錯視日誌 - はじめに -

 
 錯視日誌では、研究、教育、アート,その他のことについて、いろいろなことを書いています。数理視覚科学の研究から生まれた学術的な新しい錯視図形や錯視アートの新作も発表しています。もともとは文字列傾斜錯視日誌という名前で、文字列傾斜錯視自動生成アルゴリズム(新井・新井、特許取得、JST)による作品の発表を中心にしていましたが、文字列傾斜錯視以外の話題が多くなってきたので、名称を「錯視日誌」に変えました。

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2019/08/18

あなたにとってのバイブルは?無人島に持ってくとしたら?(1)

Tweet ThisSend to Facebook | by araih
 気の置けない仲間と会ったときに,「自分にとってのバイブルは?」,「無人島に行くとしたらどの本をもって行く?」といったことを談義したことがありました.無人島に持っていく本のときは,それぞれの嗜好が如実に現れたものです.たとえば,正確な書名は忘れましたが中国の詩選集のようなものを挙げた人などは,昔から完全な漢詩オタクでした.だいぶ前のことになりますが,この人が中島敦がスゴイぞと言って,押し売りしてきたときなど,いくつか小説を読まなければならない羽目になったこともあります.さすがに白楽天,王維などは受け流すだけでお付き合いはできませんでしたが.
 別の友人で,大変な読書家の御仁は意外にもポー全集をあげてきました.しかし無人島でいつ帰れるのかわからず,ひょっとしたらこんなところで朽ち果てることになるかもしれない,そのようなときにポー三昧はさすがに避けたいような気がします.ほかに「俺の書いた戯曲」なんて人もいました.
 そんな中で,私が答えたのはスミルノフの『高等数学教程』全12巻でした.そのときはなぜかこれがすぐに頭に浮かび,迷うことなく挙げました.どんな本かと聞かれ,とっさに思い付きで次のようなことを言ったような記憶があります.
 「この本は,日本人の書いたスッキリした本とは大違いで,最初の関数の定義あたりから,何やら応用,実用の例が盛りだくさんで,そのうえまた解説がくどく,先が見えない長編小説のようなものですね.蕎麦屋でもりそばをツルリというのが日本人の本だとすると,日本のロシア料理店で食べるフルコースのような違いかもしれない.(残念ながら本場のロシア料理は食べたことがありません.)」
 高等数学教程は無人島に行く羽目になったら,第1巻からじっくり読んでみたいとそのときは思っていました.ただ数学に興味のない人にとっては,私にとっての漢詩よりも更に悪いものだったと思います.
 しかしながら,無人島に行ってこの数学の入門書しかなかったら,案外はまる人も多いかもしれません.

 「バイブルは?」これにはさすがに数学の本は挙げませんでしたが,もしも数学書が許されたなら,多分,次の2冊を今でも挙げるでしょう.
 一つは,E. M. スタインの『特異積分と関数の微分可能性』(E. M. Stein, Singular Integrals and Differentiability Properties of Functions),もう一つは L. ヘルマンダーの『線形偏微分作用素の解析』(L. Hörmander, The Analysis of Partial Differential Operators)の第1巻です.
 スタインの本なら,今だったら大著『調和解析 - 実解析的方法,直交性,そして振動積分』もありますが,やはり私にとっては『特異積分と関数の微分可能性』(以下,『特異積分』と略記)です.本の内容というよりは,こちらの本の方がいろいろな思い出があるという個人的な理由によります.

 『特異積分』は大学院生の頃からつまみ食いはしていましたが,最初に印象付けられたのは,学位を取得して間もなくの頃です.プリンストン大学のスタイン先生のところに visiting fellow として行っていたときに,X先生の大学院の講義を聴いていたら,「これについては the book に書いてある」と言っていました.特に断りもありませんでしたが,これは言うまでもなく『特異積分』のことです.「the book」と強調していたので印象に残りました.このX先生,気さくなところもある方でした.私に「お前は日本人か?」と聞いてきたので,「そうです」と答えたところ,「TsujiのPotential Theory を読んだか?」とさらに言ってきました.辻正次『複素函数論』(槇書店)には学部の頃から大分お世話にはなっていましたが,Potential Theoryは読んでいなかったので,「いえ」というと「Tsuji のPotential Theory を読んでなければ数学者じゃない.ぜひ全部読め」と笑っていました.冗談めかして言っていたようにも感じましたが,じつは本気で言っていたのかもしれません.早速,図書室に行ったことはいうまでもありません.
 
 『特異積分』に本格的にお世話になったのは,その少し後でした.スタイン先生にLusinの面積積分作用素の境界値問題への応用に関する問題を出され,『特異積分』を片手に必死に考えたときです.1か月くらいしてスタイン先生の研究室に行くと,「最近,見かけなったけどどうしていたのか」と聞かれたので「この前出された問題を考えていて,解きました」と答えると,早速話をさせられました.
 ついでに言いますと,『特異積分』の中で個人的にとても面白いと思ったのは,滑らかな関数の拡張に関する章です.この部分は東京大学に移ってから大学院で講義をしました.まだフェファーマンの一連の仕事はなかったので,講義したのは古典的な話でした.

(続く)

前回までの『私の名著発掘』はこちらへどうぞ
https://researchmap.jp/joqw0hldv-1782088/#_1782088

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