研究ブログ

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「レシピのチュルク諸語」はいかにして生まれたか

0. はじめに

 この記事は、松浦年男先生が企画した「言語学な人々 (Advent Calecndar 2023)」(リンク)の13日目に当たる記事です。

 私、日髙晋介は、中央アジアで話されているチュルク諸語の研究を行っています。学部在籍時(2007年ころ)に出会ったウズベク語から始まり(詳しくは「言語学な人々 (Advent Calecndar 2021)」(リンク)の記事「ウズベク語との邂逅」(リンク)参照)、中央アジア全体にまで興味を広げられることができたのは15年前の自分には考えられませんでした。最近はチャガタイ語(15世紀あたりに栄えた中央アジアにおける文語)などの文献言語などにも興味が出てきており、研究を進めるにつれて、やはり言語は奥深いなあ面白いなあと改めて感じている次第です。一般のみなさんにも、そんな言語の奥深さを感じてもらいたく企画したのが、「レシピのチュルク諸語」です。本日は「レシピのチュルク諸語」(東京外大オープンアカデミーリンク)という企画がいかにして生まれたのかについてご紹介します。

 なお、Turkic Languages を指す言葉として「テュルク諸語」「チュルク諸語」という二種の表記が存在しますが、本記事では言語学での慣例を鑑みて「チュルク諸語」を一貫して採用します。 

1. そもそも「レシピのチュルク諸語」とは

 みなさまは東京外国語大学オープンアカデミー(リンク;以下OA)をご存じでしょうか。コロナ禍が始まる以前(2019年度まで)は、生涯学習の一環として、東京都府中市にある東京外国語大学にて対面で一般の方々向けに語学講座・教養講座が開催されてきましたが、コロナ禍(2020年度)を境に、オンライン双方向型講座となりました。通年講座は、二学期制(前期4月から7月まで、後期10月から2月まで)が採用されており、夏期には3日間の短期集中講座が用意されております。私も2020年からウズベク語初級・初中級・中級の講座を続けてきました。
 実は、OAにはチュルク諸語単体の講座は複数あるものの、一部の講座は受講生の人数不足で開講されなかったということもあり、自分自身としてもウズベク語自体に興味を持たれなくなったらおしまいだな…もっとウズベク語を周知しなくてはならん、という危惧がありました。そこで、その言語が話されている地域の料理レシピを題材にして、チュルク諸語のいずれか一言語を勉強したことのある人を、より一層チュルク沼(?)に引きずり込むためにこの企画を考えてみた、という次第です。

2. なぜ「レシピ」か―災い転じて福となす

 なぜ「レシピ」を題材にしようとしたのかと言えば、これもコロナ禍が関係しています。2020年4月に、当時の指導教員がサバティカルに行くということで、私に「アルタイ諸言語A」という講義の非常勤を任せてくださいました。この講義では、学部生に向けて、チュルク諸語・モンゴル諸語・ツングース諸語の言語と文化に広く触れてもらうことを目的にしました。コロナ禍以前に提出したシラバスでは、2回の課題(アクティブラーニング)の一回に「中央アジア料理を楽しむ」という、文字通り、日髙が受講生に中央アジア料理を振る舞う企画を考えていたのですが、2020年の前期は完全オンライン講義となったことでこの企画ができなくなってしまいました。また、当時はほとんどの学生が海外へ行くことが叶わなかったため、少しでもその言語が話されている地域の雰囲気を感じられるような方法はないかと考えていました。そこで、受講生の学習したことのある言語(留学生は母語も可としました)で書かれたレシピで、受講生自身でその料理を作って写真に取ってレポートにまとめてもらう、という課題を課すことにしました。さすが東京外大、学生が学習した言語の幅が広く、自分でも想像できない地域の料理を知ることができ、読んでいるこちらがたいへん勉強になりました。学生自身も自分が学習した言語のレシピを通じて料理を経験することで、普段とは異なった体験をすることができたのではないかと考えています。コロナ禍で慣れないオンライン授業に四苦八苦した記憶も当然あるのですが、「アルタイ諸言語A」での課題が面白かったなあという記憶が「レシピのチュルク諸語」に確実につながっているのだと思うと、あの時の苦労も無駄にはならなかったと思えます。

