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2019/07/19

2019年7月14日新宿西口地下広場おしどりマコさん投票ブギウギで話したこと

Tweet ThisSend to Facebook | by kyo
2019年7月14日新宿西口地下広場で、立憲民主党全国比例区で立候補しているおしどりマコさんの投票ブギウギで少しお話しをしました。そのときの映像が公開されています。



それとは別に、粗いものですが、原稿下書きを以下に掲載します。実際に話したこととはズレがあります。

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こんにちは。影浦です。

おしどりマコさんの政策をめぐって、少しお時間をお借りして、お話しします。しばらくの間、言葉の羅列におつきあいください。

半径5メートルから変えて行こう。
誰か任せにせず、誰も自己責任の荒野におきざりにしない。

これらは、おしどりマコさんの政策の重要なポイントです。

あれ? でも半径5メートルを変えて行くって、一人一人がやるのですよね?

とすると、それもまた自己責任? 

でも、誰も自己責任の荒野におきざりにしないって言っていませんでしたっけ?

そもそも、「誰か任せにせず」と、自己責任の荒野におきざりにしない、はどうつながるの?

というわけで、まず自己責任から考えてみます。

2015年12月9日、厚生労働省は2014年の国民健康・栄養調査結果を発表しました。

その中で、厚労省は、所得が低い家庭は食生活が穀物に偏り栄養バランスが欠けているので、「食事の内容を見直すなど健康への関心を高めてほしい」と述べています。

各自食事をちゃんとしろ、そしてそれは自己責任だ、というわけです。

もう一つ、例をあげましょう。桜田義孝元オリンピック・パラリンピック担当相は、今年の5月29日、「子どもを3人くらい産むようお願いしてもらいたい」と述べています。「子どもを産まないのは産まない人間が悪い、自己責任で子どもを産め」という感じですね。

そして、おしどりマコさんが福島の農家の被曝について報じていること。

福島県農民連が政府交渉で、放射線管理区域に相当する被曝状況で農業を行うことについて問いただしたところ、「農業は自営業なので放射線管理区域という概念は当てはまららない」から自分で対応をと言われました。

自己責任で対処しろ、ということです。

でも、少し考えてみてください。何か変だと思いませんか?

そもそも、完全に一人一人、生きることが自己責任で、一人一人の問題ならば、他の人がそれについて何か言うことはない。「自己責任です」とさえ言う必要はありません。政府もいらない。

それにもかかわらず、「自己責任」という言葉が投げつけられる。

私たちは、たった一人で生きて行くことはできないので、役割を分担し、また必要な仕事を委託したりして社会を構成しています。

私たち市民は、有権者として、政治家や行政には、収入の多寡に拘らず健康な生活を送ることができる環境の整備や、子どもを産むかどうか自分で決められる制度の整備を行うよう、仕事を委託しています。

誰かに向けて「自己責任」と言う言葉を使うのは、とりわけ仕事を委託された人が他の人に「自己責任」と言うのは、仕事を委託された人たちが本来やるべきことをやっていないか、何か余計なことをやっているという点を、見えなくし、本来責任を負うべきではない人たちに責任を押し付ける、そうした歪んだ効果を持ちます。

そうはしない。

おしどりマコさんは、

誰も自己責任の荒野に置き去りにしない。

と言う言葉で、そう宣言しています。

そして、一人一人がそうしないだけでなく、そのために必要な制度を作りましょう、と。

ところで、皆さん、 #KuTooキャンペーンをご存知でしょうか?

少し粗く言うと、女性のパンプスが実質上強制される職場があるけれど、パンプスは辛いので、選べるようにしよう、というキャンペーンです。

職場でパンプスをはくことを明示的に、あるいは暗示的に、強制されることがある。でも足の痛みや変形を、他の人に代わってもらうことはできません。

周りがある行動を押し付けたり、ある環境を押し付けて、その結果、苦しいことが起きたらそれは押し付けられた側が背負う。

今広まっている自己責任はこういうものです。

これに対して、自分が履くものを自分で選ぶ、これは何と言うでしょうか。

#KuTooキャンペーンを始めた石川優美さんは、「自分で決めること」「自己決定権」という言葉を使っています。

放射性物質を拡散させたのは、農家の方々でしょうか? 違います。

それを踏まえるならば、本来、被曝を自己責任で管理するというのは、適切な言葉ではありません。自分が決める状況にないまま、他人の責任放棄の帰結を押し付けられているのですから。

さて、おしどりマコさんのもう一つの大切なメッセージ、

半径5メートルから変えて行こう。

についてお話しする準備ができました。

「誰か任せにせず、誰も自己責任の荒野におきざりにしない」

これは、本来は不適切な「自己責任」の大合唱の中で、失われた、あるいは奪い去られた自己決定権を取り戻す、さらに、自己決定権が失われないような、そして最初から発揮できるような環境をつくることと言うことができます。

そして、「誰か任せにせず」に自己決定権を使っていこう、ということです。

今、本来責任を負うべきでないことについて声をあげても「自己責任」と言われることで、一人一人の切実な声がかき消されている。

おしどりマコさんだけでなく、社民党の大椿ゆうこさん、立憲民主党宮城選挙区の石垣のりこさん、共産党大阪選挙区のたつみコータローさん、れいわ新選組のわたなべてるこさん、他にも複数の、このことを憂慮し、状況を変えようとする候補が、今回、複数の政党から、参院選に出ています。

この状況を変えるために、どうするか?

ここで政治家に投票したあとは政治家まかせにしてしまうと、自分で決めることができる環境づくりは、途中で止まってしまいます。

半径5メートルから変えていこう。

おしどりマコさんは政治家としてすべきこと、できることをやる。私たち一人一人も、できることをやる。

日々の生活に疲れている中で、それは大変なことかもしれません。マコさんの「置き去りにしない」環境を作ることは、その状況でいきてきます。

最後に、おしどりマコさんの具体的な政策の一つである

情報を公開して、共有すること

について考えてみます。

一見したところ、抽象的ですが、消費税についても、学費についても、労働環境についても、労働者の権利についても、奨学金についても、生活保護についても、すべてについて、一人一人が決めることに参加できる条件を整える、その一番の基盤となるところの一つが、きちんとした情報を誰もが確認できるようにすることです。

原発をめぐる権利回復、自己決定権の回復に向けて前向きに一歩一歩進めると同時に、情報を確認し、共有して、一歩一歩一人一人が進むための足場をきちんと作ろう、

それは、おしどりマコさんがずっとやってきたことです。

7月4日、おしどりマコさんは東京電力前で最初の街宣を行いました。そこで、東京電力の人たちは敵ではない、きちんと話をできる状況を作り一緒に考えて行きましょうと言っています。

意見がすべて一致する人はいない。でも、きちんとした情報を共有したうえで、私たちは、それを足場に、社会を作って行くことができます。

誰かが勝手に決めたことややったことについてのしわ寄せを「自己責任」の合唱の中で誰かが不当に押し付けられるのではなく、誰とどんな社会に生きて自分は何をするのか、朗らかに決められる社会を作って行くことができます。

今日、私は、ここで、まさにこの話をすることで、私の半径5メートルを変える一歩を、「誰か任せにしない」一歩を、恐る恐る踏み出しました。

おしどりマコさんとともに、小さな、けれども朗らかな社会へむけた大きなうねりになりうる一歩を、踏み出してみませんか。

ありがとうございました。



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