論文

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2018年

La remise en question des Caractéristiques du despotisme d’al-Kawākibī -Entre influence occidentale et vision arabe-

日本中東学会年報
  • 岡崎 弘樹

33
2
開始ページ
1
終了ページ
40
記述言語
英語
掲載種別
出版者・発行元
日本中東学会

本論は、シリア人思想家アブドゥル・ラフマーン・カワーキビー(1855-1920)の『専制の性質』(1902年初出)を、同時代のアラブ人思想家の見解と比較することで、その独自性と一般性を明らかにすることを目指す。同著の独自性に関しては、さまざまな論争がなされてきた。同著がイタリアの思想家アルフィエーリの『圧政論』の受け売り、あるいは剽窃という指摘がある一方、モンテスキューなど別の欧州啓蒙思想の影響についても言及された。だが、総じてカワーキビー自身が生きた19世紀末の他のアラブ人論者による「専制」の分析と比較されてはこなかった。確かに、支配者と被支配者が連鎖的に抱える相互の恐怖や、名誉ではなく「虚偽の名誉」によるイデオロギー支配、宗教・軍事権力の専制的な統一に関する議論のみに注目すれば、『専制の性質』は、『圧政論』にかなり影響を受けていることは疑いない。だが、『専制の性質』では、貴族的な「由緒」の欺瞞性を批判し、専制権力の基盤を貴族層以上に民衆自身に求め、また国家の専制体制と男性による女性への専制支配の類似性を論じるなど、欧州啓蒙思想家よりも、むしろ同時代のアラブ人思想家が共通して抱えた問題に関する考察も多々みられた。とりわけ、専制権力が国家の最高権力者から中間権力を経て民衆自身にまで広がっていくメカニズムを明らかにすることは、同時代人の共通課題であったことは事実である。当時の基準からして独自と言えるのは、カワーキビーが東洋の専制権力と資本主義の拡大過程とを結びつけて論じている点であろう。利子経済の恩恵を受ける一部の者が富を過剰に蓄積し、独占する中で国内で主人と奴隷の二分化が進む(内的な専制支配)一方、富の蓄積によって経済力を蓄えた強国が弱国を支配し、その独立性を奪ってしまう(外的な専制支配)。著者は、植民地主義権力と手を組む専制権力が国民的基盤をも蝕む中で、人々は自国民以上に外国人を信じるようになっていると嘆いた。とはいえ、著者は決して悲観的立場に留まらず、宗教的モラルを基盤しながら自国の政治体制の改革へとつなげていく必要性を説きつつ、民衆教育と世論形成を通じて自らの社会の慣習や伝統、既存の思考様式からの脱却からしか、変革は為しえないと断言する。厳しい自己批判に満ちた論考には、アラブ・イスラーム世界の固有性を基盤としつつも、そこからより開けた外の世界との関係性を築き、理想と現実の橋渡しを試みる近代アラブ思想家の思考の軌跡が示されている。『専制の性質』は西欧思想のテキストだけなく、同時代のアラブ人自身の論考と比較することで、その意義がいっそう明らかとなるだろう。

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  • ISSN : 0913-7858
  • CiNii Articles ID : 130007614870
  • identifiers.cinii_nr_id : 9000400181627

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