3. なぜ「チュルク諸語」か―今チュルク(テュルク)がアツい

 そして時は巡り、2023年。1.で紹介したように「学習者の裾野を広げるにはどうしたらよいか?」と考えるようになりました。そこで、所属が同じ(学振(R)PDで新潟大学の江畑冬生先生受け入れ)で、オープンアカデミーにて講座をすでに持たれた経験がある、アクマタリエワ・ジャクシルクさん(キルギス語母語話者でキルギス語とアルタイ語がご専門; researchmapリンク)と、菱山湧人さん(タタール語・バシキール語・チュバシュ語がご専門; researchmapリンク)にお声がけし、お二人から快諾をいただいたことでこの企画がスタートしました。そもそも同時代に同じ語族に属する個別言語の専門家が日本国内に揃っていること自体稀有なことだと思うのですが、アクマタリエワさん・菱山さんと所属まで同じになったとは思いもよりませんでした。お二人にも私が持っている危惧に理解を示していただき、何とか講座を開催することができました。
 ちなみに、「同時代に同じ語族に属する個別言語の専門家が日本国内に揃っていること自体稀有である」と書きましたが、そう今はチュルク諸語研究(者の層)がアツい(熱い・厚い)のです!一年あまりオンラインのチュルク諸語勉強会(研究会ともいえるでしょう)を続けた成果として、今年六月の日本言語学会では、アクマタリエワさん・菱山さん、金沢大学の菅沼健太郎さん(カラチャイ・バルカル語の発表をしていただきました; researchmapリンク)と、我々を受け入れていただいた江畑先生(researchmapリンク)とともに「チュルク諸語の副動詞にまつわる諸問題 ―節連結・副詞句・複雑述語―」という題でワークショップを行うことができました。いまでも月二回ほどチュルク諸語勉強会と称して、上記の方々のみならず、チュルク諸語を専門とする大学院生も議論に参加しています。

 同じく「言語学な人々 (Advent Calecndar 2023)」(リンク)の11日目には、吉村大樹さんによる「【完結編】『星の王子さま』で読むクムク語(4)」(リンク)も投稿されています。クムク語もチュルク諸語に属する言語ですが、日本語で解説を読めることはまずないと思いますので、興味のある方は是非ご一読を。

4. おわりに

 …ということで、いかにして「レシピのチュルク諸語」が生まれたかについて述べてきました。本当にいろいろな巡り会わせがあって、この企画が実行できたのだと改めて感じることができました。肝心の中身については、言語学フェス2024にて「レシピのチュルク諸語―つまみ食い編―」という題で、今年度の講座内容の簡単な紹介をします!ぜひお越しくださいませ。

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学振PD 1年目(2022年度)の振り返り

 口頭発表と論文、授業、勉強会主宰、現地調査とネットワーク構築の4つに分けて2022年度を振り返ろうと思います。

口頭発表:
1.「ウズベク語における小詞 =chiの機能」日本言語学会第164回大会, 2022年6月18日.
2. The “converbs” based on participles in Uzbek. International Conference Towards a diachronic typology of converbs, 2022/10/6.
3.「ウズベク語において推量を表す二つの分析的形式にはどのような差異があるか」日本言語学会第165回大会, 2022年11月12日.
4.「ウズベク語における文末小詞 =a/=ya の機能」日本北方言語学会第5回大会, 2022年11月26日
5.「ライトニングトーク」AA研共同利用・共同研究課題 チュルク諸語における情報構造と知識管理―音韻・形態統語・意味のインターフェイス― 2022年度第2回研究会, 2022年12月17日.
6.「中央アジアのチュルク語におけるモダリティ対照の試み」言語学フェス2023, 2023年1月28日.
7.「ウズベク語における o‘xsha-「似る」のモダリティ用法(試論)」2022年度ユーラシア言語研究コンソーシアム年次総会「ユーラシア言語研究 最新の報告」, 2023年3月29日.

