錯視 日誌

2017年9月の記事一覧

微分積分学の誕生とニコラウス・クザーヌス

 たまたま書店で手に取った『微分積分学の誕生』(高瀬正仁著、SBクリエイティブ、2015)をぱらぱらめくっていると、ニコラウス・クザーヌスの肖像画が目に付き、どうしても読みたくなり購入してしまいました。クザーヌスは15世紀のドイツの神学者・哲学者です。私は神学を専門にしているわけではないのですが、クザーヌスとは何か縁のようなものがありました。じつは中学時代にドイツで通っていた学校の校名がニコラウス・クザーヌス・ギムナージウム(Nicolaus Cusanus Gymnasium)だったのです。そのため前々からクザーヌスがどういう人なのか、興味だけはもっていて、クザーヌスについて書かれた本なども買ったりしていました。ただその本はもっぱら神学に重点がおかれており、専門が離れているせいかそれほど読むこともできず、ほとんど積ん読でした。
 ところが『微分積分学の誕生』を見てみると、クザーヌスの専門書でないにもかかわらず、彼の学説の要点が数学の視点から端的にまとめられており、小伝まで付いていました。しかもその解説は私にとっては非常にわかりやすいものでした。これまで私が読んだ(それほど多くない)数学史の本の中では、クザーヌスにかなりの比重が置かれているといえるでしょう。特にライプニッツへの影響が詳しく記されています。この本によると、ライプニッツが曲線を
「無限小の辺を無限に連ねて形成される多角形」
と捉えた発想の淵源はクザーヌスにあったそうです。高瀬氏は次のようにも記しています。

 『実際にデカルト、フェルマー、ライプニッツと、三者三様の接線法が現れました。唯一の普遍的な答えがあるわけではなく、ライプニッツの場合にはクザーヌスの神秘思想の影響が感知されます。』(『微分積分学の誕生』(高瀬著)、p.159より引用)

 今からすれば、微分積分が神秘思想とつながるのはおかしく感じますが、当時は微分あるいは無限小という考え方はそのくらい得体の知れないものだったのでしょう。しかしその後の微分積分の役割を考えると、クザーヌスからライプニッツへの継承は、神秘主義から科学への飛躍と言えるのかも知れません。このように、多くの学者が神秘として厳密には扱えないようなものが、明晰な数学理論として捉えられ始めるとき、科学の理論的側面に大きな発展が起こるようです。

 ところでインターネットで検索すると、まだ Nicolaus Cusanus Gymnasium は健在で、その公式サイトのトップには次のように書かれていました。

Das NCG ist ein Gymnasium mit bilingualem deutsch-englishen Bildungsgang und mathematisch-naturwissenshaftlichem Schwerpunkt, das durch seine Gruendungssurkunde von 1951 den Leitideen des Nicolaus Cusanus verpflichtet ist.
  Sis hoc quod vis! -Sei das, was du willst!
  (Nicolaus Cusanus, 1456)
NCGはドイツ語-英語のバイリンガルな教育課程をもち、数学-自然科学に重点をおいた中高学校で、1951年の創立憲章以来、ニコラス・クザーヌスの基本思想に負っています。
 Sis hoc quod vis!  汝が欲するものであれ
 (ニコラス・クザーヌス、1456)
 ー以上筆者和訳

 Google map で調べてみると、友人たちと歩いた通学路のあたりは大筋、中学時代と同じ風景でした。日進月歩のインターネットで実感するのも変ですが、昔居たことのある所がほとんど変わっていないというのも感慨深いものです。

前回までの『私の名著発掘』はこちらへどうぞ

 

 

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越境する数学(岩波書店)の書評で表紙の錯視も

「越境する数学」(西浦廉政編著,岩波書店)の書評が出ています.
http://jom0.jsiam.org/13422 (JSIAM Online Magazine, 2017/7/28)
じつは,この本の表紙に錯視(新井仁之・新井しのぶ作)が使われています.
書評では,この錯視についても言及されていました!

表紙の錯視のモチーフを使って,別のタイプの錯視を作ってみました.
黄色い丸を見ながら,画面に顔を近づけたり遠ざけたりしてください.船が動いて見えます.(なるべく錯視画像は大きく表示していただくとよいと思います.)

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スタニスラフ・サックス『積分の理論』、今読んでもすごい

吉田耕作先生に「この発行年度までの研究を見事に集大成した力作」と言わしめたルベーグ積分あまたの教科書の原点。
スタニスラフ・サックス著『Theory of the Integral』(1937)。
80年前の本ですが、示唆に富んで今読んでもすごい。
いずれ書評を書きたい。
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色の対比錯視とその数学的研究 ITmedia NEWS

脳内の視覚情報処理の新しい数理モデルを用いた色の対比錯視の算出、色の対比錯視を解消するコンピュータによる答えは?

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1709/04/news016.html
ITmedia NEWS【連載】コンピュータで“錯視”の謎に迫る
第5回『2つ並んだ正方形、あなたは同じ色に見える? 「客のクレーム対応」で始まった錯視研究とは』東大・新井仁之教授が解説する錯視の世界。同じ色が違って見える「色の同時対比」という錯視を紹介する。

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