碩学の論攷、碩学への追想より

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2018/01/01

水原一「石母田正先生」より

| by 慈鎮和尚
 同様な石母田先生の問題提起になお一度接したことがあった。昭和三十六年頃から、当時新進のかつ未熟な軍記研究者たちが呼びかけ合って“軍記物談話会"という勉強会を作ったが、月例の研究発表会の他に、たまに先学の先生のお話を承るということもした。その早い時期(手近の記録を見ると、三十七年六月十六日、法政大学会議室、とある)、石母田先生を講師にお願いした。
 快く応じて下さった先生は、延慶本・長門本・盛衰記といったいわゆる後期増補本群にのみ見える、左少弁行隆署名の二つの院宣(共に以仁王謀叛の時、公の立場から延暦寺に向けて、園城寺加担を制止する趣旨)に、一般の語り物系に優る史実性を認め得ると説かれ、しかもそれが清盛の為にした行隆の策謀であったと推論された。これに、やはり増補系三本のみが載せる、源行家から伊勢神宮に納めた願書の中に、前記院宣を非難して、
  以左少弁行隆恣構漏宣或放天台山制与力……(○引用者注―返り点・送り仮名は略す)
と難じていることを照合させ、漏宣”の語義についても詳しく考証され、結局延慶本に最も史実にかなうものがあるという論旨であった。これも、延慶本古態を主張し始めていた私には、感動に身の震えるほどの御意見であった。

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