日誌

SSCの失敗に学ぶ(国際リニアコライダー)

SSCの失敗に学ぶ
国際リニアコライダー誘致の議論に関連して
横山広美

 国が財政の健全化を目指すなか、科学技術予算の中でもひとつの分野に集中投資する「大型科学(ビッグサイエンス)」をどのように考えるかは、科学技術行政の大きな論点のひとつになっています。 

 人類最大規模の大型科学に、「国際リニアコライダー計画」があります。この計画は直線状に30kmの加速器と呼ばれる装置を設置し、誤解を恐れず端的な言葉にすれば「宇宙の始まりを再現して物理学の統一理論を目指すための実験」です。

  国際的なチームが長い間、検討を続けていましたが、国際的ないくつかのステップを経て、日本国内での議論が進んでいます。2013年9月には、文部科学省の依頼を受け、これについて検討した日本学術会議が所見を公開(PDF)しました。現在、この所見をうけた議論が文部科学省内の委員会(リンク)で進んでいます。 

 人類はいくつもの大型科学を成功させてきました。しかしそのどれもがいつもうまくいくとは限りません。これからの大型科学を考える際に、過去の失敗から学ぶことは重要でしょう。今回は80年代にアメリカで計画され途中まで建設の進んだSSC(Superconducting Super Collider)計画が、どのような議論を経て中止になったのかを紹介します。 

 この内容は、現在、日本誘致の議論が行われている国際リニアコライダーの有識者会議の下にある素粒子原子核専門部会にて、SSC計画に中核の研究者として参加していた近藤敬比古高エネルギー加速器研究機構名誉教授の発表(主にS.Wojcickiのレビュー論文を参照)に基づくものです(リンク)。SSC計画の中止に至るまでの経緯は、日本の研究者からの報告も出ています。今回、近藤名誉教授によってまとめられ発表された内容は、これまで関係者の間でもあまり知られていなかった点を含むものでありここに紹介します。 

SSC計画の失敗に学ぶ 
SSC計画は80年代から90年台初頭にかけて、アメリカの科学再興を合言葉に推進された巨大プロジェクトです。周長84kmにもおよぶトンネルを掘り、その中に加速器と呼ばれる装置を設置して粒子を加速、正面衝突させて素粒子の実験を行う予定でした。

 そのころ、アメリカのこの分野の研究は、フランスとスイスの国境境に設置されているCERN(欧州原子核研究機構)を中心とする欧州に追い越されていました。そこで、SSC計画は、アメリカの科学を再興せよという掛け声のもと、多くの賛同を得ながら進められていました。1987年にはレーガン大統領が$4.5Bの予算を承認し、1989年にはテキサス州にSSC研究所が発足、建設が開始しました。 

 しかしSSC計画は、その後、いくたびもの波乱を越え、ほとんど成功を目前にしながらも1993年にアメリカ両院協議会で中止が決定されました。 主要な失敗原因は何か 近藤名誉教授は参考文献を整理し(主に当事者による優れたレビューである付属資料1)、主要な失敗原因3つ、間接的な原因を3つに整理しています。要約すると以下のようになります。 

【主要な失敗原因(主に付属資料1より)】 
1.建設場所の選定 テキサスという、まっさらな地を選んだのが間違いだった。多くの予期しないコストがかかり、また既存の研究所の将来計画などではなかったことから、つぶされやすかった。 

2.SSC研究所の経営に関する数々のミス
 軍のマネジメントを得意とする2つの会社が経営に入り、物理学者の伝統的な運営とは異なってしまった。所長選考に多くの人が関われなかったことや、所長と設計チーム(CDG)の間でビジョンが異なること、優秀な人材の獲得ができなかったことが問題だった。 

3.加速器の基本設計の変更
 1991年になって加速器の基本設計を変えた。当初、加速器の口径が4cmだったが、ビームのシミュレーションなどから不安が払しょくしきれず、5cmに変更した。当時は、安心できる設計になってよかった、と誰もが思ったが、後になって予算倍増の直接的現認になった。 

