研究ブログ

東北地方太平洋沖地震後の活動 - 5月末時点での状況

東北地方太平洋沖地震の発生から2ヶ月半以上が経過しました。私も地震の直後に「私に何ができるのだろうか」と考えた結果、以下のように課題をまとめました。

福島第一原発周辺の風向・風速を公開しました

  1. 気象データおよび放射線データの可視化
  2. 自然言語文ジオコーディングソフトウェア(GeoNLP)の開発
  3. デジタル震災文庫の構築
この2ヵ月半、本業プロジェクトと並行しながら主に1の課題に取り組んできました。そして5月末までの作業で、当初に想定した課題はおおむね完了したような区切り感を得ました。そこで本記事では、今までの2ヵ月半に何をしてきたのか、この機会に全体像を振り返ってみたいと思います。

なお、地震後の状況から気象データが最も活用できる事案は福島第一原発事故と判断して、その問題に集中的に取り組むことにしたため、東日本大震災の被災地は東日本全体に広がっているにもかかわらず、以下の取り組みは福島第一原発事故関連が主となっています。しかし、今後はもっと広い範囲に対象を広げていきたいと考えています。

リアルタイム更新観測・予測データ



地震の翌日あたりから福島第一原発事故の行方が大きな注目を浴び始め、風向き情報などの気象情報に強いニーズが発生しました。しかし私自身、最初の数日は後述するメディア情報の整理に注力していたため、原発の爆発から拡散に至る時期、すなわち気象情報へのニーズが最大に達した時期には、まだシステムの構築に取り組んでいる最中でした。そして最初のリアルタイム系データである福島第一原発周辺の風向きマップを公開できたのは3月22日、つまり関東地方に大量の放射性物質が沈着した日の翌日でした。後から振り返れば、肝心の時に間に合わなかったともいえます。

もし初日から風向きマップに取り組んでいれば、3月15日の大放出は無理だったとしても、3月21日の大放出には確実に間に合ったでしょう。その意味で見通しを誤ったという面も否定できませんが、緊急時に多数の作業を並行して進めるのは困難なことも確かで、優先順位付け(トリアージ)は常に考慮しなければなりません。そうした優先順位付けを結果論であれこれ考えるよりは、個々の作業を超高速で片付けられるようなインフラを災害前に整備しておくことの方が重要かなというのが実感です。極端な話、今後日本の他の場所で同じような事故が起きたとしても、今度は即座に風向きマップを公開できるでしょう(もちろんそんな必要が生じないことを願いますが)。緊急時には既存の道具をなんとか使い回すしか選択肢はなく、何かが起こってから新しい道具を泥縄で作り始めたって間に合いません。そうした日頃の備えの重要性というのを痛感した最初の時期でした。

ただし念のために付け加えておくと、上記のサイト自体が実は一から始めたものではなく、これまでの道具の使い回しという面があります。風向きマップと同等のデータは、すでに2007年6月からGPV Navigator (メソモデル)として公開していました。今回の作業はこれを、1) Google Mapsで見られるようにする、2) 風向きを矢印で描くようにする、3) アメダス風データと比較できるようにする、という3点において改良したものにすぎません。すでにGPV Navigatorにおいてデータを扱っていたからこそ、「あれをGoogle Mapsに載せればいいのでは?」というアイデアがすぐに浮かび、数日の作業で公開できたことも確かです。もし何もない状態から始めたとしたら、調査と構築に今回の何倍もの時間がかかったことは確実でしょう。

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過去データアーカイブ

上述のようにリアルタイム系データの公開はある意味では手遅れでしたが、その後になって福島原発で本当は何が起こったのか、放射性物質の拡散はどのように進んだのかという問題に関心が高まりました。そこで何が起こったのかを理解するための基礎データを提供するために、過去データの整理を始めました。

放射性物質の拡散に影響するのは主に風と雨です。そこで事故後の風と雨のデータを誰でも使いやすい形にして、ウェブサイトで公開しました。これを使って、事故を検証している人も見かけますので、基礎データを提供するという意味では一定の役割を果たせたのではないかと思います。私自身もこのデータに基づき、3/15の福島における放射性物質の拡散について後に検討しました。

