚えておいてください。
次いで第二の問題は、世の中に流通している楽曲の全てが包括利用の対象になっているわけではないということです。すでに説明した通り、包括利用の対象となる楽曲はSongviewにおいて「100% Clear」のラベルが表示されたもののみになりますが、フィギュアスケーターが使用するような楽曲がどれほどそれに該当するかは依然として未知数です。試みに、昨シーズンの世界選手権男子シングルで優勝した米国のイリア・マリニン選手がフリープログラムで使用した楽曲《Succession》(HBOドラマ「メディア王:華麗なる一族」サウンドトラックより、ニコラス・ブリテル作曲)が包括利用の対象になっているかどうかSongviewで調べたところ、この楽曲の権利はASCAPとBMIの2団体で管理すらされていませんでした。あくまでマリニン選手の事例を一例として調べたに過ぎませんが、包括利用の対象となる楽曲が極めて限定的である可能性があります。となると、米国の競技者が今後利用できる楽曲のバリエーションが著しく乏しくなる恐れがあります。この包括利用の範囲については、今後さらなる調査を行って実態を把握する必要があるでしょう。
そして第三の問題は、包括利用権を行使できる人間が、おそらく米国スケート連盟に属する競技者とその関係者に限られている点です。例えば、外国の競技者がISUグランプリシリーズ・アメリカ大会などの米国内で開催される国際競技会に出場する際、この包括利用制度の対象者となり得るのでしょうか。あるいは、これまで通り、外国の競技者が権利処理を行っていない状態で米国の楽曲を使用する場合も多々あると思いますが(というか、そのような競技者がほとんどだと思われます)、その場合、著作権侵害のリスクは従来よりも一層高まることになるのでしょうか。このように国際的な視点で見ると、この制度には曖昧な点が多いのです。
さて、この方針に関して私見を簡潔に示しておきたいと思います。フィギュアスケート業界がこれまで目を瞑つぶってきた著作権問題に初めてメスを入れ、競技者が安心して音楽を利用できるようにするための環境整備を図った米国スケート連盟の取り組みは画期的だと、私は評価します。ただし、先に示した通りこの制度は依然として、①包括利用の対象となる音楽用途が限定的であることと、②選曲できる楽曲のバリエーションが未知数であること、③国際的な視点で見たときに制度が曖昧であること、という課題を抱えています。今後これらの課題が克服できるかどうかが、この制度の成否を握る鍵になると考えます。
また、聞くところによると、今回同連盟がこの制度を示したのが6月下旬で、すでに多くの競技者が新シーズンで使用するプログラムの制作を完了させていたことから、米国の競技者とその関係者の間で混乱が生じているようです。この制度によって果たして本当に競技者が安全に、かつ競技活動に支障なく音楽を利用できるようになるのか――私自身、今後も米国内での動向を注視したいと思います。
4. 米国スケート連盟の方針が業界に与える影響と、筆者の緊急提言
昨今、こうして全世界的にフィギュアスケートの著作権問題が顕在化してきている以上、米国スケート連盟だけでなく、各国のスケート連盟も同様の対策に乗り出さないといけない状況になっていくことが予想されます。とりわけ国際スケート連盟は、全ての著作権問題の根本原因である有名無実のルール131を直ちに見直すべきでしょう。
例えば、今回の米国スケート連盟が示した方針を日本の環境に置き換えてみると、おそらく日本スケート連盟が日本音楽著作権協会(JASRAC)と交渉して、同協会が100パーセント管理している楽曲の包括利用権を取得する――。その上で、日本の競技者やその関係者は、同協会の音楽著作権データベースであるJ-WIDを用いて、自身が使用する楽曲の著作権が100パーセントJASRACの管理下に置かれているか確かめてから選曲する、ということになるのではないかと思います。
これはあくまでも米国の事例を日本に置き換えてみた場合どうなるだろうか、という個人的な想像に過ぎませんが、いずれにせよ、遅かれ早かれ全世界のフィギュアスケーターが著作権処理を徹底しなければならなくなる時代が訪れるでしょう。そこで最後に、こうした未来が到来することを想定して、フィギュアスケートの業界関係者に向けた緊急提言を記しておきたいと思います。
◉競技連盟に向けた提言
[提言1]連盟組織内における著作権実務課の創設
