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2019/05/26

那須戦争博物館(珍スポット)

Tweet ThisSend to Facebook | by akutsu

栃木県の那須町(御用邸で知られる森林に囲まれた静閑な土地柄)に「那須戦争博物館」という風変わりな施設があります(入館料:大人1000円)

見るからにどぎつい街宣右翼的な危ない雰囲気が漂う施設ということもあり、若い頃には横目で通り過ぎるだけで敬遠してきた施設です。

しかし、昨年「そろそろ閉館かも?」という話をウェブ上で目にして、それならば、一度この目で見ておこうと思い立ち、年末に実家に帰省した際に、初めて立ち寄ってみました


【那須戦争博物館外観(平成31年12月31日撮影、以下同様)】


冬期だったせいか、来館者は少なく閑散としていましたが、人なつっこい可愛い三毛猫に癒やされながら、時間を気にせずじっくりと館内を見学することができました。


【可愛い三毛猫】


館内には、貴重な戦争遺物と、そうでない偽物(映画撮影用?)が、雑多かつ大量に展示されており、「ヴンダーカンマー」的な独特な小世界に圧倒されました。

モノの蒐集に費やした情熱や労力は疑いようもないのですが、その反面、展示・保存・補修のいい加減さも目に付きました。
また、意図的なものかどうか判断できませんが、パロディ的な展示(表面上、天皇ご一家を敬っている形式をとりつつ、実際は・・・)も多く、その辺が、この施設が左翼側から特に問題視・攻撃されずに(?)スルーされている理由なのかと推察します。

皇室カレンダー販売案内(無造作なガムテープ止めに苦笑)】



【雅子様の小二当時の作文(?)】



施設全体が人を食った悪ふざけなのか、それとも真面目にやってこのクオリティなのか、よく分からない不思議な施設ですが、館内は「写真撮影自由」ですし、あまり目くじらを立てずに、マニアックな「珍スポット」として、おおらかに「ホラ」を楽しむぐらいの気持ちで入館するのが正解なのかもしれません。

【長野冬期五輪で使用されたスタートピストル(?)】


【戦車(映画の小道具?)に立てかけられた「転校少女歌撃団(ミリタリー国防アイドル)」のポスター】


「日本唯一の戦争博物館」という目立つ宣伝文句自体が「ホラ」の要素を含んでおり、裏を返せば最初から来館者には「注意喚起済」ということで、ある意味、親切とも言えます。
いずれにせよ、御用邸にほど近いこの場所に、あえてこのような建物をつくったということ自体が、一つのメッセージなのでしょうね・・・


【満蒙開拓青少年義勇軍の説明書き(下は壮行会で栗林秀行氏に贈呈された餞別の一覧)】


さきほど知ったのですが、館長の栗林秀行(白岳)氏は、ご高齢のため今年の
321日にご逝去なさったとのことです(享年91、ニュース記事)。平成の終わりとともにこの世を去って行った数奇な人物の歩みについて、他言語版のDVDをクラウドファンディングで作成中とのことなので、今後、機会があれば観てみたいと思っています(合掌)


(2019年5月29日追記)
入場券などの写真を追加。ちなみに、かつては靖國神社が、同神社のWebページで「遊就館」(靖國神社宝物遺品館)を「我が国最初で最古の軍事博物館」と紹介していたようで、その名残をWikipediaレッツエンジョイ東京などで見ることができます。

「日本で唯一の戦争博物館」の入場券】


【博物館正門】


【勇ましいポスター(いつの時代の「倭國」による侵略と解釈すべきか・・・?)】


(2019年6月2日追記)
写真撮影日の誤記訂正
×:平成31年12月31日撮影
○:平成30年12月31日撮影

201969日追記)

白柳秀湖『太平洋爭覇時代』慶應書房(1941
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1267256

東亞聯盟の縮圖としての出雲文化(206207ページ

 高天原民種と同族ではなかつたが、同じアジアの北種、すなはちウラル-アルタイ系民族の一派と考へられるもので天孫御降臨以前からこの國土に蕃衍して居たものに出雲民種がある。古史にいはゆる出雲國は、後の行政區劃による出雲國ばかりでなく、もつと廣汎な地域、すなはち石見・出雲・伯耆・一帶を指したものに相違ない。この國には朝鮮海峽を通過し、長門・石見・の海岸から山陰道を能登半島に向つて吹きつけて居る對島海流に乘つて海岸に漂着した大わだつみ族、すなはち鰐族の一派も盛んに蕃衍して居たものに相違なく、前に擧げたアジアの北種との寄合世帶であつたことは記・紀・の記述に照して殆ど疑ふの餘地がない。すなはち出雲國はアジアの北種と南種との聯盟提携によつて拓かれた國土であつた。北種の代表神は大國主神であつた。この神は素盞嗚尊の御子である。またアジア南種の代表神は少彥名神であつた。この神は出雲の美保岬に漂著した時、そこに漁して居られた大國主神と邂逅されたが、まるで言語が通じない。そこで大國主神が久延彥とい〻通譯をお呼寄せになり、初めて意思が疎通したとあるのによつて、アジアの北種とはまるで方面の違つた遠い國から來た人であつたことがよく分る。大國主神が『あなたは何處から來られた人か』と訊ねられると、少彥名命は答へて『自分は、常世の國から來た』と申された。


蘆屋蘆村『建國物語集(新日本少年文學全集第一巻)』國民圖書株式會社(1929)
大國主神を助ける鼠の挿絵(106・107ページの間)

(2019年6月10日追記)
誤記訂正
×:他言語版のDVD
○:多言語版のDVD
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