Researchlog by Noriko Arai

researchmap v.2の開発にあたって (1) 概要

researchmap v.2の開発責任者として、researchmap v.2の開発の経緯と仕様策定のコンセプトについて、書いておきたいと思います。

researchmapの開発の主眼は、2009年のスタート時から一貫して「研究者の多忙感を減らす」ことにあります。研究者は様々なシーンで、研究業績を提出する必要に迫られます。個人の業績もあれば、共同研究の報告書など複数の研究者の業績をとりまとめる場合もあります。その形式は、提出を求める主体ごとにバラバラです。そのことが、研究者の事務仕事をどんどん膨らませています。しかも活発に活動する第一線の研究者ほど多忙になる、職を求める若手研究者ほどつらくなる、という状況です。researchmapに研究業績はとりまとめてあるので、そのURLを送ればよい、各大学や機関はresearchmapからAPIで吸い上げればよい、という世界が実現されることを心から願って設計をしています。

次に、各大学や機関には、researchmapから取得した自大学・機関の研究者の業績を分析した上で、よりよい大学になるための戦略を練ることに時間やお金をかけてほしいと思っています。2020年の3月現在、まだ多くの大学(特に国立大学)が独自に研究者業績データベースを構築・メンテナンスしています。その主たる入力方式は、未だに手入力です。手入力はミスが生じやすく、何よりも研究者にとって負担が大きい。そのためでしょうか。各大学の研究者総覧等を眺めると、中途半端にしかデータが入力されていないことが少なくありません。研究者の中には、主要な論文は入力しても、自分が主著ではない論文(学生やポスドクが主著の共著論文など)は入力しないかもしれないし、学生が多い研究室では論文の存在自体を忘れていたりすることもあるでしょう。欠損した研究業績一覧では十分な分析ができないので、結局海外のデータプロバイダーからデータを購入している大学も少なくありません。それでは二重の意味で無駄遣いです。過去の経緯にとらわれず、researchmapを活用することで、限られた運営交付金を有効に使ってほしいと思います。

researchmapに集約された研究者の業績は所属機関にAPIで提供しています。これにより、所属機関が独自に構築してきた研究者データベースは不要になり、各大学で年間数百~数千万円かかっていた費用を節約できるでしょう。そうして生まれた予算が、より意義のある目的のために使われることを願っています。

私がかねがね、海外発のベンチマーキング(Times Higher Education、トップ1%研究者率等)の動向にメディアや政治が右往左往することで、人文社会系の研究者の研究がないがしろにされたり、日本固有の課題解決に勤しんでいる研究者が不当に低く評価されることを大変残念に思ってきました。researchmapという場で、全研究者が協力してデータベースを構築し、それに基づいて科学技術政策研究所(NISTEP)等が分析することにより、日本の大学、研究活動の有用性を国民に主張する根拠データを収集できることが期待できます。もしも、どこかに課題があれば、その原因がオープンかつフェアに議論され、場当たり的でない、科学的な科学技術政策がなされることを期待しています。

20世紀は、助手として雇用された大学で教授として定年を迎えるのが主流だったように思います。けれども21世紀になり、それはレアケースになりました。研究者がいくつもの機関の間を異動するのが普通のことになったのです。今後は、クロスアポイントメントや、産学官の兼務なども増加していくことでしょう。各大学は独自の研究業績管理システムを使っているので、異動するときに、それまでに入力したデータを異動先に持っていくことができません。(そのことも、大学の研究業績管理システムに入力するモチベーションがわかない原因のひとつでしょう。)researchmapは、研究者が異動したり兼業したりすることを前提として、生涯研究者に寄り添っていく研究者業績システムとして安定したサービスを提供し続けていきたいと考えています。

最後に、私はresearcmap v.1の画面がいつまでも「黒い」ままであることを極めて残念に思っていました。黒い=リンクがない=当該の論文や特許やソフトウェアにたどりつけない、ということを意味します。それでは、単に「リスト」でしかありません。researchmapを見る側・使う側にとってメリットはたいしてないでしょう。researchmapは研究者コミュニティのためのものでもありますが、国民は重要なステークホルダーです。researchmapにログインしない学生や国民にも、この場が有用であってほしいのです。それに、論文は読んでもらって、特許やソフトウェアは使ってもらってなんぼのもん、ではありませんか。v.2では、マイポータルが真っ青(リンク先がある)になり、論文には著者最終稿のPDFが添付されることを願ってやみません。

以上が、researchmap v.2を開発するにあたって2017年に掲げた目標であり、文部科学省総合政策特別委員会の議事録にも残っています。※1

研究者の多忙感を減らさなければいけない、というのは、文部科学省もFunding Agencyも大学も、当然共有していた問題意識です。ただ、安心して乗る船がこれまで存在しなかったことが、申請書ごとに異なる形式の乱立を招いていたのだと思います。この状況を打開するために、JSPSやJSTなどのFunding Agencyが研究業績リストの参照先としてresearchmapの活用を打ち出してくださったことに心から感謝しています。

 

 

※1 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu22/gijiroku/1409245.htm