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ガダラの豚

 大分前に書いた中島らもさんの『ガダラの豚』(集英社文庫)についての記事を紹介しようと思います。

 

 『ガダラの豚』のストーリー自体は呪術医を研究している大ボケ民族学者・大生部多一郎教授(名字は「おおうべ」と読みますが、私には漢字表記だと「だいじょうぶ」にしか読めません。)が新興宗教にのめり込んだ妻・逸美を奇術師のミスタ・ミラクルとともに救出するのが第I部、ケニアに渡って大呪術師・バキリから以前気球の墜落により死んだと思われていた娘の志織を奪い返すのが第II部、仲間の死を乗り越えて東京でバキリとTV局で対決するのが第III部という、ギャグあり格闘漫画テイストありの荒唐無稽なドタバタコメディです(人がいっぱい死にますが。。。)。基本的にただのコメディだと思って頂いていいと思うのですが、中島らもさんの素晴らしい所は重要なポイントもちゃんと押さえられている所です。

 

 一つは「超能力」や新興宗教の「奇跡」に対する大生部教授やミスタ・ミラクルの態度(名前の持つ怪しさは気にしないで下さい)で、本当は「超能力」や「奇跡」があるのかも知れないけど、何らかの「トリック」で説明できるのでそんな未知のものの存在を仮定しなければならないことはない、ということです。種明かしをすれば何だ、ということが次々と出てきますが、トリックや新興宗教に騙されてしまうのは普段から「こうだ」と決めつけていることと逆のことを目の前で示されて、実は違うのかも知れないと思うことです。どちらでも決めつけていることには変わりなく、逆のように見える事実の提示ですぐ逆転してしまうものです。こういったものに対抗する一番簡単な方法は、周りから邪魔を受けない所でその「現象」が自分で再現性を持って操作できるかどうか確かめて、それができなければ端からネタだと思うことだと思います。怪しげな所に連れ込まれたり、本筋とは関係のない何の役に立ちそうもない「能力」を見せられれば誰でも警戒するでしょうが、周りになじめばなじむほどトリックが見破りにくくなります。その時に何故そうなるのか、間の過程はブラックボックスでもいいので、少なくとも入力は自分が実際に操作できるよく知っているもので説明してもらえなければ、例え教科書に書いてあることでも「ネタだ」と思えばいいということです。実験系の研究者の方の中には「自分の実験以外全て信じない」という極論を述べられる方もいますが、何事でもいちいち確認をしておいた方がいいことは間違った態度ではないと思います。「未知のもの」を感じることは重要ですが、「生命力」とかいうよく分からない自分で操作できない概念で説明されても気にする必要はありませんし、科学の専門用語でも相手がよく分かっていないのをいいことにアナロジーが成り立たないのに適当につなげて話される場合もあるので、とにかく「未知のもの」を「既知のもの」に変える手がかりがなければ、「未知のもの」には手を出さない方がいいということです。センスのある人ならそれがどういう「トリック」なのか言い当てることができます。

 

 新興宗教の場合は、誰か大切な人が亡くなって心神喪失状態の時にそれらしい話をして心の隙間につけ込み、隔離して睡眠もとらせず理性の弱まった状態でマインドコントロールをするようなので、その時にこういったポイントが分かっていると助けになるかも知れません。『ガダラの豚』のプロローグでは阿闍梨の隆心師が「オカルティックなものが「非在」であれ「実在」であれ、「どうでもいい」ことなのだった。自分が認める認めない、客観的科学が認める認めない。そんなことは師にとっては「放っといたらよろしい」ことなのだ。」と考えていますが、これは仏教の「諸法無我」における神に対する考え方と似ています。自分の分かりようもない領域には手を出しても意味がない、ということだと思います。

 

 ストーリー自体は第II部・第III部で本当の呪術が出てきたり哲学が出てくるのでだんだんこういった方向からは反れてドタバタ劇になっていくのですが、それはご愛嬌だと思います。とても面白い本です。でもミスター・ミラクルが。。。(T_T)。あと、メカニズムなしに有意差うんぬんかんぬんだけで呪術の存在が認められたことにはならないです。それにらもさんご自分が麻薬をやっていたからって、小説中で中学生のいたいけない男の子に普通にマリファナを吸わせているのもどうかと思います。

 

 余談ですけど、物の本質を知ることが相手を無力化するという考え方は、世界中の神話で見られるそうです。もともとはSF作家のアーシュラ・K・ル・グゥインのファンタジー小説『ゲド戦記』でも、真の魔法がさぐりだすべきものは真の名、ものの本質ということになっています。案外こういったことにベースを置いているのかも知れません。

 

 中島らもさんは2004年に酔っぱらって階段から転落し、脳挫傷、外傷性脳内血腫のため亡くなられました。らもさんらしい亡くなられ方だったと思うのですが、小説・エッセイ・脚本はもとより、講演・ライブ活動も行われる多才な方だったので、惜しまれます。

 

 

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