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福島第一原発周辺の風向マップ:シミュレーションと観測値の違い

前回の記事で紹介した福島第一原発周辺の風向きマップ(前回の記事以降に名称変更)はおかげさまで多くの方にご利用いただいています。ただ、前回の記事であいまいなままにしていたのが、シミュレーションと観測値の違いです。もちろんシミュレーションの風と実際の風は異なるわけですが、そんな一般的な注意書きだけでは大して参考になりませんので、実際にどのくらい違うのかをもっと定量的に比較できるようにしました。

デジタル台風:リアルタイムアメダス風向・風速マップ(Google Maps/グーグルマップ版)



これは基本的に気象庁のアメダスで実際に観測した風向・風速を表示するためのページですが、そこに数値気象予報モデルGPVから計算した同時刻の風向・風速を重ね合わせることで、シミュレーションと実測がどのくらい一致するのかを目で見て確かめられるようにしました。上記ページを開いたあと、レイヤ選択で「GPV風向・風速」を選択してください。これで両者を地図上で比較できるようになります。

この図を見るといくつかの点に気付きます。

第一に、内陸の風が弱いところでは、両者の風向は必ずしも一致しないという点です。弱風の場合は風向が様々な局地要因に左右されるため、むしろ「風が弱い」ということの方に意味があり、風向はあまり信頼できる観測値とは言えません。

第二に、山地において風向が一致しない場所があります。これは地形的な影響が考えられます。たとえば谷のような地形では、そこに吹きこんできた風は谷の方向に沿って吹き抜けていきます。そのような場所では地形的な要因の方が強いので、GPVで粗く計算した風向とは一致しません。ちなみにこれはシミュレーションそのものの限界ではなく、もっと細かい地形の影響をシミュレーションに入れれば、そのような風をある程度計算することは可能です。単にそれを日本全国(世界全体)でやるのは計算が大変過ぎて無理ということによる問題です。

最後に、強風の場所や海岸沿い(特に風上が海)の場所では両者の風向が比較的一致しているという点です。これは、強風になると地域ごとの細かい要因よりも全体的な空気の流れが支配的になること、また海面は凹凸が小さいために地形のような影響をうけにくいこと、などが考えられます。こうした地域では信頼できるデータとして利用できそうです。

風というのは非常に難しい研究対象です。まず高さによってその様相は大きく異なります。特に地面に接する高さ数十メートル以内の領域では、様々な周期の乱流や日射による上昇気流(サーマル)が大気の流れを複雑にしており、そのすべてをシミュレーションすることはほとんど不可能です。また、先述したような地形の影響だけではなく、地表面の影響(市街地か、農地か、森かなど)も、そしてもちろん天気の影響(晴れか、曇りか、雨か)も受けますので、考慮すべき要因がとにかく多いのです。

このような複雑な影響を軽減するためには地面から少し離れた高さの風を計測する方がよいので、世界気象機関では風速を計測する基準を地上約10メートルに設定しています。GPV風向・風速データが地上10メートルとなっているのも、これを意図したものです(ただし高さを正確に計算しているというよりは、むしろ象徴的な意味合いの数字ですが)。

ただ、アメダス観測所にしても、いつでも地上10メートルの高さに風速計を設置できるわけではありません。例えば都市部に設置されたアメダス観測所では、規則どおりに地上10メートルに設置すると、ビル風の影響を強く受けることがあります。これは山地において谷の方向に吹く風と似ており、ビルという「地形」の影響を受けた後の風向を測ってしまうことになります。それではいけない(その地域の風向を代表していない)ので、もっと高い場所に風速計を設置して地形の影響を軽減することになりますが、そうすると障害物が地上よりも少なくなるため、今度は風速が見掛け上大きくなってしまいます。「正しい」風速を測るのはいろいろ難しいのです。

このように、アメダス観測所は実測なのだから「正しい」、シミュレーションは「正しくない」というような単純な話ではありません。ひとまず、内陸における風は局所的な違いが大きいことを理解したうえで、GPV風向・風速データをお使いください。

なお予想データについては、上記ページでは見られませんので、福島第一原発周辺の風向きマップ(Google Mapsタイリング版)の方をご利用ください。私の方では、引き続きいろいろな気象データをまとめていく予定です。

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