講演・口頭発表等

2019年

イノベーションによる農業変化への進化的アプローチの試み

日本地理学会発表要旨集
  • 小林 基

記述言語
日本語
会議種別

1. 問題の所在<br><br> 1980年代以降の先進国において、国民経済と地域経済における農業の地位は軒並み低下した。しかし、テクノロジーの発達や価値観の変化が新機軸を生み出していることも事実であり、農業発展を期待する議論も多く存在している。本研究は、イノベーションによる農業変化について進化的アプローチを適用することで、農業における創造的破壊の過程を説明する枠組みを得ることを目的とする。この試みは、農業イノベーション研究における新たな研究課題を提示するだけでなく、従来の進化的アプローチにみられる企業中心的な見方を問い直す上でも意義があると考えられる。<br><br>2. 農業セクターと農業イノベーション研究<br><br> 農業におけるイノベーション過程は、農家がしばしば家族経営によって担われるために、企業によってイノベーションが担われるセクターの場合とは異なっている。過去の農業イノベーション研究に依拠すると、まず、家族のメンバーの変化がその知識ベースを変動させることにより、新たな事業への進出や経営存続に影響する。また、事業者における研究開発能力が一般的に高くないため、新しい知識・技術の創出やその拡散過程において、研究員・普及員などといった非産業セクターの諸主体との相互作用が重要となる。さらに、食品産業に代表される他の産業セクターとの連携が新たな商品やビジネスを創出する点で重要であり、その成否にはこれら企業との間のパワーバランスが影響する。最後に、地域イメージをコアとするブランディングは、文化や歴史といったイメージの利用を通じて付加価値を生み出している。こうした諸点から、農業イノベーションはセクターの内部的変化のみに注目した分析によっては十分に捉えきれないことがわかる。<br><br>3. 農業変化への進化的アプローチとその可能性<br><br> シュンペーターの所説を発展的に継承する立場をとるR. ネルソンとS. ウィンターは、ダーウィニズムを応用した進化経済学の展開に先鞭をつけた(『経済変化の進化理論』慶應義塾大学出版会、2007年。原著初版は1982年刊行)。彼らは、市場における企業間競争について各々の企業が保有するルーティンに注目し、それらが複製されたり選択圧を受けることで各企業の浮沈が生じることを論じた。ダーウィニズムは進化経済地理学においても引き継がれ、重要な概念として位置づけられている。<br><br> 報告者は、このアプローチが知識の動態を重視している点に注目した。農業セクターが多種多様な知識の集合によって成立していると見なすと、その構成要素が入れ替わり、また、他の産業セクターを成り立たせる知識と接合することにより、知識の次元における「農業セクター」の範囲は絶えず再構成されることになる。こうした見方の採用は、農業から派生する新たなサービスやビジネスの生成過程とメカニズムの説明へと当該分野の対象を拡大する。また、発展か衰退かという見方を超え、農業が新たな産業へ再生を遂げつつ存続する「進化」の過程を追跡することができる。<br><br> こうした見方は以下のような課題に取り組むことで具体的に活用できる。まず、研究方針として、農業から派生したり、農業と他の産業および非産業セクターとの相互作用による新たなサービスやビジネスの生成過程について解明することを目的に据える。その際、農業の関連知識が異なる目的・価値・機能の下に改変され多様化する過程、他のセクターやその知識への貢献、非経済セクターとの相互関係といった諸問題に着目する必要がある。その説明の枠組は、一般ダーウィニズムに依拠した集団学習、すなわち、ある主体が他の主体の行動を模倣するという見方を知識変化のモデルのコアとし、主体の意思決定、ネットワークの動態、集積の経済についての関連分野の知見を補助的な理論として組み合わせることによって得られると考えられる。<br><br> 産業セクターを越境する諸主体が知識を交換することを通じて新たなサービスやビジネスを創造し、従来の産業セクターの枠組みが改変されるという本研究の見方は、知識社会化の進展に伴う旧産業の再編を進化的アプローチの射程に組み入れ、イノベーション研究をより豊かにすると考えられる。

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URL
http://ci.nii.ac.jp/naid/130007628526