業界内の著作権処理・管理制度を整備したり、著作権問題に対応するための部署を連盟内に設ける、あるいはその準備をするべきだと考えます。
[提言2]業界内における著作権啓発の徹底
フィギュアスケート業界内において競技者、コーチ、振付師、クラブ組織に対する著作権啓発を徹底すべきでしょう。
[提言3]競技会参加登録時における音楽情報申告の要請
競技会の参加申し込みシステムに、プログラムの使用楽曲に関する詳細な情報を登録する仕組みを盛り込むべきだと考えます。現在のシステムも音楽情報を登録するようになっていると思いますが、楽曲名、作曲者名、作詞家、演奏者名、レーベル、レコード番号の全てが登録されるよう精緻化する必要があります。
[提言4]「氏名表示権」の遵守
提言3にて収集した音楽情報を、競技会を中継する放送事業者にも提供するなどして、競技者が演技を行う前に必ず詳細な音楽情報を放送画面に表示してもらうよう働きかけるべきです。また、連盟のウェブサイトや放送事業者の番組サイト等において、競技者の使用楽曲情報を公開するという方法も考え得るでしょう。こうして利用する音楽著作物の「氏名表示権」(著作権法第19条1項および90条の2)を遵守することが重要です。
◉競技者やその関係者に向けた提言
[提言1]著作権の基礎知識の習得
フィギュアスケートの競技を行う上で、音楽等の他者の著作物を必ず利用することになるのですから、教養として著作権の基本的な知識を身につけておくべきでしょう。著作権の基礎知識の学習においては、以下の著作がおすすめです。
●鷹野凌著・福井健策監修『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。:著作権のことをきちんと知りたい人のための本』インプレス, 2015年
●福井健策・二関辰郎『ライブイベント・ビジネスの著作権(第二版)』著作権情報センター, 2023年
●福井健策『改訂版 著作権とは何か:文化と創造のゆくえ』集英社, 2020年
●福井健策『18歳の著作権入門』筑摩書房, 2015年
●町田樹『若きアスリートへの手紙:〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社, 2022年(第13信〜15信が「踊るアスリートのための著作権入門」となっています)
[提言2]「同一性保持権」を尊重した音楽編集の徹底
音楽を作曲した著作者には「同一性保持権」(著作権法第20条1項)という、自身の創作した著作物が自らの意に反して変更、切除、その他の改変を受けない権利が認められています。もし意に反した改変を受けた場合、著作者は当該楽曲利用を差し止めることができます。プログラムを制作するうえで、音楽を競技時間に合わせて編集することはやむを得ないことですが、この「同一性保持権」を尊重し、無理な楽曲編集をしないように気をつけるべきです。具体的には、編集箇所を極力減らしたり、パッチワークのように別個の色々な作品を繋ぐような編集や、音楽構成の時系列を乱すような編集を控えることが重要です。
[提言3]使用楽曲に関するクレジットの明記
自身のウェブサイトを所有していたり、X(旧Twitter)などのSNSを利用しているスケーターは、新しいプログラムを初披露した際に、音楽(作曲、作詞、演奏等)に関係する創作者および実演家の氏名を発信するべきです。なお、これは競技会やアイスショーの主催者にも当然、当てはまります。
[提言4]音楽付き演技映像の公衆送信(インターネット上での発信)を控えること
すでに前節でも解説しましたが、競技会の主催者や連盟が行う著作権のクリアランスは、競技会等のイベントにおけるライブパフォーマンス利用に限定されています。したがって、音楽付き演技映像をインターネットで発信することに関しては許可を与えられていません。これまでも自身のSNSで音楽付き演技映像を発信するスケーターはいましたが、本来こうした行為は著作権侵害に該当する可能性がありますので、今後は米国の事例に倣って控えるべきでしょう。
◉フィギュアスケートファンや観戦者に向けた提言
[提言1]インターネット上での演技映像の拡散を控えること
米国スケート連盟が米国における音楽付き演技映像の公衆送信を控えるように要請している以上、日本国内においても同様の行為を控えるべきです。上記の競技者向け[提言4]の中で説明した通り、そもそも音楽等をSNSなどで拡散する行為は著作権侵害に該当する可能性がありますので、米国の競技者に限らず、フィギュアスケートの音楽付き演技映像をSNS等で拡散することに関しては、慎重になる必要があります。
