Researchlog by Noriko Arai

2011年3月の記事一覧

学校の情報化でまず取り組むべきこと

今回の東日本大震災に関して、責任を感じていることがひとつある。
それは、昨年春から開かれた「学校教育の情報化に関する懇談会」の委員として、「デジタル教科書の検討よりも、安心安全な学校情報基盤を構築することが優先課題である」ことをもっと強く主張すべきだった、ということである。
第5回の懇談会において、私は資料を提出しているが、その中で

どの学校も共通して使うであろう機能(学校ホームページ・緊急連絡網・バーチャルPTA・学校評価アンケート・児童生徒の学習成果公開・学校施設予約等)をオープンソースのパッケージソフトウェアとしてSaaS提供することにより、これらの問題をある程度解決できるのではないか?
SaaS化することで、学校はサーバ管理業務から解放され、災害時対応も可能となる。

と書いた。学校および教育委員会内にウェブサーバ・DNSサーバ・メールサーバを抱え込めば、その地域が災害に見舞われた際、すべての情報基盤が同時に利用不能となるリスクがある。クラウド上にそれらの機能を移転することによって、(そして、複数地域のデータセンターでバックアップをとることによって)今回のような大きな災害時にも、情報伝達手段が複数生き残る。特に、学校ウェブサイトがftp経由ではなく、http(あるいはhttps)経由でどの端末からも権限に応じて編集可能であり、携帯電話からも閲覧可能であることが、今必要な学校の情報化だと私が信じていたためである。

けれども、こうした地味な提案は、デジタル教科書導入による経済効果を主張する勇ましい声によってかき消されがちであった。懇談会内にワーキンググループが立ち上げられたときには、学校の情報基盤のクラウド化や持続可能な教育の情報化への方策は、「校務の情報化」のごく一部として位置付けられてしまった。さらには、校務の情報化のワーキンググループでは、指導要録の電子化という、ややテクニカルな議題に多くの時間が割かれたのである。

今回の震災によって、岩手県総合教育センターを始めとして、いくつもの学校ウェブサイトが停止した。(現在は、岩手県総合教育センターウェブサイトは復旧。)直接の被害を免れたところでも、計画停電によって、毎日ウェブサーバを落とさなければならない状況に苦しんでいる。ウェブサーバが落ちていれば、生徒たちに学校を休校にすることを朝になってから知らせる術はない。これではいったい何のためのウェブサイトであろうか。

そこで、私は改めて提案をしたい。
  1. すべての教育委員会・学校の公開系ウェブサーバとDNSサーバ(できればメールサーバも)はクラウド上に出してほしい。その際のポイントは、地域の小さなレンタルサーバではなく、複数の電力会社の範囲にデータセンターを置き、多重にバックアップしている災害に強いクラウド基盤を利用してほしい。(市や町の議会は、地域振興のために、域内の業者を使うことを強く求めるが、今回の件に関しては、その判断は正しくない。)
  2. ウェブサイトは、httpあるいはhttpsで経由で編集可能なCMSのようなシステムを採用してほしい。特定の教員が管理することを前提とするftp経由で編集するシステムは絶対に廃止してほしい。
  3. ウェブサイトの編集にあたって、端末側に特定のツールを必要とするようなシステムでは、非常時には対応不能となる。ブラウザのみで編集できるようなシステムであるべき。
  4. 複数の情報経由を確保するため、ウェブだけでなく国内主要携帯電話からアクセス可能なシステムの採用が必要である。
  5. 特定の企業の特定のソフトウェアが組み込まれていることを前提とする製品はしばしば一般のクラウド上で動作せず、採用リスクが高い。データベースはMySQLやPostgreSQL、言語はruby, php, javaなどオープンソースで構築されたシステムへのシフトがリスク回避のためにはマストである。
  6. 公開系のウェブサイトだけでなく、災害時に生徒や保護者のみに向けた非公開系のウェブツール(グループウェア等)が必要。
  7. 非公開系ウェブサイトを用いて生徒や保護者の安否確認を行う上において、「ウェブサーバには個人情報を保存してはいけない」との条例や内規がハードルになっている。これは改めるべき。
  8. 学校および教育委員会がクラウド利用をする際の指針を文部科学省は急ぎとりまとめるべき。その指針に従って、各教育委員会はこれまでの厳しすぎる条例を改め、クラウド利用を進め、安心安全な学校づくりに努めるべき。
来年度の早い時期に、文部科学省は学校および教育委員会がクラウド利用をする際の指針をとりまとめた上で、学校および教育委員会が現行のシステムからクラウド移行をするための補助金をつけるべきだと私は思う。そのことを強く関係者に対して(嫌がられたとしても)粘り強く働きかけていきたい。それが学校の情報化に関係した人間の使命だと思っている。

全国の学校数は4万強。私は自分が開発したNetCommonsの状況しか知らないけれども、NetCommonsをSaaSで買うと1校あたり年額10万円から15万円。教育委員会単位で申し込めば年額50万円程度のプランもあるようだ。
(ちなみに、NetCommonsを開発した国立情報学研究所も私も開発スタッフも、どの企業からもライセンス料やコンサル料などは頂いておりません。念のため。)
仮に1校がばらばらに申し込むとすると、4万校がクラウド化するのにかかる費用は40億円になるが、教育委員会数は2千弱なので、それぞれ50万円かかるとしたら、単純計算で10億円と割安になる。(単純に比較はできないが、総務省の「フューチャースクール」関連で22年度に支出された金額は、10校の実証実験に対して約10億円であった。)

ちなみに、今回の震災で、茨城県潮来市立潮来第一中学校では、NetCommonsで構築した学校ウェブサイトを使って、生徒・保護者の安否確認を行ったとの報告が既に寄せられている。

潮来第一中学校ホームページ

担当者の報告はこちら
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