講演・口頭発表等

2016年

兵庫県篠山市における丹波黒の商品化

日本地理学会発表要旨集
  • 小林 基

1. 問題の所在<br> 生産技術の革新や流通の発達、農産物輸入の拡大などにより、年間を通じて様々な食品が消費者のもとに供給される広域的な食料供給システムが発達している現代の日本において、消費者は高品質な食品への指向性を強めており、諸々の農業地域においては6次産業化や農産物ブランドの創出が活発化している。こうした状況化にあって、野菜や雑穀、豆類・イモ類などの在来品種が再注目され、一部は商品化されることで地域の農業振興に役立てられている。本発表ではこれらの作物を総称して「伝統作物」と呼ぶこととする。高度成長期以降の農産物の生産・供給システムの変容や、消費者における食生活の変化によってその生産が衰退した経緯を持つ伝統作物の商品化の過程は、その他の作物の場合と異なっていると考えられるが、農産物ブランドに関する従来の研究では十分に検討されてこなかった。そこで本発表では、兵庫県篠山市における、伝統的な黒大豆の一品種である「丹波黒」を事例に、伝統作物の商品化がいかなる過程を経て実現されかを考察することとしたい。 <br> 2. 研究枠組<br> 主に自給用として栽培されてきた伝統作物を現代の食料供給システムの中で商品化するためには、生産量や品質を安定化させ、また消費を喚起することで、より広い地域へと出荷できるような体制を整えることが必要であろう。また、お節料理の材料として需要されるものなど、消費が特定の時期にのみ集中するような農産物の場合には、たとえば周年的な消費を促すことにより生産・供給の量的な安定性を保証しうる。他方、産地の供給者の立場からは、競合する他地域との差別化をはかり優位性を確保する戦略がとられることになる。本研究では、生産・供給の拡大・安定化のための取組みと、伝統作物が有する価値の維持についての取組みが、丹波黒の産地においていかに均衡を図られながら実現されてきたのかについて論じることとしたい。<br> 3. 丹波黒の商品化過程 <br> 1970年代末以降、篠山盆地においては、自治体や農協によって水田転作作物に位置づけられたことや、兼業農家による集落営農組織の結成、優良系統の選抜、栽培技術の発達などにより、丹波黒の作付面積が急激に拡大し始める。しかし、1980年代に入ると、基本的にはお節料理の煮豆用としてしか需要がなかった丹波黒は供給過剰に陥った。ようやく2000年代後半には需要の急増を見るが、これはマスメディアによって丹波黒が持つ健康維持機能や、丹波黒を使った様々なレシピなどの情報が拡散されたことにより、知名度の向上や周年的な消費が喚起されたためであると考えられる。 <br> 農協や卸売業者においては、1980年代以降、様々な加工食品の開発を通して周年的な消費を確保する努力がなされてきた。他方、正月の煮豆用に出荷される乾物の売上は依然として丹波黒の販売額の過半を占め、大粒の丹波黒を需要のピークに間に合うよう早期に集荷することが一貫して販売戦略の要に据えられてきた。農協や卸売業者は、出荷が遅れるにつれて買い取り価格が低減する制度を導入している。大粒の子実を早期出荷することは生産者にとって負担であるが、10月における枝豆としての出荷や個人消費者への直播、さらには独自の加工品を開発するなどして収穫期にかかる労力を分散している事例が見られた。<br> また、1990年代後半以降は、他地域産の丹波黒や他の黒大豆品種が市場参入したことで産地間競争が激化し、産地においては県や市、農協・卸売業者、生産者によって優良系統の登録や、枝豆の販売解禁制度の導入、地域団体商標の取得などといった様々な制度の導入・活用によって利益の保護がなされている。 <br> このように、生産・供給に関わる様々な主体による取組みが、産地全体として丹波黒の生産の安定化と価値の維持を両立してきたと考えられる。

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http://ci.nii.ac.jp/naid/130007017897