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2019/06/23

形の文化会2019度大会「危機を戦う者たちのバウハウス-創立100周年記念」

Tweet ThisSend to Facebook | by morikaku

形の文化会・桑沢デザイン研究所主催、形の文化会2019度大会「危機を戦う者たちのバウハウス-創立100周年記念」が開催されました。







開会の言葉は本大会のポスターとチラシのデザインをしてくださったアートディレクターの浅葉克己先生。







東京夏季五輪が開催された1964年製のアンティークカメラであるワイドラックスによる会場撮影をしながら、デザインは死なない-Design never dieとおっしゃっていました。



最初にお話しいただいた前田富士男先生は、
「芸術の終焉とバウハウス ── <例外状態>(C・シュミット)のゆくえ」と題し、バウハウスの概要、プロテスタンティズムとの関係、バウハウスのバウの語源であり古代ギリシアより議論されてきたbauenの概念について説明していただきました。







バウハウスは「建築の家」と訳される事が多いのですが、バウとは「つくる/つくりかえる」の意味を持つドイツ語のbauenとのこと。







すなわち「造作の家」が正しい訳とのことでした。



なお、前田先生には、バウハウスに関する膨大な配布資料をご提供いただきました。






次に、慶應義塾大学講師である山根 千明先生の「『結合メディア』としての動画像 ── L・ヒルシュフェルト=マック《色光運動》(1923年)」では、バウハウスの学生であったマックによる色光運動を利用した映像作品が紹介されました。







現在の液晶モニター表現などに代表される視覚表現の先駆的試みとして、大変興味深いものでした



続いて、日本におけるコンピューターグラフィックスの第一人者である
筑波大学名誉教授三井 秀樹 は、「〈構成学〉デザインの今」と題し、アメリカで展開したニューバウハウスの系譜について、ご自身がお会いになったデザイナーたちとの思い出を交えながらお話しいただきました。








最後は、日本におけるインダストリアルデザインの第一人者である向井周太郎先生による形の文化会特別講演『バウハウス-〈生〉の全体への問い』を聴講しました。







向井先生にはご自身が留学し、バウハウスの教育理念を継承したウルム造形大学の事、バウハウスが実現しようとした理念ついてお話しいただきました。







冒頭では、会場校である桑沢デザイン研究所の創始者桑沢洋子先生とバウハウスとの関係についてもご紹介いただきました。







また、向井先生はウルム造形大学の本課程進学前にある3ヶ月の適性検査期間で、のちにポルシェ991をデザインしたフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェに会ったと話されていました。



フェルディナント・アレクサンダー・ポルシェのプロフィールとして、ウルムの学校で工業デザインを勉強するも、成績不振により短期間で退学したと、よく紹介されます。



しかし向井先生によれば、当時のウルム造形大学に入学した学生は、すでにどこかでデザインの訓練を積んでおり、はじめから卒業することを考えている者がいなかったそうです。



そのため、適性検査期間を終えて、退学するというのが普通であり、車好きのポルシェもまた、車の絵ばかり描いて、課題をやらなかったことから落第したというのが真相のようです。



本大会では、第一次世界大戦からヒトラー率いるナチスによる解体にいたるまで、バウハウスという職人共同体が生み出そうとしたものは何か、それが後世に残したものは何かということに問題の主軸が置かれていたように思います。







そしてこの度、日本学術会議協力学術研究団体である形の文化会総会において幹事会のメンバーとしてご推挙いただき、ご承認いただきました。







今後は、幹事として運営のお手伝いをさせていただくことになります。



なにぶん不慣れで、不手際もあると思いますが、今後とも宜しくお願い申し上げます。


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