市川 裕
イチカワ ヒロシ (Hiroshi Ichikawa)
更新日: 02/01
基本情報
- 所属
- 東京大学 大学院・人文社会系研究科 教授
- J-GLOBAL ID
- 201301012682806744
- researchmap会員ID
- B000229717
- 外部リンク
青春の一冊:キルケゴール『キリスト教の修練』杉山好訳、白水社、1963年。
私が東大文1に入学したのは、昭和47(1972)年の4月で、まだ東大紛争の余燼が残り、構内には立て看板が並んでいたが、私の中ではすでに紛争の熱気は去っていた。高校在学時から「しらける」という言葉がはやった世代で、何のために学ぶのか、という問い、否それ以上に、何のために生きるのか、に直面していたように思う。そのせいか、私は宗教、特にキリスト教思想に関心が湧いていた。といっても、元来キリスト教とは無縁で、聖書も読んだことがなく、聖書という本を書店で買うことさえ引け目を感ずるほどに、信仰からは遠い存在であった。どちらかといえば、クラシック音楽を通して西欧キリスト教文化に対しての憧憬が強かった。モーツァルトのレクイエムを歌うという合唱団に入団したのもそのせいである。1年生のとき、これぞと選んだゼミナールのなかに、「バッハのヨハネ受難曲を聴く」という科目があった。レクラム文庫版でテキストを読み、かつ音楽鑑賞をするという、きわめて駒場らしいゼミである。内容はおおかた忘れた。残っているのは、ぼろぼろのテキストと、それが縁で、担当の杉山好先生が訳されたキルケゴール『キリスト教の修練』を買って読んだことである。これも内容は忘れてしまった。きわめてまじめな本であり、厳しい生き方が説かれていたことは強く印象に残ったようである。というのは、続いて『愛のわざ』(上下巻)も読んだからである。詩人の愛と隣人愛が絶対他の関係にあるということは、今でも時々、講義で話題にするほど、心に刻印された。けれど、自分にとって1冊を挙げるとすれば、どうも『愛のわざ』ではないように思えてならない。そこで、実に久しぶりに、学生時代の本が並ぶ書棚から『修練』を取り出して開いてみた。「矛盾はその人を選択の前に立たせる。そしてその人がいかに、またなにを選ぶかによって、その人の実体が顕わされるのである」という箇所に、たった一ヶ所傍線が引いてあった。杉山先生の解説を見た。「・・・自分自身の生の現実のなかから、いわば汗と涙とそしてまた血を流しつつくみとってきた実存的弁証法をもって、キルケゴールはいまや本書において、聖書に伝えられたイエス・キリストその人の姿を凝視するのである」と。そうだったのか。私がおぼろげながらも、この本にある種の強い愛着を持ち続けていた理由がわかったような気もする。私は法学部を卒業してから、聖書研究に転じ、今はユダヤ教を専門にする研究者となった。はたして、この本は自分のそれ以後の生き方にどれほどの影響を及ぼしているのだろうか。こじつける必要はないが、この本は、自分がこれまで考えてきた以上に、深いところで人生への取り組みを方向づけたのかもしれない。こんなことを書くと、私をよく知る昔の仲間たちは、あっけにとられるにちがいない。人は見かけによらないものなのであるから。(40字x30行、改行なし)
私が東大文1に入学したのは、昭和47(1972)年の4月で、まだ東大紛争の余燼が残り、構内には立て看板が並んでいたが、私の中ではすでに紛争の熱気は去っていた。高校在学時から「しらける」という言葉がはやった世代で、何のために学ぶのか、という問い、否それ以上に、何のために生きるのか、に直面していたように思う。そのせいか、私は宗教、特にキリスト教思想に関心が湧いていた。といっても、元来キリスト教とは無縁で、聖書も読んだことがなく、聖書という本を書店で買うことさえ引け目を感ずるほどに、信仰からは遠い存在であった。どちらかといえば、クラシック音楽を通して西欧キリスト教文化に対しての憧憬が強かった。モーツァルトのレクイエムを歌うという合唱団に入団したのもそのせいである。1年生のとき、これぞと選んだゼミナールのなかに、「バッハのヨハネ受難曲を聴く」という科目があった。レクラム文庫版でテキストを読み、かつ音楽鑑賞をするという、きわめて駒場らしいゼミである。内容はおおかた忘れた。残っているのは、ぼろぼろのテキストと、それが縁で、担当の杉山好先生が訳されたキルケゴール『キリスト教の修練』を買って読んだことである。これも内容は忘れてしまった。きわめてまじめな本であり、厳しい生き方が説かれていたことは強く印象に残ったようである。というのは、続いて『愛のわざ』(上下巻)も読んだからである。詩人の愛と隣人愛が絶対他の関係にあるということは、今でも時々、講義で話題にするほど、心に刻印された。けれど、自分にとって1冊を挙げるとすれば、どうも『愛のわざ』ではないように思えてならない。そこで、実に久しぶりに、学生時代の本が並ぶ書棚から『修練』を取り出して開いてみた。「矛盾はその人を選択の前に立たせる。そしてその人がいかに、またなにを選ぶかによって、その人の実体が顕わされるのである」という箇所に、たった一ヶ所傍線が引いてあった。杉山先生の解説を見た。「・・・自分自身の生の現実のなかから、いわば汗と涙とそしてまた血を流しつつくみとってきた実存的弁証法をもって、キルケゴールはいまや本書において、聖書に伝えられたイエス・キリストその人の姿を凝視するのである」と。そうだったのか。私がおぼろげながらも、この本にある種の強い愛着を持ち続けていた理由がわかったような気もする。私は法学部を卒業してから、聖書研究に転じ、今はユダヤ教を専門にする研究者となった。はたして、この本は自分のそれ以後の生き方にどれほどの影響を及ぼしているのだろうか。こじつける必要はないが、この本は、自分がこれまで考えてきた以上に、深いところで人生への取り組みを方向づけたのかもしれない。こんなことを書くと、私をよく知る昔の仲間たちは、あっけにとられるにちがいない。人は見かけによらないものなのであるから。(40字x30行、改行なし)
研究キーワード
30研究分野
2経歴
1-
2004年 - 2010年
論文
17-
慶応義塾大学言語文化研究所紀要 (46) 49-69 2015年3月