論文:
1.「中央アジアのチュルク諸語におけるモダリティ対照の試み」『言語の普遍性と個別性』14: 109-135.
2.「ウズベク語における推定・可能性を表す分析的表現の差異― V-sa kerak と V-(i)sh mumkin に注目して―」『北東アジア諸言語の記述と対照』3: 79-98.
3.「ウズベク語における小詞 =chi の機能」『北方言語研究』13: 17-37.

 ご覧の通り、ウズベク語を中心とした業績になっています。言語学フェスで思い切って、中央アジア五言語に取り組み、論文にまとめられましたが、今年度はウズベク語以外の言語にもっと踏み込んでいきたいと思います。もし上記の論文が読みたいという方がいらっしゃいましたら日髙までご連絡くださいませ。
 2022年度は挑戦が叶いませんでしたが、2023年度は『言語研究』と Turkic Languages への投稿や日本語以外での論文執筆にも果敢に挑戦していきます。
 
授業:
1. 東京外国語大学オープンアカデミーウズベク語 ウズベク語(初級I, II、初中級II, 中級I、旅行で使えるウズベク語)

 今年度はオープンアカデミーで、ウズベク語のクラスを3レベルで開講することができ、夏期講座の「旅行で使えるウズベク語」も開講できました。特に夏期講座では、申し込み開始後3日で満員となりました。4月から新しいクラスが始まりますが、みなさんの期待を裏切ることのないように、引き続き、努力しようと思います。
 今年の前期は、東京家政学院大学で「外国の言語と文化 a」という教養科目でウズベキスタンの文化と言語についても教えます。ウズベキスタンに馴染みがなさそうな学生さんたちに興味を少しでも持ってもらえるように、言語以外の観点からもウズベキスタンの魅力を伝えて行ければと考えております。

勉強会主宰:
1. チュルク諸語副動詞勉強会

 去年5月あたりから、チュルク諸語研究の若手を集めて、オンラインで副動詞に関する勉強会を続けてきました。私自身、博士論文で準動詞形式である形動詞と動名詞を扱ってきましたが、副動詞は扱い切れなかったので、周りの人とともに勉強しながら研鑽を続けてきました。その研鑽の甲斐もあって、10月にはイタリアでの副動詞に関する国際学会に出席できました。発表でも様々なコメントを頂けましたが、様々な言語の研究者とも交流でき、大変有意義な時間を過ごすことができました。
 今年も引き続きテーマを変えて勉強会を続ける予定です。チュルク諸語研究に関心のある方の参加をお待ちしております。

現地調査とネットワーク構築:
1. ウズベキスタン(タシケント:ウズベキスタン科学アカデミー言語文学研究所、世界言語大学、日本センター、サマルカンド:サマルカンド外国語大学)2023年2月10日から21日.

 4年ぶりの再訪となりました。主に、調査とネットワーク構築のために伺いました。日本センターでは、先生や日本語を学ぶ学生さんに質問票調査にご協力いただき大変世話になりました。世界言語大学と東洋学大学の日本語講座にもご挨拶に伺いました。世界言語大学の日本語講座は、私が2016年に日本語教師として勤務していました。当時の教え子たちが先生として活躍しており、大変感激しました。科学アカデミー言語文学研究所では、留学当時にお世話になったGulom Ismoilov氏と7年ぶりくらいに再会し、研究談議に花を咲かせました。サマルカンド外国語大学でも、ウズベク語講座長のXurshidjon Xayrullayev氏と講座のメンバーと打ち合わせを行い、今後も連携を取り合うことを約束しました。
 今年度は、ウズベキスタン以外にも、調査・ネットワーク構築に伺う予定です。

以上、2022年度の振り返りでした。

学振PDの時間は、研究に全てのエフォートを費やせるゴールデンタイムですので、健康に気を付けながら引き続き研究に邁進していく所存です。引き続き、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

