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2018/10/14

論文とMISC――査読ありの雑誌掲載で「論文」、そうでなければ「MISC」(!?)

Tweet ThisSend to Facebook | by Tom_S
(今回の騒動で、書籍等出版物のカテゴリーをどう使ったかは先日メモした通り。researchmapの掲載カテゴリーの話を続ける。なお、以下の文章は、投稿後、ドメスティックな文系オンリーという但書を付す修正を施している。)

 researchmapの掲載カテゴリーに「論文」と「MISC」とがあるが、これをどう使い分けるべきか?

 学期開始のいそがしいさなか、リサーチマップのバタバタ更新で元の情報まで辿る余裕がなく、キーワードで検索しただけの話で恐縮だが、URLがhttps://researchmap.jp/で続くある記事(意見公募?意見交換?)に、「論文とMISCについて - Researchmap」というQ&Aを見かけた。

 単なる技術情報かもしれず、どこまで公的見解かもわからないが、ともあれ冒頭のQに対するひとつのA(解答?回答?)が示されている(検索で辿りついただけなのでリンクは省略する)。

3.1 論文とMISCについて

Q

ReaD&ResearchmapではMISCと論文のどちらにも研究論文が登録可能となっています。MISC、論文それぞれについて、どのような研究論文を登録するのか、データの仕様を明確にしていただけないでしょうか。

A

基本的には、「論文」には査読がある雑誌に掲載された業績、「MISC」にはそれ以外雑誌に掲載された業績を入力いただいていますが、研究者ご自身が、どれを「論文」として見せたいかどうかですので、明確な基準はありません。

 最終的には明確な基準はなく、「見せたいかどうか」という個々人の主観的な基準によるなどとお茶が濁されてはいる(官僚作文?)。
 本人が「論文」と言い張れば論文になる?それで各機関の採用審査や昇任審査など通るわけないのだが、それこそ査読(!)の有無や字数を始め各機関(そして何より各学問分野・各学界)のルールが統一されているわけではない現状では、そう言わざるをえなかったのだろう。

 むしろ、ここで注目すべきは、「基本的には」に続く区別である。

「論文」   =  査読がある雑誌に掲載

「MISC」 =  それ以外


 とはいうものの、文系(日本国内の法学研究)にあって、「査読」はなお一般化していないように思う。自分の研究歴をふりかえってみると、私自身の場合は、2006年に公募で専任職に就職する以前に公刊した4本のペーパー(刊行年は2003年~2005年)でかなり厳しい査読を経験しただけである。(以下、グローバルな理系研究から見ればぬるい話しかしていないだろうから、ドメスティックな文系レベル限定ということで御容赦いただきたい。)
 そのうち3本は、東京大学社会科学研究所の紀要に投稿したもので、後日(ときには何年もしてから)、学界の大家と言われる先生方に自己紹介した際、「ああ、君があの斎藤君か!君の論文を査読したことあるよ!」などと言われることが複数あった。編集サイド(ある先生が思い浮かぶ)が東西問わぬ大家に査読を依頼し、若手の鍛練の場としてくれたのであろう(計算上は3論文に2人ずつの査読者がつくので計6人だが、中には私を既に知る東大近辺の専門家で済ませられた例もあったかもしれない)。とにもかくにも賜った御学恩に感謝である。
 残りの1本は、『法律時報』誌が当時若手の「登龍門」(言いすぎ?)として論文投稿制度を設けたとの報があり(たしか当時編集委員をされていた先生から教えていただいた…そうすると上の社会科学研究所の話と重なることになり、かさねて御学恩に感謝である)、周囲に前例はなかったが挑戦し、ありがたいことに掲載していただいたものである(論文冒頭に、当時あまり例のなかった編集部の断り書きがついている)。

論文冒頭の編集部注意書き

 「ソフトロー」という日本の国際法学界では当時比較的めずらしい(既に時代遅れの?)テーマに挑み――その頃に始まるビジネスローのCOEプロジェクトに参加する前のことである――、これまた関係の大家と思われる方から修正要請を頂戴し、頭をひねって修正をしたおぼえがある(当時の「自説」は東大国際法研究会等でも錚々たる先生方にもまれたため、かなりコンパクトな論稿ながら最後の謝辞に並ぶ御名前は一番豪華である)。

論文末尾の掲載時に付した謝辞

 ただ、その後は査読らしい査読はほとんどない。(これは鍛えていただく機会が減っているという悲しむべき話かもしれない。しかも、私自身の努力不足ゆえにグローバル化対応が遅れ、査読のある国際誌投稿を怠ってきたという要因が否めない。)
 最初の就職のすぐ後に昇任に必要だからと言われて在職中2回寄稿した所属機関の紀要では(刊行年2006年・2007年)一概に査読がないせいだとは言えないが、単なる地方新聞記事の大量のスクラップ集(!!)やかなり悪質な二重投稿と疑われる論稿(!?)などがバックナンバーに見られたため、それらとは違いますよとの思いで、通常掲載されるカテゴリーである<論説>欄を回避して、<研究ノート>なる欄にあえて別立てで載せたほどである。まあこれも「どう見せたいか」の一環だということもできよう(スタッフの人数がすくなく、紀要編集サイドと距離があまりに近いので――よかれあしかれ同一だった瞬間がある――、たまたまなしえた話である)。

 他にも判例評釈集などへの寄稿において、クォリティ保持のためであろう、編集部や編集サイドの先生方の「査読」がつくことはあったが、むしろ間違いチェックという趣がほとんどで、かつて就職前に挑戦した「掲載不可」「修正の上掲載可」といった厳しい判定結果がうたわれたものではなかったと記憶している。そうこうするうち、自分の専門関係では、査読依頼が徐々に増え、実質「掲載不可」と受け取られかねない多量の厳しい修正意見を躊躇なく付ける側に回ってしまった(あくまでも水準維持・向上のために必要と判断される限り)。

 話がやや逸れてしまったが、以上のような経緯のうちに、私の場合、まさに「見せたいかどうか」という主観的基準で、これまで就職応募のときには、「書籍等」に収録されたもの、あるいは紀要の「研究ノート」欄に書いたようなものでも、「論文」としてきた。その結果ほとんどすべてのペーパーが業績書の「論文」の欄に入ってきている(今も教員審査などに使う業績書は、各々の業績の内実という観点からも――文系?法学?の慣例に則り――そう分類してある)。
 ただ、今回の全国リサーチマップ掲載騒動をひとつの転機とし、リサーチマップに載せる以上、上記のQ&Aの「基本的」な分類基準にあえて則り、「論文」は、査読判定の整った――ピアレビューによる掲載不可判定も制度的に担保されている――雑誌投稿論文である就職前の4本に限ることとする。
 ただ
し、『法律時報』は表紙写真が付けられるので「書籍等出版物」に便宜的に載せておく(まさに「見せたいかどうか」)。その結果、東大の社会科学研究所の紀要に掲載された3本だけが「論文」となる。
 あとは、私個人の従来の取扱いからすると「論文」に入りそうなペーパーについても、「書籍等」に入るものはそちらに載せ、残りは「MISC」とする。(未完、後日要補完)

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