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東京大学宗教学年報 (32) 1-19 2014年
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東京大学宗教学年報 (30) 89-101 2012年
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『CISMORユダヤ学会議4』同志社大学一神教学際センター 48-66 2011年10月 査読有り招待有り
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宗教研究 85(2) 293-317 2011年9月30日
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キリスト教文化研究所紀要 (30) 31-45 2011年
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共生学 (6) 36-56 2011年
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東京大学宗教学年報 (27) 1-15 2009年
-
哲学雑誌 121(793) 1-19 2006年
-
東京大学宗教学年報 (20) 1-14 2002年
-
筑波大学地域研究 8 173-195 1990年
-
東京大学宗教学年報 6 15-32 1989年3月20日
-
筑波大学地域研究 7 165-185 1989年
-
筑波大学地域研究 6 259-275 1988年
-
筑波大学地域研究 5 95-110 1987年
-
筑波大学地域研究 5 995-110 1987年
-
宗教研究 53(1) p1-24 1979年6月
MISC
13-
宗教研究 86(4) 767-768 2013年3月30日
-
ユダヤ・イスラエル研究 (26) 96-100 2012年12月
-
宗教研究 85(4) 1033-1034 2012年3月30日
-
ユダヤ・イスラエル研究 (24) 62-66 2010年12月
-
宗教研究 83(4) 1393-1394 2010年3月30日
-
宗教研究 82(4) 1064-1065 2009年3月30日
-
宗教研究 81(4) 1010-1012 2008年3月30日
-
宗教研究 80(4) 990-991 2007年3月30日
-
宗教研究 80(4) 1060-1062 2007年3月30日
-
宗教研究 79(4) 1053-1054 2006年3月30日
-
宗教研究 77(4) 883-884 2004年3月30日
-
宗教研究 76(1) 111-118 2002年6月
-
東京大学宗教学年報.別冊 8 29-31 1991年3月31日
書籍等出版物
10-
河出書房新社 2015年3月
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ドメス出版 2014年10月
-
阪急コミュニケーションズ 2012年12月12日 (ISBN: 4484122383)
-
朝倉書店 2012年 (ISBN: 9784254500158)
-
リトン 2009年12月 (ISBN: 4863760086)
-
山川出版社 2009年11月 (ISBN: 4634431378)
-
リトン 2008年10月 (ISBN: 4947668962)
-
岩波書店 2008年9月25日 (ISBN: 4000254081)
-
西南学院大学博物館 2007年
-
東京大学出版会 2004年4月 (ISBN: 4130104063)
共同研究・競争的資金等の研究課題
16-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(A)) 基盤研究(A) 2007年 - 2010年
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(B)) 基盤研究(B) 2006年 - 2009年
-
文部科学省 科学研究費補助金(特定領域研究) 特定領域研究 2005年 - 2009年
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(B)) 基盤研究(B) 2003年 - 2005年
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(B)) 基盤研究(B) 2003年 - 2005年
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(A)) 基盤研究(A) 2001年 - 2003年
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(A)) 基盤研究(A) 2000年 - 2002年
-
文部科学省 科学研究費補助金(特定領域研究(A), 特定領域研究) 特定領域研究(A), 特定領域研究 1999年 - 2002年
-
文部科学省 科学研究費補助金(特定領域研究(A), 特定領域研究) 特定領域研究(A), 特定領域研究 1999年 - 2002年
-
文部科学省 科学研究費補助金(国際学術研究, 基盤研究(A)) 国際学術研究, 基盤研究(A) 1998年 - 1999年
-
文部科学省 科学研究費補助金(総合研究(A), 基盤研究(A)) 総合研究(A), 基盤研究(A) 1995年 - 1997年
-
文部科学省 科学研究費補助金(総合研究(A)) 総合研究(A) 1993年 - 1994年
-
文部科学省 科学研究費補助金(一般研究(C)) 一般研究(C) 1993年 - 1993年
-
文部科学省 科学研究費補助金(国際学術研究) 国際学術研究 1990年 - 1992年
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(B), 基盤研究(B)) 基盤研究(B), 基盤研究(B)
-
文部科学省 科学研究費補助金(基盤研究(A)) 基盤研究(A)