基本情報

所属
日本歴史学会
歴史研究会
放送大学大学院歴史研究会
(一財)熊本城顕彰会 理事
(公財)島田美術館 評議員
学位
学術修士(放送大学)

J-GLOBAL ID
201201097497161719
researchmap会員ID
B000219768

1948年長崎県生まれ。1985年より熊本県在住。2005年放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。1994年「宮本武蔵の夏の陣」(『歴史研究』400号)以来多くの武蔵論文を発表。2003年『宮本武蔵研究論文集』(歴研)で熊日マイブック出版賞受賞。2007年『加藤清正「妻子」の研究』(共著・ブイツーソリューション)で熊日出版文化賞受賞。近年は宮本武蔵・加藤清正・肥後加藤家研究家として講演・歴史講座講師、雑誌連載、NHK総合テレビなど各種歴史番組にも解説出演している。一般財団法人熊本城顕彰会理事・公益財団法人島田美術館評議員・熊本県文化協会理事・熊本県文化懇話会世話人(郷土史部門)・肥後の歴史物語と民話の会顧問


学歴

  1

論文

  17

書籍等出版物

  5

講演・口頭発表等

  19

所属学協会

  1

その他

  26
  • 2021年12月 - 2021年12月
    「忠義に厚き肥後の猛将・加藤清正」として 豊臣の忠臣・朝鮮の役の武功に虎退治で知られる清正の経歴と功績、人物像を史実に基づきエピソードを交えて紹介し、履歴書にまとめた。 明治政府に創られたスター、軍神に祭り上げられ大陸侵攻の国策に利用されたこと。朝鮮の役での実際の働きや、虎退治の真実、熊本城築城や利水・治水灌漑工事で肥後を豊かに変え農業・土木の神に祀られたこと、豊臣と徳川の間で苦悩するエピソードなど、全編に出演して解説。
  • 2020年5月 - 2020年5月
    宮本武蔵研究家・福田正秀と土門拳の弟子の写真家・藤森武による対談。 不朽の古典『五輪書』を著し生涯無敗の剣豪宮本武蔵と写真の鬼と呼ばれた土門拳、二人の求道者はいかにして自らの道を歩み、極めていったのか。知られざる貴重なエピソードと共に二人の生き方とその教えを学ぶ。武蔵の画に現れた優しさの秘密。土門が意外なほど若き頃武蔵に入れ込んでいた事実など。
  • 2019年9月 - 2019年9月
    明らかになった巌流島の決闘の真実とは。通説の武蔵の遅刻も、細川藩の係わりも、櫂の木刀も根拠のない伝説だった。相手の名も佐々木小次郎ではなかった。 その後の武蔵が仕官を求めて回国する姿も虚構。真実は大坂夏の陣で徳川方水野勝成の客将として活躍勝利し、その後は譜代有力大名家に次々と招かれ、養子を藩主側近に仕官させ伊織は家老にまで出世、自らは兵法を極め、晩年には熊本・細川家に招かれて、多くの芸術作品と兵法書『五輪書』を残し勝利者人生を全うした。今や武蔵の勝利の哲学が世界に広まり実践されていることを多くの写真とともに紹介。
  • 2019年9月 - 2019年9月
    英傑加藤清正が築き上げた肥後加藤家はなぜ改易になったのか、江戸時代から諸説があった。中でも忠廣の改易は豊臣の忠臣であった清正が原因の、徳川による豊臣恩顧大名潰しの謀略とする説が強かった。しかし当時の史料を徹底的に調査した結果、諸説はすべて否定された。加藤家は将軍家に守られていたのに、忠廣が原因の改易であったこと。その陰に女の闘争があった事、改易後の加藤家家族の顛末まで明らかに。
  • 2019年6月 - 2019年6月
    スタジオにCGの宮本武蔵と佐々木小次郎をゲストに招いて、巌流島の決闘の真実をトークで質疑応酬する。 1、二人は青年同士で対決したのではなく、小次郎は老人だった? 2、武蔵は遅刻していなく、同時に相会した。 3、武蔵は小次郎を殺してなく、蘇生した小次郎を隠れていた武蔵の弟子たちに殺された?など…。 いずれも諸説あるところを暴露する。最後は和解してハッピーエンドに。
  • 2019年4月 - 2019年4月
    人類の歴史に影響を与えた時代や人物、それにまつわる物語をテーマに特別に仕立てられた万年筆を世界限定制作する企画。2019年は日本の侍と決まり、『五輪書』の思想が世界に影響を与え、芸術家としても知られる剣豪宮本武蔵を題材とすることとなり、ドイツの制作チームの制作アドバイザーとして依頼を受け、製品の意匠、パンフレットの解説にアドバイスして完成させた。4月2日東京にファーバーカステル伯爵を迎え、完成発表イベントが行われた。日本の侍文化や宮本武蔵の『五輪書』思想が世界に広まる機会となる。
  • 2018年6月 - 2018年6月
