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2019/06/24

教養総合「現在の『宇宙』研究 その地平の広がり」

Tweet ThisSend to Facebook | by yoichi.isahaya
今月22日の土曜日に麻布高校にて、そちらで教鞭を取る友人の林隆之さんが展開する教養総合科目「現在の『宇宙』研究 その地平の広がり」で、天文学史について少しお話しさせていただくことになりました。

「天文学史事始~13世紀イランにおける「天文対話」~」と題した僕のお喋りは、まずは簡単な自己紹介をしてから「“科学”って何ですか?」と問います。仮に“科学”を近代科学と規定するならば「数学的思考を基にして、“絶対に正しいこと”(=真実)を“無駄なく最短距離で”(=合理性)突き止めるもの」とでも言えるでしょうか。では、こうした“科学”を生み出した“近代”とはいかなる時代だったのか。“近代”とは16世紀以降の「西洋の時代」であり、その政治・経済・文化が世界を席巻した時代だとされていると。

かつての科学史研究の重要課題の1つはこの近代科学の起源を究明することであり、その意識はヨーロッパにおける中国科学史の父と言えるニーダムによる通称「ニーダム・クエスチョン」に端的に現れます。曰く「なぜ近代科学はルネサンスのすぐ後に西欧でのみ起こったのか?」。科学史家のみならず経済・政治など多くの分野の史家たちがこの問いに取組み、例えば中国と西洋の対比のなかで前者を内向き、後者を外向きと捉えるなど、“科学”の枠に囚われない回答を与えてきました。

しかし、近年のグローバル・ヒストリーと呼ばれる歴史学潮流はこの問いそのものに疑問を投げかけます。「そもそも16世紀の西洋は特別だったのか?」と。例えばポメランツの『大分岐』は、実のところ18世紀半ばまで西洋と中国には差はなかったことを論じます。その後の「大分岐」も西洋における“内的な何か”に原因があるのではなく、石炭とアメリカという外的かつ多分に偶発的な要因で以って差異が生み出されているのだと。この見解に立てば先のニーダム・クエスチョンはそもそも成立しません。だって16世紀の西洋もその科学も特に特別なものではないのですから。

この種の歴史学研究の潮流は科学史研究にも大きな影響を与えています。その帰結は例えば以下の2つの“以外”を扱う傾向に現れます。それは一方では近代科学、西洋科学“以外”の科学に目を向ける傾向であり、他方では科学“以外”の社会や文化との関りに目を向ける傾向です。こうした傾向は“科学”の捉え方をも変えました。近代科学はあくまで“科学”の部分集合でしかなく、より広い地域・時代における「知り方(ways of knowing)」の歴史を科学史は探求しているのです。

その1例として僕がやっている13~14世紀、モンゴル帝国期、ユーラシアの天文学交流の話を後半駆け足でしました。最後のまとめとして、ハラリ『サピエンス全史』を引用します。「歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を広げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。」近代とその科学に関わる命題も、13世紀イランにおける「天文対話」も、その結果が必然であるとは決して言えないわけです。過去を学ぶということは、現実とはならなかった可能性の多さ(少なくとも複数性)を知ることでもあります。これは科学の歴史、天文学の歴史にしても同じなのです。

とまぁこのような話なのですが、正直反応はイマイチでした。。70人以上の学生さんたちが参加してくれたわけですが後方座席はもう死屍累々…。もちろん僕は1人にでも響けば、さらに1人でもこの分野に進んでくれればと思い話したわけですが、まぁ眼前で寝られると流石に反省します(笑)。もっともっと彼らを惹きつける話がきっとできたんだろうなと。。質疑応答では「中国と西洋の対比の話があったが、そのなかで言えば後半に説明されたアラビア文字圏の科学はどこに位置付けられるのか」という、さすが国内屈指の頭脳の集積庫だと思わされるような質問以外には、学生さんたちからは何も出ませんでした。

そこで、僕を誘ってくれた講義担当の林さんとの「対話モード」に。林さんは鋭くかつ議論をより学生さんたちの関心や課題に惹きつける質問で対話を展開してくれました。イスラム圏の天文学に対する研究の動機のようなものは何だったのか。そもそも天文学“史”の学者はどれだけ天文学を理解しているのか。そういった学生の質問につなげながら、問題を広くしていき、話は天文学者による歴史と歴史家による天文学の違いに至り、話題は昨今の文理融合の話に及びます。個々の分野の深化が極まる現状が分野相互の対話が必要とされる現状に結びついていると、皆さんは勉学をし、おそらく大学に入り、人によっては何らかの専門を持つような人になるだろうと。そこでも、広い視野を持って欲しいとそのようにまとまっていきました。いや、林さん無しでは絶対無理な展開でした。。本当に感謝です!

ただ、質疑では静かだった学生さんも会が終わった後は何人かが来てくれて質問を。そのいずれの質問も僕の話を理解してくれたなかで発せられたものであり、心強く思いました。一方で、なかには「歴史学で生計を立てることってできますか」なんて質問も!ほぉ、そっちに頭がいくのもすごいなぁと。まぁ率直に答えましたが…。とても印象的だったのがタイムマシーンの質問。再現可能性の低い歴史学が科学であるためにはそれこそタイムマシーンなんかが必要なんじゃないのか、なんて挑発的な質問が。もちろん僕の回答は、歴史学とは「過去」にならなかった可能性をも問うものであり、タイムマシーンで調べられるような「実際の過去」に留まるものではないと。歴史学がタイムマシーンを有り難がるようなことは(たぶん!)ないんだと、そういった方向でした。

いや、もう実に刺激的な90分になりました。このような機会を与えて下さった林さんに再度、心から感謝申し上げますm(_ _)m。


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