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2019/08/17

SDA通信Vol.4ーおはなしテーマ:社会実装ー

Tweet ThisSend to Facebook | by hidemirai
こんにちは、社会デザイン協会の鈴木です。
最近のニュースは、猛暑や台風、その影響での熱中症や水難事故の話が増えています。以前は、そんな状態のときに、異常気象だ、と片付けていましたが、どうやら最近は、毎年起こることとなり、”異常”とは言えない状態になりつつあるので、異常気象だからしかたない、とばかりは言えない状態になってきたようだ。みなさんはどうですか?そんな気象対策はできていますか?そんな気象状態のとき、先日のラジオでは興味深い話が出ていた。以前は、エアコンなどなく、扇風機だけで過ごしていたはずだが、どうだったのだろう?忘れたなー、という話。人は、以前の状態があまり思い出せない生き物であるようです。以前の状態は、実は人工物が少ない状態で、実はそれほど暑くなかったので、扇風機で十分だったと思うのです。この夏休み中、秋田に行きました。東北だから涼しいのか、と思いましたが、温度計では30度を超す猛暑には変わらない、のです。が、涼しく感じるのです。なぜかなー、と思ったら、何が違うのか、というと、日差しの強さが違うのです。それと、風が涼しい、のです。おそらく、秋田には人工物は少なく、自然環境が豊かだからこそ、そんな体感になるのか、と思いました。都会では、自然環境を人工的に作るので、安全(私から言わすと、過剰安全、のようにも思うのですが。)ではありますが、土が少ない、植物の露出が少ない、など、人では対応できないほど、自然環境には及ばないものが多くなる。したがって、風も暑くなると思うのです。それが、都会の生活で便利だ―、というのですが、先日は、渋谷のコンビニの中にネズミがいる状態もニュースになっていました。熊が都会の住宅に入ってくるニュースもありました。これらは、人間のエゴが、自然環境との共生という概念を切り捨てた結果だと思うのです。西洋医学と東洋医学ではないですが、西洋医学は、害を及ぼすものを切り捨て、短期的な楽を得ようとするに反して、東洋医学は、自然治癒力を高め、自然とのバランスを高めることによって、長期的な楽を得ようとする、ことの違いのような気がします。短期的な楽は、反動も大きい(これは経験則ですが。)。今後は、自然との共生に舵を切らなければいけないんだろうなーと、思います。


****目次*****
お知らせ:持続可能な地域づくりと地域おこし協力隊の無料お悩み相談会
おはなし: 社会実装
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~お知らせ~
2019年11月17日に、持続可能な社会セミナーの拡大版と「持続可能な地域づくりと地域おこし協力隊の無料お悩み相談会」を予定しています。誰でも参加可能です。プライバシーも守ります。ご興味ある方は、予定をあけておいてください。


~おはなしテーマ:社会実装~
 先日、 第4回持続可能な社会セミナーを行いました。今までの3回は、SDGsの理解、及び課題について話し合ってきましたが、今回はその持続可能な社会を実現していくための方法や課題について話し合いがされました。その時に話題になったのが、社会実装の話です。参加者は、実務家と研究者がいる状態なのですが、それぞれの立場の話になったところで話題になったのですが、そこでの最終的な話になったのが、社会実装の話でありました。研究者は研究者で自分たちの分野で行われている。しかも、当然のことながらその分野では大変最先端の状態であります。一方、実務家は、各々の努力でかなり緻密な状態で運営されている。しかし、その最先端の研究が現場につながっていかないので、各々が苦労している、という状態であることでした。そこでの問題は、研究者は研究を進めるものの、研究費を使ってやるので、かなりレアな機械や手法を使って行い、普段使いの実務家には手が出せない予算で行われている。また、だからと言って、社会実装可能な予算に落とし込む、というのは、論文になるような研究にならないため、そこに手を出すことはできない、と言われる。(研究家は、研究の成果を論文なりで出さなければならないので、そこに研究費をつぎ込むことができないのであります。)結果、実務家においては、費用対効果があわずに手が出せず、社会実装まで進まない、ということのようです。
 実際、私は、両方に首を突っ込んでいるので、その両者の意見が理解できます。その橋渡しをする役目として、大学側ではURAなどという役目を増やそうとしていますが、なぜか、ここでも実績が求められる。しかも、選任する側は、大学の先生や大学の事務の方で実務を知る人が少なく、選任目線では、紙上に書かれた実績のみで選任されるため、実務とは程遠い人が選ばれ、ましてや、研究実績まで求めるところもあり、何のためのURAかわからない状態にある。実務家は、研究者の格を求め、その実務から離れた意見を聞きたがるため、実際には使えない、というギャップにさいなまれる。この両者を埋めるのが、実は文系と理系(この日本における文系理系の区分がよくわからないのでありますが。)の両面を知った人と言われるのですが、この発想自体が理系中心に発信されるため、やはり全く話が聞けない(文系の強みは、傾聴観察のスタイル、である、と思っています。)状態になっているのだと思います。もしかしたら、ここでの活躍は、社会学の分野の方なのかもしれませんが、今までの社会学は、どちらかというとメディア研究の傾向が強く、社会そのものの研究は始まったばかりのような気がします。じつは、社会そのものの研究は、経済学の分野のひとつとしてやられていましたが、そのアカデミック、という言葉に引きずられ、数学的な式が経済学の主流になってしまっているため、社会全体を見ることとは、近年は離れてきている。さて、数学的思考は保ちながら、社会そのものを、自然主体として観察した上で、デジタルカルチャーをうまく組み合わせることで費用対効果を高める、研究と実務をつなげる社会実装までたどり着けるのか、これからの社会ではこの部分が大切になっていくような気がします。

(文責:鈴木秀顕)

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