ただ、こうした過去データの整理だけでは力不足であることも痛感しました。本当に威力があったのは、過去データを用いたシミュレーションでした。というのも、データだけでは「本当に欲しいパラメータ」が得られないことが多々ありますが、シミュレーションでは(実態と合う保証はないですが)より多くの欲しいパラメータが入手できるので、説明にも説得性があります。やはりデータベースをやるだけではなく、いつかはシミュレーションにも手をつけなければ、と感じたときでした。

放射線関連データと気象関連データの統合


最初は放射線モニタリングの体制も全く知りませんでしたので、最近はすっかり有名になったSPEEDIに関する調査を開始しました。上記サイトはSPEEDIシミュレーションへの入力データとなるはずだった、SPEEDIモニタリングポストに関する情報をまとめたものです。ただしSPEEDIデータや文科省観測データの空間放射線量観測値を可視化するサイトはこの時期にネット上に多数出現しましたので、私自身はそうした部分に手を出さないことにしました。

私はむしろ、福島県での放射能汚染状況を詳細に把握することの方に重要性を感じるようになりました。そこで福島県の調査による「福島県小・中学校等放射線モニタリング」データを使うことにしました。このデータは、おおむね統一された方法で同一の時期に県内を幅広く観測したもので、福島県内の放射線量を公平に比較できる優れたデータであると考えました。これをマップ化することで、福島県内の放射線量分布をかなり具体的にイメージできるようになりました。

この放射線量分布は2つの目的に活用しました。第一に、3/15の福島における雨量と4月上旬の放射線量との関係を比較することで、いわゆる「ホットスポット」と呼ばれる地域の特徴を見出すという目的です。その結果については気象レーダー降水量データとの比較にまとめましたが、種々の問題により明確な関係を見出すことはできませんでした。第二に、3/15の各種気象データと放射線量と福島原発事故の重大イベントという3種のデータの間に整合性のある説明を構築するという目的です。その結果については福島第一原発事故タイムラインにまとめました。苦労した割には明確な説明はできませんでしたが、必要に迫られて各種のデータを細かく眺めたおかげで、私自身は事故の推移に関する理解が深まったと感じています。

なおこの過程で、放射線量モニターデータまとめページにて多くの分野の専門家と意見を交換できたことが、個人的には印象に残っています。ある一つの問題に対して多くの分野の専門家が集まって、自分が最も得意とする分野で貢献を積み上げていくこと、それは今後の福島問題解決において非常に重要なことだと考えています。この2ヵ月半で、今まで知らなかったことをたくさん学びました。

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データベース検索支援

私はもともとデジタル台風を中心に気象データベースを構築してきましたので、その中には福島に関連する情報もたくさん蓄積されています。しかし、福島第一原発事故との関連という観点から整理してきたわけではありませんので、このサイトに初めて訪問した人がすぐに検索することは難しいというのが実情です。そこで、福島第一原発事故という観点からこのデータベースが検索しやすくなるよう、入り口として機能するコンテンツを作ることにしました。そこで選んだ主要な切り口がアメダスと台風情報です。

特に台風情報については、5月になって梅雨が近づいてきたこともあり、台風が原発に与える影響を知りたいという問い合わせが増えてきました。そこで、原発に接近する台風に関する風速・雨量の想定や、過去の台風で発生した災害など、デジタル台風の大規模データベースの探し方に関して説明を加えました。

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自己評価


さて、このような2ヵ月半に及ぶ取り組みは、どのくらいのインパクトがあったのでしょうか。最もアクセスが多かったコンテンツは福島第一原発周辺の風向きマップです。3/22から5/31のページビューは約37万となりました。このサイトの存在は主にツイッターを通して拡散していき、ツイート数も約6800に達しています。サイトオープンがある意味「手遅れ」だったにもかかわらず、それなりに利用されることになりました。

