福島第一原発における雨量と汚染水の水位上昇の関係
台風2号は5月の台風としては記録的な強風と雨量を記録して本州の東に去りました。台風が福島第一原発に与える影響の中でも特に気になるのが、福島第一原発における雨量の推移と、雨水の流入による建屋内の汚染水の上昇です。建屋の下に溜まっている水は高濃度の放射性物質に汚染されていますので、その水位が上昇すれば汚染水は構内から溢れて海に流れ込み、海洋汚染がさらに進行してしまいます。そこで福島第一原発周辺の雨量をモニタリングするためのサイトを、5月29日に公開しました。
福島第一原発周辺の雨量マップ(Google Mapsタイリング版)

このサイトは以前にオープンした福島第一原発周辺の風向きマップ(Google Mapsタイリング版)の姉妹サイトとして、風向きと同様に雨量に関する情報を提供します。ただし風向きと異なるのは、雨量の予測値だけではなく観測値も提供することです。汚染水位に影響するのは実際の雨量だからです。
上のグラフは最近72時間の雨量の推移を表しています。まず、福島第一原発構内には雨量観測所がありませんので、レーダーによる雨量の推定値を使うことにします。そして、原発から10kmと最も近い場所にあるアメダス観測所である浪江については、アメダスによる雨量の実測値とレーダーによる雨量の推定値を同時に表示しています。
このようにレーダー雨量に着目したのは、福島第一原発における雨量をレーダー雨量から推定できると考えたからです。しかし上のグラフは意外な結果となりました。グラフを見ると、5/30の午後になってアメダス雨量とレーダー雨量が大きく乖離し始め、アメダス雨量では増加が継続するのに対してレーダー雨量では増加が止まりました。最終的に両者の累積雨量は大きく異なりましたが、これはなぜなのでしょうか。
最初は、アメダス浪江と福島第一原発との距離10kmが違いを生み出したと考え、場所をアメダス浪江に揃えてアメダス雨量とレーダー雨量とを比較してみました。その結果、アメダス浪江上空のレーダー雨量は、地上のアメダス雨量よりも10km離れた福島第一原発のレーダー雨量に近い挙動を示しました。つまり、アメダスとレーダーの雨量の違いは、場所の違いではなく測定方法の違いが原因ということになります。
しかしアメダス雨量とレーダー雨量がいつも違うわけではありません。30日の午前までは、両者は同様の傾向を示していたのです。ということは、30日の昼間に何らかの変化があったはずですが、そこで考えられるのが雲の種類の変化です。気象衛星ひまわり可視画像でその様子を比較してみましょう。

2011年5月30日10時(ひまわり可視画像)

2011年5月30日14時(ひまわり可視画像)
福島第一原発はこの画像の中心にあります。11時にはゴツゴツ盛り上がった雲がこの付近に大雨を降らせていましたが、14時にはそれらの雲が抜けてもっと平らな雲がこの付近を覆っているようです。つまり昼ごろを境に、雨雲が背の高い雲から背の低い雲に変わった可能性があります。実際のところ、台風2号から変わった温帯低気圧は30日の午前に関東の南を通過し、台風本体の雲も30日の昼には太平洋に抜けましたので、これによって降雨の性質が変わったのでしょう。
さて、この変化が、レーダー雨量にどのように影響するのでしょうか。気象庁 | 気象レーダーによる観測についてによると、福島近辺を観測できるレーダーは仙台や東京にあります。ただ、東京と福島第一原発とを直線で結ぶと途中には山地が存在するため、その陰にある低い雨雲は東京からは見えません。一方、仙台との間にはあまり高い山はなさそうですが、距離が100km程度あるために地球の丸みが影響し、やはり低い雲は仙台からは見えません。気象レーダーでは一般に、背の高い雨雲は捉えやすく、背の低い雨雲は捉えにくいという性質がありますが、福島第一原発の周辺でも雨雲の種類が雨量の精度に影響を与えた可能性があります。
以上より、福島第一原発の雨量としては原発から10km離れているアメダス浪江の雨量を参考にした方がよさそうだ、という結論に達しました。ただしレーダー雨量も、上記の注意点を念頭に入れれば使い道はあると思います。
さて、東京電力の発表によると、29日の7時から30日の7時までの24時間に、1号機の原子炉建屋の地下では19.8cmの水位上昇が見られたとのことです。この期間の雨量は約60mm(=6cm)と見られますので、単に雨が建屋内に降ったというだけでは説明できない上昇で、雨水が外から流入しているのかもしれません。それに対して2号機や3号機の水位上昇は4-6cm程度と、実質的には雨量による増加以下でした。これらの場所では汚染水がより広い面積に広がっているため、水位上昇が少なくなるのかもしれません。