    宮本武蔵の実像を明らかにしながら健康のヒントを得るという番組の中で、巌流島の決闘に大きく遅刻してきたというのはウソで、五輪書の「むかつかする」という教えから考えた創作。実際は「同時に相会した」ことを証明。また小次郎の長剣に長さで優る木刀を使ったのではなく、史料から武蔵の木刀の長さは小次郎の刀と同じ長さであったこと、勝ったのは武蔵が煌めく海を背に、渚の砂地という足場の悪さなど天の理、場の位を味方にする才能で有利に立って勝ったのではと新説を解説した。
  • 2017年10月 - 2017年10月
    10月29日熊本県水俣市文化会館にて公開収録 『加藤清正、ここがすごい!』コーナーを監修。「土木の神様」「文化の伝道者」「築城の名人」「愛され続ける清正公」の各テーマの史実とエピソードを紹介。 NHK総合テレビで12月10日放送。
  • 2017年8月 - 2017年8月
    BS朝日『日本の城見聞録』「剣豪 宮本武蔵が見た城 小倉城 姫路城 熊本城」に出演し、案内役の篠井英介氏を相手に島田美術館において武蔵の画と芸術、武蔵塚にて武蔵の墓と熊本の人々の武蔵に対する尊崇の深さについて解説した。
  • 2017年4月 - 2017年4月
    TV・BS-TBS『諸説あり!』第2回放送に出演し。通説の関ヶ原西軍説を覆し、武蔵は東軍德川方で戦っていたこと。島原の乱で武蔵が石に当たり負傷したと述べているのは不名誉ではなく武功の表現説。武蔵は強さと優しさを持った平和主義者だったという独自の新説を解説した。
  • 2017年3月 - 2017年3月
    TV放送大学『大学の窓』放送大学卒業生の歴史研究家・福田正秀の経歴と研究が特集される。終戦直後に生まれた団塊の世代として新聞配達をしながら奨学金で福岡県の高校を卒業、働きながら独自に歴史研究を進め、40歳後半に「人生の忘れ物=大学進学」を取りに放送大学に入学、大学院まで修了した思いと経緯を紹介。当時を知る放送大学の魚住孝至教授と杉森哲也教授が福田の研究法・論の立て方や研究姿勢について印象を語った。
  • 2017年2月 - 2017年2月
    「BOSSコーヒーのテレビCM 熊本城復興支援バージョン」時代考証 タモリが被災した熊本城を訪れると宇宙人ジョーンズがくまモンと現れ400年前の加藤清正が重臣たちと熊本城築城企画会議の場の天井裏に忍者姿でタイムスリップするドラマの時代考証と監修を担当。
  • 2015年10月 - 2015年10月
    TV・BS11『とことん歴史紀行』 武蔵が最晩年を過ごした熊本から、知られざる武蔵の真実を追う。島田美術館より、武蔵関係の展示物を解説しながら、巌流島の決闘の新説など、武蔵の兵法、芸術、ほぼ全編に出演して解説。
  • 2015年3月 - 2015年3月
    小学館月刊『サライ』4月号より連載開始~2016年3月号まで1年12回連載。 二天一流の剣豪・宮本武蔵が会得した兵法の道理は現代にも通じる教訓に満ちている。芸術家・文化人としても類稀なる才能を発揮した武蔵の書画とともに、求道者・武蔵の生き方と教えを紹介し読者の好評を博した。 文・福田正秀 写真・藤森武
  • 2015年2月 - 2015年2月
    小学館月刊誌『サライ』3月号巻頭特集・没後370年特別企画『宮本武蔵の真実』の解説と監修。 武蔵の実像を、「武士としての武蔵」「文人としての武蔵」に分けて解説。 略年譜を付ける。
  • 2014年9月 - 2014年9月
    肥後の歴史物語と民話の会「語り座」5周年記念本公演 歴史語り『武蔵と殿様肥後暦』原作執筆。 9月7日くまもと森都心プラザホールにて寿咲亜似の語り講演
  • 2013年10月 - 2013年10月
    『ジパング倶楽部』(交通新聞社)11月号特集「肥後に眠る 宮本武蔵」(4~15ページ)解説・監修
  • 2013年3月 - 2013年3月
    熊本城内歴史文化体験施設「湧々座」で大型スクリーン常時放映のバーチャルリアリティー映像新作「よみがえる熊本城 武将が守った名城を歩く」を、吉丸良治・北野隆・伊東龍一・福田正秀で監修。
  • 2012年10月 - 2012年10月
    NHH総合テレビ『歴史秘話ヒストリア』「熊本城を救った妻の大脱走~加藤清正のスーパー築城術」の参考文献に著書『加藤清正「妻子」の研究』(水野勝之と共著)が採用され、番組に識者・加藤清正研究家として出演、解説する。 http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/143.html
  • 2012年10月 - 2012年10月
    NHH『BS歴史館』「宮本武蔵 巌流島ミステリー」の参考文献に著書『宮本武蔵研究論文集』及び『宮本武蔵研究第2集 武州傳来記』が採用され、番組に識者・宮本武蔵研究家として出演、解説する。