日誌

【提言】緊急時に科学コミュニケーターは何ができるか

緊急時に科学コミュニケーターには何ができるか
~「スキル・専門性・感情」の3つの壁を越えて~

一方井祐子、横山広美

東日本大震災後、社会と科学をつなげる役割を担う「科学コミュニケーター」もまた、悩みながら活動を展開した。しかし、一部は国費も投じられて育成された科学コミュニケーターの活動がもっと活発であるべきだったという批判もあった。我々は、当事者である科学コミュニケーター自身が、こうした批判をどのようにとらえたのか、また震災後にどのように活動をしたのか、あるいは何が壁となり活動が制限されたのかをテーマに研究を進めた(「東日本大震災後、科学コミュニケーターは何ができたか」 科学技術コミュニケーション 2016年7月 )。
この研究は、科学者ではなく、科学コミュニケーターに焦点を当てた。いつの時代にも人的リソースは限られている。東日本大震災後の地震、津波、原発、低線量被ばくなどが問題になった困難な時期に、異なる分野を足場に活動をしていた科学コミュニケーターが、いかに貢献することが可能であるかが主要な問いである。ここでは研究成果の要点を紹介し、さらに発展したオピニオンを述べたい。

約8割の科学コミュニケーターが批判を妥当と判断
日本では副業やボランティアで科学コミュニケーション活動をされる方も多く広がりは豊かだ。一方で今回、我々は、科学コミュニケーションを職業にして活動する「職業的科学コミュニケーター」に限って調査を行った。東日本大震災という経験のない大規模災害に直面し、職場で科学コミュニケーションをするにあたり、自らの活動の意味と責任に悩んであろうと考えたからだ。

その結果、約5割の職業的科学コミュニケーターが震災後の活動に限界を感じたこと、約8割の職業的科学コミュニケーターがSNSなどで展開した科学コミュニケーターへの批判を妥当・比較的妥当と考えていることがわかった。約2割は、職業的科学コミュニケーターはよく健闘した、定義がはっきりしない「科学コミュニケーター」に責任を押し付けるのはよくない、という意見もあった。しかし全体としては、職業的科学コミュニケーター自身が、批判を比較的妥当に思いながら、活動をするのに苦労をした様子が伝わってきた。

では、職業的科学コミュニケーターの5割は、活動にするにあたって、どのような限界を感じていたのだろうか。多くの職業的科学コミュニケーターが活動に限界を感じた理由として挙げたのは、情報発信に関する困難さだった。提供すべき情報をどのように取捨選択し、どのような手段やタイミングで発信するべきだったのか悩んだ、という回答が目立った。求められる専門性を理由に挙げた者もいた。また、震災後の皆が不安や苛立ちを感じる中で、声を上げることの難しさも指摘された。

立ちはだかったのは「3つの壁」
我々は上記の調査結果およびワークショップでの議論の結果、普段、科学をわかりやすく伝えたり、公衆との対話を重視して活動する職業的科学コミュニケーターが活動をしようとした際に立ちはだかった壁は「スキル・専門性・感情」の3つであると分析した。多くの職業的科学コミュニケーターは、一程度のスキルはあれど、震災後に求められたリスクを扱うスキルは持ち合わせていなかった。また、職業的科学コミュニケーターは多くの場合、得意とする専門分野をもっている。震災後に必要とされた放射線や地震学の分野をいきなり扱うのに苦労した職業的科学コミュニケーターも多かった。さらに、人々の感情が波立っている中、活動をするには困難があった。

我々は、すべての壁をとりはらった活動は難しいかもしれないが、スキルは普段に活用している、わかりやすく伝える、ことを徹底して行うことが重要であると分析した。震災後の混乱が続く時期、リスクコミュニケーションは確かに重要である。普段からリスクコミュニケーションに携わっている職業的科学コミュニケーターはもちろんリスクコミュニケーションで貢献が可能であろう。しかし、リスクコミュニケーションに不慣れな科学コミュニケーターがよりよい形で貢献するのは、慣れないリスクコミュニケーションに取り組むよりも、平時に活用している、わかりやすく伝えるスキルを活かせる活動であろう。

また、専門性については、職業的科学コミュニケーターが一から学んで情報を集めることには限界がある。また科学者もわかりやすく迅速に伝えてくれるスキルをもつ集団の助けが必要である。そこで、グループで発言を行う(「グループ・ボイスの提案~ワン・ボイスの困難を補う、緊急時の研究者情報発信」http://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20121206_01.html)科学者集団といち早く組むことを提案したい。これにより職業的科学コミュニケーターは、科学的内容についての最新の合意形成を見ながら、その責任は一程度科学者に預け、自らはコミュニケーションにおける責任を引き受ける形で活動できるようになる。両者の責任をはっきりとは分けられないという意見もあるだろうが、職業的科学コミュニケーターおよび科学者の両者の負担を減らし、よりよい貢献ができるひとつのモデルになるのではないだろうか。

感情については、対話活動を取り入れながら活動をしていく必要がある。震災後、特にSNSの議論は過熱し激しやすかった。その一方で、サイエンスカフェのような顔を合わせた対話の場において、専門家も共に悩んでいるというありのままの姿勢を市民に示すことで市民が得られる安心感があったことが報告された。コミュニケーション設計時に、何を目的に、誰に対して、どこで、どのような活動を行うかという点を整理してよりよい方法を検討する必要があるであろう。

困難なときほど、科学者は科学コミュニケーターと共に
ここでは調査に加えて二つの提言を行いたい。
ひとつは、日本学術会議をはじめ、科学者集団はもっと科学コミュニケーターと共に活動をすべきであろう、という点である。科学と社会がもっとも困難にあるとき、科学コミュニケーターは、社会の声に耳を傾け科学者を支援するもっとも強力なパートナーのひとつになり得るであろう。

もうひとつは、科学コミュニケーターが東日本大震災後のような困難な時期に活動するには、他の活動にもおそらく当てはまるが、「いつもやっている得意なことを最大限に生かして貢献すること」であろう。振り返ってみると当たり前のように思うが、当時はそうした分析もなく、どのような行動がもっとも効果的に貢献できる方法か、迷いながら進みながら考えたというのが実情である。

この分析が多くの科学コミュニケーター、および科学者に届き、議論の糧やいざというときの行動指針として使って頂ければ幸甚である。