 関係者の間でもっともよく知られている直接的原因が「3.加速器の基本設計の変更」です。89年に$5.9Bだった予算見積もりは、設計変更により91年には $8.25B、完成が3年、延期することになり人件費を込みにするアメリカ予算で93年には $11Bに膨れ上がりました。 

 SSC計画がアメリカ政府によって承認されたのは87年のレーガン政権時でしたが、中止が決定した93年のクリントン政権時には、多くの新米政治家がアメリカの巨額財政赤字を健全化する主張をして当選していました。また当時は、国際宇宙ステーションの議論が進んでおり、SSCは「ちょうどつぶしやすいサイズ」であったと指摘されています。下院でSSC予算が否決された次の日に、宇宙ステーション予算が賛成216、反対215の1票差で可決されています。

 基本設計の変更が失敗の原因であることはよく知られていますが、「1.建設場所の選定」に大きな困難が伴ったことは、素粒子物理の研究者の間でもあまりよく知られていませんでした。大型実験には大型装置やそれを設置するのに適した地盤などが必要であり、多くの研究所が都心から離れた広い土地に設置されます。しかしここでの指摘は、すでに同じ分野の主要研究所が国内にあったにも関わらず、まっさらな地をあらたに選定して計画を進めたことは、状況が厳しくなった際に計画を存続させることが困難になった理由であると指摘されています。(日本の同分野の研究所は高エネルギー加速器研究機構ですが、こちらの地下はリニアコライダーの地盤としては適していないとわかっているそうです) 

 報告では、多くの人にSSCが失敗した原因として誤認されている、「国家プロジェクトの在り方」も説明されました。現在の大型科学は、国際プロジェクトで予算も分担制をとるのが常ですが、SSCはアメリカの国家プロジェクトとして始まりました。多くの論者が、SSCの失敗は国際協力を得ることができなかったからだと指摘していますが、それは違うというものです。

  S.Wojcickiは、国家プロジェクトであったからこそ早くに立ち上げることができたと述べています。また、国家プロジェクトであるからこそ、アメリカの科学技術を進歩させ、若い世代を刺激し、企業のハイテク技術の進歩に資するとして、国民および政府に支持されたとしています。逆に、SSCに外国による支援が入る議論については、アメリカ国内で反発が起こり、外国企業がハイテク契約を奪ってしまうとも指摘もあったとのことです。こうした考え方は、国際協力が前提の現在ではあまり考えられないものですが、当時のSSC計画へのアメリカの意気込みが感じられる興味深い議論です。

 教訓は何か
  
一連の報告からは、大型の科学プロジェクトを進めて行く際に教訓として記憶すべき点がいくつも指摘されています。科学の情報発信を行っている私の立場から興味深かったのは「MRIは高エネルギー加速器が発展させた」「高エネルギー物理学が超伝導を発展させた」といったことは、「誇大宣伝」と捉えられ、他分野の研究者の反発を招いたという指摘です。研究倫理の一環としても指摘される発表倫理の観点からも、都合のよい誇大宣伝は危険だと指摘されます。 

 また、SSCの中心はクリントン政権下で決定されましたが、当時のクリントン大統領はSSC計画を指示する理由に、雇用を促進することを挙げていました。しかしこうした、本来の目的外のことを主要目的のようにすり替えるのは危険です。報告書でも、アメリカ社会が基礎科学の価値を認識し、その元で計画を進めることが重要であるとの指摘があります。

 他にも、計画がスタートしたら当初スケジュールで進めることや、赤字は明確に抑制されること、技術達成度や社会への利益などに関して、過剰な楽観主義は大変な害になるとの指摘もあります。 ここでは、主に過去のSSC計画を元に紹介しました。いくつもの論点がありますが、こうした情報を広く共有しながらの議論が進むことを期待します。

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さらに興味のある方へ、以下も合わせてご確認ください。
横山広美 (2013)「ビッグサイエンスをいかに進めるべきか : 科学コミュニケーションの立場から(<特集>今後の学術情報流通)」, 情報の科学と技術, 63(11), 464-469,リンク