同様に31日7時までの24時間では、1号機の地下では37.6cm、2号機のトレンチでは8.6cm、3号機の地下では5.6cmの水位上昇となったようです。雨量としては前日の1.3~1.5倍ぐらいですが、水位の上昇は1.8倍~2倍ぐらいに達しています(雨水がない日の増加分は差し引いた場合)。まあ、雨が建屋に達してから地下の汚染水に達するまで、少し時間差が生じたとしても不思議ではありません。また2日間のトータルで見れば、2号機と3号機では雨がそのまま溜まった場合の水位上昇と同程度になると考えてよいのかもしれません。
汚染水の処理は福島第一原発の事故処理における最大の問題の一つですので、雨量と汚染水の関係については今後も見守っていきたいと考えています。
さて本ページの公開により、東北地方太平洋沖地震発生直後から取り組んできた「気象データプロジェクト」に関しては、当初に想定した計画をおおむね達成できたような気がしています。最終的に何がどうなったのか、今後の記事で簡単にまとめる予定です。
(追記 2011-06-29)レーダー雨量が過小評価である例を上に示しましたが、その反対に過大評価となる例を下に示します。

2011年6月28日前後の雨では、アメダス雨量とレーダー雨量はおおむね同じ傾向を示しており、一貫してレーダー雨量の方が過大評価になっています。こうなる原因はいくつか考えられます。
まず、レーダーの反射は雨粒の形状によって異なるため、レーダーを反射しやすい雨粒が含まれている場合にはレーダー雨量が大きめに出ることがあります。次に、上空では雨が降っていても、雨粒が落下してくる間に蒸発してしまい、地上には到達しない場合があります。特に雨雲の下の空気が乾燥している場合にこのようなことが起こり、これも過大評価の原因となります。最後に、雨粒が風に乗って移動することにより、上空で雨雲が存在する場所とは異なる場所に落ちることがあります。ただ、これは一時的なものですので、今回のケースには当てはまらないと考えられます。
その他、様々な原因がこの誤差に影響してくるため、そのすべてを明らかにすることは困難です。しかし、そういう問題が避けられないとしても、レーダー雨量はアメダス雨量のまばらさを補う重要なデータです。このような誤差が生じうることを把握した上で目安として利用するのであれば、十分な価値があることをここで繰り返しておきます。
福島第一原発周辺の雨量マップ(Google Mapsタイリング版)
このサイトは以前にオープンした福島第一原発周辺の風向きマップ(Google Mapsタイリング版)の姉妹サイトとして、風向きと同様に雨量に関する情報を提供します。ただし風向きと異なるのは、雨量の予測値だけではなく観測値も提供することです。汚染水位に影響するのは実際の雨量だからです。
上のグラフは最近72時間の雨量の推移を表しています。まず、福島第一原発構内には雨量観測所がありませんので、レーダーによる雨量の推定値を使うことにします。そして、原発から10kmと最も近い場所にあるアメダス観測所である浪江については、アメダスによる雨量の実測値とレーダーによる雨量の推定値を同時に表示しています。
このようにレーダー雨量に着目したのは、福島第一原発における雨量をレーダー雨量から推定できると考えたからです。しかし上のグラフは意外な結果となりました。グラフを見ると、5/30の午後になってアメダス雨量とレーダー雨量が大きく乖離し始め、アメダス雨量では増加が継続するのに対してレーダー雨量では増加が止まりました。最終的に両者の累積雨量は大きく異なりましたが、これはなぜなのでしょうか。
最初は、アメダス浪江と福島第一原発との距離10kmが違いを生み出したと考え、場所をアメダス浪江に揃えてアメダス雨量とレーダー雨量とを比較してみました。その結果、アメダス浪江上空のレーダー雨量は、地上のアメダス雨量よりも10km離れた福島第一原発のレーダー雨量に近い挙動を示しました。つまり、アメダスとレーダーの雨量の違いは、場所の違いではなく測定方法の違いが原因ということになります。
しかしアメダス雨量とレーダー雨量がいつも違うわけではありません。30日の午前までは、両者は同様の傾向を示していたのです。ということは、30日の昼間に何らかの変化があったはずですが、そこで考えられるのが雲の種類の変化です。気象衛星ひまわり可視画像でその様子を比較してみましょう。
