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2019/08/15

戦後74年目に考える安倍源基内相による「内相謹話」の持つ意味

Tweet ThisSend to Facebook | by suzumura

本日、1945(昭和20)年8月15日(水)に大日本帝国がいわゆるポツダム宣言を受諾し、連合国に降伏したことを政府が国民に告げてから74年目を迎えました。


日本武道館では今上天皇陛下及び皇后陛下のご臨席を仰ぎ、1963(昭和38)年以来毎年実施されている全国戦没者追悼式が行われたほか、台風10号が西日本に上陸する中、全国各地で戦没者を追悼し、平和を祈念する催しが開かれています。


ところで、1945年8月15日の新聞各紙には、前日に渙発された昭和天皇によるポツダム宣言受諾の詔書が掲載され、時局が収拾されたことが報じられています[1]。


詔書の近傍には「新しき希望と勇気で再建設」という大日本政治会の談話や「同胞に難きを求む」とする内閣告諭が掲載される一方で、戦争の終結に際して国体護持の貫徹や「皇国興隆へ新出発」を唱える記事もあり、「敗戦」という事実を真情的に受け入れがたい当時の報道機関の様子が推察されます。


さらに見逃せないのが、鈴木貫太郎内閣で内務大臣を務めた安倍源基による「内相謹話」です。


安倍内相は終戦の詔書が下されたことを受け、次のように述べています(括弧内筆者)[2]。


本日畏くも御詔書が降りました、上御一人に對し奉り何と御詫びの申上げやうもなく、また孜々として努力された國民各位に對し實に申訳なく存ずる次第であります 恐れ多くも國体護持と國民慈愛の深遠にして優渥なる 聖慮の程を拜察し奉るとき、我々はたゞ/\全身全靈を捧げて承詔必謹、粛然として一糸紊れざる秩序と結束とをもつて急速なる國力の培養、囘復に専念し大御心に對へ奉らねばならないと存じます、今日この際万一この結束が弛緩し秩序が紊れることがあらばそれこそ取返しのつかぬ大事を招来することとなるのであります
なほこれからはわれ/\が想像も及ばぬいろ/\の困苦艱難に當面することでありませうが官民一致協力全國民が(倶)に仲良く各々道義を守り乏しきに堪へ、つらきを忍び互に助け合ひこれを切り抜けて行きたいものであります、私は三千年□ひ來つた大和民族の忠誠心と底力とを信するものであります、たとひ如何なる障碍に遭遇いたしませうともこの力を長□して一路将来の建設に邁進し、皇運を無窮に扶養し奉らんと(ママ)を國民各位と共に深く期して參りたいと存じます


当時、安倍内相の発言に注意を向けた者は多くなかったかも知れません。


しかし、1932(昭和7)年に警視庁の初代特別高等警察部長となり、小林多喜二の死亡にも関わりを持つとともに、ポツダム宣言の受諾に関しては連合国に対して国体護持について明確な回答を得るよう再照会することを主張したのが安倍源基[3]です。


そのような安倍にとって、最も重要なのは「粛然として一糸紊れざる秩序と結束」を維持することであり、結束の弛緩と秩序の紊乱によって「取返しのつかぬ大事」の発生を避けることであったであろうことは、想像に難くありません。


鈴木貫太郎内閣が1945年8月17日に総辞職したため安倍も内相の地位を去るものの、内務当局に内政の秩序の維持の最も有力な手段であった治安維持法の廃止の意向がなかったことは、この談話からも容易に推察されます。


実際、政府が治安維持法の廃止を決定するのは同年10月13日に発せられた勅令第575号「「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ基ク治安維持法廃止等ノ件」、いわゆるポツダム命令まで待たねばなりませんでした。


この間、三木清の獄死が起きたことは広く知られるとおりであり、戦時中の指導者たちが戦後も往時の体制を維持し得ると考えていたことが示唆されるところです。


来年には戦争終結の詔書が発せられてから75年を迎え、当時の事情を知る者の数はより少なくなることでしょう。


それだけに、一見すると何気ない「内相謹話」であっても、再び詳らかに検討されることが必要となるのです。


[1]聖断拝し大東亜戦終結. 毎日新聞, 1945年8月15日朝刊1面.
[2]一糸紊れず結束. 毎日新聞, 1945年8月15日朝刊2面.
[3]安倍源基氏談話速記錄. 内政史研究会, 1967年, 181ページ.


<Executive Summary>
What Is a Meaning the Respectful Comments by Interior Minister Genki Abe for the Imperial Rescript on the Termination of the War? (Yusuke Suzumura)


The 15th August 2019 is the 74th anniversary for the Memorial Day for the End of the Pacific War, or the Greater East Asia War. It is remarkable opportunity for Japanese people to examine the Respectful Comments by Interior Minister Genki Abe for the Imperial Rescript on the Termination of the War.


 


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