日誌

【提言】緊急時の研究者の助言スタイル:グループボイスの提案

グループ・ボイスの提案
〜ワン・ボイスの困難を補う、緊急時の研究者情報発信〜
JSTポータルより転載

横山広美
 
本提案についてはその後、1)「原発事故環境汚染: 福島第一原発事故の地球科学的側面」 東京大学出版会 2014年10月、2)Environmental contamination from the Fukushima Nuclear Disaster 10.4 Proposal for Group Voice, Cambridge Environmental Chemistry Series 2019年10月に掲載されました。
 
東⽇本⼤震災後、緊急時には研究者の意⾒をひとつにまとめて発表すべきであるという「ワン・ボイス」の議論が盛んに⾏われた。しかし緊急性を要したり、不確実性の⾼い科学の場合、「研究者内の合意形成」は必ずしも容易ではない。⼀刻も早く、有益な情報を科学者から国⺠に伝えるためにはどのようにしたらよいか。ここではワン・ボイスの困難を補う、「グループ・ボイス」について提案したい。

グループ・ボイスの提案
東⽇本⼤震災後、研究者の情報発信の形態や質にはさまざまなものがあった。その中でも迅速に確度の⾼い情報提供をしたグループには共通点があった。ここでは⼀例
として、原⼦核物理と地球科学のコミュニティの例を挙げたい。

彼らは福島第⼀原発の事故を受け、⾃らが貢献できることを考え、住⺠および⼟壌の放射線測定に名乗りを挙げた。ただ、研究者がいきなり活動に乗り出そうとしても、⾃治体や住⺠とのネットワークもないので勝⼿に活動をすることはできなかった。そこで、⽂部科学省と連携し、外から⾒ると⽂部科学省が研究者に依頼する形で、測定したデータを確実に世に出していくことに成功した。

⼤阪⼤学や東京⼤学の有志により⾏われたこうした活動を⾒ると、⽇ごろから共に研究活動を⾏っている研究者集団による「グループ・ボイス」注)が社会に貢献をしたことが分かる。「⽇ごろから共に」という点がポイントであり、信頼関係がすでにある間柄でこそ、合意形成が可能であった。分野によって流儀や常識が異なる中で、分野を越えた合意形成がどれだけ可能になるかは、現在でも未知数である。完璧を⽬指して何もしないのではなく、研究者の間でも意⾒の違いがあることを⽰しながら、政府・省庁を通じた発表を⾏っていけばよい。幸いなことに、インターネット環境がかなり整いつつある現在では、社会も⼤量の情報やさまざまな情報から、⾃らに必要な適切な情報を拾い上げることに慣れてきている。迅速性が要求されることもあり、その都度その都度、グループで真剣に議論をし、発表をしていくことしかできないだろうし、まさにそうした活動こそが社会にも求められるであろう。

注)「グループ・ボイス」は横⼭による造語である。ワン・ボイスが科学者全体の声に対して、グループ・ボイスはそれぞれのグループによって発せられる声という意味で⽤いた。

法整備、そして責任の所在の整理
そのためには、ワン・ボイスであってもグループ・ボイスであっても、下記の点はクリアにしておく必要がある。

1つ⽬は法整備である。震災直後、地球惑星科学の研究者が放射性物質の拡散のデータを公表することは、気象業務法に抵触するのではないか、という議論があった。
気象業務法の第17条には、「気象庁以外の者が気象、地象、津波、⾼潮、波浪⼜は洪⽔の予報の業務(以下「予報業務」という)を⾏おうとする場合は、気象庁⻑官の許可を受けなければならない」と定められている。放射性物質の拡散について迅速に情報を発信することが違法に当たるのかそうではないのか、当時ははっきりした情報を得ることは難しかった。

事前に予測ができるハザード(災害)については体制を整えることができるが、社会を襲う新規ハザードについては、柔軟に対応できることが必要である。そこで緊急時に、明らかに社会貢献を⽬的とした科学的情報の提供に関しては、平時の法律を超えて情報提供を⾏う可能性について、担当省庁が中⼼となり、広く議論し整備することが必要ではないだろうか。
 
2つ⽬は、責任の所在の整理である。研究者が情報を発信し、それが基になって予期しない混乱が⽣じた場合、その責任を誰が負うのか明確になっていないことも科学
者の情報発信⼒を鈍らせた。科学者の役割は科学的助⾔であり、政治決定においてではない。この点をクリアにしておく必要がある。

システムとしてのグループ・ボイス
緊急時に研究者が情報発信を⾏うのは、通常の研究成果の発表とは異なる。平時はそれぞれの論⽂誌に査読を経て、論⽂が掲載される。平時には社会に研究成果が発信
されるのは、論⽂誌の掲載を待ってからのことが多いし、コミュニティとしてそれを厳守する研究者もいる。研究者の情報発信の信ぴょう性を確保しているのが論⽂発
表になるからだ。しかし緊急時には論⽂掲載の前に、あるいはそもそも論⽂という形ではなく(つまり研究成果の発表という形ではなく)情報発信をすることが求められ
ている。

つまり緊急時の発表は、オーサライズがされていない。それをどのように担保するかが問題である。

筆者は下記の図のように考える。グループ・ボイスでさまざまな研究グループから、当該の問題に対する科学的情報が発信される。発表は、「責任の所在を明らかにす
る」点から、各担当省庁を通しての発表形態が好ましい。ただしこれらのプロセスを、国⺠が常にチェックすることができるよう、研究グループは省庁に連絡を⼊れる段階から情報を公開し、プロセスを明らかにする必要がある。
問題は、異なる意⾒を持つグループが対⽴する場合、あるいは複数のグループが異なる意⾒を述べている場合である。研究の⾒地からして、異なる側⾯を議論したり、
異なる⾒解を持つ研究者がいることはむしろ⾃然である。コミュニティは各グループに積極的な発⾔を求める⼀⽅、コミュニティ、つまり学会や⽇本学術会議などが推
薦する、あるいは評価するシステムを連動させるとよいのではないだろうか。例えば学会や⽇本学術会議のホームページに、それぞれのグループの成果をリンクすると
同時に、それぞれのグループを評価し、特に推薦するグループを⽰すなどの活動を⾏う。国⺠は学協会のグループへの評価を⾒ながら、それぞれの良しあしや活⽤でき
る点をピックアップすることができるだろう。

もう⼀点、重要なのは、リスクマネジメントの要である⾸相に、科学者を代表する助⾔者がつくことである。震災後、話題になった英国の⾸席科学顧問のように、⾸相
および政府に直接、意⾒をできる科学者は⾮常に重要である。緊急時のワン・ボイス発信の整備は、必ずしもグループ・ボイスと対⽴はせず、それぞれに整備を整えつ
つ、新規のクライシス(危機)に対して、社会にとってよりよい道を迅速に選択すればよい。要は議論の透明性であり、不確実性も議論の経過も、社会と共有しつつ進め
ることが必要だ。こうした整備が進むことで、科学者の⼒がクライシス時にも有効に社会に活⽤されることを願っている。