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中央アジアのチュルク諸語【入門編】

こんにちは、日髙晋介です。

一年ぶりにこの研究ブログに戻ってまいりました。

今年も松浦年男先生ご企画の「言語学な人々 Advent Calendar 2022」の一記事として執筆します。

昨年も、同企画の「言語学な人々 Advent Calendar 2021」の一記事(12/20分)として「ウズベク語との邂逅」を書きました。私とウズベク語との出会いを知りたい方は、ぜひリンクから昨年の記事もご覧ください。

今年は、いま取り組んでいることと、それに関連して、中央アジアのチュルク諸語について具体的な例を少々書いていきます。


私が今取り組んでいるのは、「中央アジアにおけるチュルク諸語のモダリティ体系の解明」というプロジェクトです(詳しくは言語学フェスでご紹介します)。

中央アジアは、おおよそ以下の地図の緑の部分(ただし、新疆ウイグル自治区が入っていません)です。

(出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8609942

拡大すると、下記のような国々が含まれます。タジキスタンではインド・イラン語派イラン語群のタジク語が多く話されていますので、このプロジェクトの対象外となるはずですが、この言語もこの地域では大変重要な役割を果たしています(詳しくは、坂井 2010を参照してみてください)。

(出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=83110757

私自身の主な研究対象言語であるウズベク語(ウズベキスタン)を飛び越えて、現代ウイグル語(上記地図右下の新疆ウイグル自治区)、カザフ語(カザフスタン)、キルギス語(キルギス)、トルクメン語(トルクメニスタン)各言語のモダリティを扱うという大変意欲的で贅沢な内容だと思います。

まず、各言語の分類について説明します。

下記の図に、中央アジアの各チュルク諸語が、現在主流であるチュルク諸語の分類 (Johanson 2021など) のどこに位置するのかについて、示しておきます。地理的な分布と分類が、完全ではないにせよ、それなりに一致していることがわかるかと思います。

  1. The Northwestern (NW)(北西(キプチャク)語群)=キルギス語、カザフ語(下記図のオレンジ色)
  2. The Southwestern (SW)(南西(オグズ)語群)=トルクメン語(黄色)
  3. The Southeastern (SE) (南東(カルルク)語群)=現代ウイグル語、ウズベク語(緑色)

(出典:http://www.turkiclanguages.com/www/classification.html

では、実際に各言語の単語を見ていきましょう。ここでは、いわゆる基礎語彙(環境や文化による違いを受けにくい概念を表す語彙、例えば、数詞や身体部位、地形を表す語彙など)のうちで、各言語の類似と差異が分かりやすく出る語彙を挙げます。太字は各語群の差異が際立っている箇所に付してあります(データは、風間・児倉 2015-2021、菅原 2009から抜粋)。

なお、ここでは、母音の細かい違いには目を閉じておいてください。以降、母音についてはあまり言及しませんので。

   南西(オグズ)語群   北西(キプチャク)語群   南東(カルルク)語群
  トルクメン語 キルギス語 カザフ語 現代ウイグル語 ウズベク語
bir bir bir bir bir
iki әki eki ikki  ikki 
üç üç üş üch  uch 
dѳrt tѳrt tѳrt töt  to'rt
dokuz toğuz toğız toqquz to'qqiz
ayak ayak ayaq ayagh oyoq 
dag too taw tagh  tag'
suw suu sw su  suv
かたい gaty qatuu qattı qattiq qattiq
ない yok jok joq yoq yo'q
来る gel- kel- kel- kel- kel-

全体を見渡すと、お互いに音の対応関係があり、同じ語族に属する言語であるとは言えそうです。特に「一」「二」「三」「足」「水」はほとんど形が同じです。

もちろん、違いもあり、下記のように、語群レベルでの音の対応関係が見いだせます。

  • トルクメン語(南西)の語頭 g が他言語 k あるいは q に対応(例:「かたい」「来る」)
  • トルクメン語(南西)の語頭 d が他言語 t に対応(例:「四」「九」「山」)
  • トルクメン語(南西)・ウズベク語・現代ウイグル語(南東)の語末 q , g, gh がキルギス語・カザフ語(北西)にない(例:「山」「かたい」)
  • トルクメン語(南西)・ウズベク語・現代ウイグル語(南東)の語頭 y がキルギス語・カザフ語 j (北西)に対応(例:「ない」)