次に2011年3月11日から25日の気象データについては、利用者の数はそれほど多くないのは確かですが、他に類似データを提供しているサイトがないという意味では、一定の役割を果たしていると評価しています。強いて言えばSPEEDIが類似サイトに相当しますが、データが非常に使いにくい形で公開されているため、データアーカイブとしての役割を果たしているとは言えません。福島原発事故が長期化するにしたがって、今後はリアルタイムデータだけでなく過去データのアーカイブの重要性が高まってきます。データアーカイブを提供するという観点では、こうした方向性も重視すべきだと思います。

最後に福島県小・中学校等放射線モニタリングについては複雑な気持ちです。このサイトが活用されることがいいのかどうかも良くわかりません。学校での除染等の取り組みが進む中でこのサイトの情報自体も古くなりつつあり、ある時点での情報を記録するというアーカイブ的な価値は残っているものの、情報の活用にも注意を要する状態になりつつあります。福島県などが中心的な情報ポータルを作って、そこに情報が蓄積されていけばいいと願っています。


今後の取り組み


本記事では、主に課題1の「気象データおよび放射線データの可視化」に関する現時点までの取り組みを紹介してきました。ひとまずこれで、3月末に想定していたことはおおむね実現したかなと考えています。もちろん、計画はしていたけれどもその後不要になったこともあれば、計画はしていなかったけれどもその後必要になったこともあります。ただ、ひとまず現時点でまとまりのあるコンテンツになったという区切りは感じています。

今後の取り組みは課題2と課題3が中心になるでしょう。課題2については、私が最初に手をつけたメディア情報の整理などが関係します。

これは地震直後からYahoo! Newsの地震関連記事をクロールしているもので、私が地震後に最初に着手した作業というのが実はこれなのです。すでにデジタル台風:ニュース・トピックスで使っていた道具を使いまわせば地震情報の整理にも使えるのではないか、というのが当初の目論見だったのですが、実際にやってみると想定とは違う部分が多々あって作業は難航し、数日後には気象データに注力するよう方針転換をすることになりました。

その後、他の部分が多忙になったために整理は進んでいませんが、最低限のメンテナンスは続けています。準備不足で多少は漏れている記事もあるのですが、既に83000件以上のニュース記事を収集しており、今後も継続すれば記事数は10万件、20万件と日々増えていくでしょう。この記事を分析することにより、今回の東日本大震災とは何だったのか、後世から振り返ることもできるようになります。この部分は私の本業プロジェクトとも密接に関わることでもあり、次のステップとして本格的に取り組みたいと考えています。

さらに課題3は長期的なプロジェクトです。すでに複数の関係者とコンタクトは取っており、一員として加わることになるかもしれませんが、まだ具体化はしていません。このプロジェクトは今回の被災地全体をカバーするものになるでしょうし、私もなんらかの形で被災地とつながりを持った活動をしていきたいと考えています。私がこれまでやってきた震災対応は私個人が頑張るというタイプのもので、人々の力を集めるという形にはなっていません。そうした方面への発展も課題ですね。

もちろん、福島第一原発の事故はまだ収束にはほど遠く、今後も気象関連データの提供は続けていく予定です。

最近よく聞くのは、福島第一原発事故に関連するデータをきちんと揃えることは「世界に対する日本の科学者・研究者の責務である」という言葉です。世界から見れば日本は「事故を起こした国」です。その「事故を起こした国」の当事者として我々がしっかりした仕事をできないようでは、日本の科学者・研究者は世界に対して示しがつかないのです。もしチェルノブイリのデータが公開されなければ、きっと我々は「ロシアの科学者・研究者は何やっているんだ?」と言うでしょう。これと同じです。もしフクシマのデータが公開されなければ「日本の科学者・研究者は何やっているんだ?」というのが世界からの見方でしょう。「日本」というくくりで見られることを自覚する必要があるのではないでしょうか。

そうした観点から、フクシマの事故とその影響に関するデータを早く収集しなければならないはずなのに、全体的にどこか動きが鈍いように思えます。みんな自分のことを当事者と感じているのでしょうか?「我々は当事者である」という意識を、どうやって長期間持ち続けていくかが課題なのかもしれません。

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