以上が、今回の米国の事例を受けて、私がフィギュアスケート業界に伝えたい提言となります。著作権侵害が起こってしまうと、音楽著作権者とスケーターの双方が多大なる経済的および心理的ダメージを負うことになります。こうした悲しい事態を生じさせないためにも、一刻も早くフィギュアスケート業界は著作権侵害のリスクを抑える取り組みや、著作権啓発を徹底すべきです。
私も引き続き米国の動向を注視しながら、元フィギュアスケーターの研究者としてこの著作権問題に取り組み、研究の成果を現場や社会に今後も広く発信していきたいと思います。
【註】
[註1]クリアランスとは、著作権者に許可を取って著作物を利用できるようにすること。権利処理とも言う。
[註2]パブリックドメイン(PD)とは、著作権の保護期間が満了し、誰もが著作権処理なくして自由に使えるようになっている状態のことをいう。
【フィギュアスケートと著作権の関係をめぐる町田樹の論文および記事一覧】
フィギュアスケートにおける音楽と著作権の関係について
●[最重要]「フィギュアスケーターへの音楽著作権啓発」町田樹監修・音楽の友編『フィギュアスケートと音楽:さあ、氷上芸術の世界へ』音楽之友社, 2022年10月1日, pp.56-58.
●[最重要]「踊るアスリートのための著作権入門その一:あなたは著作物の利用者である」町田樹単著『若きアスリートへの手紙:〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社, 2022年4月5日, pp.317-331
●「橋本阿友子さん×町田樹さん特別対談#1:フィギュアスケートと音楽著作権の関係を語る!」『ONTOMO』(ウェブ記事), 音楽之友社, 2024年6月10日
●「橋本阿友子さん×町田樹さん特別対談#2:フィギュアスケートの振付・音楽演奏と著作権」『ONTOMO』(ウェブ記事), 音楽之友社, 2024年6月30日
●「橋本阿友子さん×町田樹さん特別対談#3:フィギュアスケートの音楽編曲と著作権」『ONTOMO』(ウェブ記事), 音楽之友社, 2024年7月22日
●「橋本阿友子さん×町田樹さん特別対談#4(最終回):「文化とAIの関係に未来はあるか」『ONTOMO』(ウェブ記事), 音楽之友社, 2024年8月10日
●「町田樹さんに聞く:フィギュアスケートと音楽と著作権」『KENDRIX Media』(ウェブ記事), 日本音楽著作権協会(JASRAC), 2023年5月24日
フィギュアスケートにおける振り付けの著作権について
●[最重要]「踊るアスリートのための著作権入門その二:振付師は著作者になれる」町田樹単著『若きアスリートへの手紙:〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社, 2022年4月5日, pp.332-351
●[最重要]「著作権法によるアーティスティックスポーツの保護の可能性」町田樹単著『アーティスティックスポーツ研究序説:フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』白水社, 2020年6月5日, pp.72-120
●[最重要]「著作権法によるアーティスティック・スポーツの保護の可能性:振付を対象とした著作物性の画定をめぐる判断基準の検討」『日本知財学会誌』第16巻第1号, 日本知財学会, 2019年6月1日, pp.73-96
●「芸術的スポーツの一般化」『毎日新聞』(有料ウェブ記事), 毎日新聞社, 2023年10月2日
●「芸術的スポーツ界への緊急提言(上)」『毎日新聞』(有料ウェブ記事), 毎日新聞社, 2022年1月3日
●「芸術的スポーツ界への緊急提言(中)」『毎日新聞』(有料ウェブ記事), 毎日新聞社, 2022年2月7日
●「芸術的スポーツ界への緊急提言(下)」『毎日新聞』(有料ウェブ記事), 毎日新聞社, 2022年3月7日
●「フィギュアスケートは著作物」『毎日新聞』(有料ウェブ記事), 毎日新聞社, 2021年5月3日
●「「他者の著作物、尊重を」「舞踊は一生続けたい」町田樹さんインタビュー(下)」『毎日新聞』(有料ウェブ記事), 毎日新聞社, 2019年12月29日