実は、100年前に、サモイロヴィッチ (英語版Wikipedia) という人が、下記の表に挙げた三つの違いを基準にして、チュルク諸語の古典的な分類を提唱しています (Самойлович 1922) 。なお、下記の表には、中央アジアに関わるところのみ抜粋してあります(庄垣内 2002: 8 を参考に作成)。

ayaq 
taw/tu/to: taɣ/daɣ 
(固い、など)   -ï  -ïq/-ïx  -ï
   北西(カザフ、キルギス) 南東(現代ウイグル、ウズベク)  南西(トルクメン)

ある言語同士が親戚関係にあると論じるには、語における音の対応関係と、形態論的な手段の類似が必要であると考えられていますので、今もこの分類はおおよそ妥当であると思われます。

ところが、語群を越えて、お互いに似ているところもあります。ただし、これは上記で述べてきた親戚関係における(いわゆる系統的な)類似というより、同じ地域で異なる言語が相互に影響し合ったことが原因だとされています (cf. Schönig 1999: 72)。

例えば、Schönig (1999: 72) によって、-GAn-turkic というグルーピングが提唱されています。中央アジアに目を向けると、北西語群(カザフ、キルギス) と南東語群(現代ウイグル、ウズベク) が -GAn-turkicを成し、南西語群に属するトルクメン語も -GAn-turkic のいくつかの特徴を持つとされています。

ちなみに、トルクメン語が -GAn-turkic の特徴を持つようになったのは、ウズベク語との接触のせいでしょうか。上記の地図を見ると、トルクメニスタンの北にはウズベキスタンが隣接しており、実際にトルクメン側の国境付近には多くのウズベク人が住んでいます。私がトルクメニスタンの首都アシガバードの大学で1年ほど勤務していた時にも、ウズベク語を解する学生が多数おり、私がウズベク語を話すと爆笑されたのを思い出します。

話を戻しましょう。-GAn は、動詞の一形態で、日本語で言うところの連体形に相当します。下に、キルギス語(北西)、トルクメン語(南西)、ウズベク語(南東)の例を挙げていきます。なお、各言語の例は「私の買った本」を意味しています(例は、風間・アクマタリエワ 2022a、風間・日髙 2022、風間 2022 から抜粋)。

キルギス語:
sat-ıp al-gan kiteb-im
売っ-て 取っ-た 本-私の
トルクメン語:
sat-yn al-an kitab-ym
売っ-て 取っ-た 本-私の
ウズベク語:
sot-ib ol-gan kitob-im
売っ-て 取っ-た 本-私の

母音が微妙に違うだけで、お互いにめちゃくちゃ似てないですかね…トルクメン語では接辞頭の g が落ちて、-anになっていますが。

また、庄垣内 (1989: 947) では、「完了Ⅲ -mïš は、南西方言やヤクート語には残っているが,他の多くは ɣan にかわった。」という特徴も述べられており、次の例が挙げられています。

トルコ語(南西語群): Ol Ankaraya git-miš.「彼はアンカラに行った(そうだ)」

上記の git-miš 「行ったそうだ」が問題の形式で、私の知るところでは、-GAn-turkic では -miš が使われないように思います。ウズベク語とキルギス語では -miš が確認できませんし(ウズベク語では、使われるとしてもかなり頻度が低い)、トルコ語と同じ南西語群に属するトルクメン語でも -mišに当たる要素は用いられないようです。上記の庄垣内 (1989: 947) に言及があるように、中央アジアの言語では、-gan が用いられることもありますが、場合によっては -ib も用いられます。

今まで中央アジアのチュルク諸語について、それぞれが似ている要因(親戚関係か相互影響か)と、その具体例とについて述べてきたわけですが、そもそもある言語の変化が歴史的変化か相互影響による変化か見極めることは可能なのでしょうか?