2011年5月30日10時(ひまわり可視画像)
2011年5月30日14時(ひまわり可視画像)
福島第一原発はこの画像の中心にあります。11時にはゴツゴツ盛り上がった雲がこの付近に大雨を降らせていましたが、14時にはそれらの雲が抜けてもっと平らな雲がこの付近を覆っているようです。つまり昼ごろを境に、雨雲が背の高い雲から背の低い雲に変わった可能性があります。実際のところ、台風2号から変わった温帯低気圧は30日の午前に関東の南を通過し、台風本体の雲も30日の昼には太平洋に抜けましたので、これによって降雨の性質が変わったのでしょう。
さて、この変化が、レーダー雨量にどのように影響するのでしょうか。気象庁 | 気象レーダーによる観測についてによると、福島近辺を観測できるレーダーは仙台や東京にあります。ただ、東京と福島第一原発とを直線で結ぶと途中には山地が存在するため、その陰にある低い雨雲は東京からは見えません。一方、仙台との間にはあまり高い山はなさそうですが、距離が100km程度あるために地球の丸みが影響し、やはり低い雲は仙台からは見えません。気象レーダーでは一般に、背の高い雨雲は捉えやすく、背の低い雨雲は捉えにくいという性質がありますが、福島第一原発の周辺でも雨雲の種類が雨量の精度に影響を与えた可能性があります。
以上より、福島第一原発の雨量としては原発から10km離れているアメダス浪江の雨量を参考にした方がよさそうだ、という結論に達しました。ただしレーダー雨量も、上記の注意点を念頭に入れれば使い道はあると思います。
さて、東京電力の発表によると、29日の7時から30日の7時までの24時間に、1号機の原子炉建屋の地下では19.8cmの水位上昇が見られたとのことです。この期間の雨量は約60mm(=6cm)と見られますので、単に雨が建屋内に降ったというだけでは説明できない上昇で、雨水が外から流入しているのかもしれません。それに対して2号機や3号機の水位上昇は4-6cm程度と、実質的には雨量による増加以下でした。これらの場所では汚染水がより広い面積に広がっているため、水位上昇が少なくなるのかもしれません。
同様に31日7時までの24時間では、1号機の地下では37.6cm、2号機のトレンチでは8.6cm、3号機の地下では5.6cmの水位上昇となったようです。雨量としては前日の1.3~1.5倍ぐらいですが、水位の上昇は1.8倍~2倍ぐらいに達しています(雨水がない日の増加分は差し引いた場合)。まあ、雨が建屋に達してから地下の汚染水に達するまで、少し時間差が生じたとしても不思議ではありません。また2日間のトータルで見れば、2号機と3号機では雨がそのまま溜まった場合の水位上昇と同程度になると考えてよいのかもしれません。
汚染水の処理は福島第一原発の事故処理における最大の問題の一つですので、雨量と汚染水の関係については今後も見守っていきたいと考えています。
さて本ページの公開により、東北地方太平洋沖地震発生直後から取り組んできた「気象データプロジェクト」に関しては、当初に想定した計画をおおむね達成できたような気がしています。最終的に何がどうなったのか、今後の記事で簡単にまとめる予定です。
(追記 2011-06-29)レーダー雨量が過小評価である例を上に示しましたが、その反対に過大評価となる例を下に示します。
2011年6月28日前後の雨では、アメダス雨量とレーダー雨量はおおむね同じ傾向を示しており、一貫してレーダー雨量の方が過大評価になっています。こうなる原因はいくつか考えられます。
まず、レーダーの反射は雨粒の形状によって異なるため、レーダーを反射しやすい雨粒が含まれている場合にはレーダー雨量が大きめに出ることがあります。次に、上空では雨が降っていても、雨粒が落下してくる間に蒸発してしまい、地上には到達しない場合があります。特に雨雲の下の空気が乾燥している場合にこのようなことが起こり、これも過大評価の原因となります。最後に、雨粒が風に乗って移動することにより、上空で雨雲が存在する場所とは異なる場所に落ちることがあります。ただ、これは一時的なものですので、今回のケースには当てはまらないと考えられます。
その他、様々な原因がこの誤差に影響してくるため、そのすべてを明らかにすることは困難です。しかし、そういう問題が避けられないとしても、レーダー雨量はアメダス雨量のまばらさを補う重要なデータです。このような誤差が生じうることを把握した上で目安として利用するのであれば、十分な価値があることをここで繰り返しておきます。