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小オキキリムイが自ら歌った謡「この砂赤い赤い」

『アイヌ神謡集』(知里1978)に登載された「小オキキリムイが自ら歌った謡「この砂赤い赤い」」(以下「この砂赤い赤い」と呼ぶ)の全文である。各行頭の行番号・アルファベット・記号が筆者による。

 

1〔A/〕〔この砂赤い赤い〕

2 ある日に流れをさかのぼって遊びに

3 出かけたら、悪魔の子に出会った。

4 いつでも悪魔の子は様子が美しい

5 顔が美しい。黒い衣を着けて胡桃の小弓に胡桃の小矢を持っていて

6 私を見ると、ニコニコして

7 いうことには、

8 「小オキキリムイ、遊ぼう。〔/A〕

9 〔B/〕①さあこれから、魚の根を絶やして見せよう。」

10 と言って、胡桃の小弓に胡桃の小矢を番え水源の方へ矢を射放すと、

11 水源から胡桃の水、濁った水が

12 流れ出し、鮭どもが上って来ると

13 胡桃の水が厭なので泣きながら

14 引き返して流れて行く。悪魔の子は

15 それをニコニコしている。

16 ②私はそれを見て腹が立ったので

17 私の持っていた、銀の小弓に銀の小矢を

18 番え水源へ矢を射はなすと

19 水源から銀の水、清い水が

20 流れ出し、泣きながら流れて行った

21 鮭どもは清い水に元気を恢復し

22 大笑いをして遊びさわいで

23 パチャパチャ川を上って行った。

24 ③すると、悪魔の子は、持前の癇癪を

25 顔に表して、〔/B〕

26 〔B´/〕①「本当にお前そんな事をするなら、鹿の根を

27 絶やして見せよう。」と云って、

28 胡桃の小弓に胡桃の小矢を番え

29 大空を射ると、山の木原から

30 胡桃の風、つむじ風が吹いて来て

31 山の木原から、牡鹿の群は別に

32 牝鹿の群はまた別に、風に吹き上げられ

33 ずーっと天空へきれいにならんで上って行く。

34 悪魔の子はニコニコしている。

35 ②それを見た私はかっと癪にさわったので

36 銀の小弓に銀の小矢を

37 番えて、鹿の群のあとへ矢を射放すと、

38 天上から、銀の風、清い風が

39 吹き降り、牡鹿の群は

40 別に、牝鹿の群はまた別に、

41 山の木原の上へ吹き下された。

42 ③すると、悪魔の子は

43 持前の癇癪を顔に現し、

44 「生意気な、本当に

45 お前そんな事をするなら、力競べをやろう。」

46 と云いながら上衣を脱いだ。

47 私も薄衣一枚になって

48 組み付いた。彼も私に組み付いた。〔/B´〕〔A´/〕それからは

49 互に下にしたり上にしあったり相撲をとったが、

50 大へんに悪魔の子が力のある事には

51 驚いた。けれども、とうとう、ある時間に、

52 私は腰の力、からだの力を

53 みんな出して、悪魔の子を

54 肩の上まで引っ担ぎ、

55 山の岩の上へ彼を打ちつけた音が

56 がんと響いた。殺してしまって地獄へ

57 踏み落したあとはしんと静まり返った。

58 それが済んで、私は流れに沿って帰って来ると、

59 川の中では鮭どもが笑う声

60 遊ぶ声がかまびすしくのぼって来るのが

61 パチャパチャきこえる。山の木原では、

62 牡鹿ども、牝鹿どもが笑う声

63 遊ぶ声がそこら一ぱいになって

64 そこにここに物を

65 食べている。私はそれを見て

66 安心をし、私の家へ

67 帰って来た。

68 と、小さいオキキリムイが物語った。〔/A´〕


続いて、大喜多(2012)に掲載された「この砂赤い赤い」のあらすじである。

 

あらすじ
――「小さいオキキリムイ」が川をさかのぼっていくと「悪魔の子」に出会った。「悪魔の子」は「小さいオキキリムイ」と遊ぼうと声をかける。はじめに、「悪魔の子」は、胡桃の矢を川の上流に放ち、川を濁らせた。それを嫌った魚たちは川を遡らず逃げていく。それを見て、「悪魔の子」は喜んだ。しかし、「小さなオキキリムイ」は川上に銀の矢を放ったので、川の水はきれいな水に戻った。すると、逃げていた魚たちは喜んで、再び川をのぼってきた。その様子を見た「悪魔の子」は癇癪を起こし、今度は「鹿の根」を絶やすために胡桃の矢で大空を射った。すると鹿たちはいなくなってしまった。しかし、「小さなオキキリムイ」が銀の矢を放つと鹿たちが戻ってきた。その様子をみた「悪魔の子」は癇癪を起こし、「小さなオキキリムイ」に力比べを挑んだ。しかし、「悪魔の子」は敗れ、地獄へと送られてしまった。

 

大喜多(2012)では以下のキアスムスを紹介している。

 

A 「悪魔の子」の出現

 B① 魚たちに悪戯をしてニコニコする「悪魔の子」

  ② 「悪魔の子」の「悪い行い」に腹を立て、魚たちを呼び戻す「小さなオキキリムイ」

  ③ 癇癪を起こす「悪魔の子」

 B´①鹿たちに悪戯をしてニコニコする「悪魔の子」

  ②「悪魔の子」の「悪い行い」に腹を立て、鹿たちを呼び戻す「小さなオキキリムイ」

  ③癇癪を起こす「悪魔の子」

A´地獄へ追いやられる「悪魔の子」

 

引用文献

大喜多紀明、2012、「『アイヌ神謡集』に掲載されたカムイユカㇻについての考察:修辞論的視点より」『人間生活文化研究』、22、147-158、大妻女子大学人間生活文化研究所。

知里幸惠、1978、『アイヌ神謡集』、岩波書店。