例えば、ウズベク語の成立過程はまだ明らかになっていません。15世紀から20世紀まで中央アジアの文語として使われていたチャガタイ語と深い関係にあるのは明らかなのですが、ウズベク語とチャガタイ語が親戚関係にあるとは証明されていないようです(庄垣内 2002: 27)。

これは、庄垣内 (2002) でも述べられているように、中央ユーラシアにおける各言語の系統関係と相互影響が見極め難いことによって、何がチャガタイ語からの直接的な変化なのか、周辺言語からの影響を被った変化なのかが見極め難いことにあることが要因かと思います。

私は、中央アジアにおけるチュルク諸語のモダリティの記述を通して、系統関係と相互影響の問題についても、切り込んでいきたいいと考えています。詳しくは言語学フェスでお話ししたいと思います。


参考文献:

Johanson, Lars (2021) Turkic. Cambridge: Cambridge University Press. 

風間伸次郎 (2022)「トルクメン語:特集補遺データ「他動性」「ヴォイスとその周辺」「受動表現」「アスペクト」「モダリティ」「情報構造の諸要素」「否定、形容詞と連体修飾複文」「所有・存在表現」」『語学研究所論集』26: 439-499.

風間伸次郎・アクマタリエワ、ジャクシルク (2022)「キルギス語:特集補遺データ「受動表現」「他動性」「連用修飾複文」「情報構造と名詞述語文」「情報構造の諸要素」「否定、形容詞と連体修飾複文」「所有・存在表現」」『語学研究所論集』26: 649-697.

風間伸次郎・日髙晋介 (2022)「ウズべク語:特集補遺データ「連用修飾複文」「情報構造と名詞述語文」「否定、形容詞と連体修飾複文」「所有・存在表現」」『語学研究所論集』26: 699-732.

風間伸次郎・児倉徳和 (2015-2021) チュルク諸語対照基礎語彙 (https://turkbv.aa-ken.jp/[最終アクセス日:2022/12/16])

坂井弘紀 (2010)「中央アジアの言語」『中央アジアを知るための60章 第2版』102-105. 東京: 明石書店.

Самойлович, А. Н. (1922) Некоторые дополнения к классификации турецких языков. Петроград: Российская Государственная Академическая Типография.

Schönig, Claus (1999) The internal division of modern Turkic and its historical implications. Acta Orientalia Academiae Scientiarum Hungaricae. 52(1): 63–95.

庄垣内正弘 (1989)「チュルク諸語」『言語学大辞典 第2巻 世界言語編 (中)』937-950. 東京: 三省堂.

庄垣内正弘 (2002)「中央ユーラシアの言語接触–チュルク語の場合 (特集 言語接触と言語の変容)」『EX ORIENTE (えくす・おりえんて)』6: 1–50.

菅原純 (2009)『現代ウイグル語小辞典』東京: 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所.

 

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ウズベク語との邂逅

こんにちは、日髙晋介です。ウズベク語を研究しております。

ウズベク語は、主に中央アジアはウズベキスタン(Googlemap)で話されている言語で、トルコ語などが属するテュルク諸語に属する言語です。なお、テュルク諸語の分類の代表的なものとしては、Las Johanson氏のHPに掲載されているものが挙げられます。

 

トルコ語とウズベク語の違いに関しては吉村大樹氏(うぎゃーさん)のnote記事「トルコ語がわかれば、他のテュルク諸語もわかる」説はどこまで本当なのか?」の 例その2:トルコ語とウズベク語 にも例を挙げていただいているので、そちらをご覧ください(吉村さん、ウズベク語を取り上げていただきありがとうございました!この場を借りてお礼申し上げます)。

 

これから、私とウズベク語との邂逅を紐解いていくのですが、ここで勘のいい読者のみなさまはお気づきかもしれません。

 

読者「ウズベク語がテュルク諸語、つまりトルコ語の仲間なら、日高は大阪外大(大阪大外国語学部)か東京外大のトルコ語科出身なのでは?」

それか

読者「旧ソ連のウズベキスタンで話されている言語だから、日高はロシア語科出身なのでは?」

 

日髙「そう!そうなんですよ!いや~ご明察!では、これで今回の記事は終わりです」

…としたいところですが、そうは問屋が卸さない。というか卸したくない。

 

