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『はるかなる視線』抜粋

クロード・レヴィ=ストロースが著書『はるかなる視線』(みすず書房)で述べたことの一部を以前Twitterでtweetしたのですが、この場を借りて再掲しておきます。レヴィ=ストロースはフランス構造主義の走りですが、ここで述べられていることは生物学的にも数理的にもとても奥が深いことを一般的な語彙で示したものですよ。私が普段考えていることがとても上手く表現されていると思います。

「今日、遺伝学者は、現在の人口上の条件のために、先に述べたような有機的進化と文化的進化もあいだのフィードバック、人類に生物種の最高の地位を保証したフィードバックが、危険にさらされているのではないかと懸念しはじめている。個体群は規模が大きくなってはいるが、数は減少している。だが、各群内での相互援助の発達、医学の進歩、寿命の延び、生殖の方法の選択についての集団の成員の自由裁量などが、有害な突然変異の数を増大させ、それらの定着・恒久化への手立てとなり、さらには、小集団間の障壁が消滅して、種の再出発の機会となるような進化論的な実験の可能性を排除してしまっている。
もちろんそのことは、人類の進化が止る、あるいはこれから止るであろうことを意味するのではない。文化的進化が続くのは明白である。生物学的進化が持続する直接的証拠はないがー証明は長期にわたって検知される性質のものであるーヒトについては、文化的進化と生物学的進化が密接な関係にあり、文化的進化があることは生物学的進化があることを必然的に保証している。しかし、自然選択は一つの種が再生するための最大の利点であるという点からのみ判断されてはならない。今日生態系と呼ばれ、つねに総体として検討されなければならないものと、このような増殖との均衡を破るようなことになれば、特定の種が成功のあかしと考えていた人口の増大が、かえってその種にとって破局的であり得るからだ。人類が危険を察知し、それを克服し、生物学的未来を制御し得るようになったとしても、優生論を組織的に実践することが優生論自体を蝕む、という二律背反を克服できる方法はないと思われる。誤って、考えていたものとはまったく異なるものを作り出してしまうか、それとも成功して、作り出したものが作者に優り、それが、作者はなぜこれ以上のものを作れなかったのかを発見してしまうか、の二律背反である。」
「地理的な距離や言語・文化上の障害によって隔てられてきた集団が次第に融合してしまうことは、数十万年ものあいだ恒久的に隔離され、生物学的にも文化的にも各々異なった進化を遂げ続ける小集団の中で暮してきた、ヒトの世界の終焉を意味すると、私はこの講演のなかで再度にわたって強調した。」
「他を享受し他に融合し、他と同一化して、同時に、異なり続けることはできない。他との完璧なコミュニケーションは、遅かれ早かれ、他者のそして自分の創造の独創性を殺す。創造活動が盛んだった時代は、コミュニケーションが、離れた相手に刺戟を与える程度に発達した時代であり、それがあまりにも頻繁で迅速になり、個人にとっても集団にとってもなくてはならない障害が減って、交流が容易になり、相互の多様性を相殺してしまうことがなかった時代である。」 
ーレヴィ=ストロース『はるかなる視線』(みすず書房)より

ここで描写されたメカニズムが実際の人類進化を記述するかどうかはともかく、バックグラウンドとなっているメカニズム自体は私がさきがけの公募で落とされた実験での仮説とそっくりです。何だ、既にレヴィ=ストロースも看破していたのですね。いやはや。トクヴィルの著作もそうですが、こう数理モデルが目の前に浮かんで来るような書物は見事ですね。生物学者の方ならそれがどういったモデルなのか、容易に分かると思います。今度からレヴィ=ストロースも引用しないといけないでしょう。人類学者で私のプロポーザルを見た方は私がレヴィ=ストロースの影響を受けていると思われるかも知れませんが、本人は人類学もパッパラパーなので全く存じ上げていなかったのでした。

「一つの秩序から他の秩序への移行には重要な不連続性がみられる。」というクローバーの引用も、投稿目前のリーマンのゼータ関数の論文(現在は既に投稿中)の主旨とそっくりですし、<系統樹>という考えが古くて線の合流と離散の両方を考えた<束>として表すべきだというのも、数学的であると同時に1983年当時としてはモダンな考え方ですね。脱帽です。トクヴィルの著作と同じような興奮を味わっているところです。フランス論壇は一体どうなっているんだか。「読めるぞ!私にもレヴィ=ストロースが読める!」それにしても今年は毎日が濃いw

この考え方はがん細胞や数理生物の研究をやっている方なら何のことかは分かり易いと思いますが、多様性や共生関係の一面のみを強調される方には分かり難いかも知れません。要はクローン性と多様性のバランスの問題なので、最適解はどちらか極端なものになるとは限りません。
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