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素数に憑かれた人たち

ジョン・ダービーシャー『素数に憑かれた人たち リーマン予想への挑戦』(日経BP社)を読みました。著者の方は大学で数学の単位を数個取った方向けの本だと述べられていますが、それはおそらく欧米の教育システムでの話で、日本の教育なら大学の授業を受けていなくても高校レベルでついていけるくらい、懇切丁寧な解説が為されています。それで無理な部分は数学を専門にしないと細かいところまでのフォローはなかなか難しいでしょうので、高校生が数学や物理にはこんな面白いことがあるんだよ、ということを知るには良い一般向け啓蒙書だと思います。大栗先生の新書と一緒に物理の面白さを知るにもお薦めです。もちろん、大学教養の数学を一度勉強した方にもこの本は面白く読めるでしょう。本文にはこう書かれています。

 

……こんなふうに、初めて習ったときには見えない意味や姿が、他のことも知った中に置かれると見えてくることがある。見たところ抽象的な数学の世界が、具体的な意味をおびて見えてくるのはそういうときである。

 

リーマン予想とは、

 

「ゼータ関数の自明でない零点の実数部は全て1/2である。」というものです。

 

ゼータ関数は

$\zeta(s)=\sum_{n} n^{-s}$

で表される関数で、零点とは関数の値が零となる引数です。ゼータ関数は素数pを見つけるエラトステネスのふるいのような原理で、

$\prod_{p}(1-p^{-s})^{-1}$

と表される、素数と密接な関係のある関数です。もともとは素数定理

 

「充分大きなNに対して、Nまでの素数個数関数

$\pi(N)\sim N/logN\sim\int_{0}^{x} (1/logt)dt」$

となることを証明することに繋がる予想でしたが、素数定理の方は1896年にジャック・アダマールとシャルル・ド・ラ・ヴァレ・プーサンが証明しました。リーマン予想は現在でも未解決の問題となっています。ゼータ関数の応用としては量子力学の半古典的カオス系のモデルとなることがあり、その固有値、即ち零点の虚数部分はその系のエネルギー準位となり、素数の対数は周期的軌道に対応し、それらは時間逆転対称性を持たない不可逆なものになります。素数は量子力学だけでなく、情報通信の暗号の処理にも多大な役割を果たしていることが、リーマン予想の重要性を示しています。π(z)±πiとの関係を見ていると、円環の理も見えてきます(笑)。

 

リーマン自身の人となりを表している部分としては、以下のようなものがありました。

 

学者になったばかりの何年か、講義がリーマンには大きな難問だったことに疑いはない。聡明な知性や先を見通す想像力は、ふだんは表に出てこなかった。むしろ、その論証は大股で、リーマンほど頭が良くない者にとってはたどりづらかった。途中を詳述するよう求められると苛立ち、質問をした側の思考の遅さに合わせることができなかった……自分の進み方が速すぎるかどうかを学生の表情から判断してもみたが、それも悩みの種だった。何せ、自分にはどこから見ても当然だと思える点を証明してやらなければならないと感じさせるような表情を見せるのだ……

 

ベルンハルト•リーマンは純然たる「直観的」な数学者の例だった。この言い方には少々説明が必要である。数学者としての性格には大きく言って二つの成分がある。論理と直観である。一人前の数学者ならどちらもあるが、どちらかが優勢であることも多い。極度に論理的な数学者の例は、ドイツの解析学者、カール•ワイヤーシュトラウス(1815~1897)という、19世紀の後半に大きな業績を上げた人物である。ワイヤーシュトラウスの論文を読むのは、岩登りをする人を見ているようなものだ。一歩一歩、証明という足場をしっかりと固めてから、次の段階へと進む。ポアンカレは、ワイヤーシュトラウスの本には図が入っているものがないと言っている。実は一つだけ例外があるのだが、確かにワイヤーシュトラウスの、次へ進む前に注意深く根拠をつける精密な論理的進行と、幾何学的直観にはまったく訴えないところは、論理的な数学者の代表と言えるだろう。

リーマンはその対極にあった。ワイヤーシュトラウスが岩登りで、崖を少しずつ手順を踏んで進んでいくとしたら、リーマンは空中ぶらんこ芸人で、空中に大胆に身を投げても、空中のどこで目標に達するかには自信があって―見ている側からすると、しばしば危険なほど間違っているように見えるが―本人にはつかむべきものがあるのだ。リーマンには強度に視覚的な想像力があったことは明らかで、本人の頭の中では、ずばっと簡潔に結論に飛び移れて成果も伴っており、そのため、いったん足を止めて証明をしなければとは必ずしも思わなかった。哲学や物理学にも関心があり、そちらの分野について長い間じっくり考えて取ってきた概念五感を通じた感覚の流れ、それらの感覚の形式や概念への編成、導体中の電気の流れ、流体や気体の運動が、表面的には数学という形をとっているものの奥から顔を覗かせている。

 

数学者に限らず、研究者には皆当て嵌まる概念ですね。

 

 

素数の話を読んでいて思うのは、これを生物多様性と生物地理学の中立説を別の角度から見ることに使えそうだ、ということです。私は中立説に関しては同意するとかしないとかではなく、別の角度から解釈することを現在は考えているのですが、そこで見られる種と個体群の構造的違いに素数を用いた代数構造を当て嵌めれば、「種」の意義に関して一つの解釈が生まれるというものです。勿論データがない訳ではありません。

 

「種」の定義に関しては、

 

(I)「種」の客体が存在することが確実なこと

(II) 「種」の生物学的意義が解釈出来ること

 

の二点が生物学的に有用な定義をするのには重要です。「種」に否定的な方は(II)が理解出来ないあまり(I)に懐疑的になってしまう方が多いので、これらは並行して調べる必要があります。その(II)において、代数幾何学、位相幾何学、微分幾何学などが重要になってくるかも知れません。

 

Nine Zulu Queens Ruled China!

 

 

 

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