私のResearchmapの「経歴」を見ていただくと分かるのですが、私の出身大学学部は「東京外国語大学 外国語学部 日本課程日本語専攻」です。

そもそも私は、大学入学前は言語学の「げ」の字も知らず、小学生のころから日本古典文学に興味があったので、そちらを勉強しようと思って東京外大の日本語専攻の門を叩いたのでした。なぜ日本古典文学に興味があったのかというと、公〇式の国語教材で小学生の時から古典文学を読んでいたことが大きいと思います。

 

そんな経緯がありながら「何で私が、ウズベク語研究に…」(四〇学院の宣伝風に)といった感じですが、当時の日本語専攻独自の教育システム(?)と東京外大の風土とが合わさって、今の私ができあがったといっても過言ではありません。

 

東京外大の一般的な語科では、専攻語の授業時に専攻語の基礎を叩きこまれるのですが、当時の日本語専攻では一年生の時から、言語・文化・地域研究それぞれの先生方の専門を生かした教育が行われていました。私は、そこで初めて、言語学という学問に出会いました。

 

その日本語専攻の言語学系の授業で、指導教官である風間伸次郎先生に出会いました。

風間先生はご自身の専門のツングース諸語のみならず、様々な言語について面白おかしく(ただし大変真面目に)教えていただきました。こんなに面白いなら、自分ももっと勉強してみたいなあと思ったのがウズベク語の研究を続ける一つのきっかけとなりました。ちなみに、主専攻以外のいわゆる教養科目的な授業で、風間先生は「おもしろいぞ言語学」という授業もご担当されていました。今もあるんでしょうか。

 

日本語専攻では、主専攻の授業で「朝鮮語」「アラビア語」の授業があった(対照言語学という枠だったかと思います)こともあり、大学入学後に外国語への興味が一段と出てきました。これも私をウズベク語へと誘う要因だったかと思います。

 

そして、二年生の時になぜか「ウズベク語」という文字列に惹かれて、ウズベク語の授業を受けたということもありました。私自身、当時は中二病をこじらせて「他の人と同じ事やってもつまらねーな」と考えていたので(そもそも日本人が日本語専攻に入る時点で他の人とはだいぶ異なる選択肢を選んでいるような…)、当時は中央アジア・テュルク諸語に関する知識はゼロでしたので、見るからにミステリアスな(?)文字列に惹かれてしまったのでしょう。

 

これら二つというか複数の要因が重なり、 三年次に風間先生のゼミで学ぶことを決め、私自身東京出身で特に目立った母方言もないため、ウズベク語を研究対象と決めたのでした。

 

ただし、のちに東京西部の方言は北関東の方言と共通点があることに気づいたのですが…90歳代の祖母や祖父は「歩いて(歩いて)」を「あるって」、「来ない(こない)」を「きない」と言ったりします。彼らの話す言語が自分たちや両親の話す言葉と少し違うことを意識でき、自分の身近なところにも言語の多様さがあることを知ることができました。これも、言語学を学んできたおかげだと言えるでしょう。

 

ところで、私が学部3年次くらいに、大学の保護者説明会で私の母が日本語専攻の先生に「ウズベク語の研究で食べていけるんですかね?」とか聞いていたらしいのですが、母さん、晋介はなんとかやっているよ。というか、そんなこと先生たちに聞いてもね… 先生たちも困るよ…

 

…ということで、これからも「ウズベク語」道・「中央アジア」道に邁進して、しぶとく生きていこうと思います。なお、ウズベキスタンとトルクメニスタンで四苦八苦した話は、また次の機会に書こうかと思います(トルクメニスタンで私が困った話は「「似て非なる」を地で行く」『月刊みんぱく』44号(PDF)をご覧ください)。

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この記事は、松浦年男先生ご企画の「言語学な人々 Advent Calendar 2021」の一記事として書かれたものです。このような企画を用意していただき、ありがとうございました。おかげさまで、「ウズベク語」道・「中央アジア」道に目覚めた(?)時の気持ちを思い出すことができました!Hammalaringizga rahmat!! 

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